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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
1章 転生と幸福
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11.懸念と鼓動

 フィリーネが学園から帰宅して既に七日が経過しようとしている。

 聖花にもヴェルディーレ家にも、これといった不足の事態が起こることもなく、比較的穏やかな日々が過ぎ去って行った。


 何かを疑われているように感じていた聖花は、フィリーネとそれとなく距離を取り、出来るだけ接触しないようにしていた。

 幸か不幸か、フィリーネからも積極的に声を掛けることはなかった。


 しかし、今日は違った。


 とうとうフィリーネがマリアンナ( 聖花 )に「本日二人きりでお茶をしませんか?」と誘ってきたのだ。

 しかも、家族全員が揃っている朝食の場で。

 

 マリアンナの両親は笑顔で賛同しており、結果的に断ることが出来なかった。

 聖花には承諾する他に選択肢がなかったのである。


 楽しみね、とフィリーネは微笑んでいたが、聖花は憂鬱な気持ちで、ぎこちなく苦笑いを浮かべるばかりだ。

 が、それにも関わらず、空は曇ることなく澄みきっている。一面にアザーブルーの海が広がっているようだ。



(嗚呼、遂にこの日が来てしまった―――)


 窓越しに空を見上げる。自らの心とは対象的に晴れきった天気を目にし、聖花は気持ちを更に沈めた。

 いっそのこと雨が降ってはくれないか、と。


 フィリーネのあの時の態度。これまでの視線。何かを考えていたに違いない。

 小さく息を吐いた聖花は、重い足を引き摺るようにしてその場を後にした。


夜会の()()()()から、既に物語は大きくズレてしまっていた。

 いや、イレギュラーな存在が混じった時から。





 ルアンナがダンドールに頼んで、お茶会用に改築してもらった温室。

 元々は空き部屋として放置されていたが、すっかりそんな面影はなく、草花の香りが辺りにほんのりと優しく広がっている。

 観葉植物がその約7割程を占める中で、ハイビスカスやバラ、洋蘭などの多種多様な花々が美しく咲き誇っていた。


 そんな風光明媚な温室で、会話を交わす者がふたり。フィリーネとマリアンナ( 聖花 )だ。



「あら、マリアンナ。そんなに緊張しなくて宜しいのよ。私と貴女の仲ではないの」


 二人が席に着いてから(しばら)くして、フィリーネが漸く声を発した。

 強張った様子の聖花を見て、何かを感じ取ったようだ。以前のような力強い口調ではなく、ふんわりとした優しい声色で、その場の緊張を(ほぐ)そうとしていた。


 あの時とは明らかに違う態度。何か謎が解けたのだろうか。それとも、誤解(・・)が解けたのだろうか。



「貴女に尋ねたいことが、あるの」


 漸く緊張の解れてきた聖花を見るなり、改めた様子のフィリーネが本題を切り出す。

 聖花は思わず息を呑んだ。



――――遂に、知られてしまった。



 そんな考えが聖花の頭の中を駆け巡る。


 今日、この日この瞬間まで、彼女はずっとずっと考え続けていた。

 誰かに知られてしまう恐怖。大切な人(・・・・)に非難される恐怖。

 そして、家族に捨てられてしまう恐怖。一度味わったような虚しさ。


 この感情が何処から来ているのかは、今の彼女には分からない。分かる筈もない。

 けれども、いつの間にか顔を地に伏せていた。

 

 もうこの生活も終わりか。と、聖花は思った。

 同時に、認めてしまおう、とも決めていた。フィリーネたちが知っているマリアンナは自分ではないことを。


 だから、フィリーネの言葉に間抜けな言葉が漏れたのだ。



「……マリアンナ、貴女、私のことを嫌ってしまわれましたの?」


「はい………………………………、、、えっ??」


「はい、??」


 二人、一瞬揃ってフリーズした。

 予想を大きく外れたフィリーネの一言。

 肯定した後、不思議そうに顔を上げたマリアンナ( 聖花 )

 真っ向から嫌い、と頷かれたフィリーネは暗い顔になっている。


 少しの間、気まずい沈黙が流れた。



「あの、えと、嫌ってない、嫌ってないです

 誤解です。ごめんなさい‥‥‥」


 何故自分が謝っているのだろう。聖花はそう感じつつも、この後ろ暗い雰囲気を何とかしたくって、慌てた様子で言い直す。そこに貴族らしさなんて残っちゃいない。

 が、フィリーネにも指摘する余裕などなかった。


 安堵と共に、聖花の胸に何とも言えない申し訳なさが突き抜ける。これまで、勝手に疑って、勝手に怯えて、勝手に警戒して逃げ回った。

 以前のこと(夜会の事件)があったとは言え、警戒心が強くなり過ぎていたようだ。フィリーネは関係ないのに。


 他愛ないことであるが、今日ずっと「マリー」ではなく「マリアンナ」と呼んでいたのは、"マリアンナ( 聖花 )から嫌われている"と踏んだフィリーネが敢えてそう呼んだ結果だ。

 それがより、誤解(・・)を招くことになるとは知らずに。


 そもそもフィリーネは、陰湿なことを嫌う性分で、言うならば堂々と、ハッキリ物申すような女性だ。

 本当に何か(・・)に気付いていたとしたら、とっくに皆の前でソレをぶつけていたことだろう。

 逆に、確信が得られるまでは何もしてこない、と言える。


 マリアンナ( 聖花 )の慌てふためく様子を見て、フィリーネは優しく微笑んだ。



「いつものようにフィー姉様とお呼びして頂けますか?」


 家族にしか見せない慈愛に満ちた表情で、彼女はマリアンナ( 聖花 )を真っ直ぐに見つめた。

 ただの『お姉ちゃん』としての姿。



「……はい。フィー姉様。」


 聖花は困惑しつつも、フィリーネを笑顔で受け入れた。

 心の底から溢れ出す笑顔で、マリアンナがいつも彼女に見せていた笑顔で、微笑みかける。


 フィリーネは一瞬目をぱちくりとさせた。が、直ぐにふんわり緩やかに笑いかける。



「ふふふ。ありがとう、マリー。(とし)が違うけれど、学園でも宜しくお願いしますわね」


 先ほどまでの気配は少しも見せない。いつも通りの『フィリーネ』に戻り、手本のような笑みを浮かべて見せた。

 二人はまた顔を見合せ、顔をくしゃりと崩して笑い合ったのだった。

 聖花は、きっと上手くやっていけると思って。対するフィリーネは心の内に何かを抱えて。

 学園でも目一杯話そう、と穏やかに会話する中、聖花はひとり思っていた。


 学園の始まりがじわじわと迫って来ている。

 入学希望の者は先ず入学試験と、魔術の属性検査を受けなければならない。


  〟          〟

   赤魔術を用いる【炎】

   青魔術を用いる【水】

   翠魔術を用いる【森】

   白魔術を用いる【光】

   黒魔術を用いる【闇】

  “          “


 それらの属性は(たましい)に刻み込まれるものであると、人々には信じられている。

 例え、入れ替わりが起ころうとも、それ自体変えることは出来やしない。

 それこそ、いるかどうか定かでない創造神以外に。


 聖花や()()は、これからの学園生活に期待を膨らました。


 ()()は今までの努力(・・)が実を結ぶことを見越して。

 聖花は楽しい学園生活を思い描いて。


 カラスが一羽、ヴェルディーレ家の上を通り過ぎた。何処か気味の悪い鳴き声を上げて。

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