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【深層30日目()】
壺や樽があれば開き、時折出現する蛇もどきは、腕を噛ませて収穫する。
一連の流れにも慣れてきたが、何も好んで蛇もどきを採取しているわけではない。
時折底の方に珍しい石が転がっており、無駄に収集癖がついてしまったのだ。
色も紫や緑。
さらには多面体まで入手でき、使い道はなくとも探索に彩りを与えてくれる。
食料の次に優先される趣味と謂っても過言ではないだろう。
【深層31日目()】
通常の蛇もどきは縞模様だが、捕らえた個体はまだら模様。
無理やり引き剥がそうとすれば体表から粘液が伸び、しばらく両手を封じられた。
壁に叩きつけても効果は無く、やがて水を貯めた壺に沈めて、息の根を止めようとした時だった。
粘液が瞬く間に溶けて消え、茶色く濁った水も透明になっていく。
不可思議な現象に疑問こそ覚えたが、兎にも角にも剥がす事には成功した。
あとは蒲焼きにすべく樽から引っぱり出せば、何やら底で光っている物が見える。
摘まんでみると表面はぬめり、丸みを帯びた得体のしれない物を頬張った刹那。
弾ける食感に続いて、卵の黄身に極上の塩を効かせたような味が広がった。
かつてない珍味に舌鼓を打ったが、模様違いの蛇もどきは雌だったのか。
鶏の如く今後も産み続けるならば、定期的な食料源を入手した事になるだろう。
嬉しい発見ではあるが、一方でどのようにして生きてきたのか、謎は深まるばかり。
埃の積もり具合から察するに、侵入者は何世紀といなかったろうに。
だがどういう方法であれ、蛇もどきは生きたまま連れ歩く事が可能だということ。
骨のない柔らかな身体は小袋に詰め込み、入り口を紐できつく縛っておいた。
次の食事時が待ち遠しい。
【深層32日目()】
手抜き建築とも呼べる通路の先に小河が流れ、架けられた狭い石橋の上から水を調達しておいた。
着々と集まる素材に愉悦さえ覚え、長い石段を登り終えた矢先。
天井の隅々まで手を加えた霊廟の奥で、石座に腰かけた木乃伊を捉えた。
これまでの戦士たちとは明らかに装いが異なり、兜の角や背面を覆う毛皮の貫頭衣は祭礼用にも見える。
総大将と呼んで差し支えない空気に踏み込めず、気付けば小河まで引き返していた。
恐らく接近すれば他の戦士同様、たちまち襲ってくるに違いない。
慣れない鉄槍で戦えるか不安もあったが、だからこそ戦闘前に英気を養う必要があるだろう。
夕餉は捕獲した縞模様の蛇もどき2匹。
頭部と思しき口周囲を斬り落とし、内臓を取り出したのちに皮を剥ぐ。
桃色の身を塩胡椒で揉み、鍋で炒めれば脂が小気味良い音で爆ぜた。
肉に火が通った所で水を投入し、川底の藤壺と残った野草を加え、煮立ったところで食す。
味そのものは美味には程遠いが、脂が染み込んだ白湯は芯まで温まった気がする。
そのまま鍋を平らげず、残りは石座の敵との勝利祝いに取っておく事にした。
寝かせた汁物は増々味が染み込み、多少はまともな料理に仕上がっているはずだろう。
明日が楽しみだ。
【深層35日目()】
可能ならば弩で仕留めたかったが、思いのほか敵の感知範囲が広かった。
青く眼窩が灯ると共に、積もった埃が滝のように零れ落ち、放った矢も避けられ右胸を貫いた程度。
それからの戦闘は防戦一方だった。
使い慣れない槍に対し、相手は熟練の斧使い。
盾の1つでも用意すべきだったろうが、破壊力を鑑みれば付け焼き刃だったに違いない。
左肩。右腕。頭部。左脇。
終いには槍を握る拳をも砕かれ、左膝も破壊された。
立つ事すら困難になり、やがて最期の刻を“再び”迎えようとした刹那――。
蛇もどきが敵に噛みつき、斧を持つ腕をがっしり咥え込んでいた。
どうやら倒れた拍子に袋が開いたらしく、本能的に飛び出したのだろう。
敵も何度も払おうとしていたが、その程度で剥がれる代物ではない。
そんな勝機を逃すはずも無く、一気に敵を部屋の端まで押し込めば、何度も頭部を殴打した。
気付けば首から上は消失し、代償に腕を肘まで消失。
両腕の回復まで筆を取れなかったが、戦利品の手斧は大きな見返りだ。
喜び勇んで汁物に戻ったものの、中は見事に駄目になっていた。
無念なり。
【深層36日目()】
石座の奥はまさかの行き止まり。
思わぬ徒労に力が抜け、壁に身体を預けていた時の事。
ふいに足音がぺたぺた聞こえ、目前でぴたりと止まった。
途方に暮れるあまり確認する気にもなれず、しばし前方で佇んでいた気配も、やがて何処かへ遠ざかっていく。
どうやら裸足で歩いているらしく、その後も度々接近されては、流石に無視をし続けるのは厳しい。
渋々足音に注意を向けると、聴覚が正体を探ってくれた。
独特の軽さや、地面を打つ柔らかさ。
もしや子供の物だろうか。
不思議な夢を見たものだ。
【深層37日目()】
気持ちを切り替え、1度来た道へ引き返そうと立ち上がった刹那。
我が身に寄り掛かっていた物が崩れたような…。
同時に[ふわっ?]と間の抜けた声も聞こえたような――そこはかとない疑問に中腰のまま、首を軋ませて顔を向けた先。
そこには眠気眼を擦り、年端も行かない可憐な少女が座っていた。
それも着の身を1つとして纏わず、産まれたままの姿で。
あの足音。あの気配。
やはり夢ではなかったらしい。
【深層37日目() - 追記】
予期せぬ来訪者をしばし観察していたが、餅のような肌はまず木乃伊ではない。
外見も少女ではなく、むしろ幼女と謂って差し支えないだろう。
念のために触れてみたが、指先が掠った途端に[ひゃん!?]と悲鳴を上げ、驚いた拍子に背後へ転がった。
程なく起き上がった彼女は宙に手を振り始め、要求に応じて腕を…今度は差し出すだけに留まれば、包むように指先をゆっくり掴まれた。
まるで赤子が如き力加減だったが、すると今度は両手で包まれる。
直後に[えへへ~]と。
蕩けたような声と笑みが浮かべられるも、松明の灯りに反応する様子はない。
どうやら眼が見えていないらしいが、ここは古都の奥に封じられた地下宮殿。
ならばこの幼女は、一体どこから来たと謂ふのか。
笑みの裏に隠された不可解さが背筋を凍らせ、必然的に警鐘が鳴らされる。
――彼女を殺せ、と。




