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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
2章 孤独と希望
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13.脱獄 後半

 罪人を逃がしにくいようにと作られた、決して広くはない通路を抜けて行く。


 何度か、生ける屍と化した人が聖花の目に入った。

 彼女には、彼らが本当に生きているのかが気掛かりだったが、何せ体力を消耗するので、無闇やたらに聞くわけにもいかない。


 彼女に脱出後の目的はあるものの、まだまだ大雑把で不透明だ。

 そこで小さな目標として体力を真っ先につけよう、と彼女は強く思った。


 それにしても、聖花だけでなくアーノルドも殆ど無言なのが不思議なところで、これまでの彼の様子を見る限り、少しくらい憎まれ口を叩いてもおかしくない。


 だが、彼はそうしなかった。

 こんな状況で、彼自身の過去のことを思い出していたのである。


 『こっちだよ』と、彼の手を引き、恐怖から救い出してくれた女の子は、もうこの世にはいない。

 けれども、あの頃の彼に一つの()()()()をくれた。

 それがあったから、今の彼がいるのだ。



「……………で……………んか………?」


 気が付いたら二人はもう地上に登っていた。

 行かないでくれとでも言うかのように、彼の手を握る力が強くなる。

 彼は何を見ているのだろうか。


 聖花が呼吸を整えながら、その場で立ち止まったアーノルドの背中を凝視する。

 余裕ができてきた彼女は、様子の可笑しい彼にやっと気がついたのだ。



「っあ、あぁ…。すまない………」


(俺は何故、手を・・・・・)


 彼もカナデ(聖花)の声で我に返り、パッと手を離した。

 数秒間、彼女の方を一向に向かず取り乱しているように見えたが、直ぐにそんな気配もどこかに消え失せ、いつもの落ち着いた様子で振り返る。



「ではそろそろ、俺の出番も終了だ。

 正面から邸を出るのは自殺行為に近い。……そこで、だ。

 この場から少し離れたところに塀が見えるだろう?

 あそこは警備が実は緩いのだ。

 そこを越えたら引き継ぎ人がいるはずだ。」


「………どうやって越えるのですか??」


 聖花が間髪入れずに聞く。


 遠くから見て分かる、彼女には明らかに越えられない高さの壁を見て溜め息混じりに聞く。

 ただえさえ体力がないのに、不可能に決まっている。



「簡単だ。俺が風を吹き起こして、塀の上に乗せる。

 一瞬だが、人を浮かせるくらいの魔術はできる」


「その後は、?」


 馬鹿げた作戦にちょっと待て、という風に聞く。

 登りは仮に可能でも、降りはどう考えても無理だ。



「そうだな……。恐らく、引き継ぎに来た人間が受け止めてくれるだろう。安心して飛び降りよ」


「……保証は?」


「………………………」


 恐らく、という言葉がどうも引っかかり、聖花はまた思わず安全面について問うたが、アーノルドは意味のある笑みを浮かべるのみで何も返答しなかった。

 つまり、保証はできないということだろう。


 しかし本当にこれしか、密かに脱出する方法がないのは確かだと聖花は直感した。

 それは、早くしろと言わんばかりの圧力をかけてくる彼の様子が物語っている。



「はぁ……。分かりました」


 これで今日聖花が溜め息をつくのは何度目だろうか。

 わざとらしく息を吐いて、言われた通りにする。



「俺とは暫し、さよならだ。……ゆくぞ」


 聖花は息を飲んで、いつでも行けるように心の準備をした。

 途端、ふわりと身体が浮かんだかと思うと、勢いよく飛翔した。

 喉元まで出かかった悲鳴は飲み込む他なく、為されるがままに彼女は塀の上に上がっていた。



(ある程度は予想していたけれど、流石に想定外……。

 いや、やりそうかもと思ってしまう自分も重症ね…)

 

 しばらく呆けていた彼女は、彼に毒されつつあることを悟り、再び深い溜め息をついた。



(さて、ここから飛び降りるのか………)


 頭からアーノルドのことを振り払うかのように、颯爽と議題をすり替えた。

 薄暗い空間を目を凝らして見るも、生憎(あいにく)近場の壁しか見られず底が分からない。

 けれども予想することはできた。


 そうして、今この場から飛び降りることについても彼女は躊躇してしまった。

 相手に手助けしてもらうのと、自分からするのでは事情がまるで異なるのだ。


 以前、全てを諦めかけていた彼女なら、恍惚と身を投げ出していたことだろう。

 だが、生に執着してしまった今、自由が目先にある今この時、『死にたくない』という感情が芽生えてしまったのだ。


 その時、何処からか声がした、気がした。

 頭に響くように、はっきりと。



『俺が受け止めてやるから、飛び降りろ』


 それは命令しているようで、まるで異なる。

 心を侵食していくかのように、徐々に徐々にと馴染んでいったが、不思議と嫌な心地はしない。


 そして、彼女は静かに暗闇の中に飛び込んだ。

 どこか寂しげな闇に包まれて、緩やかに落下していく。


 ふわり、と何かに受け止められるのを感じて、聖花は自然につむっていた目をゆっくりと開いた。


 けれども、そこには何もなかった。

 まるで衝撃的なものでも見たように呆然と突っ立っている引き継ぎ人の男が一人いただけだ。


 否、彼は一部始終を見ていた。

 カナデ(聖花)が黒い霧のようなものに包まれるようにして落下していくのを。

 彼女が地に近付くにつれ、その禍々しくも何処か魅入ってしまう霧がクッションのように集まっていく様を。


 彼はそれを闇属性の()()()の魔術だと思ったが、あながち間違ってはいない。

 呆けていたのも、初めて見る闇の魔術に畏敬の念に近しいものを感じていたのである。


 聖花は不思議そうに辺りを一通り見回してから、その男に忍ぶような声を掛けた。



「あの………すみません。先ほど伺いましたが、引き継ぎ人の方でお間違えなかったですか?」


「・・・・・は、はぃ!」


 見事に声が裏返った。

 男はハッとして、目を見開いたまま彼女のことをじーっと見た。

 特に悪意があるわけではなさそうだったので、彼の性分なのだろう。



「取り乱してしまい申し訳ございません……。

 あまりに見事なもので、貴方様を受け止めることさえ忘れ見惚れてしまいました。どうかご無礼をお許し下さい」


「あぁ、いえいえ、怪我もないし私は気にしていませんよ。

 ご丁寧にありがとうございます」


(ふ、普通の人だわ……)


 聖花が何か言う前に深々と頭を下げられてしまった。

 アーノルドのことがあるから、引き継ぎ人も捻くれ者かと勝手決めつけていた彼女は、感謝を伝えながらも内心謝った。



「ご不便をお掛けしますが、当主様をあまり待たせるわけにはいきません。ですので、歩きながらこれからのことをお話ししましょう。この時間に馬車は……、目立つので」


「分かりました、行きましょう」


 どうやら彼はそこの使用人のようだった。

 あわあわと慌てふためいている様子が滑稽だ。


 聖花には疑問がやはり残っているが、彼に免じて取り敢えずは目的地へと向かうことを優先することにした。


 ふたりはコソコソとその場を後にし、小声で話しながら更に暗くて薄気味悪い道を敢えて通っていった。

 非常に危険なのではないか、と聖花も危惧していたが、そんなことはなかった。


 何故ならば、彼が身につけている魔術具が認識を阻害してくれるようで、余程腕の立つ人間でないと見破らない。

 その上、基本的にそんな人間は無闇に人を襲ったりしないらしい。

 魔術具の存在を知らなかった聖花は驚いたものの、こんな世界だから何ら不思議はないな、と納得していた。



「申し遅れました。こんなところで何ですが私はザックといい、使用人の端くれです。これからよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


「事前に説明するように言われておりますので、今後のことをお話させて頂きますね。貴方様は養女になったらまず、貴族のことを出来るだけ早く学んでいただきます。名簿にもございませんので元々貴族ではありませんよね?」


 ザックが振り返ってカナデ(聖花)に尋ねた。

 彼女をカナデ本人と思っているので貴族のことを知らないと思うのも無理はない。


「あの……ー。いえ、何でもないです」


「?分かりました」


 彼女が一言言おうとするが、話がややこしくなるかもしれないので止めておいた。

 家によってやり方が異なるかもしれないし……。


 ザックは一瞬不思議そうにしながらもすぐに頷いた。



「それから、学園へも通ってください。試験のことについては事前に手を打ってあります。属性は目立たないよう『森』で登録されています」


「…………………」


「兎に角、当主様から指示がない限り、特に目立つ行動は外では控えるようお願いします。代わりに邸内であれば制限はあまりないので、自由にしてくださって結構です。

……分かりましたか?」



(つまり普段は目立ってはいけないけれど、指示には従え、ということね。望むところよ)


 強調するようにザックが付け加えた。

 妙に引っかかる台詞(セリフ)があるのは、彼女の気の所為ではないだろう。

 彼女は状況を何となく飲み込み、首を強く縦に振った。


 そうしていると、間もなくザックが1つの屋敷の前で立ち止まった。



「さぁ、着きましたよ。」


「ここは………」


 そこは、聖花に見覚えのある屋敷だった。

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