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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
六章.鬼
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16.鬼の面

 桧山を探すべくまずは学校内から確認していく。靴箱に靴はなくサッカー部や他の運動部にも姿を見付けることは出来なかった。となればあいつは学校外にいるのか。


「家に帰ってる?」


「その可能性もある……かな?」


「まずは一番可能性の高そうな所から回ろうか」


 そうやって俺たちが向かったのは明ヶ池自然公園だ。噂の少年が桧山ならかなりの確率でここにいると思ったのだが。


「……いない? それらしい人間は見当たらないね」


 茜差す公園内に桧山らしい姿は見えない。ぽつぽつと数人がのんびり散歩などしているだけで池の中にも侵入者などいない。


「まだ空は明るいしねぇ。噂では夜間にその少年は探し物をしているんでしょ? 多分人目を避けようとしてるんだろうしこんな時間にはいないでしょ」


「一度池に入ったことを注意されてるからな。今度は見付からないように気を付けているのかもしれない」


 宮杜が言っていた目撃情報は噂の広まる前。時期的には合う。先輩に相談した桧山がこの公園で何かを落とし、それから探すために池に突撃して注意されたとかそんな流れか。何度も池に入ってまで探し出さなくちゃいけないものなんて心当たりは一つしかない。


「……桧山、照魔鏡を池に落としたのかな?」


 夕日に黄色く染まる水面を眺めながら美樹本がぽつりと溢す。状況証拠ばかりだが、その可能性は高いだろうな。


「そうだろうね。あくまで照魔鏡は会長さんからの借り物だ。池に落としてなくしました、で済ませる訳にもいかないと思ったんじゃないかな? 借りた物はきちんと返さなくちゃいけないって、小学生の標語みたいなものを律儀に守り続ける素直さが亨にはあるし」


「……桧山君は根が真っ直ぐだからこそ、きちんと返さなければと気負ったのかもな。わざとなくしたでもないなら素直に言ってくれれば共に探しもしたのに」


 ふぅと先輩が溜め息を吐く。先輩に話していたら大手を振って鏡の捜索も出来ていたかもしれないな。市相手に池の立ち入り許可など先輩なら簡単に勝ち取って来そうだし。


「とりあえずここに桧山君はいないようだ。嵩原君の睨んだ通り、彼が姿を現すとしたらそれは夜ということになるだろう。もしそれまでに桧山君が見付からない場合にはこの公園で罠を張ることになるが、皆もそれでいいかい?」


 こちらを見回しての発言にそれぞれ肯定を返す。現在桧山との連絡は途絶えている。こちらから何回か呼び掛けているが向こうが反応しないんだ。桧山の自宅前で張り込みする案も出たが、一度も家に帰らずにこの公園に来る可能性が高かったためにそれも見送られた。

 出来れば鬼の出現条件が満たされる前に桧山を見付けたかった。しかしそれも難しそうだ。そもそも仮に見付けられたとしても逃げられたら俺たちでは追い付けない。逃げ道を上手いこと封じないと話も出来ないだろう。


「と、なるとだ。亨と合流する時には出来るだけ外野の視線は切っておきたいよね」


 ふと嵩原がそんなことを口にしながら周囲に軽く目をやる。追えば公園内の木立の中、影に隠れるように身を潜める人影が幾つか見えた。まだ聞屋の類が公園内にはいるらしいな。


「鬼の噂は下火だって話だったんじゃ……」


「一般的にはそうでも、ああいう人たちは粘っこくネタを追い掛けるものなんじゃない? 流石に数は減ってるようだしね」


「彼らは鬼と並行して少年の噂も追ってるんだと思うよ。上手く写真など撮れた日には鬼と関連付けて無責任な憶測を垂れ流すことが予想される。やはり一度ネットに曝された映像のインパクトが未だ相応に残っているのだろうね」


 記者の熱意なのかデバガメ根性なのか分からない被写体への情熱は議論の外に置いておくべきだろう。問題は桧山並びに俺たちのやることが目撃されないかって点だ。個人の情報の秘匿にどれだけの配慮がなされるのかは、まぁはっきり言って期待するだけ無駄だろうな。


「夜になれば更に数が増える可能性はある。何か手を打っておくべきだね」


「手を打つ、とは言っても。お巡りさんを呼んでくることくらいしか出来ませんけど」


「それだと俺たちも近付き難くなっちゃうね。それに張り込みもやるような人種ってちょっと注意されたくらいで尻込みするかな? 彼らの視線を余所に向けることが出来たらどうにか……」


 新たな問題の表出に各自頭を悩ませていると、蘆屋先輩が徐に提げていた鞄から何か取り出した。それは非常に薄いゴムのような代物で……?


「こんなこともあろうかと用意していたんだよ」


 ふっと笑い俺たちだけに見せるように先輩はそれを広げた。




 日も暮れ辺りにはすっかり夜の蚊帳が下りてしまっている。街灯の明かりがぽつぽつ灯る公園内は時折車の走行音が木霊すだけで静寂に満たされていた。


 空には綺麗な満月が浮かんでいる。明るい金色に輝く月が明ヶ池の天辺で煌々と光り、風もなく凪いだ水面にまるで鏡のように映し出されていた。空と地上と縦に並ぶ二つの満月が池を中心に公園内を仄白く浮かび上がらせる。


 そんな公園内でふらりと一人の人物が池の傍に立った。長身の男だ。暗い色の長めの天パで顔を半分隠し、全身黒尽くめの怪しい風体で夜の池の傍に静かに立っている。どこからやって来たのか、その男は突然闇から這い出したように気付けばそこにいた。


 柵に手を掛けじっと水面を見下ろす。そこで不意に男が頭を抱えた。手摺りに額を押し付けるように、ぐっと上体を曲げて俯せる。体を震わせ苦しんでいるようにも見えた男は、やがてピタリと震えを止めてゆっくり顔を上げた。


 満月の光を浴びて男の横顔が白く浮かび上がる。高く伸びる鼻にシワを刻んで強張る口元がまず見える。何かを呟きそうに引き攣った唇からは鋭利な牙が覗き、人の犬歯にしては長いそれが月光の下で濃い影を唇に落とす。

 頭を抱えたことで乱れた前髪の向こうから酷く顰められた目が見えた。吊り上がった目は真っ直ぐに上空を見つめている。怒りか、それとも苦渋からか、ぎっと月を睨む目の上には、うねる髪の毛から尖った角が飛び出ていて――。


 周囲から一斉にフラッシュが焚かれる。バシャバシャと瞬く光にはっと辺りを睥睨した鬼は脱兎の如く公園の出入口へと走っていった。「待て!」「追え追え!」などと怒号を上げながら何人もが木立から飛び出してカメラ片手に鬼のあとを追っていく。やがて公園からは人気が消えてまた元の静寂が戻ってきた。


「……何あの演技派」


 公園外の木立の影から顔を覗かせて呆れたように美樹本が呟く。それに対する答えは先輩の苦笑だ。


「だがおかげで張り込んでいた人間は釣られて行ったようだぞ。動画も見ていたとは言えああも己のものとして再現し切るのだから、彼には役者の才能があるのかもな」


「嵩原が役者とか似合い過ぎて笑えないですよ」


 おかげで人っ子一人いなくなった公園を見やってはぁとため息を吐く。

 ついさっき姿を見せた鬼、あれの正体は嵩原だ。鬼に扮してデバガメ野郎共の注意を引き公園から引き剥がしたのである。


 夕方、先輩が意気揚々と取り出したのは精巧な造りの鬼のマスクだった。ギョロリとした三白眼に口元からは牙も覗けば角だって生えてる、一目で鬼と分かるものだ。なんでも、こんなこともあろうかと事前に用意していたらしい。


「どんな思考回路を経れば鬼のマスク用意しようってなるんだ?」


「永野君、真実を見極めるためにはありとあらゆる可能性を突き詰めていかねばならないのだよ。別にCGだけが変貌の策ではないよ」


「つまり会長はなんだかんだ鬼が変装ではないか疑ってたってことですか? あのマスクもすんごいピッタリする造りで、パッと見ただけだと作り物とは思えない出来でしたけど」


 そのマスクを使って鬼に成り済まして聞屋共を釣ろうぜ、というのが先輩の考えた作戦だった。お目当ての存在が実際に目の前に現れたならきっと食い付くだろうと予測を立てていたのだが、物の見事にそれが嵌まった結果だな。

 当初は言い出しっぺということで先輩が囮役を務めると譲らなかったのだが、女性に危険な役を押し付けること、また先輩の足がそんな速くないことを理由に嵩原が実行犯役と相成った。


 作戦会議の最中で。


「鬼役やるならどうにか逃げ切れないと駄目なんだけど、会長さんって足速い? 五十メートルは何秒?」


「聞きたまえ、九秒フラットだ」


「うん、決して速くないですね」


 そんなやり取りの末のこの采配だ。先輩が用意していたヅラと嵩原が自ら買ってきた服を着込んで見事鬼に為りきったのだ。


「嵩原大丈夫かなぁ。結構な人たちが追い掛けていったけど」


「あいつも足は速いし、予定通りに山まで行ければどうにかはなりそうだろ。一応、秘密兵器も渡してる訳だし」


「嵩原君ほどの運動神経の持ち主ならローラースケートだって見事乗りこなしてみせるだろうさ」


 自信満々に胸を反らす先輩の策で用意した秘密兵器のローラースケート。鬼は風のように速く走るという現象をどうにか物理的に解釈出来ないかと突き詰めていった結果、ローラースケートへと着地したらしい。確かに風のように速くはなるけども。

 流石に池の畔でローラー履いて佇んでたら不審者以外の何者でもないために公園出るまでは自前の足での逃走となるが、道路に出たら履き替えて疾走するという段取りとなっている。なので現在の嵩原は鬼のマスクを被り、ローラースケートを抱えて多数の人間とカメラを引き連れて爆走中なのである。


「問題がなければ一時間後に落ち合う手はずになってる。それまではあいつを信じて待とう」


「う、うん。そうだね、僕らは僕らで見張ってないと。……桧山来るかな?」


 じっと公園の出入口方向を見つめて不安そうに呟く。そう、まだ事は終わっていない。むしろこれからが本番だ。


「きっと来るさ。少年の噂はここ数日で急激に広まった。彼はどうしても鏡を見付けたいんだろう。なら、今夜だってきっとやって来る」


 ポンと軽く美樹本の肩を叩いて先輩は静かに言い切った。薄暗闇が互いを隠し、柔い月光の明かりしかない夜の中でも、先輩が浮かべる力付けるような優しい笑顔はしっかりと判別出来た。


「は、はい。……絶対、桧山から本当のことを聞き出しましょうね」


 凛と決意を口にする美樹本に、先輩と二人で短く是の答えを返した。




「……鬼が顔見られたくないのってそれが見られたくない自分だからなのかな?」


 公園内へと移動し、薄闇広がる木立に隠れて見張っている最中、ふと美樹本がポツリと呟きを落とした。桧山の訪れを今か今かと待ち侘びている最中であって、じっと息を潜めていたから本当に小さな囁きだったのだが問題なくこちらの耳にも届いく。


「え?」


「鬼は人に見られるのが苦手って考察してたでしょ? それ、苦手なんじゃなくて嫌っていたのかなって。だって、人の心の悪い部分が鬼として現れてる訳でしょ?」


 訊ね返せば沈んだ声が語ってくる。潜めているのもあるだろうけど、普段よりも暗く元気の感じられない美樹本の声は奴の心情を分かり易く表しているようだ。

 先輩は強い負の感情が鬼として鏡に映し出されるとか言っていたか。だとしたら、ここに現れた鬼はその負の感情を自分に見出してしまったとも言える訳で。


 それってどんな気分なんだろうか。思い出すのは対面したあの鬼。今にも噴火しそうなほどの怒りの形相だった鬼は、自分の中の憤怒に気付いてどう思ったんだろう。それを俺に目撃されてどう感じたのか。

 当人の気持ちに寄り添って想像を膨らませれば、美樹本の指摘も強ち外れてもいないのではと思える。


「……桧山も、見られたくないかな」


 更に続けられた問い掛けは本当に小さな囁きだった。何故唐突にこんな話を振ってきたのかと思えば、どうやら本音はこちらであったみたいだな。

 誰だって自分の中の醜い感情なんて他人に知られたくないと思うだろう。桧山だって同じじゃないだろうか。奴は既に自分でこれは悪いものだと断じようともしていた。

 自分の中に見出したものにさえ忌避感を募らせていたようなのに、もしそれが明確な形で表される『鬼』の姿を目撃なんてされたら。そうなったらあいつはどんな気持ちになるだろう。


「……」


 なんとも答えられずに沈黙ばかりが横たわる。重い空気が漂う中、不意に先輩の平坦としたいつもの声がその空気を切り裂いた。


「鬼が映った。だからなんだと私は言いたいよ」


 え?と暗がりの向こうへと目をやる。満月のおかげで木立の中にも明かりはうっすらとだが差し込んではいた。その明かりにぼうっと先輩の白い横顔が微かに浮かぶ。

 先輩はこちらを見ず、公園内へ注目しながらただ淡々と語った。


「鬼とは単なる化け物ではない。古来より様々な概念にその姿を投じられ、人の営みの極近くに存在し続けた。人は正体の分からないもの、病気、あるいは自身の心の中の暗闇に鬼を見出した。人もまた鬼足り得るものであったと言える。鬼になるのが特別なのではない、誰しもの心の中に、鬼となる素養は常に存在するのだと思うのだよ。だから、鬼を己の中に見出したとして、それで直ぐ様に当人の人間性が否定されるなど、そんな短慮はある訳ないんだ」


 ふぅと暗闇の向こうからため息が聞こえる。人が鬼へと変じる。古くからそんな概念はあったと説明された。つまりはそれだけ鬼と人の間は近いものだったとも言える。宗教的な理由での忌避感は確かにあるが、でも本来は誰だって一度は抱える当たり前の感情であるはず。

 人間ならば当然持つだろう悪い感情。それが見付かったからといって、直ぐに人としての評価も落ちてしまうことに先輩は理不尽さを感じているのか。


「……人とは多様な側面を持つものだ。その幾つもの面の中に、例え鬼がいたとしても別の面には仏がいる。そういうものだとは思わないかい? 心の内の全てが同色に染まり切った人間なんて、そうはいないと私は思うんだがね」


 静かな問い掛けが暗い木立に落ちる。悪い感情云々だけではなかった。先輩は単に、たった一つの面だけを見て評価が下されることに疑問を抱いていたんだ。

 鏡は一面しか映さない。その一面だけでまるで悪人と決め付けることにこそ理不尽さを抱いたのか。桧山が自分を悪いと断じたことに異議を唱えた先輩だからこそ、その極端さが引っ掛かったのかもしれない。


 憂いを示した先輩にどう答えようかと躊躇う傍らで、はっと息を呑む声が間近から聞こえてきた。


「待って……! 誰か、池に向かってるよ!」


 緊張を孕んだ美樹本の注意に慌てて池の方へと目を向けた。



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