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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
1章 転生と幸福
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2.プロローグ

1話とは場面が変わります。

 ある交差点で、突然それは起こった。


 ()()はいつものように、単にそこを通り過ぎようとしただけだった。

 普段と違うことと言えば、たった少し浮かれていたくらいだ。

 友人に借りたゲームを手に、彼女は軽やかな足取りで我が家へと向かっていた。


 だが、それは唐突に終わりを告げた。

 いきなり悲痛な叫び声が聞こえてきたかと思うと、彼女の身体は宙を舞っていた。

 始めは何が起きたか分からず、彼女はただ混乱するだけだった。

 彼らの言葉を聞くまでは。



「女の子が轢かれたぞ!!」


 その一言で彼女は瞬時に自分のことだと理解した。

 不思議と頭の回転は早かった。


 彼女の周りに大勢の人々が集まる。

 群衆は、安否を心配して駆け寄ったり、あまりのショックで呆然としていたり、興味本位で観に来たりと様々だ。

 不謹慎にもカメラを構えている者さえいた。



(あぁ、痛い…)


 彼女は状況を知った途端、身体中に痛みが走ったが、不思議と落ち着いていた。

 体が微動だにせず、遂には上手く声も出すことが出来なくなってしまった。





ーーーねぇねぇ聖花、このゲームお薦めだよ〜。

   新しい乙女ゲームで面白いよ!




 ぼんやりと意識が離れていく中、彼女、郡聖花(こおりせいか)は、友達との会話を思い出していた。

 丁度この日交わした会話だった。


 その友達は、彼女にとって一番の大切な人で、笑顔がとっても似合う素敵な人だ。

 聖花は少なくとも、そう記憶している。




ーーー貸してあげるから今度感想聞かせてよ、約束ね!!




 そんな幻聴に「ごめん、返せないや」と心の中で謝りつつ、彼女は、自身の逃れられない最期を悟っていた。

 痛みも自然と引いていき、考えることさえままならなくなってきた時、最後の力を振り絞りゆっくりと目を閉じた。


 大騒ぎしている雑踏の叫び声など彼女の耳には全く入らない。

 そうして、薄れ行く意識の中で、大切な唯一の親友のことを思い出しながら、彼女は静かに息を引き取った。





 ある屋敷の一室で、少女は心地良さそうに眠っていた。

 清潔で高級感のある布団が首元まで掛けられている。



「んうぅ‥‥」


 その少女は不意に唸り声を上げ、ゆっくりと目を開いた。

 すぐ真上に天井が見える。

 否、それは天井などではなくベットの頭の部分で、天蓋が取り付けられている。


 そこで、今度は起き上がってみた。

 少し日が差しているのか、眩しい光が少女をほんのりと照らす。

 そのまま、辺りを呆然と見回した。


 ランプやドレッサー、キャビネットなどの家具が彼女の目に映る。

 まるで中世ヨーロッパのような装飾の数々は、彼女に衝撃を与えるのには十分だった。


 更に、一つのことに気が付く。

 


(身体が、どこも痛くない‥‥‥)


 唖然として、身体のあちこちを見回すも、どこにも傷が見当たらない。

 有るとすれば、脳裏にこびりついた()()()の記憶くらいだ。



「……ここは何処??」


 少女ーー聖花が呟いた。

 天国にでも行ってしまったのだろうか、とさえ思っていた。


 しばらく放心状態でいた聖花は、扉からのノックの音で我に返った。


 誰だろうか、と扉を凝視していると、あろうことか見知らぬ女が部屋の中に入ってきた。

 その女は、黒と白が基調の服を身に(まと)っており、20にも満たないような顔立ちをしている。



()()()、失礼いたします。なかなかお返事が頂けないので入らせて頂きました。さて、起きておられますか?」


 女がゆっくりと近付いてくる。

 聖花の方へと向かって一歩一歩。



「あなたは、どちら様ですか、?」


 聖花は女の足を止めようと、質問に質問を返す。

 少し脅えて声が震えている。

 


「‥‥?‥お嬢様、寝惚けていらっしゃるのですか?私はお嬢様の専属侍女であるメイと申しますが、、、、」


 不思議そうな顔でメイは答えだ。

 主の様子を見て面白がっているのか、微笑を浮かべている。

 害意は感じない。

 

 メイは聖花の変化に気づいていないのか、用意していた白湯を笑顔で聖花に差し出した。

 

 そんな表情を見て、聖花は何故だか受け取らない訳にはいかなくなった。

 遠慮がちに受け取り、控え目にそれを口に含んだ。


 丁度よい温度の白湯が彼女の喉を潤していく。

 不思議と心も温まった、気がしていた。


 ふと、友達が語っていた話を思い出す。



ーーーこの乙女ゲームはね、異世界に転生した子の話なんだ!



(異世界…転生……)


 聖花は頭の中で、そう静かに呟いた。

 そんなこと現実である筈ないと思いながらも、この状況を見て自然と腑に落ちる。

 ()()()()()、余程のことがない限りありえない。

 誘拐にしても、高級感のある部屋に連れ攫われる意味も分からない。


 加えて、彼女は一つのことに気がついた。

 彼女自身のことについては少しは思い出せる。

 けれども友達や家族など、他人についての記憶をこれといって呼び起こせないことだ。

 記憶に(もや)が掛かったかのように、思い出そうとしても、それを振り払うことができない。


 しかも、()()()()の事さえ、忘れているのか一切分からなかった。

 ある種の記憶喪失といっても過言ではない状態だ。



「メイ、さん?ちょっと不思議に思うかもしれませんが、私について教えて欲しいです」


「お嬢様‥‥??本当にどうされましたか?失礼ですが、頭をお打ちになられたのではないでしょうか。医者の方を呼びましょうか、、?」


 聖花が()()について遠慮がちに聞くと、メイは驚いたように目を丸くした。

 本気で心配している様子だった。

 聖花は医者を呼ばれたら困るので、全力で否定する。



「……お嬢様、‥‥いえ、マリアンナ・ヴェルディーレ様はルアンナ奥様とダンドール伯爵様との第三子のお方です」


 何とか踏みとどまったものの、メイは怪訝な顔をして答えた。

 聖花は何かが引っかかり、まだ半分も話しきれていないメイの話に、つい口を挟んだ。


「えっ?マリアンナって………どこかで‥‥」


「何処かも何も、他ならぬお嬢様のお名前ですよ?」


 聖花が聞き覚えのある名前に困惑していると、声に漏れていたようだ。

 メイが間髪入れずに突っ込んだ。


 聖花の疑問を残したまま、その場では結局何も分からず仕舞いに終わってしまった。
















しかし、彼女の記憶の片隅には確かにそれは残っていた。




ーーー『異国の国の聖女』の主人公はね、

   マリアンナって言う名前なの。




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