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56 混乱


マルルーナが待ちに待った夜会が始まった。

今日、彼女の手駒達が騒ぎ出す。




マルルーナに魅了された、タイラー侯爵の令息であるコルネリウスが、いつも通りの笑顔で国王に近付いた。

「陛下、本日も素晴らしい夜会にお招き頂き、ありがとうございます」


「ああ、コルネリウスか。君は領地の経営を、侯爵と一緒に励んでいると聞いているぞ。そうだ、領地経営で今、右肩上がりのルコントの領地を見学に行ってはどうだ?」


「・・・ル、ルコント? そうだ、ルコント領で魔花を隠し持っている者がいると聞きます。是非、領地を捜査してください。しかも、愛しい彼女が言っていたのですが、ルコントには恐ろしい悪魔の様な領主がいるそうです」


コルネリウスの顔が、つい先日狂ったようになった側近達と同じ狂人じみた顔に変わる。

「・・誰がお前にそれを言ったのだ? 名前は言えるか?!」


「もちろんです。是非陛下に私の妻となる彼女を紹介したい。彼女の名前は○○○○です」


「くっ・・・・お前もか」

心底悔しそうに、前途洋々だった(▪▪▪)若者を見た。

国王はため息一つ吐くと、後ろの侍従にそっと告げる。

「すぐに、タイラー侯爵をここに呼べ」


言われた侍従は急ぎ夜会に出席してるタイラー侯爵を探しに行った。

それを見て、国王はコルネリウスに再び笑顔で話を続ける。


「それほど素晴らしい女性とは、どこで知り合ったのだ?」


「あの人とは、◇◇◇で声を掛けて頂き、それ以来◇◇◇で良く会います」


肝心な単語は全て口は動いているものの、声が出ていない。

池の鯉のようにパクパクしているだけだ。

国王は相手が狂わないように、当たり障りの無い話をふる。

「では、最近は本を呼んでいるのか? 君は本が好きだっただろう?」


「はい、先日も『農地改革』という本を読みました。しかし、どういう訳か内容が頭に全然入ってこなくて・・・」

それは、マルルーナに魅了を掛けられて、脳が彼女以外に興味を持つことを制限されているからだ。


「今も勤勉なのだな・・・。残念だ」

だが、彼はまだ魅了を掛けた女の名前を言えないだけで、他の話題なら普通に話が出来る。

症状が酷くなる前に、タイラー侯爵に相談して、暫く屋敷で待機処分という形を取ろうと考えた。

再び、優秀な若者を狂人にしてはならない。


コルネリウスと会話していると、息子であるエルエスト王子がこちらにやってきた。

(非常に不味いぞ)

国王が身構えたが、エルエストは真っ直ぐにこちらに向かってくる。


「どうしたのだ? エルエスト、何か用か?」

コルネリウスと話さないように、国王がズイッと一歩前に出る。


今のコルネリウスはルコント領を敵視している。

一悶着起こさせる前に、息子を退散させなければならない。


「いいえ、陛下がタイラー侯爵令息とお話をしているのを見かけて、是非ルコントの改革について意見を聞きたいと思いまして・・・」


ルコントの名前を聞くとすぐに、コルネリウスの態度が別人のように変わった。


「ああ、なんて事だ!! エルエスト王子殿下もルコントの領主に騙されているのか!! 彼女の言った通りだ。殿下、騙されてはいけません。ルコントの領主は改革とは名ばかりの、人民を縛り付けて恐怖政治をしているのです」


「はああ?!!」

エルエストの顔から笑顔が消えた後、眉間の皺を寄せてコルネリウスをにらみつける。


「そのような事を誰から聞いたのだ?」


「私の女神の○○○○だ」


「えっと? 聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


「だから、○○○○だ」


エルエストの眉間の皺は幾分浅くなり、戸惑いの表情に変わる。


「エルエスト、彼はどうやら『魅了』を掛けられているんだ。だから、ここで大騒ぎをするな」


エルエストは国王の言葉に、改めてコルネリウスを見た。

確かに、明るい場所なのに、瞳孔が開き、真っ黒な瞳は虚無を感じた。


だが、国王と王子は知らなかった。

このような人物が、うようよと増殖されていることを。


タイラー侯爵を会場中探し回った侍従は、他の貴族と談笑している侯爵を見つける。


そして、急ぎ国王の前に連れてきたのだが・・。


「タイラー侯爵、君の息子について話がある。良く聞いて欲しいのだが、コルネリウスはどうやら『魅了』を掛けられて、常人の判断が出来なくなっている」


タイラー侯爵は驚き、息子を見た。

だが、至って普通に見える。


「私の息子が・・ですか?」


「魅了に掛けられた者の多くが『魔花の種』について話すのだが、コルネリウスもルコント領にあると言っていたのだ」


タイラー侯爵は怪訝な顔で国王を睨み、眉を寄せたまま不遜な態度で高圧的に話しかけた。


「現在ルコントに魔花があるのは、あの方も言っていた。今すぐにでも捜索すべきだろう。私もいずれ陛下に直訴するつもりでした!!」


タイラー侯爵の言葉にラシュレー王は目を見開いて驚く。

侯爵までもが、魅了されているのだ。

失望の眼をタイラー侯爵に向けるが、彼は全く動じない。

そればかりか、直訴と言いながら彼の態度は、威丈高に国王を見下ろしている。


「無礼が過ぎぬか?」

ラシュレー国王も退かずににらみを利かせたが、タイラー侯爵がさらに国王に掴みかかろうとした。


「衛兵!! この男を捕まえろ!!」

見ていたエルエストが侯爵の腕を横から掴み、ラシュレー国王を庇うように割って入り、近衛騎士を呼んだ。


国王のそばにいた近衛騎士が、タイラーを捕まえようと駆けつける。


しかし、駆けつけた騎士を阻止する騎士がいた。そして、本来王族を守る近衛騎士達が、どういう理由か、タイラー侯爵を守るように立つ。


そうなると双方分かれて、入り乱れて戦いだした。

ある者は王族を守ろうとし、あるものはそれを攻撃して、タイラー侯爵達を守ろうとして、双方の力は二分されているではないか。


エルエストは父である国王を守りながら、この夜会の会場を出ようとするが、タイラー侯爵を始めとする多くの貴族が、国王を取り囲みある場所に連れていこうとする。


「陛下、きっとそちらには罠が仕掛けてあるに違いありません。こちらへ!!」


手を伸ばすも、圧倒的に魅了に掛かった貴族の数が多すぎる。

しかも、「魅了」に掛っていない貴族はあまりの出来事に、国王を守るどころではなく、逃げ惑うか、呆然と立ち尽くしているだけだった。

エルエストは、側にいた兵士の鞘ごと剣を奪った。


そして、鞘のまま剣を降り下ろし、向かってくる兵士を倒し、道を切り開く。

応戦してるが、相手は魅了された罪のない人々だ。剣で切りつけずにいるが、それではまるでゾンビのように立ち上がって襲ってくる。


(くっ、埒が明かない)

そう思ったとき、エルエストの近衛騎士のルイス・クレマンが応援に駆けつけた。

ルイスの助けで、漸く夜会の会場を抜け出た3人は、王子宮に戻り警備を固める。


急に王子宮に飛び込んできたラシュレー国王に驚く、第一王子のハリー。


「一体、どうしたのですか?」


普段、運動をしない国王は、ゼーゼーと荒い呼吸をするばかりで、返事が出来ない。

代わりにエルエストが答えた。

「今日の夜会で、コルネリウス・タイラーが『魅了』にかかっていたんだ。さらに、タイラー侯爵までもが『魅了』にかかっていた」


「侯爵が?」

タイラー侯爵の権力はこの国の中でも上位だ。その力はドーバントン公爵にも引けをとらない。

「しかも・・・」


「まだ、他にもいるのか?」

流石のハリーも、いつもの冷静さを失い、声が大きくなる。


「騎士や、兵士の中にも多く『魅了』にかかっていて、かかっていない騎士たちと争いになった。一旦、陛下の安全を確保するためにここにきたが、俺はすぐに戻るつもりだ」


「待て。ここから出ていっては、エルも『魅了』にかかってしまうぞ!」

ハリーは弟を心配して止める。

だが、エルエストには勝算があった。


「魅了」にかかった者達は、襲いかかってくるが、鞘から剣を抜いてまで王族に歯向かっていない。

それは彼らの心のどこかで、未だに忠誠心を持っているのだ。

そこまで、彼らの心は侵略されていない証拠である。


それならば、と夜会の会場で暴れている者に、王族からの命令を出せば、大人しくなるのではないかと考えた。

国王の身の安全を確保した今、仲間同士で戦っている兵達を、止めなければならない。


「では、私も行こう」とハリーも言うが、エルエストにとってハリーは、この国の王太子だ。

国王の次に守るべき人物なのだ。


「兄上はここを動いてはなりません」

「否、ここは兄である私が行くべきだ」

と二人の押し問答。


「兄上は、自分のおかれている状況を、把握できていないのですか?」

強い口調で、王子宮の入り口まで付いてきたハリーに強い口調で、立ち塞がった。


「分かっているよ」

ハリーはこの状況下でも、微笑んでいる。

そんな彼だから、王に相応しいのだ。エルエストはため息をついた。


「今、外で暴れている多くの貴族は、第二王子派です。つまり今第一王子の兄上が出ていけば、危害を加えるでしょう。だから、ここに居て下さい」

言い終わる寸前に、ハリーを後ろにいた騎士達に突き飛ばし、「兄上をお守りしろ」と命令すると、夜の王宮に向けて走りだした。




王宮ではあちらこちらで争っているが、誰も剣を抜いて戦ってはいない。どこかで理性がストップをかけているようだ。


いつもは仲間想いの第二騎士団の副団長の、ダレン・コーターが同じ第二騎士団の新人を押さえつけている。

エルエストは急ぎダレンを引き離す。

だが、ダレンが鞘ごと剣を振り下ろしてきたので、やむ無くエルエストが剣で止める。

何度か剣を交わすが、一向にダレンが正気を取り戻さない。


「皆の者、争いをやめろ! ダレン副団長、持ち場に戻れ!!」

エルエストの声に、ダレン・コーターの動きが止まった。

エルエストは王子の役目とは別に、騎士団の元帥に就任している。

よくあるお飾り的ではなく、剣の実力もあり役職に就いている。


しかも、一緒に汗を流した王子の号令。これには少なからず反応した。

エルエストはさらに大きな声で命令する。

「コーター副団長! 第二騎士団の団員を集合させろ」


ダレン・コーターは、のろのろと立ち上がり困惑した顔で周囲を見回し、またゆるゆると笛のついた紐を手繰り寄せた。

そして、笛を口許に持っていき・・・。

「ピイィィィー!!」

と警笛を鳴らした。


エルエストの命令に動いたダレンだが、その様子は操り人形のように意思のない動きだ。

だが、彼の中で何かと争っているのだろう。

しかし、そのダレンの警笛の音は、いつも彼が鳴らす音と変わりがない。

その変わらぬ音は、争っていた騎士は「魅了」された者も「魅了」に掛っていない者も動きを停止させた。


そして、どちらものろのろと立ち上がり起立したままになる。

そこで、エルエストが号令を掛けた。

「これより、全ての者は王子宮前に集合!!」

この言葉に、魅了に掛かっていない者は素直に従うが、既に魅了が掛けられた者は立ち尽くし動かなかった。

あれほど笑いあって訓練した者達を、どうすることもできないなんて・・・。

エルエストはやるせない気持ちを抱え、現場を離れた。


次に夜会が行われていた会場に向かう。

そこには「魅了」にかかった者だけが集まっていた。

そして、メイド服を着た侍女の周りに恭しく膝を突いて、頭を垂れている。


「マルルーナ様、どうぞ次の指示を下さい。あなたのご希望は私どもが命ある限り叶えます」

そう言った貴族の男は、マルルーナの侍女服の裾に口づけを落とす。


ちょうどその現場に居合わせたエルエストが拳を握った。

「お前だったのか!!」

エルエストの怒りを含んだ声を拾ったマルルーナが、顔を上げる。

彼女にとって、待ち望んでいた男の登場に、その頬に赤みを帯びて微笑んだ。


「まあ、やっと来てくださったのね。ほら、皆の者、エルエスト様を玉座に案内して差し上げて」


まるで自分の宮殿のように指図し、エルエストに手を伸ばした。


「お前達は国王陛下のご意志に逆らうつもりか? 今日はこれにて解散の命令が陛下より出ている。ここに居残るならば、国に不利益をもたらす結社の構成員と見るぞ」


長くこの国の貴族としてやってきた者達は、この言葉でその遺伝子の鎖に刻まれた王への忠誠を、僅かに取り戻した。

そして、のろのろと夜会の会場を後にし始めた。

「どこに行くつもり?!!」

焦ったマルルーナが、金切り声を上げると再び、その牛歩のような足が止まる。


しかし、エルエストが「自宅で待機だ。今は帰れ!!」と叫ぶとまた動き始めた。

ここに一人でいては捕まると思ったマルルーナは、タイラー侯爵と共に夜会の会場を出ていく。


今、マルルーナを捕まえるには、人が足りない。

しかも、無理にマルルーナを傷付けようとしたら、こちらが王族とか関係なく、魅了に掛かった貴族達は本気で襲いかかってくるだろう。

そうなれば、こちらも手加減できない。

だが、彼らは元は善良な貴族で被害者なのだ。

葛藤するエルエスト。


漸く、大人しくなった貴族達を、一先ずこの王宮から追い出すことが先決だと、マルルーナを追うことを諦める。


「魅了」された貴族を王宮から排除できたが、問題を先送りにしただけだ。

マルルーナが「魅了」の重ね掛けをすれば、その威力に負けた貴族は、王族の言うことを聞かなくなる可能性は充分にある。


ぐちゃぐちゃになった夜会会場は、まさにこの国を表していた。

混乱、この言葉が当てはまる。

乱れた会場の静寂の中で、エルエストは一人立ち尽くすのだった。



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