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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
六章.鬼
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15.隠されていた事実

 結局濱田とはこちらからも桧山に訊ねてみると言って別れた。俺たちにさえ何も明かしていないことを知った濱田は露骨に肩を落としていたな。流石に美樹本くらいには何か言ってると思っていたらしい。


 別に煽りでもなんでもなかったのだが、美樹本としてもそうまで言われたら思う所はあるようだ。翌日の今日、朝会うなり思いっ切り気合いの入った顔を見せてきた美樹本なのだが、その気合いは昼も過ぎようかという現在、めっこめこにへし折れてただ力なく項垂れるしかなくなっていた。



「あ、桧山。ちょっと……」


「わり! トイレ!」



「桧山、今いいかな」


「教科書忘れた! ちょっと借りに行ってくる!」



「桧山、あの……」


「ちょっと部活で集まんねぇといけないんだ! 悪いけど俺行くな!」



 今日一日の桧山とのやり取りだ。休み時間の度にアプローチを仕掛けに行くも、だいたい素っ気なく躱されて直ぐにどこかへ去って行かれてる。露骨なまでに避ける桧山に美樹本も完全に凹んでしまった。


「濱田君が教室にいるのにどの部活の集まりだって言うのさ……」


 昼休み入って直ぐのやり取りでの返答が止めであったようだ。どの部活と言えばあいつはちょこちょこ運動部に顔を出しているようなのでサッカー部に限定はされないはずだが、それでも恐らくは嘘である可能性が高い。他の運動部員も同クラにはいるが、皆平然と教室に残っていたからな。


 気落ちする美樹本を連れてとりあえず中庭にやって来た。こんな時は緑でも見て心を安らげるべきだと、嵩原の提案だ。

 教室内は好奇の目線が飛び交ってて居心地も悪いからな。流石に桧山と美樹本のやり取りは周囲にもしっかり目撃されていて、どうしたんだろうと気に掛けてくる奴らもそこそこに出て来ている。


「聖ドンマイ。俺が話し掛けても同じく素っ気なく躱されちゃったんだから今の亨には誰だって近寄れないんだと思うよ? 聖だけ避けられてる訳じゃないから元気出しな?」


 どずーんと背中に暗雲を浮かべる美樹本に嵩原も同情気味だ。自身もアレな対応ではあったのにそれほど傷付いた様子がないのは美樹本への態度で予測していたからか。流石の嵩原でも桧山に避けられて微塵も気にしないってことはないと思うが。


「……でも、これじゃ桧山に何も聞けない。このまま黙って見てるしかないって言うの?」


「それは、ねぇ」


 沈痛な重い問い掛けに嵩原も言葉を濁す。部活にも行かず俺たちさえも避け始め、桧山はどんどんと孤立する方向へと向かい出していた。このまま放置すればどうなるか。決して良い結末なんて迎えられないだろう。


「ここ数日は鬼の方は大人しいんだよね。目撃したって話も聞かないし、ネット上でももう下火の話題になっちゃってる。動きが今後もないなら噂は自然消滅になっちゃうかなぁ」


「正直鬼の噂なんてどうでもいい……。いや駄目か。桧山は噂も気にしてたんだっけ……。そっちも解決しないといけないのかも……」


 ぶつぶつ力なく呟き続ける。桧山に邪険にされたのがそんなショックなのかよこいつ。付き合いは長いはずなんだが、喧嘩は一度もなかったのかね?


「駄目だこれ。重傷だねぇ」


 嵩原は嵩原でお手上げだと肩を竦める。平素と大して変わらないのはこいつだけか。別に無関係ということもないのだが、この状況で鬼の噂をぶっこめるのだから冷静というのかブレないというのか。


「噂の方は勝手に解決するって見てるのか?」


「解決じゃなくて消滅。真相は闇の中ってことだよ。それはそれでよろしくないと思わない?」


 訊ね返されて思わず黙る。桧山の懸念の一つに噂が関与してるって言うなら、そりゃ真相が分からなくたって消えてくれたら助かる……って、そんな簡単な話にはならないか。


「噂の方から先に解決するって?」


「先、というより同時進行で当たることになるんじゃないかって俺は思ってるよ。前にさ、鬼の発生について話したの覚えてる?」


「鬼の発生?」


 そんなぽこぽこ生まれるようなもんなのか、鬼って。


「ほら、公園で宮杜さんと会う直前に話してた」


「あー……、え、そんな話してたっけ?」


「してたんだよ。俺たちが見たのは鬼だ、鬼じゃない論争の流れでね。鬼ってね、何も生粋の生まれたその時から鬼ってタイプだけじゃないんだよ。転じて鬼に落ちるってパターンもある。今回はそれじゃないかって俺は思ってるんだ」


 記憶を穿り返しながら聞き返せばまた新しい説をぶっこまれた。鬼に転じる? 確かに昔話なんかでも似たような話を聞いた覚えはある。

 でも、そのパターンでは。


「……え、お前まさか、」


 問い質そうと口を開いた所で美樹本がパッとポケットを漁り出したのでそっちに意識が向いた。

 取り出したのはスマホだ。断りを入れてから画面操作し始めた美樹本は、瞬時にあっと声を上げた。


「会長から連絡来てる。……なんか、今日の放課後集まれないかって来たんだけど」


「蘆屋先輩が?」


「おや、ひょっとして噂に関して何か進展したのかな?」


 久しぶりに名前を聞いた。前回会ってからもう……、一週間近く経っているのか。独自に調査は続けると言ってたけど、嵩原の言う通りに進展があったんだろうか。


「自然消滅間近って言ってなかった?」


「動きがないってだけであって間近とまでは言ってないよ。あれだね、公園にカメラ設置出来たのかもしれない。これで鬼の正体も掴めるかも?」


「ええ……。無理でしょ。許可下りるならあんなに公園に人が詰め掛けたりしないでしょ。また無理難題言い出さないといいなぁ」


 とりあえず蘆屋先輩の招集には応える方向で話は纏まった。色々あってこちらも調査が進んでいるとは言えない。情報を得るためにも顔を出す意味はあるだろう。

 このタイミングでの呼び出しって用件はなんなんだろうな。定期報告会とかだったら速攻でお暇しよう。優先すべきは桧山であって、鬼の噂なんて関連がなければガン無視したっていい。噂を解決したのなら桧山の悩みもなくなるなんて、そんな都合のいい展開であったらいいのに。




 やって来た放課後。早速とオカ研部室へと乗り込む。桧山は案の定ホームルーム終わるなりパーッと教室飛び出していって話し掛ける暇すらなかった。また凹む美樹本を連れて蘆屋先輩と顔を合わせる。


「やぁ。久しぶりだね、三人共。……美樹本君の元気がないようだが何かあったのかい?」


「ああ。気にしないでください。ただ普段は仲良い子に現在避けられていて沈んでいるだけなので」


「僕が振られたみたいに言うな……」


 爽やかな笑顔で誤解を招く説明を先輩に言う嵩原に、美樹本から力ないツッコミが飛ぶ。間違ってはないんだよな。敢えて所々を省いているだけで。


「ふむ。……そうか、桧山君だね。今日共に来ていないのも避けられているからかい?」


「え……」


 説明も何もなくピシャリと言い当ててきた先輩に揃って驚く。なんで桧山だって分かるんだ?

 呆気に取られて先輩の顔を凝視する俺たちに、先輩はふぅと憂いた様子でため息を溢した。


「今日君たちを呼んだのはね、私が君たちに一つ隠していたことを打ち明けようと思ったからなんだ。その秘密は桧山君とも関係する。恐らく、現状の彼が置かれている立場の説明にもなるだろうね」


 思わしげに重い口調でとんでもないことを暴露される。隠し事? 秘密? 桧山とも関係があるって、なんだそれ?


「え? それってどういうことなんですか? 会長?」


「落ち着いてくれ。これから詳らかに話す。だからどうか君たちも最後まで耳を傾けて欲しい」


 話の流れがさっぱり読めずに、混乱を来す俺たちとは対照的に先輩は落ち着き払っている。じっとこちらを見据える凪いだ瞳を見るだけでも、これが冗談でもなんでもない至極重要な話なんだと理解出来た。


「急な話で申し訳ない。だが、それだけ事態は切迫しているのだとどうか察してくれ。……まずは、私が桧山君から相談を受けたことが始まりだ」


 ゆっくりとした語り出しにより明かされたのは、酷く悩んでいたらしい桧山の様子だった。


 七不思議の報告会の翌日、いつものように部室で一人資料整理などしていた先輩の元にふらりと桧山が訪れたのだという。約束も何もなく、また桧山一人での訪問に先輩は軽く驚いたそうだ。


「よく美樹本君に着いて手伝いにやって来てくれたりはするが、呼び出した訳でもなく彼が一人で訪れることなんてこれまでもなかった。どうしたのかと問えば彼は静かに相談をしに来たと言ったよ」


 桧山はずっと悩みを抱えていた。どうしてかとある人間を、ある時からとても羨ましく思ってしまうようになった。その人物ともう一人の人物が仲良くしていると、自分も話に加わりたいような、その間に割り込みたいような、そんな衝動が胸の中に湧き上がる。なんとも言えないモヤモヤとした黒い塊が心臓の位置に常にあり、それが気になって夜も中々寝付けなくなってしまっていた。

 それでも部活に打ち込んでいる間は何も考えずに済んだからどうにかなっていた。なんとか不可解な自身の心とも渡りを付けられていたのだが、それも新学期が始まって顔を合わせると上手くいかなくなり、そして報告会の時からいよいよ無視出来ないものへとなってしまったらしい。


「彼は思い悩んでいたよ。実際に目の当たりにした結果、羨ましい、自分がその人間に成り代わりたい、その笑顔を向けられたいと胸のモヤモヤはより強い感情へと変化してしまったそうだ。なんなら押し退けてでも代わりたいとまで思うようになってしまったらしい。常に胸の内に凝り固まったような黒い塊があり、それが口から今にも飛び出してしまいそうで相手と碌に話をすることも出来なくなったと言っていた」


 自身の変化に戸惑う桧山だが、先輩からすれば桧山のそのモヤモヤの根源なんてのは瞬時に思い至るものであった。別に難解な病気などではない。誰しもが胸の内に抱える当たり前の情動だった。

 悪いものでもなんでもなく、ただ思い通りになど動かせる類の感情ではないので戸惑うのも無理はないと親身に寄り添ったが、でも当人は全くと自身の気持ちのその根源に気付こうともしなかったらしい。ただ友だちに変な感情を向けていると己を責める方向でしか捉えていなく、どうにか消したいと、自身の感情の是正のために先輩へと相談を持ち掛けた。


 これは良くない。あまりに悲しい結末を求める桧山を放っておくなんてことも出来ず、思い違いで自分を責める桧山を先輩はどうにか説得しようとした。


「桧山君の抱える感情は誰しもが当たり前に持つ極一般的な精神的な動きだよ。その感情を元に誰かに迷惑を掛けてしまえば話は別だが、ただ抱え込んでいるだけで当人が悪だなどとする謂われは全くない。だから自分を責めなくてもいいと言ったんだが、桧山君は信じてくれなくてね」


 それほど初めて抱えた謎の衝動が信じ難く、そして恐ろしかったのだろうと言う。未知なるものに遭遇した人間のような反応だった、とは先輩の談だ。


「私の手で彼の抱える感情を明らかにしても良かった。だが、こういった心の柔らかな部分を発端とする悩みは、まず当人がしっかりと自身の心と向き合わねばいくら言葉を重ねたって本当の納得など出来るものじゃない。だから私は、言葉を贈る代わりに一つの道具を彼に渡した。『照魔鏡』と呼ばれる、映るものの隠された本性を明らかにする鏡だ」


 それは部室の曰く付きのアイテムを納めたあの棚にあったものだそうだ。

 古い手鏡で、手の平に収まる程度の丸い形をしたどこにでもあるような鏡。それをオカ研は照魔鏡という触れ込みから預かり、これまで保管していたのだという。


「私はその鏡で桧山君の心の純真さを証明したかった。彼の心は一途なものだ。そこに悪心は存在せず、誰かを想う心だけがあった。本当に彼の心の中に悪が宿っているのなら、それは照魔鏡によって詳らかにされるはずだ。そう言って彼に鏡を渡し、覗いてもらったんだ」


 躊躇う桧山を説得し、そして桧山は鏡を見た。先輩も立ち会って一緒に鏡を覗いたそうだ。鏡には、途方に暮れたように眉尻を下げる桧山の顔が写っていた。


「当然、歪んだ顔や悪に染まった顔など写し出されなかった。むしろ、私には抱く必要のない罪悪感に駆られた顔にしか見えなかったよ」


 桧山もそれを自覚したのか、鏡を覗き込みはっと我に返るように表情を変えた。それも直ぐにまた深く悩むように眉根など寄せ合う顔が鏡には写し出されたが、それは自身の感情と向き合ったからこそと先輩は判断した。


「悪と断じて切り捨てることはなくなったと思ったんだ。悪い感情などではなく、ただの悩みの一つと思って桧山君が向き合ってくれたらと願った。何せ彼は自分が何故そんな気持ちを抱いているか向き合うつもりもなさそうだったからね。唯一自覚もしている『羨ましい』という感情の、その本を探ろうとも彼はしなかった。きっと振り返れば、何故こんな気持ちになるのか彼も理解出来ただろうに。自身の心を理解して、それからどうすればいいのか考え出したその時、そこから私や誰かが親身に話を聞けばいいと、私はそう思っていたんだ」


 鏡を覗く桧山を眺め、ぽつぽつと溢される悩みの声に答えてその日はそれ以上何もなく下校となったそうだ。

 帰り際に桧山に照魔鏡を持ち帰ってもいいかと訊ねられた際にも、先輩は拒否することもなくこれを快諾した。じっくりと己を見つめ直し、そしてまた良ければ吐き出しにくればいいと、そう言って先輩は桧山を見送った。


「桧山君の助けになればと、そう願っていただけだった。だが、彼に照魔鏡を渡して数日、『鬼』の噂が突然明ヶ池自然公園にて発生した」


 憂いた様子で急に話を切り換える。何故鬼の噂へと話を繋げたのか。この流れでは桧山が噂の原因であると言っているようなものだ。どうしてそう言い切れる。


「待ってください。会長は桧山が噂の発生元だと、そう思っているんですか?」


「……私は私で独自に調査を進めていたのだよ。君たちは再度鬼が目撃された一報が広まったその時に、一度公園に赴いたようだね。私との約束を守り、夜間には近付かなかったことは素直に感謝する。尤も、だからこそ以降の話には関わりようがなかったんだろうが」


 そこまで語りすぅと息を吸う。言い難いことなのか、ゆっくりと瞬きを繰り返す先輩は覚悟を決めているようだった。


「今、あの公園には鬼と並んで密かに語られる噂がある。……『夜の池にて水底を浚う少年』の噂だ」


「……それって……!?」


 聞き覚えのある特徴に美樹本が思わず反応を示す。鬼の噂が広まる前に目撃がされた男子高校生。それを彷彿とさせる噂がこの時に広まってるってのか。


「ここ数日の間に目撃が増えているのだよ。夜間、とっぷりと日の暮れた公園内にて気付けば誰かが池の中に入り込んでいる。静かに水を掻き分けじっと水面を見下ろす姿はまるで水底にある何かを探しているようだ、とね。そしてその少年とは、どうやら短髪で黒い髪をした学生であるらしいんだよ」


 またここでもその特徴だ。宮杜に聞かされた時といい、この場面といい、どうして全てで桧山だと思える特徴を聞かされないといけないのか。本当に桧山が引き起こしていることだからとでも言いたいのか?


「私はね、噂の少年は桧山君だと断定している。それと同時に鬼の噂のその原因も彼ではないかと思っている」


「な……、なんでそうなるんですか!? 桧山はそんな、人に迷惑を掛けるようなことはしません!」


 先輩の指摘に美樹本が険しい顔で反論する。俺たちも疑いの目を向けてはいるが、他人から言われると認め難いものがある。


「彼も意図してやったことではないだろう。偶発的、恐らくは事故で以てこのような事態を引き起こしてしまったのだと私も思うよ。彼は少々迂闊な所があるが、決して悪意で以て他者を翻弄するようなことはしないと私も信じているからね」


「っ、だったらなんで桧山が……! どんな事故があったら桧山が鬼を出現させる結果招くんですか!? あいつには不思議な力なんて何も……」


「切欠は恐らく『照魔鏡』だろう。これが何かしらの作用で以てあの場所に鬼を産みだしているのだと思う」


「は? 『照魔鏡』……?」


 飛び出した想定外の言葉に、それまでの勢いをなくし美樹本は唖然と言葉を繰り返した。そんな美樹本に先輩は淡々と続ける。


「照魔鏡とは、元々は人や物に化けた妖怪や化け物の姿を明らかにするという謂われであったのだが、それが転じて映す人やものの隠された真実を暴く鏡だと言われるようになった。照魔鏡の映す真実とはその映るものの本質である。だからさっきも言ったが、もし悪心など抱けばその心が鏡には写し出されることになるだろう。例えば、その人間の心の内が鬼もかくやと言ったように負の感情に支配されていれば、鏡にはその歪んだ鬼の面が映し出される」


「……!? それ、は……」


 鬼として映る。人の顔ではなくて醜いその内面が。公園に現れた鬼がそれだと?


「嵩原君ならば知っているんじゃないかな? 鬼の正体は人が転じた姿であるという説もあることを」


「……ええ、知ってますよ。怒りや妬心、強く醜い感情から人が鬼に転じてしまう話は古来から幾つもあります。思えば、俺たちが遭遇した鬼は公園へとやって来ていた人間が転変した姿であったんでしょうね。服装に見覚えがありました。直前に遊歩道を散歩していた人物と同じでしたよ」


「……そんな……」


 嵩原が匂わせた鬼の発生云々のその答えか。人から鬼へと転変してしまう。確か般若の面のその原典がそんな話だったはず。

 人やものの本性を暴く照魔鏡の作用により、あの公園に赴く人が鬼に転じてしまっていた。今回の噂のその原理を先輩はそう予測しているのか。そしてそれを引き起こしたのが桧山だと。


「あくまで私の推測だ。細かな繋がりや方法などは分からない。ただ、諸々の噂にタイミングなどを考慮すれば可能性は酷く高いのではと思える。……だとすれば、桧山君をこれ以上一人にさせるのは悪手だと思えるのだ」


「そ、それは原因だって言うなら放っておけませんし、どうにか話を聞き出さないと……」


「そうではないんだ。鬼とはね、何も怒りや恨み、嫉妬だけを糧として為るものではないんだよ。仏教においては五蓋と呼ばれる五つの煩悩があるとされている。これら五蓋は転じて、節分の折に赤鬼、青鬼と五蓋それぞれの煩悩を宿す鬼を厄として打ち払う儀式へとなった。つまりはこの五蓋に当て嵌まるそれぞれの煩悩、負の感情や強い感情もまた人を鬼とさせる要因であると言えるのだ。赤鬼と区分される鬼の抱える煩悩は広範な『欲』、一つのものに捕らわれ執着するその心も、鬼と称される醜い煩悩となり得るのだよ」


「それって……!」


 先輩の言わんとすることが理解出来た。桧山の悩みのその原因は羨みから来る強い執着。サッカーでも昇華し切れず、ずっと消えることもなくあいつの心の中にある強い欲だ。

 照魔鏡に鬼として映る条件を桧山は満たしていると言えるんだ。


「桧山君を鬼になどさせたくない。彼の抱える思いは純真で、誰しもが胸の内に秘める当たり前な気持ちなんだ。それがさも間違った感情であるというように示されるのはあまりに忍びない。相談を受けた身で、同学校の先輩として、何より親しい友人として彼がこれ以上傷付く姿など見たくはないよ」


 悲しそうに先輩は目を伏せた。先輩の推測が当たっているのなら、桧山も鬼になってしまう? 危急の時には自分を盾にして誰かを守るとか平気で口にするあいつが?


「だったらこんなのんびりなんてしてられないじゃないですか! 早く桧山を見付け出さないと!」


「桧山君を探し出せたとして彼に寄り添うことは出来るのかい? 真実を暴くだけじゃ足りない、同時に桧山君の胸の内にも踏み込む覚悟がいるよ? 君たちにその覚悟はあるのか?」


 ガタンと椅子を蹴倒して立ち上がる美樹本に先輩は厳しい目を向ける。いや、俺たち全員にか。これまで全くと桧山の内面に触れることも出来なかった俺たちが、今更どうこうと御託を並べた所で単なる言い訳にしかならないのかもしれない。

 だが、だからと言ってここで覚悟も出来ないと引き下がれる訳もない。


「……ありますよ。今度こそちゃんと話を聞こうって、そのために何回も話し掛けていったんです。こうなったらもう洗い浚い吐き出してもらうまで粘着する」


「聖の目が座ってる。まぁ、俺も放ってはおけませんね。流石に知人が人外になるのを無視するってことはちょっと。亨の単純な所は存外気に入ってるので」


「俺は……」


 二人がそれぞれに覚悟を語る中でふと先輩と目が合う。心の内まで見透かそうとするような黒い目を見るなり、吐き出そうとした覚悟の言葉以外のものが口を衝いて出た。


「先輩、桧山の言う成り代わりたい相手って言うのは俺のことですか?」


 代わりに出たのは確認の問い。直ぐ隣からはっと息を呑む気配がする。先輩は表情を変えることなく口を開いた。


「それを聞いてどうするのかな?」


「だとしたら俺は絶対に桧山に会わないといけない。そうでしょう?」


「……」


 沈黙が答えだ。桧山の悩みの解決も今回の噂の解消も、俺だけは絶対最後まで見届けないといけないんだろう。そう思えたら覚悟も決まった。


「……全員心は決まったようだね」


 こちらを見回して最後の確認をする。無言で頷きだけを返した。

 桧山を見付ける。そして何を思い何をしたのかをその口から聞き出す。助ける、なんて大それたことは言わない、ただ悩んでどうしようもなくなって一人で自分と対峙しているだろう桧山の、その傍に寄り添えられたら。それを願って俺たちは夕日が差す部室を飛び出した。




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