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60 スッキリしてます


次の日、ハリーとレティシアはドーバントン公爵夫妻が滞在している旅館を訪ねた。


この国が乱れているというのに、ドーバントン公爵はとても優雅に、二人を出迎えた。


「これはハリー第一王子殿下。ご機嫌麗しい・・というところではないですね」と微笑む。


「ドーバントン公爵。挨拶は省かせてもらうぞ」

ハリーの言葉に頷く公爵。


「私がここにきた理由なのだが、戦を回避しつつ、そなたの力でこのルコントに、陛下を連れてきてくれないだろうか?そして、そなたの騎士を王宮の警備に使わせてほしい」


「第一王子であなたを擁護してきた私が、多くの私兵を王宮につれていけば、謀反と言われそれこそ戦になりますよ」


「そう、ならない方法がある。まず最初に、見映えの良い騎士隊をマルルーナの護衛に揃えたと言えば、あの女はきっとホイホイ受け入れるだろう。それにそなたの騎士隊は、魅了に掛からないと考えている。故にそのまま、陛下とエルエストの護衛を任せたい」


ニヤリと笑うハリー。それに呼応するように笑うドーバントン公爵。


「その要求を受け入れましょう。それに、私も呑気にここで観光を楽しんでいるのではないのですよ」


いやいや、どう見ても優雅にご婦人と寛いで旅行を満喫中でしょう? とレティシアは首を傾げる。


誰もがそう思ったのを、察したドーバントン公爵は、コホンと咳払いをして話を続けた。


「実は、私も一度マルルーナにトラップを仕掛けられましてね。しかし、発動しなかったのですよ。そこで、このルコントで滞在したお陰ではないのかと、私も推測してましてね。殿下に言われた通り、多くの騎士達とここで過ごしているのですよ」


二人の考えは、まさに同じである。


「私もこのルコントには『魅了』を解除する何かがあるのではと、思っていた。だが、明白な事が分からず、どれも推測の域を出ないのだ。それが分かれば、陛下もきっと元に戻ってくださるはず・・」


悔しそうに拳を握るハリー。

決して良い父親ではない。色を好み母も泣かしてきたが、政治においては素晴らしい手腕を発揮してきた。

だから、小娘に操られた父は、見るに耐えがたいものがある。


心痛のハリーに、早く良い情報を伝えたいと思ったのか、ドーバントン公爵夫人が、明るい声で空気を変えた。

「そうそう、私のね、お友だちのタイラー夫人をここに呼んだのですよ。そして、ついでにタイラー侯爵にも、私の友人を泣かせた罪を償わせようと、ここに呼んだらねぇ・・。ビックリすることが起きましたの」


夫人の言葉の後を続けて、ドーバントン公爵が思い出したように言う。

「ああ、そうだった。まずは例の二人に会って直にご覧頂きたい」


例の二人とは、あの狂ったようにマルルーナを女神だと崇めていたタイラー侯爵とその令息のコルネリウスである。


しかしレティシアは、タイラー侯爵親子の事は、ハリーから聞いていただけで、どのようにおかしくなったのかは分からない。


だが、ハリーは夜会の席での大騒ぎをつぶさに報告を受け、知っている。


少し警戒をしながら、「ドーバントン公爵が言うのならば、会おう」と伝えた。


不安げなハリーとレティシアに、ドーバントン公爵夫人は、これまた呑気な感じで

「それほどご心配なさらなくても、大丈夫ですよ。ここに呼んだ当初、あの二人は本当に狐でも憑いているのかと思うほど、人が変わっていましたが、このルコントに来て憑き物が落ち、穏やかになりましたもの」


そう言って、「ほほほ」と笑う夫人に、ドーバントン公爵が、横目に見ながらブルッと体を震わせた。

そして、何を思い出したのかぶつぶつと呟く。

「・・我が妻ながら、怖かった」

怖い?

その単語にレティシアとハリーは、立ち入った事とは知りつつ、旅館の従業員に『何があったの?』と聞いてしまった。


従業員曰く、

「『私の友人を泣かせ、屋敷から追い出した馬鹿者はあなた達ね? きっと彼女の夫と息子という、人間の皮を被った魔物かも知れませんわよね? 二人の皮を剥いで、正体を暴いて差し上げましょうか?!!』と二人のネクタイを持ち上げ、吊し上げて怒っていました」

とのこと。


再びのドーバントン公爵の独り言

「怒鳴っていた妻の顔がトラウマだ・・・」


レティシアは今、目の前で貴婦人らしく、そそとした佇まいで座っているドーバントン公爵夫人を三度見してしまった。


本当に? このご婦人が?

そのような恐ろしい言葉を吐いたのか?


だが、ドーバントン公爵夫人は「ほほほ」と口許を扇子で隠し微笑むだけだ。

否定なし。

きっとドーバントン公爵の様子から、本当にあった怖い話だと確信した。




そのようなことがあった翌日、ドーバントン公爵が滞在している旅館に、タイラー侯爵一家が来た。


タイラー侯爵家は第二王子であるエルエスト派だ。迂闊にセッティングしてハリー殿下とタイラー侯爵の間に何かトラブルが起きたらと、レティシアさえも身構える。


現れたタイラー侯爵は、まともだった。

「ハリー第一王子。この度は陛下に不届きな真似をしてしまった事を心よりお詫びしたい。だが、現在謝罪しようにも、その陛下のお心が乱されているとお聞きしています」


父の謝罪を待って、息子であるコルネリウスも頭を下げた。

「私も、あの夜会の事は今となってはぼんやりとしか、覚えていないのですが、とても失礼な事を口走ってしまいました」


ハリーにとってはその事は、終わった出来事だ。

それよりも、あんなにも狂気に満ちていた二人が、元通りになったのかを知りたいのだ。


「あの時の事は不問にします。原因も既に分かっているのでね。ところで、いつあなた達は『魅了』状態から元に戻ったのだ? 私はそれが知りたい」


それについては、タイラー夫人が語りだした。

「恐らく、二人はこのルコントに来て変わりました。この二人はマルルーナ嬢の言いなりになって、私を追い出した後、変わらずにあの令嬢の言うがままに贅沢をさせていたと家令から聞いていました。ですが、私がドーバントン公爵夫人に泣き付いて、ここに夫と息子を呼び出してくれた頃から、少しずつ変化がありましたの」

チラリと夫と息子を見遣ると、あからさまに二人は目を逸らした。

あの頃の自分に目を背けたいのだろう。


「そうねえ、ここに呼び出した二人の横柄な態度ったらなかったわ」

割って入る様にドーバントン公爵夫人が飛び入り参加。


「確か・・、このお部屋でしたわよね。最初にここにお二人が来たのも」

懐かしむというより、意地悪く追い詰めるといった感じだ。

レティシアはこの時、ドーバントン公爵夫人のドS根性を垣間見た。

それで思ったのが、「絶対にこの方を敵に回してはいけない」ということだった。


さらに、ドS夫人、

「私もお二人の『私達はマルルーナ嬢の為に、手足となって動かないといけないんだ。こんなところに呼び出して何の用だ?』って、凄い剣幕でバカみたいに騒ぎ立てている様子は、恐ろしかったですわ。キーキーと猿みたいで」

よよよと眉毛を下げて、か弱い振りをするドーバントン公爵夫人。

言葉と態度が合っていない気がするのは、レティシアだけではないようだ。


でもまあ、怖がっていたというその後すぐに『皮を剥いでやろうか』の、あの台詞を叫んだのですよね。

と誰もが思ったがそこは、黙っていた。

誰もが命は惜しい。


その後の様子を、小さくなったタイラー侯爵自ら、話した。

「私と息子は魅了に掛かっていましたが、大人しくドーバントン公爵の話を聞こうと座った。その時に運ばれて来たパンの匂いに釣られて、手を伸ばし一口食べたのだが・・・。そこで、目の前の妻の顔がはっきりと見え出して・・。そして、自分が妻に対して何を言ったのか思い出して・・・」

そう、すぐに土下座したのだ。


そこで、ハリーが確認をする。

「では、ルコント領に入ってもタイラー侯爵とコルネリウスには何の変化もなかったのだね?」


「はい」

「はい、変わりはなかったと思います」


二人の返事を聞いて、さらに質問をした。

「では、ここで出されたパンを食べて、頭の中がスッキリとしてきたのか?」


そう言えばと、父と息子はお互いの顔を見合わせ、頷く。


ここで、その様子を聞いていたダルミアンも、フィリベルトも「あの・・」と手を挙げた。


ダルミアンは「私は水を飲んだあたりで、少し靄が晴れ、その後の屋敷で出されたスープで、さらにスッキリとしてきたのです」


フィリベルトも「私もお腹が空いて、薬草を食べた時に、自分の中が変わるのを感じました」


フムと腕組みしたハリーが、結論を出す。

「皆の話をまとめると、どうやらルコントの物を食したら『魅了』が解除され、前もって食べておくと、『魅了』にかからなくなるようだ」


その結果に納得出来ないのは、レティシアだ。

「ここで作ったものに、そんな力があるなんて、信じられないのですが・・・。本当にそうなのでしょうか?」


レティシアはここで生まれ育ってこの領地を見てきたが、何の変哲もない領地だ。ここにそんな大それた力があるなんてと疑ってしまう。


そんなレティシアの不安を、案じるようにコルネリウスが、「では実験をしてみませんか?」と言う。

しかし、そんな都合良く、マルルーナに『魅了』をかけられた人がいるのだろうか?とレティシアは疑問に思った。


レティシアの懸念を読み取ったコルネリウスが、再び提案をする。


「お恥ずかしい話なのですが、我がタイラー家の領地にマルルーナ嬢が居着いていたせいで、多くの使用人が『魅了』にかかったままなのがいます。ですから、その者達にルコントの食べ物を送って通常に戻るのかやってみましょう」


「そうですね、それなら日持ちのするパンを焼いてもらいましょう。ルコントには、とっても美味しいパン屋さんがあるんですよ」


レティシアがふんすと自慢げに言うと、コルネリウスが長い手を伸ばして、そっとレティシアの手に自分の手を重ねた。


「このように領民と仲の良い、貴族のお嬢様がいるなんて信じられませんよ。私は領地経営と農地改革の論文を書いています。ですが、この領地に来て自分の今まで書いた論文の未熟さに気がつきました。貴女がここで行っている農地改革の素晴らしさに、感動をしていたのです。そして、そのルコント卿が、このように若く美しい女性だったなんて」


農作業で黒くなったレティシアの手に比べて、コルネリウスの手は白くて指先がすらりと長い。


レティシアはそのコルネリウスの手を見ながら、他の事を考えてしまった。

エルエストの手は、自分と同じように、節くれだったごつごつの手だ。

あの手は男らしくて、温かかった。

など、ボーとしていたら、ハリーがコルネリウスの腕を掴んで持ち上げ、レティシアの手を引き抜いていた。


「コルネリウス、彼女は我が弟の婚約者(仮)だ。その様に手を出されては困るな」


いつも穏やかなハリーの態度が、高圧的でビックリするレティシア。


風前の灯火的な婚約ですけど・・・

とレティシアが目を瞑った。


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