21.リブロ先生
「ではこれにて委員会を終了いたします。私たち以外の方は解散してくださって結構です。お疲れ様でした」
教壇に立った一人の女子生徒が礼をする。図書委員の委員長に名乗り出た上級生で、去年も此処に所属していたという。担当の教師とも親しげだ。
彼女は現在、2回生が使っている教室の一角にいる。放課後に早速委員会が行われ、今はそれが丁度終わったところであった。
結局、聖花は図書委員に所属した。どの道、人脈確保のためにも情報入手のためにも委員会には所属しておいた方が良い。
席に戻って静かに聞いていた生徒たちは、続々と席を立ち、言われるがままにその場を後にした。
残ったのは聖花と委員長のグリッダ・ベルモーゼ、それから担当教員であるリブロ・ジミーという初老の男性だけだ。というのも、聖花が副委員長に名乗りを上げたからであった。
そんな面倒な立場に就こうと思ったのにも理由がある。それは、先生や上級生、引いては他の委員会との関わり、もとい信頼関係を築く為だ。
ただ、なれるかどうかは別問題であった。ただえさえ複雑な身の上であるのに、入学したばかりのひよっ子に、そんな大層な立場を与えてもらえるのかと聖花は疑問に思っていた。
万が一、他の1回生や上級生が立候補していれば、先ず聖花は副委員長になれなかったことだろう。
「セイカ・ゴルダールさん」
「……はい?何でしょうか」
聖花の元へと歩み寄って来たリブロに対して、不思議そうな顔色を浮かべて聖花が尋ねた。委員会のときにも軽く挨拶はしたが、図書委員経験者のグリッダが基本的に話を進めていたので、リブロとは然程話していない。
「改めてご挨拶をと。こらから約一年間、よろしくお願いします。入学したばかりで大変なことも多いと思いますが、分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」
「親切にありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
落ち着きのある声色だ。リブロは、穏やかな微笑みを浮かべて、満足げに頷いた。どうやら第一印象は良いようだ。
「私からも宜しくお願いしますね」
「グリッダ様」
今度はグリッダに視線をやる。
彼女と目が合うと、グリッダは朗らかに聖花に笑いかけた。何処かで見覚えのある雰囲気だ。
「折角の学び舎ですし、"先輩"で大丈夫です」
ふふっと、二人で暫し微笑み合った。
歓迎されている、と見て差し支えないのだろう。心なしか空気は穏やかで、またとない安心感があった。
「さて」
閑話休題。リブロが軽く咳払いをして、二人の視線を彼へと向けた。仕切り直し、話を始めるようだった。
「そろそろ本題に移りましょうか」
◆◇◆
今後について纏めた書類を束ね、リブロが小さく息をついた。彼に疲れた様子は見受けられず、何方かというと安堵の念を覚えているようだった。
実際、グリッダのお陰で話がトントン拍子に進んだ。というのも、去年も図書委員を務めただけあって先生との連携がしっかりとれていたからだ。
聖花は、その様子を観察していた。そもそも口を挟む余地などなく、ただ只管、必要に応じて頷いたり返事をしたりするだけだった。
「………では、今期はそのように致しましょう。話も終えた所ですし、これにて解散としましょうか」
一段落終えたところでリブロがそう締め括り、ゆっくりと荷物を纏め始めた。
が、しかし、次の委員会は約一ヶ月後。漸く何か話す機会を得た聖花がここで見逃す訳にはいかなかった。
「リブロ先生。少しお時間いただくことは可能ですか?お願いしたいことがあるのです」
聖花がリブロに話し掛ける。
余程真剣な話に思えたのだろうか。細やかな笑みを浮かべたまま、話の邪魔をしまいと、グリッダが静かに呟いた。
「私はお先に失礼しますね」
ハッとして、聖花はグリッダに視線をやった。彼女の存在を忘れていた訳でも、疎外していた訳でもないが、どうやら気を使わせてしまったようだった。
「お気になさらず。そろそろ友人の委員会も終わる頃でしょうし、そちらに向かわなくてはなりませんの」
聖花の視線に気が付いたのだろう。グリッダがにっこりと聖花に笑いかける。
「では、ご機嫌よう。委員会以外でもお話しましょうね」
そんな言葉を残して、荷物を纏めたグリッダはさっさと教室から出て行ってしまった。
「本題に戻しましょう。『お願い』を聞くかどうかは話を聞いてから判断することにします。
さて、話して下さいますか?」
彼女の背を見送ってから程なくして、漸くリブロがその口を開いた。
「ありがとうございます」と礼を告げた聖花は、小さく息を吸ったあと、物語のあらすじを語るような口調で、淡々と話を始めた。
「先生もご存知の通り、私は純粋な貴族ではございません。家紋の名を覚えるのに必死で、他国は疎か、自国のことも表面上しか知りません。
しかし、長年国を支えてきて下さった先生であれば、アルバ国の内情についてもある程度把握していることと思います。
教えられる範囲で構いません。暗い過去も含めて、先生が知っていることを私に教えていただくことはできませんか?」
初めは図書室を案内して貰うつもりだった。だが、それだと時間の都合上断られる可能性が高い上に、あからさまに不審がられる恐れがあった。
何より、リブロが貴族であるということと、アルバ国にいる貴族の中でも年配なこと、それから教師という点を加味すると得られることも多そうだと踏んだのである。
「そうですね………難しい話です」
リブロが困り顔を浮かべる。やはり初対面の相手に突拍子なくそんな事を言われれば困惑もするのだろう。
「やはり、突然過ぎましたよね。いきなりこんな話をして申し訳ございませんでした。少し焦っていたようです」
聖花が慌ててフォローを入れる。が、しかし、リブロの反応は予想外なものだった。
「いえいえ。違いますよ。"難しい"とは、何を話すべきか、何を話して良いのか、という意味です」
慌てたように訂正を入れて、リブロが穏やかな笑みを浮かべた。
「この老耄が知っていることであればお教え致しましょう。先ほど申した手前、何も教えない訳にはいきませんのでね」
「ありがとうございます…!」
聖花が礼を告げる。すると、改まったように、リブロが言葉を口にした。
「第一、この国がどうやって生まれたかは存知ですか?」
「聞いたことがあります。他国からやって来た移住者が廃れた国を再興したと。資源を見つけ、他国との貿易を強化したと」
フェルナンから教えて貰ったままのことを話す。聞いておいて何だが、聖花は外に出て恥ずかしくない程度の知識は持っているつもりであった。
だが、それも所詮は薄っぺらい歴史。あくまで貴族社会に溶け込むためのもの。だから、その深部までは知らないのだ。
「仰る通りです。ですが、肝心な部分が抜けていますね」
肝心な部分とは何なのかと、聖花が小首を傾げた。
やはり後ろ暗い話が隠されていそうだ。話の行く先が一向に見えない。
「そうですね…。折角の機会ですのでお話しましょう。どの道いずれ知るのなら、今私が語っても同じことです」
前置きを入れ、リブロが声を潜めた。興味が引かれる滑り出しである。
そして、言う。
「この国には元々先住民が住んでいました」
「今は、いないのですか?」
「ええ。いません。誰一人として」
思わず聖花が尋ねると、リブロが僅かに首を横に振って言い放った。穏やかな空気から一変、血の気が引くように周りの温度がサァと下がった。
何となく、聖花は察してしまったのだ。
「此処までくればお察しかもしれませんね。
……そうです。先住民の方々は後に来た移住者に追い出されたのです。いえ、追い出されたというには生温い。奴隷として他国に売り払われたのです」
彼女の心を読むように、リブロが低い声で言い放った。ドスの効いた、力強い口調だ。彼がどう考えているのか知らないが、少なくともこの話を好意的に思っていないことだけは確かだった。
「廃れた国ともなれば買収も簡単だったのでしょう。新たな王として降り立った移住者の一人は、先住民を一人残らず駆逐し、それで得たお金を使って国を興し直しました。そして生まれたのがアルバ国なのです」
「何とも酷い話ですね」
思わず聖花が言葉を漏らした。
考えてみると恐ろしい話である。過去にそんなことをしておいて、今の貴族は反省するどころか、人を身分で判断して生きている者が多いのだから。
何より、聖花が歴史について学んだ際には、フェルナンはそのことを伏せていた。つまり、学園としても秘匿したい事実であるのかもしれない。
「ええ。そしてこの話には続きがあります。先住民のうちの一人、即ち奴隷の身に墜ちた者の一人が後に大虐殺を繰り広げたのです」
何とも衝撃的な話だ。しかし、聖花には何処か聞き覚えがあった。特に、"大虐殺"というキーワードが気に掛かる。
「こんな話を聞くと、国に嫌悪感を抱いてしまうかもしれませんね」
何とか思い出そうと頭を捻る聖花を見て、ただ只管に語り続けていたリブロが苦笑した。
「ですが、ご安心ください。今では過去のことを省みてアルバ国では奴隷が禁止されております」
何かを誤解したのか、彼は聖花に言い聞かせるように穏やかな声色で、そう付け足した。
「しかし一度犯した罪は到底消えるものではないのです。私たち貴族は、本来であれば慎まやかに生きなければなりません」
暗に『そのことを念頭に置くように』と言われている気がした。
彼がこんなに暗い話を聖花に教えてくれたのは、もしかすると貴族になったばかりの少女に言い含めておくためだったのかもしれない。
「参考になりましたか?」
すっかり黙り込んでしまった聖花にリブロが声を掛ける。雲った空気を晴らすような、明るい声色だ。
「はい、とても。リブロ先生はどうしてそんなことを知っているのですか?見たところ秘匿されているように思われますが」
ずっと聖花が気になっていたことを尋ねる。もし、この話をしたのが王子や侯爵家、あるいは影響力のある貴族であったなら、自然と納得できたことであろう。
しかし、ジミー家の位は貴族の中でも下位である"子爵"に値する。どうやって情報を入手したのか不思議に思わない訳がないのだ。
「ただの老耄の趣味ですよ。昔から気になったことはとことん調べる質でして。その為か、国の歴史には詳しいのです。どうしても、無理なものは無理でしたが……。それ以外のことであれば大抵のことは知っています」
「それでいて、目をつけられたりはしなかったのですか?」
今の一番の疑問だ。普通そんなことをしていれば始末されたり目をつけられたりしそうなものであるが、現に彼は何事もなくここにいる。
それがどうしても不思議だった。
「先ほど申し上げた通り、あくまで老耄の趣味なのです。外れた行為をしない限りは、誰も気にも留めませんよ。
何より、これ迄にそんな事を聞かれることなどなかったので、つい嬉しくて。思わず語ってしまいました」
リブロが照れ笑いを浮かべる。
聖花は、そういうものなのか?と小首を傾げた。彼が気付いていないだけで、目を付けられいるのかもしれないが、彼女にはそれを知る由もない。
兎に角、リブロという人物に知り合えただけ副委員長になった甲斐があったのかもしれない。
「まだ尋ねても良いですか……?」
「何でしょう」
話の腰を折るようで申し訳なく思えたが、聖花がおずおずと尋ねた。此処まで来ればハッキリ聞いてしまった方が早いのかもしれない、と。
「シンシアという方については知っていますか?」
しかし、聖花はそう言い放った。あからさまにフェルナンの名を出すことは避けた方が良いように感じたのだ。
何か知っているかもしれない。そう願って。
登場人物が多いので、今度纏めたものを
新たにアップする予定です。暫くお待ち下さい(汗)




