45 手を取り合う領民(3)
ヤニクに雇われた3人のならず者達は、教会内でせっせと用意するルコント領民を、教会の入り口で警戒するように立っていた。
「たかが小娘に大仕掛けだな。しかもこの大人数なんて聞いてないぜ」
「小娘一人やるっていうのに、何人ここに集まってやがんだ? 胆の小さい奴らだぜ」
と鼻で嗤う。
だが、それを全く気にすることなく領民達は準備を進める。
「まずはレ・・領主が入ってきて一番前の席に着く。そして、聖司教様の説教が始まり領主が油断したら、天井の梁に隠れているお前達が上から網を被せるのだ」
ジョージがポドワンとコーリンに目配せをする。
「分かった」
任せとけとばかりに親指を立てる二人。
すっかり村人と町の人と蟠りはなくなっていた。
そればかりか、多くの領民の間ではレティシアを守ろうとする連帯感が強くなり、『レティシアのために』と言う旗のもとに結束した人々の気持ちは、かなり強固なものとなっていた。
喫茶店のノリーとクロエも、村に嫁いでから疎遠になっていたマリーと、以前のように親しげに話が出来て嬉しいようだ。
マリーの夫であるポドワンとも気軽に話している。
ここで問題が発生した。
全ての準備がまだ終わっていない時に、聖司教様が祭壇に現れたのだ。
これには、ルコンドの領民が驚き息を飲む。
実は司教様が出てくるのは、もっと後なのだ。
『司教様! 時間が早すぎます』
必死で止めるも、テンパった彼には届かない。
『ダメだ!司教様の目がとんでるぜ』
領民の気持ちも知らず、祭壇の前に立ち、説法を始めた司教の口は止まらない。
これで今日の領民達の計画は大幅にずれていく。
今日の日程(うまく行った場合)
①いつもの時間にレティシアが到着。
②一番前の安全な席に着席したレティシアを、領民が捕らえたように見せかける。
③ここで、『やはり俺たちには出来ない』とならず者3人に頼む。
④一番後ろの座席で待機していたならず者達に上から網を被せて、総攻撃。
念には念を入れて騎士のトラビスは祭壇への入り口近くに移動して、最前列のレティシアを守る。
とまあ、こんな簡単な計画だったのだ。
だが司教様がやらかした。
いつもの朝の礼拝時間よりも早い時間に司教様が現れたのだ。
これは計画よりも30分も早いのだ。
司教様にも協力してもらうために、計画を伝えておいたのだが、人の良い繊細な彼には荷が重すぎた。
今日まで緊張で、夜は眠れない日々。
しかも、この古き良き聖教会内で、刃傷沙汰が起こるかもしれないと考えただけで倒れそうになっていた。
その緊張からいつもよりも早く目が覚め、時計も見ずにどんどん用意し、祭服を着込んだ。
そして、今に至る。
教会には準備のために大勢の領民が居る。
それを既に計画が始まっているのだと錯覚し、ジョージの『まだだ』と言う声も聞こえず、なんと素通りしてしまう。
そして、固い顔で「皆様、どうぞ着席下さい」と促してしまった。
ここで着席しないのも変に思われると、みんなは素直に従う。
だが、やはり30分前は早すぎた。緊張のせいもあって、言葉が続かない。
司教様は話し始めて10分後に、自分の到着が早かったことを知ったが、遅かった。
ならず者から見えないところで、ケントが両手を横に広げて、話を伸ばせと合図する。
冷や汗が垂れるなか、汗を拭き拭き司教様が頑張る。
『あーその・・・人の・・・道というのは・・・・なな長い。だから・・・ととと時にはー・・止まって後ろを振り向き・・・見てみよう。え・・・と、』
もう、しどろもどろなのだ。
更に司教様の息がおかしい。
はーはーと辛そうだ。
ついに、極度の緊張のために膝を突いて座り込んでしまった。
「聖司教様、大丈夫ですか?」
駆け寄る領民に、なんとか立ち上がろうとするが、ふらふらだった。
そこに、聖教会の外に馬車の音が聞こえる。
この最悪のタイミングで、レティシアが着いてしまったようだ。
「おい、お前らはもういいぜ。小娘がここに入ってきたところを俺達が斬る。だから、そこで見てな」
面白くもない説法を長く聞かされたならず者達は、苛立ちを募らせ、しびれを切らしていた。
「頼まれた事をちゃっちゃと終わらせて、居酒屋に行こうぜ」と聖教会の入り口に3人は集まり、剣を構えてしまったのだ。
今、レティシアが入ってきたら、頭から斬られてしまう。
この時誰よりも早く動いたのは、マイクだ。
手に持っていた大きなシャベルを横から撫で斬りで二人のならず者の体を吹っ飛ばす。
渾身の一撃だ。
残ったもう一人が、仲間を助けようとマイクに斬りかかった。
しかし、その体の側面から体当たりで止めたのはジョージだ。
「伊達に毎日パンを捏ねてないんだよ!!」
筋肉を見せつけるように、『パワー』のポーズを決める。
そして、剣を落としたならず者を、領民でのし掛かり取り押さえた。
そこに、状況を知らないレティシアが入り口から入ると、そこには、ぐるぐる巻きにされたならず者3人の姿があった。
「あれ? どういう事? もしかして私って遅刻しちゃった?」
訳が分からないレティシアが戸惑っている。
そこで、その場にいたクロエが聖司教様がうっかり時間を間違えた辺りから説明をしてくれた。
「そうだったの・・。皆さんのお陰で私の命が助かったのね。ありがとう」
レティシアが入り口を振り返る。
一歩間違えば、あの扉をくぐったところで、斬り殺されていたところだったのだ。
ぞーっとして、体が震えた。
そこにレティシアの暗殺を計画した叔父のヤニクが、もう終わっただろうと扉を開けて入ってきた。
だが、そこで見たのは和気藹々と領民と談笑するレティシアだ。
「お前達、レティシアの暗殺はどうした? なぜ小娘がまだ生きているのだ?!!」
領民の足元に転がされているならず者に目をやる。
そこで、何が起こったのか漸く把握した。
「お前達!!・・まさか裏切ったのか!?」
ポドワンがヤニクの前に出て唸る。
「はあ? お前がレティー様の代わりに領主になるだぁ? 笑わせるな。この領地はレティー様のお陰で生まれ変わったんだ。お前のようなゲスに渡す訳がないだろう」
「そうだ、そうだ」
「ここにお前が雇った証拠もいる。領主様を殺そうとした罪で、裁かれろ!!」
圧倒的不利な中、みんなに言われてもなぜかヤニクは引き下がらない。
しかも、余裕の顔で笑っている。
「ほおー、そこまで言うならば、その証拠もろともここにいる全ての者に死んでもらおう。おい、頼んだぞ」
ヤニクの後ろから黒い影が伸びた。だが影ではない。一人の男がフラりと現れたのだ。
レティシアはその男を知っていた。
というか、小説の挿し絵で見たことがあるのだ。
男は凄腕の暗殺者。
名前はトピアス。
真っ黒なマスクと真っ黒な衣装を身に付け、対照的な真っ白な髪が際立っている。
自分の気に入った仕事だけを受ける闇ギルドの一人だ。
彼の強さは半端ではない。
ヒロインと第二王子エルエストを、苦しめ続けた第一王子のハリーとその騎士団共々打ち負かすほどの強さだ。
訓練された騎士団をも凌駕する腕前だ。
ここにいる農民や商人達では歯が立たず、全滅は免れない。
それを知らないマイク達はレティシアを後ろに隠し、ショベルや鍬を構えている。
「誰が来てもレティー様を守るぞ」
「おおー!!」
「俺達に生きる希望と楽しさを与えてくれたのはレティー様だ。ここは死んでも通さねえ」
口々にレティーを守るための壁になる領民達。
レティーの胸が熱くなる。
今まで生きてきて、こんなにも人々に大切に思われた事があったろうか?
前世でも、一人だった。
ここに生まれ変わっても家族とは疎遠で、父にも母にもあっさりと捨てられて・・・。
もう十分だ。
ここで大切な領民が殺されては、自分がここにいた意義を失ってしまう。
レティーはみんなの前にゆっくりと出る。
「皆さん、ありがとう。でも、この暗殺者トピアスさんの腕は知っています。このままでは本当に皆殺しになるでしょう。皆さんは生きて下さい」
そういうと、トピアスの後ろに隠れているヤニクに声を掛ける。
「ここにいる領民を殺せば、ここでの働き手がいなくなります。皆さんを見逃してくれるなら、私があなたに殺された事を絶対に言わないと約束させるので、この方達に手出しはしないと約束してください。約束してくれたなら、大人しく殺されてあげましょう」
「レティー様!!そりゃいけねえ」
「ダメだよ。戦おう」
領民の叫びが聞こえるが、レティシアは彼らを背にしたまま、首を横に振る。
「わしは戦う。この領地で貴族のお嬢様がわしと一緒に泥まみれになってくれたレティー様を一人では逝かせられない」
「そうだ、一緒にペンキを塗ってくれたじゃないか。一人で戦うな」
こうまで言ってくれる彼らを絶対に守りたい。
だけど、トピアスを前にどうしたらいいのか分からなかった。
唇を噛み締めるレティシアに、トピアスが一歩ゆっくりと近付く。
「俺は契約に、忠実なんだよ。悪いな」
黒いマスクを外し、ゆっくりと剣を構え、薄い唇を引き上げ笑った。
読んで頂きありがとうございます。
メリークリスマス。




