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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
4章 学園生活の幕開け
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18.欠勤のワケ

「皆さま早く席に着いてください。始業はとっくに過ぎていますよ」


 ルードルフと話すのを止め、聖花が机に向かい始めて数十分が経過した頃、すっかり騒がしくなった教室に凛とした声が響き渡った。

 ペチャクチャとお喋りしていた生徒たちは、声の主に訝しげな視線を向けた後、そそくさと動き出し席に着く。ひとり机に向かっていた聖花も、ピタリと手を止めて顔を上げた。



(―――?誰かしら‥‥)


 聖花が僅かに眉を顰める。きっと他の者も彼女と同じ気持ちであるに違いない。

 始業だというのに来る気配のない担任(フェルナン)の代わりに教室(1-Α)にやって来たのは、彼とは正反対の雰囲気の女教師だった。入学式の際に薄っすらと顔を見た覚えがある、真面目で厳格そうな女性だ。


 だからといって何故彼女がここにいるのか分からない。入学したばかりで学園に慣れていない生徒たちにとったら尚更訳が分からない筈だ。誰も口にはしないが、フェルナンはどうしたのかと内心不審に思っていることだろう。

 当然聖花も同様だ。その女教師が余りに自然に教室へと入って来るものだから初めは流してしまっていたが‥‥‥。一体彼は何処で何をしているのだろうかと不思議に思う。



「さて、皆さま席に着きましたね。改めまして私はエルザと申します。この度はパース教員の代理として参りました。どうぞよろしくお願いします」


 教壇に立ったエルザは、軽く自己紹介を済ますと深々とお辞儀をした。


 クラスメイトは痛く静かだ。何も尋ねることなく彼女をじっと見つめている。当然、フェルナンがどうしているのか聞き返すこともない。そもそも気になっていても、大勢の前では聞きにくいことだろう。第一に、学園に来ているのか否かさえ分からない。単なる体調不良なのか多忙によるものなのかも不明だ。

 ただ、聖花には、昨日のこと(放課後の一件)が今の彼の不在に関係しているとしか思えなかった。否、関わりがあると殆ど疑っていた。



(あの様子なら、あるいは―――)


 脳裏に、あの(・・)光景が浮かぶ。鮮明で記憶に新しく、釈然としない。‥‥それらは全て昨日の放課後、フェルナンの自室で起こった出来事だ。


 あのときの彼は、はっきり言って取り乱していた。気が気でない様子だった。聖花を誰かと勘違いするくらいには。

 ある種、これまで以上に何を仕出かすか分からない。特に、聖花の見ていないところでは。



(―――面倒なことになったわね。休むこと自体はどうでも良いけれど、‥‥‥‥)


 僅かに冷や汗が滴る。自暴自棄になった人ほど手に負えないものはない。失うものがない彼らにとっては、人の目など些末な問題だろう。

 そして、その渦中に聖花がいるとなると、彼の存在はこれまで以上に危険なのだ。ここぞとばかりに聖花の身の上話を吹聴して回るかもしれないし、いきなり襲い掛かってくる可能性だって捨てきれない。


 これならばいっそ、何食わぬ顔で出勤してくれたほうがマシだった。いつも通り余裕のある笑みを浮かべつつ、内心では卑劣な欲望を秘めているような、そんな彼のままでいた方が随分気が楽だ。


 勿論、これが単なる思い過ごしだって可能性もある。むしろ思い過ごしであって欲しかった。

 しかし確証がない。どちらにせよ、フェルナンの動向を探る必要があるのだ。一刻も早く、この不安の種を取り除かなければならない。



(‥‥‥‥エルザ先生、か。彼女は何か知っているのかしら?)


 粛々と、言葉を続けるエルザに目を向ける。彼女は、凛とした表情を浮かべて生徒全体を見渡していた。


 平民には姓がない、ということは過去に学んだ。基本平民が姓を持つことは許されない‥‥らしい。その理由はロザリアのような貴族を見てよく分かる。


 そして、エルザは姓を名乗らなかった。立場上名乗る必要はないから、敢えて名乗っていないだけか否かは定かではない。

 ただ、彼女の身分がどうであれ、フェルナンの状況の一つや二つくらいは聞いている筈だろう。話を聞いてみる価値はあるのだ。



「連絡事項は以上です。では、また後ほど」


 程なくして、エルザがそう締め括った。立ち去るエルザを横目に、聖花はちらと周りを見渡した。流石に誰も席を立っていない状況で、エルザを追い掛けていくような真似はしない。


 パラパラと、クラスメートが席を立ち始める。各々で集まって、(さっき)のことをネタに会話を始めた。

 とはいえ、彼の不在からまだ1日すら経過していない。彼らの関心はすぐに他の方向へと向くことだろう。


 1限の開始まで()だ時間はある。聖花は、タイミングを見計らってエルザの後を追った。早々に聞いておいて損はない筈だ。


 エルザの向かう場所は限られている。恐らく、教員室か各自の個室だ。授業の前に一旦荷物を置かねばならないし、教材も取りに行かねばならない。

 もし彼女がいなければ他の教員に聞くことも出来るが、敢えて聖花はそうしようとはしなかった。あちこち聞き回って不審に思われても困るのだ。


 しかし道中、偶然にも聖花はエルザとばったり会った。エルザは既に支度を終えていて、教材片手に何処か他のところに移動しようとしている時だった。

 もう少し遅ければエルザと出会うことはなく、単なる無駄足になるところだった。



「すみません、エルザ先生。少しお話よろしいでしょうか?」


 声を掛けて呼び止めると、エルザはピタリと足を止め、聖花に視線を向けて、暫く考えるような仕草をする。



「貴方は‥‥‥‥確か、セイカ・ゴルダール嬢ね?」


 程なくして訝しげな様子で尋ねるエルザ。生徒の名前を間違えたら大変だから慎重になっているようだ。心なしか声のトーンも低い。



「ご存知なのですね」


 知っていたのかと聖花が目を見開く。学園に入学したのは昨日のことで、おまけにエルザはフェルナンの代理であって、1-Αの担任ではないからだ。

 しかし考えてみれば当然のことだ。そもそも聖花自体が稀なケースで、貴族間ではある種の有名人なのたから。平民間ではどうなのか知らないが。



「ええ。事前に叩き込んできたもの。ところで話って何かしら?悪いけど手短にお願いするわね」


 要らぬことを言った、と反省する聖花を他所に、エルザがピシャリと言い放った。早口で、言葉の節々に急いでいることが見て取れる。次に授業が控えているのだろうか。

 聖花の中で一気に申し訳なさが湧き上がる。しかし、引き止めておいて話さないという選択肢はない。ここで話を止めたら後々聞いてくることだろうが、下手にクラスメイトの前で呼び出されたり、大事にされても困るのだ。

 


「呼び止めておいて大した事ではないのですが、本日パース先生は学園にいらしてないのですか?」


「いないとは思うけれど‥‥‥。私には分かりかねます。私は欠勤の旨を聞いただけですもの」


 予想外の質問に、エルザは一瞬困惑したような表情を浮かべた。態々追い掛けてまで呼び止めた理由がそれ(・・)なのだから無理もない。

 聖花が更に踏み込む。



「そう、‥‥ですか。先生はいつ、復帰されるご予定ですか?」


「あの状態では‥‥、いえ、」


 エルザがぽつぽつと独り言を呟く。一見、自問自答しているようだが、言葉がだだ漏れで話しているのかも分からない。本人は気が付いているのだろうか。


 しかし程なくして、エルザは落ち着いた様子で口を開いた。元の調子に戻ったようだ。



「‥‥‥当面の間は無理でしょう。何か彼に用ですか?何か伝えて欲しいことがあれば私から伝えておきますが」


「いいえ、そういう訳ではないのです。あの、このことなのですが先生には伝えないでいて貰えますか?」


 エルザの提案を慌てて否定した聖花は、彼女にそう念押しした。不自然極まりないだろうが、きちんと伝えておいた方が気が楽だ。



「それは構いませんが‥‥‥。そろそろ行っても宜しいですか?」


「ああ、申し訳ごさいません。お時間頂きありがとうございました」


 急ぐエルザにお礼を告げて別れる。思ったよりも得たものは少なかったが、フェルナンの状況がある程度分かったことは大きい。

 しかし、何処か引っ掛かりを感じるのは聖花の思い過ごしなのだろうか。何か重大なことを見落としているような、そんな気持ちが心の何処かに残るのだ。

 が、確証もないので一旦それは置いておく。


 エルザの独り言も加味すると、やはり昨日起こったことが原因の可能性があるようだった。勿論、重篤な体調不良だって可能性もあるし、他に何かが起こった可能性だってある。

 だが、彼が万全の状態ではないことだけは確かだ。単なるサボりだとか、業務で忙しいだとかの線は消えた。



(急がないと―――手遅れになる前に)


 生唾を飲む。もし昨日のことが原因であるのなら、フェルナンを元に戻す(・・・・)ためにも直接会いに行かねばならない。勿論、彼の欠点を知った上で。

 悠長にしている暇はなく、ちまちまとリリスの関係を築いている場合ではない。



―――シンシア。


(やはり、彼女が鍵よね。調べれば出てくるかしら)


 聖花の中で、次にすることが決まった。それは、学園内にある図書室を訪問することだ。


 国内有数の蔵書を誇る学園の図書室。まだ行ったことがないが、元々聖花は近い内にそこへ行く予定だった。きっとゴルダール家にない本も多数置いてあることだろう。

 例えそこにフェルナンのことについて直接的に記された書物は無くとも、何処かに必ずヒントはある。"シンシア"という名前の人間との接点が。

 少なくともシンシアは、情報が秘匿されていないかもしれない。平民か、貴族かさえ分からないが、過去に何かあったのなら何処かに情報が記されていても可笑しくない。


 シンシアについて知っている人に聞いた方が効率が良いだろうが、如何せんリスクが高い。リリスにだって勘付かれて止められるかもしれない。


 昼休憩になったら真っ先に図書室に行こう。そう決めて、聖花は1-Αへと戻って行った。

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