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46 契約に律儀な暗殺者


小説のトピアスの顔はマスクで隠れているために、今まで知らなかった。

だが、マスクを外した顔は想像以上の顔面高偏差値。

しかも美しすぎる顔は冷酷に見えて怖さも倍増。


レティシアを見る瞳は、珍しい昆虫を見つけた子供のようにワクワクした輝きがあった。

これが、状況が状況だけにサイコパスなの?って思ってしまう。

「契約内容では殺すのは私だけだったのでしょう?それならば、他の者に手を出す事は契約違反よ」


レティシアは小さい体を威嚇するように胸を張る。


「俺が近付いてそんなに堂々としている者は初めてだ」

この娘は自分がいかに強いのかを知っていた。それなのに領民の前に立ち、楯となろうと踏ん張っている。


こんなにも面白い出来事、初めてかも知れない。トピアスから「ふふふ」と笑いが漏れる。


目の前で笑われたレティシアの呼吸が『ひゅっ』と吸い込んだまま止まる。

暗殺者の笑みの意味が分からず余計に恐ろしい。


(もしかして、本当に嗜虐趣味があって、嬲り殺しとか考えてないわよね?)


小説のトピアスは、第一王子のハリーを刺した時に、ゆっくりと剣を差し込んで行く描写が書かれていた。

やっぱり怖い!!

レティシアは流石に怯んで一歩下がる。


しかし、トピアスはさっと踵を返し剣を鞘に収めた。

それを見てヤニクは怒鳴る。

「な、何をやっているのだ。高い金を支払ったのだぞ!! その娘をさっさと殺せ!!」


喚くヤニクの喉元に、トピアスは鞘ごと剣を突きつける。


「契約違反をしたのはおまえの方だ。お前は、小娘が領地でやりたい放題で、領地の住民が困っていると言ってただろう? おまえの認識が間違っていたのか、それとも俺に嘘を吐いたのか、どっちなんだ?」


ヤニクはトピアスの殺気を逸らすように目を泳がす。


「まあ、どっちにしても契約違反かどうかを調べる必要すらなさそうだ」

反転して、ルコントの領民を見回す。

その時に領民の後ろの方にいるレティシアの護衛騎士を見て、優しい瞳になった。

そして、一瞬でその姿をくらませて去っていった。


(え?とっても優しい空気が暗殺者の体から洩れたんだけど、誰がいたの?)

トピアスの目線を探ろうと後ろを振り返ったレティシアは、全くの無防備になる。


その隙を狙ってヤニクがレティシアの体を拘束し、短剣をレティシアの細い首に突き立てた。


「こっちに来るな!! こいつがどうなってもいいのか?」

「きゃあー」


領民が呆然となる。

「おい、そこの老いぼれじじい、武器を捨てろ」


マイクが悔しげにシャベルを捨てる。


「わははは、形勢逆転だな。お前ら、よくも俺をこけにしてくれたな。こいつを殺されたくなかったら、そこの3人の縄をほどけ」


ヤニクは顎で指す。


「ダメです。その3人の縄を解いたら、ここにいる真実を知る全員が殺されます。だから・・」


「うるさい!!」

ヤニクは短剣を首に押し付ける。


悔しげにヤニクを見つめる領民達。

だが、レティシアを人質に取られているので、動けない。


「レティシア!!」

その声と共に現れたのはエルエストだった。

彼は、ヤニクの後ろから剣を下から振り上げて、レティシアに剣を突きつけているヤニクの腕を斬った。

そして、すぐに脇からレティシアを救い出す。


あまりにも一瞬の事で、レティシアは何が起こったのか分からなかった。

気がついた時には、エルエストの腕の中にすっぽりと収まっていた。


そして、それと同時に人質を失ったヤニクは領民にのし掛かられて、床に押さえつけられていた。


「くそ!!俺は貴族だぞ!!」


ヤニクは形勢逆転になったにも拘わらず、未だに身分を振りかざそうとしている。

勿論マイクやジョージは、その言葉を無視して遠慮なくヤニクの体に縄を巻き付けた。


ヤニクは抵抗をやめない。

「何をするのだ。汚い庶民が触るな!!」


だが、あっという間にチャーシュー作りの時のブロック肉のようにきれいに縄で括られた。


「おい、貴族にこんなことをしてただで済むと思うなよ」


未だに自分の置かれている状況を把握出来ていない叔父に、レティシアは優しく教える。


まるで幼子に話すように・・。


「叔父様。とっても残念なことなのですが・・・。もう叔父様は自由には生きられないわ。ご存知のとおり、私は叔父様に殺されそうになったのです。ほら、その証拠もここに転がっています」


にこやかに、3人のならず者を指さした。


「そんな男達は知らん。そいつらが勝手にしたのだ」

ヤニクに裏切られたならず者も黙っていない。

「お前が俺達にいい仕事があるって誘ったんだろう? 一人で逃げられると思うなよ」


ならず者の自供で、ヤニクの逃げ道はすぐに絶たれた。


「こうなったのも、お前のせいだ。お前がさっさと俺にこの領地を譲っていれば、こんなことにはならなかったのだ!!」


倒された床に激昂しているヤニクの唾が飛ぶ。


そのヤニクの顔面近くにエルエストの剣が、ダンッと刺さる。


「ひいいー・・」

「いい加減にしろワトー男爵!! お前の悪事は既にバレている。お前の愚かで自分勝手な行動でこうなったのがまだ分からないのか!! まあいい、牢屋でゆっくり考ろ」


ヤニクから離れると、すぐにレティシアを振り返る。

そして顔を見て長いため息をついた。


「はあー・・・。良かった・・。無事で・・・」


エルエストが安堵のため息をついている中、王宮からついてきたマットが声を掛ける。


「さあさあ殿下、お仕事ですよ~」


そう言って、転がっている悪党4人を縄で引っ張った。


「お前には貴族暗殺未遂と領地での領民への不当な搾取が問われている。しっかりと話してもらおうじゃないか」

エルエストがニヤリと笑う。

そして、そのまま連れてきた騎士達に「連れていけ」と命令した。


その間エルエストはレティシアの手を放さず握っている。

「本当に心配したんだ。君がこの世からいなくなるかも知れないと思ったら、・・怖かった・・」


やっと安全になったレティシアは、気が抜けて呆けていた。

「あ・・ありがとうございます。本当に・・・もうダメだと思って・・エルエスト殿下が来てくれてなかったら・・・」

そう思うと、解放された今も生きた心地がしない。


いつもの凛としたレティシアは鳴りを潜めて、気弱な少女がそこにいた。

「もう、大丈夫。そんなに怖いのなら暫く王宮に身を寄せるかい?」

レティシアの様子に今なら『いける!!』とエルエストは思ったが、甘かった。

殺され掛けた今、再び殺されるかも知れない王宮に、レティシアは行きたくはない。


ここでいつものレティシアに戻る。

そして、心からの礼を述べた。

「ご心配をお掛けしてすみません。それに、危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」

エルエストはお礼を言うレティシアが可愛くて、デレってしまう。


だが、再びマットに邪魔される。

「殿下、鼻の下を伸ばしてますが、早急に王宮にお帰り頂いて、奴らの自供をさせなければなりませんよ。ほら、仕事です」


と、うるさく言われ、ここに留まるのを諦めた。


「ワトー男爵にはかなりの余罪があると見ているので、今日はこれで失礼をするよ」


レティシアが頷くと、騎士隊長とマットにせっつかれてさっさと王宮に帰っていった。




エルエストを見送ったレティシアは、領民達の傍に行き、

「今回は皆さんが一丸となって私を助けてくれた事、本当に感謝します。ありがとう」

と、深く頭を下げた。


「レティー様、頭をお上げ下さいよ。俺達は本当にレティー様がここの領主で良かったと思っているんだ。なあ、お前もそうだろう」

ポドワンが隣にいた、ホテルのフロントマネージャーのコーリンに言う。


「そうだな。あのオッサンがここの領主になってたら、地獄だったな。本当にレティー様がいてくれて良かったと思っているさ」


コーリンが自然にポドワンと笑いあう。


レティシアがふと気付いた。

今この瞬間、ルドウィン町の人も、オルネラ村の人も一緒に手を取り合って笑っている。


「良かった。皆さん、すっかり打ち解けているではないですか」


レティシアに言われて、ジョージが恥ずかしそうにポドワンの肩を叩く。

「話してみりゃ、俺の婿は結構いい奴だったって気がついたんだ。今回の事があって、孫の顔も見られたし万々歳だ」


「俺もお義父さんに孫に会ってもらえて嬉しいんだ。それに、俺とお義父さんとの板挟みで苦しんでいたマリーも喜んでくれている」


マリーが満足そうに父と夫の会話を聞いていた。


周りを見ると、ガラス職人のグレコがステーキ店の店主、ベルナンドとグラスの件で話しているし、マイクとハンバーグショップのマックスはルコーラの新しい飲み方を話している。


他にも、それぞれの人達が仲良く談笑しているのを見て、今回の件で叔父を許せるわけはないけれど、長く頭を悩ませてきた問題が解決して本当に良かったと、レティシアに笑みが溢れた。


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