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不死狩りと舌戦場の軌跡  作者: 暦師走
〈参章:廂ノ王ト小麦色ノ姫〉
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【外界10日目(晴れ)】


傷口を洗い、覆っておいた葉を知らぬ間に幼女が剥がしていた。

先日の教訓を忘れたような振る舞いに溜息も出ないが、彼女の挙動には負傷した形跡が見られない。

それどころか、足元で飛び跳ねる幼女に、傷口も腫れも無かった。


切り口を最小限に収めたとはいえ、一夜で霧の如く消えるなどありえん。これも呪法の力なのであれば、もはや幼女と呼ぶのは不適切。



これより面妖な女――“妖女”と呼称することにする。




【外界10日目(晴れ) - 追記】


道中“くまのみ”が実っていた。

摘まんで頬張ろうとしたが、妖女に目ざとく発見されたらしい。何度も嗅ぐ彼女に渋々差し出せば、ぱくりと迷わず口にした。


[……おいしー!]


満面の笑みを見せ、飛び跳ねる姿はやはり幼い娘にしか見えない。


だが傷口の完治こそ、彼女が魔女たる面影の証。油断は禁物だ。




【外界11日目(晴れ)】


開けた森を抜け、さらに険しい崖を下れば、人の足跡を見つけるに至った。

追った先には簡素な小屋が数軒建ち、川魚や小獣を干す組み木が軒先に置かれている。


最後に立ち寄った集落にしては、随分と規模が縮小したように思ゑるが、明かりも柵も立てられていない。

不用心にも程がある……が、あるいは我ら戦士団を毒殺した神官のこと。如何なる陰湿な奇策を回しているとも分からない。


日が昇るまで、森から様子を見る事にする。




【外界12日目(晴れ)】


陽射しが一帯を照らし、人影が練り歩く頃合いを狙って入村したが、規模の縮小は勘違いではなかったようだ。


村民は妖女の体躯を悠に超しているとはいえ、我が胸部にすら達する者はいない。見下ろす必要がないものは屋根位だが、問題は住人たちとの異様な距離感だろう。

まるで熊を遠巻きに警戒するような素振りに、近付くのも憚られるが、幸い1人の老いた男が恐る恐る迫ってくる。


尋ねる事は山程あったが、まずは災厄の魔女を滅ぼしてから何年経ったのか。

神官どもが大陸を支配しているのか。


いざ尋ねようとすれば、話す喉が無い以前に、紡がれた言葉を理解する事が出来なかった。


古都に封じられている間に、民家の大きさ共々言語まで変わったのか。静寂に刻々と男の顔が青ざめていくも、ふいに妖女がひょっこり足裏より現れた。

彼女の登場に周囲の村民までざわつき、腰布を掴みながら前に出るや、小さな口をおずおずと開く。


どうやら言葉を介せるらしく、幾らか和んだ空気の中で、おもむろに妖女が振り向いた。


[あのね?どこから来たのー、って聞かれたからずーっと遠くって教えたげたの。そしたら騎士さまに来られても、おもてなし出来なくてごめんねって]


妖女の言葉を鵜呑みに出来ないが、村民には戦士と騎士の区別がつかぬらしい。

お飾りの貴族と同一視されるのは癪とはいえ、辺境の集落とあっては仕方ないだろう。


だが今求めているのは、他者の印象ではなく情報。

そのために街の所在を尋ねるべく、何度も指先で意思疎通を試みたが、挙動の1つ1つで村民が怯えてしまう。

妖女を介そうにも盲目ゆえに指示を出せず、周囲のざわつきに震えている。


これ以上の長居も出来そうにはなく、足にしがみつく妖女を連れて、早々に村を離れる事にした。



言葉が通じぬのであれば、分かる相手を探すまで。

さすれば文字による意思疎通も可能だろうが、此の世の識字率は如何程のものなのか。


今はそれだけが気掛かりだった。




【外界13日目(晴れ)】


平原をひたすら歩くが、人里の気配はない。

先日の村民が世離れしていた事が証明され、言葉が通じなかった理由も納得ができる。


ならば何故妖女は言語を介せたのか。

見下ろせば当人は、胡座(あぐら)の上で仰向けに眠りこけている。


口が利けるのを良い事に、言葉が通じるふりでもしていたのだろう。




【外界14日目(晴れ)】


川の浅瀬に辿り着いたところで、服を脱ぎ捨てた妖女が飛び込んでしまった。


[あっちにお水の音するよぉー]


そう言い続ける彼女に渋々従った結果ゆえ、止めるのも野暮。今日は川辺で一泊する事にし、明日は流れに沿って人里を探す事にする。



夕餉には川底に群生する黒貝を石焼きにし、塩をかけて食した。

妖女も果敢に噛みつくが、貝殻に苦戦しているらしい。

渋々全て叩き割り、木の葉に取り分けておくや、途端に次々平らげていく。


口を動かしながら顔を上げ、閉じた瞳と目が合えば[おいしー!]の一言。



同感だ。




【外界15日目(曇り)】


川辺に建つ小屋の傍。桟橋で洗濯をする老婆と遭遇した。

目が合った途端に悲鳴を上げられ、腰を抜かしたかと思えば座り直し、頻りに手をすり合わせている。


ぼそぼそと呟いているのは、拝んでいるのか。

はたまた命乞いしているのか。


そんな所へ妖女が近付き、小さき指先が触れるや、老婆が飛び上がった。

幾度も見比べられたが、やがて落ち着いたのだろう。相変わらず理解し得ない言葉を使えば、ふいに老婆が地平線を指さす。


視線を移した隙に干し魚が妖女に渡され、匂いを嗅ぐと独特の臭味に顔をしかめた。

彼女の反応に老婆も笑みを浮かべ、顔に増々皴が刻まれていく。



最後に二言三言交わし、踵を返した妖女が戻ってくるや、干し魚を両手で差し出してきた。


[えっとねー…おいしい物がいっぱい食べれるとこ聞いたのー。そしたらあっちに人がいっぱいいるんだって!]


誇らしそうに笑みを浮かべる妖女から視線を逸らし、思わぬ収穫に老婆へ向く。

依然怯えていたが、情報料――もとい我が名誉回復のためにも報酬は払うべきだろう。

食料の代金も含め、ひとまず古都で入手した色とりどりの石をいくつか手渡した。


呆然とする老婆を尻目に、早速示された方角へ足を向けるが、その間も腰布を摘まむ妖女は、背後に手を振りながら小走りについてくる。


彼女が口にする言葉は理解できずとも、浮かべている笑みだけで十分意思は伝わった。

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