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不死狩りと舌戦場の軌跡  作者: 暦師走
〈弐章:深淵ヲ往ク影法師〉
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【深層38日目()】


幼い娘に斧を振り下ろすべきか否か。

悩んでいる内に石座へ移動した幼女が、ふいに閉じた瞳を向けてきた。


どうやら追従を求めているらしく、なおも疑問が拭えない一方で、歩幅の狭さを考えれば始末は容易。

大人しく付き従えば足音か、あるいは甲冑の鉄音に反応したのだろう。笑みを零した幼女が走りだすや、そのまま石座の裏に姿を消した。

慌てて回り込めば細い1本道が奥に続き、知らぬ間に抜け道が出現していたらしい。


幼女が現れた絡繰りは理解したが、道のりはあまりにも狭すぎた。

壁を削るように横這いに進み、やがて隙間を突き抜けたかと思えば、巨石を裂いたような道に出る。

地底湖とはまた異なる景色に感心していたが、盲目の幼女は止まらず進んでしまう。


視界に留めておくためにも、物思ゐに耽らない方が良さそうだ。




【深層39日目()】


曲がりくねった道を進まされたが、その間も幼女が壁にぶつかる事はない。

転がる事もなく平然と歩く様子から、道に慣れているのだろう。

手も突き出さず、時折宙を嗅ぎながら淀みなく進んでいく。


一体何処へ導こうと謂ふのか。




【深層40日目()】


いまだひび割れた岩のような迷宮を抜けられずにいる。

移動速度の遅さも理由の1つだが、幼女の体力は人並み…もとい子供並みである事も挙げられるだろう。


度々休憩を余儀なくされ、息を荒げた彼女がその場にへたり込めば、1日の探索も終わる。


そのまま離れた場所から観察を続けたが、松明の灯りでは幼女の容姿が確認できる程度だった。

着の身のない矮躯(わいく)に、足元まで伸びたふわつく髪。

髪や肌色の判別はつかず、依然謎は残されるばかり。



だが心当たりがないわけでもない。

同胞が酒の席で話した“地下世界”の妄言を紐解けば、かつて地表の戦乱を逃れた者たちが、今も古都や巌窟に棲むと謂ふ。


もしも幼女が深層で生まれ育ったならば、視力を必要としないのも合点がいく。

年端も行かない娘が歩き回っている事からも、恐らく地下街の類でもあるのだろう。


そして深層に住めるのならば、食料もあるはず。

幼女を無事に送り届ければ、住人も手厚くもてなしてくれるだろう。



深層ならではの料理。


今から楽しみだ。




【深層41日目()】


行き止まりを幼女が何度も触れ、そのまま壁を登り始めた時は一瞬面食らった。

だが近付けば切り立った階段を這い上がっていたらしく、それも1段毎が彼女とほぼ同等の高さ。

大の大人であっても、登るには苦労を強いられるだろう。



それからかなりの段数を登った。

時折落ちかける幼女を支えつつ、辺りを松明で照らすが何も見えない。

階段以外の周囲は空洞なのか。行き先は当然ながら、登り始めた地点でさえ闇に包まれている。


肉体を失ってなお明かりを必要とする我が身に辟易するが、やがて幼女が次の段に進もうとした時。

震えた手を引っ込めれば、ぐったり石段に横たわった。


本日の移動はここまでらしく、転がり落ちないよう手前の段差に腰を下ろす。


地下ゆえに風も吹かず、聞こえるのは松明が爆ぜる音に、背後の荒い息遣いだけ。

照らされるのも数歩先の足元のみ。


一寸先は闇、とはよく謂ったものだ。




【深層42日目()】


いまだ深淵を昇り続けているが、ふいに幼女が座り込めば、小休憩を取る事にした。

腰に結った小袋に指を滑り込ませ、手を抜くと同時に素早く入口を縛る。

すかさず面頬(めんぼう)を上げて卵を頬張るが、宙を嗅ぐ音に思わず手を止めた。


振り返れば幼女が身を乗り出し、渋々口元へ近付けてみるも、嗅ぐだけで食む様子も無い。

そのまま押し込めば一瞬慄き、次に忙しなく顎を動かす音…それから喉を下る音が闇の中で木霊した。


[……おいしー!]


突然発された声に驚かされたが、惚けた顔を浮かべる幼女の瞳は、依然閉じられている。

首を傾げた拍子に髪が揺れるや、ふと額に走る斜めの傷を捉えた。


男児ならば勲章と評されようが、乙女の顔について良いものではない。

石段の角にでもぶつけたのだろうか。




【深層43日目()】


段差にもたれて眠る幼女を尻目に、手記を読み返す。

軍法会議における重要証拠品にして、運が良ければ遺言の役割も果たす代物だが、死後もなお随分と書き続けたものだ。


同胞の多くは手間だと愚痴っていたものの、些細な物から戦果まで。

己が人生の軌跡を目で追えるのは、なかなかの趣向だと思ふのだが…。


そんな風に(ぺーじ)をめくっていた矢先。

ふと覚えた違和感に手を止め、捉えた文字を何度も読み返した。

疑惑が形作られていくが、そんなはずはない。


気のせいだろう。


気のせいに違いない。




【深層44日目()】


破いた腰布で幼女をくるみ、肩に担いで階段を登った。

考えてみれば今は一本道。先行きが見えずとも、律儀に案内人を追う必要もなかった事に気付く。


拾い上げた当初は多少の抵抗もあったが、今は乗り心地を楽しむように背後ではしゃいでいる。

その間も階段を1歩ずつ進むが、いまだに先日の思索がこびりついて離れない。

深層から先導していた亡霊の佇まいは、背負った幼女に酷似し、雰囲気もどことなく似ている。


首を傾げる仕草や、その他の身振り。

移動速度。

反応。


様々な憶測こそよぎれど、情報があまりにも少ない。

深層料理の存在と天秤に架け、今しばらくは幼女に従う事にする。

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