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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
六章.鬼
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17.映し出された感情

 仄白く光る明ヶ池に誰かの姿が見える。こちらからは影にしか見えない。

 人型の黒い影が真っ直ぐと池に向かいその柵に手を掛けた。頭が左右に振られる。周囲の確認をしているんだろう。誰もいないと分かりその人物は柵を乗り越え池の中へと降りた。


 微かな水音が聞こえる。ゆっくり、ゆっくりと影は水面を掻き混ぜながら前に進む。ゆらゆら水面が揺れるため映し出された満月も形を崩され、代わりと言うように仄かな光が水面のそこかしこで小さく弾けた。そんな中を影は中腰になりながら進んでいく。


 人影が充分陸地から離れた所で飛び出した。三人でライトを手に人影の元まで駆け寄る。はっとこちらを振り返った影に持っていたライトを当てた。


「……桧山……」


 強烈な明かりで以て照らされた人物は、やはりというか桧山その人だった。


「……」


「桧山が……、夜探し物をしている少年、だったんだね?」


「……探し物、をしてる少年?」


 驚いて固まった桧山は美樹本の溢した言葉にぎこちなく反応する。当人は噂されていたことを知らなかったらしい。


「ここ数日、池に入り続けていたのではないかい? それを見た人たちが噂していたのだよ。夜になると池の底を浚う少年がいるとね」


「……あ、そうか。何度か声掛けられそうになったし、それでか。また注意されんのかと思って慌てて逃げてた」


 納得の声を上げる。正体が掴めていなかったのは逃げられていたからか。桧山の足ならそう簡単に追い付くことは出来ないだろうな。それもあって噂になった可能性があるが。


「……ねぇ、桧山。なんでこんな夜に池に入ってるの? 噂では何かを探してるって言われてたけど、この池に何か落としちゃった?」


「……それは……」


 気まずげに顔を伏せる。もうライトは下ろしている。桧山も動きを止めているから、波立った水面も落ち着いてまた満月が煌々と写し出された。その下からの明かりを受けた桧山の顔は、憂いながらもどこか冷めたように映るのは色味の所為なのか。


「……桧山が落としたのって、照魔鏡なの?」


「……!」


 一歩踏み込んで訊ねれば桧山は息を呑んだ。ばっと上げられた顔が先輩の顔を真っ直ぐに見る。見つめられた先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまない。君とのことを皆に話してしまった。だからこそ、今この場にいるんだ」


「……な、永野にも言った、んですか?」


 信じられないと震えた声で確認してくる。いの一番に俺の名前が出るってことはつまりはそういうことなんだろう。

 ここからは俺が話さないといけない。答えようとした先輩を制して俺が代わりに話す。


「詳しい話は聞いてない。ただ、お前が悩んでいて助けになればと照魔鏡を渡したってことは聞いた」


「……」


「お前、もしかしてここで自分の顔を確かめてみたのか? それで何かの弾みで鏡を落として、だから何度も池に入っちゃ鏡を探してるのか? ……鏡の所為で鬼が現れるようになったから」


「!! ……あ……」


 憶測で語れば、異常なまでの反応が返ってきた。話し掛けても俺を見ようともしなかった桧山が目を剥いて凝視してくる。その反応だけで事実なんだと確信した。


「……お前が蘆屋先輩から鏡を受け取って、それから噂は流れ出したもんな。お前も、鬼が出るって話を聞いてからどうにも様子がおかしくなった」


「……」


「前に一度、鬼の噂は自分の所為、みたいなことも言ってたな。お前は鬼が出る理屈を知ってたんだ。知ってたから鏡の回収に躍起になってた。……なぁ、桧山」


 また俺から視線を外し俯く桧山へと慎重に問い掛ける。追い詰めることなんて本当はしたくない。だが、ここではっきりさせないともう桧山の本心に迫れる機会もないのでは。そう思えば止まることも出来ない。

 先輩に問われ、覚悟だって決めたはずだ。飲み込みそうになる言葉をどうにかひり出して言った。


「お前、自分に鬼を見たのか?」


「……っ」


 答えは明白だった。ばっと顔を上げた桧山は、声すら出さずにこちらを驚愕の表情で凝視した。酷く歪んだ顔は今にも泣き出しそうにも、叫び出しそうにもあって、そんな顔を見ただけで酷く胸が締め付けられた。


「お前の悩みの元って、それって俺なんだろ? 俺の何かが気に障ってそれがずっと引っ掛かってたんじゃないのか? お前、俺と話す時ぎこちなかったし、俺がいるからって何度か言葉呑み込んだよな? それは俺に聞かれるのが嫌だったからじゃないのか?」


「……っ」


 ぐっと唇を噛み締めて桧山は何も語ろうとしない。否定も肯定も返さないって、そんなの認めてるようなもんじゃないか。


「……朝日だろ?」


 小さく訊ねて、そして桧山はびくりと震えて反応がなくなる。図星、なんだろうな。こんな時まで本当に分かり易い奴だ。


「……桧山……」


「……」


 外野がいる中で続けるのも酷かもしれない。しかし、だからって濁す訳にもいかない。


「お前は朝日が好きだった。だから仲良くしている俺を羨んだ。違うか?」


「……っ、ちが、違う! 違うって!」


「お前が朝日を見つめてる所は何回か目撃してるんだ。お前は朝日にだけは態度が違ってたこともあった。なぁ、本当に違うのか? 朝日が気になって、それで俺に対してどんな態度を取ればいいのか分からなくなった。だから俺のことも避けたし、俺に話を聞かれたくないって拒否したんじゃないのか?」


 ぶんぶん激しく頭を振って否定する桧山は、それ以上聞きたくないと言わんばかりに両耳を手で塞いでいる。また水面が波立つ。桧山を中心に広がっていく波紋は、そのまま奴の心情の乱れを表しているようだ。


 なんで俺は気付かなかった? 桧山が朝日を憎からず思ってることは大分前から疑っていたことだろうに。どうしてこうも拗れる前に、もしかしてと思い至ることがなかったのか。

 もっと早く気付いていれば、そうすれば桧山をこんな追い詰めることもなくもっと優しく話も聞いてやれたんじゃないのか? 鈍くて、のろい己がどうしようもなく腹立たしい。


「永野君、待つんだ。一回冷静になって……」


 何かを察したらしい先輩が止めてくるが、聞かずに止めを口にした。


「なぁ、桧山。俺を羨ましく思って、だからお前は照魔鏡に縋って、それで自分の中に鬼を見たんじゃないのか? ……俺が、憎くないのか?」


 問いを投げ、するとピタリと桧山の動きが止まった。両耳に手を当てたまま、俯いて池の中に棒立ちとなる。広がっていた波紋も徐々に落ち着きを見せて、やがて微かな揺れだけが残り鏡面のような水面が戻ってきた。


 背後に二つの並んだ満月を背負いながら、桧山は低く沈んだ声を出す。


「……始めは、本当に、一瞬浮かんだだけだった。お前と朝日が、仲良さそうにしてるの見て、それでなんでか、俺いいなって、なんでかお前が、凄く羨ましくなって。自分でもなんでだろうって、不思議だった。だって別に羨ましく思う所が、分からなくて。でも、ずっと、ずっと、お前と朝日の絵が頭ん中に残ってて、それが気になって、時間が経てば今度はなんか嫌になって。なんでだろうって、ずっと気になってた」


 訥々と、常ならば見られない暗い様子で桧山は言葉を綴る。その異常と思える雰囲気に、誰も口を挟めずに独白を聞いていた。


「それで、新学期になって。やっぱり気になったままで、お前とも前みたいに話せなくて。それが嫌だったから、どうにかしないとって思ってて、そしたら、あの報告会があって。お前と朝日はやっぱり仲良さそうで。それ見て俺、俺」


 すぅと息を吸う音が聞こえる。僅かな間を空けて桧山は絞り出すように続けた。


「羨ましいって思うのと同じくらい、やだなって。そんなこと、思って。これ良くない。駄目な奴だって思って、でもどうすればいいかも分からなくて、だから、だから俺、先輩に相談しに行ったんだ、どうしたらいいか分かんなかったから。先輩は、それは悪いものでもなんでもないって言ってくれたけど、でも俺信じられなくて。そしたら鏡を、照魔鏡を渡してくれたから。俺、自分の気持ちがどんなのか知るの、すごく怖かったけど、でも、知ったら、そしたら、ちゃんとどうすればいいか、分かるかなって。そう思っての、覗いてみたら」


 ひゅっと掠れた呼吸音がする。吐き出すのも辛いと言わんばかりに呼吸を荒げながら、それでも桧山は口にした。


「したら、か、鏡には、鬼が」


 震えた声が事実を告げる。横からは驚愕の声が漏れた。先輩だ。先輩は部室で桧山と一緒に鏡を覗き込んだ。その時はただの桧山の顔しか見えなかったと言っていたけど。


「一瞬だったけど、すごく歪んだ顔が見えて。俺驚いて、先輩にも見られたかなって思って、でも先輩は何も言わないし。見間違いかって、一人で確かめようとここに来て。そしたら、やっぱり鏡には鬼がいて。俺、人じゃなかった。俺の本当の姿は鬼だった。永野が羨ましくて、それから憎くて。それで多分、知らない内に鬼になってたんだ。俺、いつの間にか化け物になってたんだ」


「……違う! 違うぞ、桧山君! 君は鬼でも化け物でもない! ちゃんとした人だよ!」


「そ、そうだよ! 桧山が化け物なはずない! 僕の知ってる桧山は勉強が苦手の運動大好きなただの人間だよ! そんな、ちょっとの嫉妬や憎しみなんかで化け物になるはずない!」


 自身を化け物とまで評する桧山に二人が慌てて声を掛ける。だが、桧山は反応しない。まるで聞こえてないかのようにじっと己の足下を見下ろしている。

 桧山の足下には逆さ映しの桧山がいた。水の中で立ち往生する桧山をそのまま映した格好で、波もない水面で見下ろす桧山をじっと見上げている。背中に光を受けている関係上、桧山も、水に映った桧山も、その顔は影になっていてよく見えない、はずなのだが。


 何故か、暗く影の掛かっている桧山の顔面は、映し出された方でははっきりとその様相が見て取れた。酷く歪んだ憎悪に満ちた恐ろしい表情。水面では、桧山の顔は鬼となっていた。


「……!?」


 何故なのか、どういった絡繰りなのかは分からない。ただ、桧山はじっと己の顔を見つめて言った。


「ああ、やっぱり。俺、鬼ナンダ」


 呆然と吐かれた呟きの最後が変に濁る。かと思えば桧山の全身に異常が起こった。

 前屈みに俯いていた体がぐんぐんと大きく膨張し、太く筋肉の盛り上がる肉体へと変わっていく。半袖のシャツから覗いていた腕も、瞬く間に筋骨隆々とした太い腕になる。それは胸も腹も足も全てでだ。

 気付けば目の前には、まるで絵本や漫画からそのまま飛び出して来たかのような『鬼』が、悠然と明るい水の中に立っていた。


「……」


「……ひ、桧山……?」


 唖然と美樹本が名を呼んだ。すっかり変わり果ててしまった桧山を、信じられないと言わんばかりに目を見開いて見上げる。呼ばれた桧山はふと顔を上げ、そのぎょろりと吊り上がった三白眼をこちらへと向けた。

 「ヒッ」と美樹本が思わず引き攣った悲鳴を上げる。鬼となった桧山の人相は最早元の面影はどこにもない。額から立派な二本の角を生やし、厳つく顰められた面は眉間に深いシワを作っている。半開きの口元からは鋭い牙が覗き、ゴフゥと重く濁った呼気が漏れ出ていた。


 驚きと、それから恐怖とで固まるこちらを見下ろす桧山は、一瞬悲しげに眉を寄せて顔を隠そうと手で覆う。が、次の瞬間には獣の唸りのような声を上げて蹲った。


「……羨マシイ。アンナ綺麗ナ笑顔向ケラレテ、真ッ直グ見ツメラレル永野ガ羨マシイ。俺ダッテ、俺ダッテ朝日ニアンナ風ニ見ツメラレタイ」


 酷く濁った地の底から響いてくるような歪な声。蹲った桧山から聞こえる呟きは心からの願望だ。

 朝日の俺だけに見せる特別な態度。桧山はそれを非常に羨んだ。そしてそれが自分にも向けられることを望んだ。それが桧山の心に重くのし掛かり続けていた悩みの根元。


「ドウシテ、ドウシテ俺ジャナインダ。俺デモイイダロウ。ドウシテ……。憎イ。憎インダ。オ前ガ憎インダヨ。永野……、オ前サエイナカッタラ!」


 ぶつぶつ呟いていた桧山はやがて感情が暴発したように叫ぶ。そして雄叫びを上げたまま池から飛び出して俺目掛けて真っ直ぐに飛び掛かってきた。



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