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皆、五歳になる  4

 箱を確認すると空き箱で安心する。

 

 木箱でなく紙だから、ぶつかっても大丈夫だろう。

 

「殿下、それでこれは幼児化の薬ですか?」

 伯爵(カフ)がこっそり耳打ちしてくる。

「うーん……結果幼児化になっただけで、若返りの薬を作りたかったのか何なのかいまいちハッキリしていない」

 私がそう言うと、ますます伯爵の眉間の皺が深くなる。

 

「しかも、だ。皆なぜか過去の恋のやり直しを要求している」

「……は?」

「要求とは違うな。宣言か」

「――は?」

 

 伯爵、地を這う低音ヴォイス怖い、怖いから!

「殿下、一体どういうことですか」

「どーゆーもこーゆーも、ない」

 青い髪が足元にやって来た。宰相(タニーザ)だ。

 

「いっちゃんはいま、どくしん」

 これに返事をしたのは伯爵。

「――まあ確かにそうですね」

「ぼくらもどくしん」

「……あー、そう言われればそうでしたね」

 伯爵は視線をやや上にして考え込む。

 

「もんだいは、ねんれいのさ」

「……なるほど、理解しました宰相」

 伯爵は上を向くと小刻みに頷いている。理解が早すぎない?

 

 ――そして意を決したように真っ直ぐチビッ子たちに向かって……

 

「お前たちは阿呆か!?」

「ひどーい」

「なんといういいぐさ」

「ご、ごめんなさい」

「だめよ、かふ、わるぐちはだめ」

 

 まあ伯爵がそう言いたい気持ちはわかる。

 私もアホとまでは思わないが、この先の政の混乱を思うと、胃潰瘍に、十二指腸潰瘍になりそう。

 

 胃に穴あくのは痛いんだ。勘弁してほしい。

 

 チビッ子どもは積み木遊びに戻った。

 伯爵は眉間の皺をめすます深める。

「どうなってるんだ」

「どうも幼児の方に引っ張られるようで、普段通りきちんと受け答えしていると思えば泣いてみたり喧嘩したり寝ていたりする。基本自由だ」

「……はぁ」

 伯爵はガクリと肩を落とした。

 

「義姉上はホントに何をやってくれてんだ……」

「母上以外は青春のやり直しだ」

「過去の恋、青春のやり直し。無理だろ……」

「そう、かな?」

「無理ですよ、あねう――王妃様はそれを望んでません。何を思って若返りだか幼児化だか変な薬を作ったか知りませんが、そういうつもりではないはずです」

 

「かふ、じゃあ、きみものんでみる? やりなおせるかは、おなじとこにこないとむりでしょ」

 足元からの声は今度は紫、副所長(リオーガ)

「かふだって、いっちゃんのことおもってたよね」

「……私は、いらない」

「ふうん? ほんとに? じゃあこのなかのだれかが、いっちゃんのさいこんあいてになっていいんだ?」

「それは私が決めることではありませんよ、リオーガ殿」

「ふうん、あとでこうかいしてもおそいんだからね!」

 

 べーっ、と舌を出し……いや、あれ出せてたかな。なんか頬肉や顎肉に阻まれてたみたいだけど。

 伯爵を見れば、難しい顔は崩さないままだ。

 

「――殿下、やり直しができたとして」

「うん」

「今の家族を捨てることはできません」

「うん」

「例え、必ず自分に振り向いてもらえるとして仮定しても」

「そうだね」

「今の妻との間に愛がなくても」

「……それは」

 

 わからないのでは? と言いたくなった。

 だが、仮に伯爵が私で、伯爵の妻が私の婚約者サノアだとして。今の関係性は愛がないからそのまま当てはめて……うん。

 

 ――いやあ? それなら人生やり直したい! 私ならやり直すな!

 

「カフ伯爵、それは十分愛があるんじゃないかな」

「殿下はまだご結婚されてないから……」

「えっと。確かにそれ言われるとあれなんだけど」

 

 伯爵はきゃあきゃあ遊ぶ子供たちを見て溜息をついた。

「やり直しなんて……」

「――あながち間違いではないかもな」

 

 怪訝な顔をする伯爵に、母上の記憶が曖昧な部分があること、先程言ったように行動まで幼児化することの意味を考えると……。

 

「母上は、王妃を辞めたかったか」

「……殿下」

 

 母上は元々伯爵家の一人娘。

 前伯爵夫妻は母上しか子に恵まれず、遠縁の叔父上(カフ)を養子にした。

 

 父上と母上はかなり小さい頃から婚約を結んでいたためだ。

 

 これが異例だった。

 

 そういえば、ちょっと前に女性の間で流行した『異世界恋愛もの』という小説を読んだ。

 

『自由な気風の王国で育ったまだ幼い王女が、歳の離れた王太子と二国のために婚約する。

 

 本当は王女の姉のほうが王太子と年齢が釣り合うため婚約予定だったが、彼女が病気で急逝したために繰り上がった。

 

 のびのびした環境で育っているからか、他の姉王女たちと比べても勉強が苦手でワガママまではいかないが堅苦しさを嫌う性格。

 

 そして数年後やっと婚約者の国へと……』

 

 という重厚な物語だった。

 最終的に王女は嫁ぎ先の国で幸せになれるどころか、婚約者とは触れ合い語り合う時間を持つことは長く許されず、周囲の偏見の目に傷付き、その孤独を突いた貴族たちの思惑に振り回され、最終的に処刑されるという恋愛よりも生き様に焦点をあてた悲劇だ。

 

 主役、主役の夫となる国王、身に置き換えるとどちらの立場でも悲しい!

 アクタに『乙女ですか』と呆れられながら私は滂沱の涙を……。

 

 いや、そこじゃない。

 

 物語でもあるまいし、まだ幼い内から政略結婚なんて中々ないことだ。

 

 でもまあ。

 親同士の口約束で、『次生まれてくるの女だったら、お前んちの息子と結婚させない?』みたいな。

 それで結婚まで行った例はあると言えばある。

 

 だが我が国ではそんな婚約は少ないんだ。

 せいぜい早くとも学生のうちで、そんな幼い、何がどうなるかわからない内から婚約なんてしないもんなんだ。

 だから父上と母上の婚約は当時にしても異例だった。

 

 王家と伯爵家は縁戚でもない。

 当代同士友人でもない。

 

 それなのに、その異例の婚約は成ったのだ。母上だって遊びたい盛りだろうに、公用語以外にも近隣諸国の言語、歴史そういったものを学ぶのは大変だったろう。

 しかも学校では魔法薬学を選択。臣下ならともかく王家には不要な研究職。それも良い成績を修めていた。

 

 ――だとして王妃になりたかったか? 長い人生他に想う人がいてもおかしくない。

 

 かの物語の王女に母上を当てはめていた。 


イチヨ 「まりー……あんとわねっとう」

ソウシェ「熱湯に重きを置かないで下さい」

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