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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
四章.七不思議
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14.真相

「え、会長? な、なんでここに?」


 明るいトイレ内で美樹本が困惑した声を上げる。二時間ほど振りの蘆屋先輩にちょっと虚を衝かれたか。その前から随分と混乱した状況にあったしな。


「悲鳴が聞こえたので慌てて助けに来たんだよ。選りに選ってここで非常事態に陥るとは、少々危機意識が足りないんじゃないかな?」


「え? は、はぁ……」


 意味の分からない糾弾を受けて美樹本も曖昧にしか答えられてない。『選りに選って』とはどういうことだろうか?


「……この状況を見るに降霊法を試してしまったようだね。きちんと注意書きもしてあったはずだが、どうして試してしまったんだ?」


 室内をさっと見回した先輩が厳しく問い詰めにくるのだが、注意書きとは一体なんだ? まるで降霊を実行するのは想定外みたいな反応だけど……。


「ちゅ、注意書き?」


「そうだ。やり方を載せた下にきちんと書き込んでおいたはずだ」


「あ!!」


 あ。その一言で理解した。あの滲んで読めなくなった箇所か! なんともピンポイントで運の悪い。


「なんだ?」


「あの、その会長。実は……」


 美樹本は正直に冊子を落として一部ページが読めなくなってしまったことを説明した。現物も取り出して証明してみせる。

 結局乾きはしたものの、汚れはそのままな酷いページを見せれば、先輩は険しい顔で凝視し続け、やがてふうと一つ息を吐いた。


「なるほどな。これならば実行してしまうのも仕方ないかもしれない。それでも降霊術など安易に行おうとするのは少々軽挙妄動であると言わざるを得ないが」


「うぐ……」


 そう返されるとこちらもそう抗弁もし難い。まさか許しを得るためのご機嫌取りが動機とか言えない。

 と、思わず閉口していれば嵩原がすっと前に出た。


「……会長さん、降霊をやろうと言い出したのは俺なんです。聖を責めないでやってください」


「え、嵩原……」


 嵩原が美樹本庇った。流れとしてはそうだ。でも、どちらかと言えば忖度が決め手になった……、それも嵩原の主張からか。


「ふむ。嵩原君が? 君ほどの人物がこんな……」


 そこまで続けて先輩は口を閉ざす。そしてふるりと軽く頭を振って続く言葉を飲み込んでしまった。


「……うむ。ここで話し込んでも仕方ない。一端ここから出よう。詳しい話は外でする」


 厳しい目線を注いだままに先輩がそう指示する。少し空気もピリピリしていてどうにも居心地が悪い。女子も不安そうに顔を見合わせていた。


 とりあえず外に出た。澄んだ夜風と涼しいと感じる程度の気温が不快感を拭い去っていく。どうにもあの異様な臭気が体に纏わり付いているようで気になっていたからな。トイレから出る前にチラリと奥の個室を確認してみたが扉は開いていなかった。あの音に空気の変わり様は一体なんだったのだろう。


「さて、皆落ち着いたかな?」


 スロープを上がりまた上履きに履き替えて、ちょっとトイレから距離を取った所で先輩が優しく声を掛けてきた。あれ、俺たちの軽率な行動に怒っていたのでは。


「え? は、はい」


「うむ。ならば重畳。すまないな、もし本当に君たちが降霊を成功させていたのならあの場に留まるのも危険だったんだ。だから無理矢理にでも直ぐに離れさせる必要があった。怖がらせてしまったのなら申し訳ない」


「え、あ、いえ。そんな。僕たちこそ軽はずみなことをしてしまってすみません」


 あー、あの凄みはわざと出していたものなのか。先輩がこうも警戒心を抱いて行動するなんて、それほどあのトイレで語られるものってヤバいの?


「会長さんがそこまで警戒するほど、『トイレのゑみさん』は危ないものなんですか?」


「……そうだな。図書室等の資料で確認出来る噂は出来るだけ情報を排除していたか。それなら嵩原君が知らないのも頷ける」


 訳知り顔で頷く先輩だが、溢した言葉の内容は無視出来るものじゃない。情報を排除したとは一体。


「……こうなるのなら、この七不思議だけは君たちに教えておいてもよかったな。ここで語られる『イジメを受け自殺した女生徒』と言うのは過去に本当に存在したのだよ」


 重々しい口調で語られる話は非常に恐ろしいものだった。


 怪談でもあったように、二十二年ほど昔に本当にこのトイレで自殺はあった。亡くなったのは一学年の女生徒。彼女は日常から酷いイジメを受けており、よく人気のない所に追い詰められては、チクチクと針で突き続けるような執拗な嫌がらせを受けていたらしい。


 あのトイレもイジメの現場として何度も利用された。当時からして日陰に覆われることが多く、ジメジメとしていて利用者も少ない。また校舎からも離れているとしてイジメの主犯たちからすれば都合のいい場所であったそうだ。

 彼女は奥の個室に追い遣られ、散々に嫌がらせを繰り返された。個人を否定する酷い暴言の嵐をぶつけられたり水を掛けられたり。それらは後々彼女の日記で判明したことだ。


 自殺してしまった日も、放課後トイレに連れて来られてまた暴言をぶつけられていた。いつものように一方的に悪意を晒して満足した主犯たちはそのまま下校し、だけど彼女はその日に心が潰えてしまった。当時、女子の制服はセーラー服だったため、彼女はスカーフを縄にして水道管に吊るし、そして首を吊ってしまった。


「余程恨みが強かったんだろう。トイレの扉の裏側には爪で引っ掻いたと思われるイジメ主犯たちへの呪いの言葉が刻まれてあったらしい。彼女は翌日、偶々トイレを利用した女生徒によって発見された。それからあのトイレの奥の個室は封印され、そしてトイレの利用者も全くなくなった」


 沈痛な面持ちで語る先輩の目がついとトイレに向けられる。真っ暗だったトイレ内を思い出す。あんな暗い場所で恨みを募らせながら首を括ったのかと考えるとその壮絶さに背筋が寒くなった。


「イジメの主犯は七人いた。男女が七人、たった一人を囲んでずっと悪意をぶつけ続けていたんだ。降霊法として七人を揃えるのはそこから、あの掛け声もイジメを行う際によく彼女に向かって言い放っていた言葉であったらしい。彼らにとって、彼女を追い詰める行為は『遊び』でしかなかったんだ」


 光を向け、囲み、そして『あそぼうよゑみ』……。思い返せばその構図は確かに一人を追い込んでいる図にも見える。つまり、この降霊法はイジメを再現することにより『ゑみさん』の恨みを蘇らせていたのか。そして彼女はその恨みに釣られて現れると。


「……そんな……」


 愕然とした呟きが聞こえる。自分たちがどんなことをしたのか、それを理解すればそんな声も出るだろう。なんとも胸糞の悪い。


「……この怪談の恐ろしさは、裏にある事実もさることながら本当に『出る』と言われている所なんだ。彼女の熾烈なる恨みの念は時間が経とうとも消えず、目の前に『イジメの主犯』が立つだけで容易に再燃する。噂の真偽が判明したのも、過去に実行に移しそして被害を受けた者たちがいたからだ。彼らも『七人』であのトイレに向かい、そして彼女を起こしてしまったがために数人が緊急搬送される事態になった。それからこの怪談は限定的な情報だけが流れるようにと、様々な人間の手によって情報が制限されて今に至っているんだ」


 嵩原でも少ない情報しか探れなかったのはそれが理由か。敢えて詳細が分からないようにして実行を防ぎ、そして同時に信憑性も失わせて『本物』であることを隠す。

 恐らくは人を遠ざける狙いもあったはずだ。そうでなければ『彼女を起こす』なんて言い方はしないだろう。先輩も情報を制限した人間も、徒に彼女をこの世に呼び出すことを避けたいからこうも徹底して情報を隠したんだろう。


 でも、それならだ。なんでこんな会を引き起こした?


「……その話が事実なら、こうして俺たちに『検証』と称して情報を伝えるのは何故です? 矛盾しているでしょう?」


 不信感を持って告げれば先輩の目がこちらを向く。表情に変化は見られない。冷めた二つの目がこちらを見据える。


「矛盾かい?」


「そちらの狙いがこの怪談の秘匿なら、そもそもこんな七不思議ツアーなんて名称で関わる人間を増やすのはおかしい。どうして馬鹿正直に降霊方法なんて載せたんですか? それさえなかったら、俺たちはただ怪談の上辺だけを眺めてそれで終わらせていたはずだ」


 隠したいならとにかく他人を関わらせないことだ。知る人間が少なければ少なくなるほど秘密を守るのは簡単になる。同好会として外向きに示さなければならない成果があるとしても、こんな怪談の一つ、適当に誤魔化して単なる噂だと示すことはそんな難しいことでもないだろう。俺たちに真実を明らかにした、その狙いが分からない。


「うむ。尤もな指摘だ。確かに先人たちの行いを蔑ろにするべきではない。私もまた悲劇によって命を落とした彼女を無闇に揺り起こすような真似はしたくない」


「だったらなんで」


「この会は編纂業務の一つとして開かれたものだからだ」


 先輩はきっぱりと告げた。迷いのない、堂々たる宣言だった。


「編纂とは書物として纏めること。書物とは歴史、技術、様々な知恵を体系的に纏めて後世へと残すもの。つまり私の成すこの編纂とは、この学校にて語られる『怪談』という歴史と事実を、逃すことなく記録して残すことなのだよ」


 なんら憚ることなく先輩はこれが真実だと言わんばかりに胸を張る。先輩の発言で『怪談も歴史調査の一つ』とそう告げた駒津の顔が唐突に浮かんだ。

 歴史教師としての見解の一つだと思っていたが、これはそもそもが『編纂』という仕事に関わる者の根底に根付く理念だったのか。


「単なる記録ではない。可能な限りの真実を追及し、後に偽りであったなどと言われることのないよう、確かなものとして示さなければならない。そのために必要なのは多角的となる視点での検証だ。君たちを参加させたのは謂わばそのためだよ。私という一つの視点からだけでなく、様々な人間の観察や思考を介することにより、始めて真実というものは浮き彫りになる。私はそれを知っている。だからこの会を開いた」


 ふっと息を吐くように先輩は笑みを浮かべる。自分の行いになんら疑念など抱いていない軽やかな笑みだ。隠すものなど何もないと、その顔だけでこちらに伝えてくる。


「降霊方法に始まる様々な情報を渡したのも正当な検証のためだ。これらの情報により君たちがどのように感じ、どのように考え、そして起きた現象をどう解釈するか。私が求めているのは正にその『見解』なんだ。だからこそ、秘匿しなければならないものも纏めて載せた。偽りの情報からは決して真なる結論など出せやしないからね」


 つまる所、先輩はあくまで編纂業務を誠実に行うその一環として俺たちを『七不思議』に関わらせた。本来であれば秘匿しなければならないと学校を挙げて浸隠す情報さえ明け渡して、それでも偽りのない『記録』を残そうとした。


 それは先輩の勝手な理屈であって、結局説明を行われないまま送り出された俺たちからすれば、先輩の態度は全く『誠実』からは遠いものとなる。その上、そうやって送り出された結果、危険視されている降霊を無防備に実行したという帰結に繋がるなら、客観的に見れば先輩は自身の役目のために俺たちを軽々しく危険域に送り出したと見ることも出来る。

 いくら注意書き等で危険性を訴えていようとも、本来ならば指示を出す先輩が始めに明確に注意喚起を行わなければそれはフェアじゃない。


 しかし、同時にそれだけ先輩はこの検証に対してストイックに学術的な知見を貫いたとも言える。編纂業務という仕事を間違いなく終わらせるため、出来るだけの客観性を保たせようと迷いない信念を通したんだ。

 多分そこに個人の欲や願望は驚くほど紛れてなどいない。あの軽やかな笑みを見れば自然と疑いなくそう思えた。それだけあれは一つのものしか抱えていない、毅然を越えて泰然とした笑顔に見えた。


 ふざけるなと文句はある。でも、同時にある種高潔と呼べるその気構えに圧倒もされている。先輩を学徒と思ったのは間違いではなかった。この人はもう立派に、知識の探求のために突き進める人間なんだろう。


「だから君たちへも簡単に情報を渡したんだ。取り扱いの難しい秘匿情報を説明なしに渡したその軽率さは私も反省すべき点ではある。まさかの事態というものは安易に予測が付かないからこそ『まさか』と称されるのだと、もっと慎重に考えるべきだったと自省している。だから、君たちを危険な立場に追い込んでしまったこと、それに関しては私も心から謝ろう。すまなかった。完全に私の判断ミスだった」


 先輩は深く頭を下げる。いっそ清廉と呼べる潔さも、この人の知識への曇りない探究心を肯定する要素とはなっている。先輩の手抜かりは確かにあったがこちらも軽率ではあったんだ、こうまで真っ直ぐ謝罪されては文句も言い様がない。


「え、そんな」


「あ、蘆屋先輩、顔を上げてください」


「せ、先輩に謝られるなんて……」


 女子もあたふたと慌てて声を掛ける。てっきり怒られるものと思っていたのに、蓋を開けたら反対に謝罪されているんだ。状況の変化に戸惑うのも無理はない。


「あ、あの、僕らが軽率だったことは確かです。だからそこまで会長が謝ることは……」


「会長さんのその真摯な研究姿勢は俺も共感を持ちます。確かに事前に危険等は告知していて欲しかったですけど、俺も中途半端な知識によって深く入り過ぎたんです。会長さんだけの責任じゃありませんよ」


「えっと、先輩頭上げて! 俺ら皆無事だから大丈夫だよ!」


 男組も謝罪は不要と告げる。いい子ちゃんばかりか。これだと噛み付いた俺が馬鹿みたいじゃん。


「……」


 しかもこっちを無言で見る。お、俺はお前たちを代表して問題点を明らかにしようと。駄目だ、女子たちまでこっち見てきた。味方がどこにもいねぇ。


 まぁ、非を認めて謝ってもらった現状、これ以上突っぱねる理由もこちらにはない。どうして矛盾するようなことをしたのかも説明された。俺にはもうそっぽ向く謂われもない。


「……分かりました。蘆屋先輩の考えはよく理解しました。こちらも安易な行動を取ってしまった負い目もありますし、痛み分けという形で収められたらと思います」


 そっと息を吐いて結論を述べた。俺だって別に百パーセント自分は悪くないなんて思ってない。納得のいかない話だったから突っ込んだ訳で、理由を話してもらえるのならそりゃ普通に矛も納める。


 こちらの答えに先輩が顔を上げた。納得していないのか不満そうな表情を浮かべている。


「む、しかし……」


「なるほど、痛み分けね。それなら納得出来るわね」


「う、うん。私たちも危ないことしちゃったんだし先輩だけが悪いなんてないよね?」


 食い下がる先輩に追撃が放たれる。全員両成敗に不満もないようだから実にやり易いな。本来ならば結構洒落にならない手抜かりであるはずなのに、深く考えが至ってないのか、それとも人がいいのか。


「会長。そう言うことです。僕らもすみませんでした。会長が調べようとしているその中身を安易に捉えて油断した結果なんです。だからどうか会長だけが悪いなんて思わないでください。正直居たたまれませんから」


「……むう」


 美樹本に説得され、小さく唸った先輩はパッとこちらを一瞥すると柔く笑みを浮かべた。


「そうか。そう言ってくれるなら、私も心が軽くなるよ。……君たちに何もなくて本当に良かった」


 常のように張りのある威風堂々とした物言いではなく、心底安堵したと言わんばかりの囁き声で、先輩は最後にそう溢した。





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