皆、五歳になる 6
副所長の作ろうと思えば作れる発言に私と伯爵は天を仰いだ。
「……っわあー。身体はちびっ子頭脳は大人」
「あくたぁぁ~」
「あ、そういうのはいらないです」
背後から聞きなれたアクタの声がしてので思わず泣き付いた……が片手で頭掴まれて牽制されたのでやめておく。
おいおいおい、ほんの数十分程度しか離れてないアクタに数ヶ月ぶりの感動を覚えちゃったよ。
「――とりあえずカフ伯のみ伝えたんですけど、状況は全く変わってないんですね」
むしろ悪くなってる可能性。
とりあえずこの性悪そうな副所長の発言だけが現在の唯一の希望。
アクタはふむ、と頷いてしゃがみこんだ。
副所長の頭を掴む。頭を掴みたいお年頃か何かなのかアクタ。
「で、このクソガ……肉饅頭サマは元に戻す魔薬作れるんですか」
「お前ダメだろそこで切るな。魔法薬だ『ま・ほ・う・や・く』。まやくって略すな」
「それはむりかな」
副所長は肉に埋もれた細い目で嫌そうにアクタを睨み付けながら、手から逃れるように頭を振りながら言った。
「きたいさせてわるいけど。まあでもいっちゃんのくすりのれしぴはあった」
ひらひらと副所長が手を振れば、ミキュミキュと鳴きながら白いもふもふが彼から離れ、背後をガサガサ探って戻ってくる。
その口……口なのかなああれ。
とにかく紙を咥えて肉饅頭の化した副所長に渡す。
「これがもとになったれしぴね、これをつくっただけだとだめだとおもうよ」
「これは……」
副所長の手にあった紙を三人で覗き見たがさっぱりわからない。暗号のように数字と見たことのない文字や絵のようなもので埋め尽くされていた。
伯爵が唸る。
「このような研究に関して外から盗む者も多いため、本人たちにしかわからないように暗号化して資料に残すのだと義姉から聞いたことがあります」
「とうのいっちゃんはもうそれみてもわかんないんだって」
伯爵は副所長に目線を合わせた。
「お前以外であれば誰がこれを読み解ける? 他にこの魔法薬の再現が出来て且つ解除薬を作れる可能性のある者は!」
「りゅうがくせいかな」
「留学生?」
「おとなりのそあらの。まほうやくの……」
「魔法薬の?」
副所長の言葉をアホみたいに復唱する。副所長は大きな欠伸をした。
「……だめかも……ねむ……」
副所長は自分の首肉に埋もれるように眠ってしまった。
「隣国ソアラの留学生というと」
「地味めなお嬢さん一人とお坊ちゃん方でしたよね。一度挨拶されてましたね……そういえば」
アクタの言葉で記憶を引っ張りだそうと考える。
確かに挨拶したことはある、城でこれから宜しくねという簡単な挨拶を受けた。
「パッと見記憶に残らないような感じだが、女性の所作が綺麗だったのは覚えている……」
「ほほう?」
ニヤニヤとアクタが笑う。
「……クラスが違うから分からないな」
「ああー、ソアラの方々は魔法薬研究に来てますからね。関わりなくて当然じゃないんすかね」
ふと伯爵を見れば、難しい顔で考え込んでいた。
「どうした?」
「殿下、どうしたもこうしたも。ソアラに助力を願うのはやむなしなのですが……ですが、この魔法薬は他国に流出するのは宜しくないのでは……」
「……あ」
――マジか!? マジだわ。
そうだよ、マズいよ。結局これは若返りの薬だからな。
きっと世界がひっくり返る。この薬を求めて戦争が始まってもおかしくないほどに。
下手をすれば不老不死さえも……。
私は唾をゴクリと飲み込んだ。
それに憧れはしない。
しないが、憧れのある者は多いだろう。特に権力者たちに。
このレシピを門外不出にしても、副所長以外であればソアラの留学生を頼るしかないということだ。
研究所の所長、あれは事務仕事に長けていて対外的に上手くやっていけるからその座に就いていることは本人も周囲も理解している。
研究者として秀でているから所長なのではなく、人付き合いが苦手で癖の強い彼らの代わりに表に出ている人なので、まず薬の作成は無理だ。
考えろ、考えろ。
まず、おそらくこの室内に残されたこのレシピの魔法薬があったか何かで母上以外の三人はちびっ子になってしまった。
その薬はもうない。だから伯爵には副所長が再現したものを作っても良いと言った。
昨晩薬を用いた母上は、この時点でレシピを読めないようだし、精神は幼児に戻っている。
副所長たちが飲んだのは一時間は前だろう。
それでもずいぶん幼児に引っ張られている。
気付けば、先ほどまできゃっきゃっと遊んでいた三人もすっかり眠っている。
「……なあカフ伯。子供というのはこんなに眠るものか?」
私に問われた伯爵は首を傾げる。
「このくらいの頃は……眠ることは多かった……ような?」
「朝から――まあもうすぐ昼だが、母上が何度も何度も眠るんだ」
「何度も? 流石に乳児であれば数時間おきに乳を飲み眠ると言いますが、このくらいの年齢で何度も、は」
「……眠る度に幼児化している気がする」
私の言葉に伯爵だけでなくアクタも顔色を変えて寝こけているちびっ子たちを見つめた。
「ソアラに機密を漏らせず助力するためにはどうしたらいい……」
「ソアラ王は曲者です、殿下。これを突いてソアラが出張ってくる可能性があります」
「あ、まって。ちょっと待て。いやーな予感が」
「現ソアラ王であるザイオ様は若かりし頃、この国に留学生として来ておりまして」
あ。聞きたくない、かも?
「……王妃様に懸想して執着しておいででした」
「……っわぁ、さすが! 天然タラシ」
「アクタやめろ不敬だぞ不敬!」
アクタにはそう突っ込んだものの、同じことを考えてしまった。
母上やはりモテすぎでは? でも王妃になるにはそのぐらい人たらしでないとダメなのかもしれない。
「と、なると」
言いながらアクタが私の肩をぽんと叩いた。
「ソアラの留学生には何らかの密命が下ってる可能性ありますね」
「みつめい」
「当時王妃サマをオトすことが出来なかったソアラ王は、独身になった王妃サマを狙っているとか?」
「狙っていたとして何ができる? それに母上たちの学生時代からもう20年以上は経っている。ソアラ王は子沢山で多妻制でもあるし、今さらだろう」
「……殿下。その『今さら』がこの現状ではないでしょうか」
伯爵が言う。
「ザイオ様は諦めておられないはずです。そのぐらいねちっこい方です」
「ねちっこい」
「きちんと魔法薬の研究目的の留学生のようで、ハニー・トラップなどを仕掛ける気はなさそうですが。もしこの状況が知れれば、拐いに来る可能性はかなり高いです」
「拐うどころか、きっと薬飲みたがりそうですねソウシェ様! 増えそうですよね、面倒が!」
「ありそうで困る。口に出すと本当になるというからヤメロ」
伯爵と私は揃って肩を落とした。
【ザイオ】
40歳・隣国ソアラの王・妻子持ち
イメカラ:当て馬シルバー
⭐️銀髪・銀瞳
* * * * *
かたつむり更新中。