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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
三章.河童
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11.真実と解釈と

 とにかく蘆屋先輩を正常な姿勢に戻し、更に頭に上った血が下りるのを待つこと暫く。すっかりグタグタな空気が蔓延する部室内で気を取り直した先輩が口を開いた。


「……さて、取り乱してしまってすまなかった。皆にはまた迷惑を掛けてしまったね」


 頬に赤みを残したまま、冷徹な雰囲気を取り戻した先輩がそう謝る。髪の毛は手櫛では限界があったために若干ぼさつきが残っているが、それでも冷徹なんて評価が出てくるんだ、やはり美形は得だ。


「それはなんかもういいです。ちゃんと顔見て話してくださいね」


「会長さんは大概においてハイとローの切り換えが極端過ぎますよね。根っこが真面目な分対応するのもちょっと面倒です」


「もう大丈夫ですか? 先輩?」


 三人中一人しか心配してないのがもうね。俺はドン引きで答えもしない。


「ありがとう桧山君。もう大丈夫だ。……それで話を戻すが、確かに今回の調査は性急過ぎた。このまま続けたとしても望むような結果など得られるはずがない。これは至急、中止すべきだな」


「そ、そうですか……!」


 先輩の下した決定に美樹本は嬉しそうな声を上げる。望む結果を引き当てたんだ、それはこんな声だって出るだろう。


「うむ。確か市が管理していると言ったな? まずは街の役場にて問い合わせをし、一時立ち入りの許可が出ないか交渉から始めなければ。危険域だと言うのであれば保護者が同伴することも視野に入れておくべきか。その場合、流石に役所の人員を引っ張り出すのは迷惑が過ぎるから、こちらで宛てを探さなければならないな」


「あ……」


 喜びも束の間、調査そのものは諦めていない先輩につい閉口してしまう。それでは困る。俺たちの目標は古戸池の調査の終了だ。このままだと先輩が突貫しかねない。


「あの、会長。調査自体止めた方が……。だって市が侵入禁止に指定しているんですよ? とても許可が下りるとは思えません」


「そこを交渉でどうにかするのが探求者の腕の見せ所だ。あくまでも調査目的、その上河童の存在確認ともなれば充分に学術的意義がある。なんなら市を巻き込んでしまってもいいと思っているよ」


 美樹本がどうにか諫めに動くがこれは駄目だな。理論武装を備えた先輩を納得させるのに中途半端な説得など通用しないだろう。


 男四人で顔を見合わせる。アイコンタクトで問うのは男の存在を明かすか否か。それは同時にあそこで聞いた話を明かすのかという問いになる。これ以上先輩を踏み込ませないためには必要な開示だと言えるのだが。


「……ふむ。なるほど」


 どうするどうすると迷っていれば先輩の呟きが聞こえてきた。見れば先輩は顎に手を置いて眇めた目をこちらに向けている。観察者の目と言った所か。


「先程から気になってはいたが、君たち、私に何か隠し事をしているね?」


 なんでもないように告げられた。疑問を呈しているが眼鏡越しの瞳を見れば分かる。あれは確信を持って言っているな。


「えっ」


「……なんのことでしょう?」


 まだ踏ん切りが付かないために思わず言葉に詰まるが、そんな俺たちの代わりに嵩原が答えた。先輩は俺たちの反応を具に観察してから口を開く。


「その反応がもう答えを言っているようなものだ。先程桧山君がポロリと溢してしまった内容からして、現場で第三者に遭遇したか? そして恐らくは古戸池が立ち入り禁止という話もその人物から知らされたと。そうだね?」


 細い指で顎を撫でつつ先輩は自身の推理を語った。最後は疑問系だがやはり確信を持った言い方をする。見事に当てられてしまったが、まぁ、桧山のあの発言を聞かれていたとしたらそう難しくもない連想ではあっただろう。


「……」


 無言で互いに目配せする。もうこうなれば話すより他にはないんじゃないか? こっちを見た美樹本にそう考えを込めて一つ頷く。瞬間眉を顰めるが、しかし美樹本もそれ以外にはないと決断を下したんだろう、桧山、嵩原とも頷き合い先輩と向き合った。


「……確かに、会長の指摘の通りです。僕たちは古戸池で男性と出会し、その人から古戸池に関する話を教えてもらいました。そして、その話からこれ以上の調査の継続は難しいという判断を下したんです」


 姿勢を正して切り出す。美樹本の声は真剣そのものだ。先輩の説得を考えてもいるんだろうけど、これから話す内容を思えばヘラヘラとなんてとてもじゃないがしてられないからな。


「ふむ、『話』か。……こうして明かしてくれたんだ、私にも事の顛末は教えてもらえるのだろうね?」


 美樹本の緊張が伝わったか、先輩も居住まいを正して真っ直ぐと視線を向ける。訊ねられるのに美樹本ははいと明瞭に答えた。


「勿論です。そして、どうか調査の継続は考え直して頂けたらと思います」


 もう一度こちらの思惑を告げて、そして美樹本は語リ出した。

 古戸池での役所側の人物との遭遇、立ち入り禁止だという事実、撮れた写真を見せてからの過去にあった水難事故の話。


 教えてもらった話を丁寧に伝える。補完として俺たちも何度か話に加わり、そして最後にはデジカメも提示した。


「一番最後の写真だけは消去しています。あまりにも鮮明に写っていたので……。ただ、僕たちが撮った写真にしろ会長が持っている写真にしろ、そこに写っているのは河童なんかじゃないんです。あの池に河童なんていないんです」


 コトリとデジカメが先輩の前に置かれる。先輩は腕組みをし、じっとこちらの話に耳を傾けていた。チラリとカメラに視線を落とす以外には指の一本だって動かしはしなかった。


「以上の話が僕たちが調査を断念した理由です。会長、お願いですから手を引きましょう。あそこを調べたって会長の求めるものは見付かりませんよ」


 話を締め括り、そう訴える。あの池で見付かるものは決して河童なんていう生き物じゃない。調べに行ったとして、あるのはただの悲惨な事故の名残だけだ。

 事実を聞かされた今、再度調査に赴いたとしてきっと俺たちはただそこに必死に足掻く誰かの姿を幻視してしまうだけだと思う。


 先輩の答えは、果たして。


「……そうだな。確かに、河童ではないのかもしれない」


 固く引き結んだ口元を綻ばせ、先輩はそれだけを呟くとカメラへと手を伸ばす。手元に引き寄せ細い指を細々と動かしながら、小さな画面に視線を落とす。じっとカメラを見下ろす顔は真剣そのものだ。

 やがて満足したのか先輩は顔を上げた。その顔には、どこか気の抜けた柔い苦笑が浮かべられていた。


「……私はね、今回の話に大いに期待をしていた。河童という未知の存在への手掛かりに物的証拠であるあの写真、そして身近な場所にてこのような不可思議な現象が起こっているのかという非日常への憧憬。それらが胸を一杯に占めていた。……正直、酷く興奮していたよ」


 語る内容に反し先輩の声は落ち着いている。いや、沈んでいると言ってもいい。何故今、そんな調子で語るのか。


「この街には不可思議な噂や逸話が数多くある。それはどれも人間の認識の外で語られるようなものばかりであり、現代の常識を用いるだけでは説明も巧くいかないものが多数ある。私はね、そう言った未知を調べるのが好きなんだ。私が持つ視点など全く役にも立たない、新たな視点を持たねば語ることも出来ないそれらが非常に興味深い。だからこそ、オカルトなどという非科学的なものにも傾倒した」


 自分語りを続ける先輩。話の先が見えない。


「理解出来ないからこそ強く心を惹かれ求めてしまう……。だがね、私は自身の興味を理由に他の何もかもを押し退けるなんてことはしないんだ。先にも言ったように、私はあくまで常識や社会の理の中でそれらにない未知を探求したい。私はそれら未知は、あくまで我々の掲げる常識や規範の中で観察するからこそ理解出来るのだとそう信じている」


 そこまで先輩が語ることでなんとなく何を言おうとしているのか理解した。不可思議なものに心惹かれていても、それでも常識を捨て去れない先輩ならば至る答えは。


「……だからこそ、こんな、死者の墓を暴いてまで己の好奇心を満たそうとした己が恥ずかしい。……全く、すっかり冷静さを失ってしまっていたようだ」


 額に手を当ててそう自戒する。コトリとカメラが静かに置かれた。

 恐らくはかなり理性的な性格をしているだろう先輩ならばそんな結論にも達すると思う。今回の俺たちの行動は正に死者を呼び覚ます行為だ。その指示を出したのは蘆屋先輩だから、今、かなりの悔恨がその胸の中を駆け巡っていることと思う。


 蘆屋先輩の沈んだ調子はつまりは後悔から来る消沈であったのだろう。もう少し冷静になって古戸池を調べていれば立ち入り禁止の措置や過去の事故、そう言った事情を理解しもっと慎重な調査を行えていたとでも考えているのか。もしかしたら河童の正体にも思い至っていたかもしれない。そんな考えが自嘲する先輩の表情から読み取れた。


 今更もし、なんて積み重ねたって仕方ない。もう既にやらかしてしまったあとだ。でも、やり直すことは出来なくても、これからを是正することは出来る。


「それじゃ、会長」


「調査はここで打ち切りだ。撮った写真も消去してしまった方がいいな。これは表に出すべきものじゃない」


 期待の声を上げる美樹本に力なく頷き返す。良かった、説得は無事成功だ、ほっとした空気が俺たちの側に広がる。


「全くの事前調査の不手際に、更には嫌な役目まで押し付けてしまって本当に申し訳ない。君たちにはかなりの負担を掛けてしまったね」


「あ、いえ、僕たちも迂闊でしたのでそこは別に……」


「調査を疎かにしたのはこっちも同じですから。場所柄を考えてもどこかの管理地になっていると考えるべきでしたね」


「それを踏まえて指示を出すのが命令する者の仕事だよ。全く、本当に私は浮かれきってしまっていたのだな」


 はあと深くため息を吐く先輩。写真を提示してこれぞ河童だと息を巻く姿は確かに冷静さからはほど遠かった。それだけ興奮していたということなのだろう。


「そこまで河童に期待をしていたんですか?」


「だって河童だぞ? 日本では水棲の妖怪と言えば一番か二番に挙がるものだろう。それがしかも目と鼻の先にいるかもしれないとなれば興奮して当たり前だろうに」


「分かる。河童はなんか特別感ある。俺も見たかったなー」


 河童に対する期待値は本物らしく先輩の語る声音は高い。同意するのは桧山ばかりで、こいつも道中はテンションが高かったな。


「話を持ってきた人物が河童ではないかと言及したことにすっかりと感化されてしまったよ。よくよく考えればそれ以外にも可能性はあっただろうに、すっかり視野狭窄となってしまったのは失態以外の何者でもないな。普段から事前調査と裏取りは、真実に辿り着くための第一歩と己に言い聞かせて徹底していたはずなのに、どうして今回はそれらが頭からすっかり抜けてしまったのか。己が情けない」


 はあとため息を溢す。自省に忙しそうであるが、先輩も河童の可能性ありと報告を受けていたのか。


「先輩も河童が写ってるって聞かされたんですか?」


「ん? ああ、そうだよ。写真と共に大学生の話を聞かされ、そして『これは河童の可能性があるのでは?』と報告も一緒になされたんだ。諸々の証拠から河童である蓋然性は高い!なんて興奮と共に伝えられたため私もすっかりその気になってしまった。あくまで探求者として噂の真偽を判別しなければならない立場にあるのに、その噂に踊らされてしまっては私の立つ瀬もないというものだ」


 やれやれと首を振って先輩は己の暴走っぷりを揶揄する。それはまぁ、一方の情報のみを鵜呑みにして結論を決めて掛かるのは真も偽も関係なくなる行いだわなぁ。理論派の先輩にしては確かにちょっと下手を打った印象だな。


「……前から気になってはいたんですけど、会長のその情報源って一体どうなってるんですか?」


「ん、気になるかい? 君が我がオカルト研究同好会を引き継いでくれると言うなら自ずとして触れることにもなるだろう。唯一の正式会員なのだし、会長職を継いでくれるというならこの場で簡易にでも教えることは吝かではないが」


「いえ結構です。僕は障らずに祟りも躱して生きていきたいので」


「聞かないの? 俺の情報源の一つになってくれてもいいだろうに」


「なんで嵩原のために僕がどっぷり浸からないといけないの!?」


 そんな感じにぐだぐだ雑談を交わしていれば、気付けば日はとっぷりと暮れて空には星も見える時間となっていた。


 二日連続での部活動をしている生徒のような帰宅時間だ。俺帰宅部なのに。


「一時はどうなることかと思ったけど、なんとか丸く収まって良かったよ」


 帰路で美樹本はほっと安堵の息を吐く。一番気負っていたのはこいつだしな。あの市役所の男からも念を押されていたんだ、先輩の説得成功は喜ばしいことだろう。


「まぁ、事情を話せば会長さんなら納得してくれる公算はあったけどね。ああもすんなり行くんなら直ぐに明かしていれば良かったかな?」


「会長が引っ込むかはちょっと賭けの部分があったから、慎重にいったのは無駄ではなかった、と思うよ」


 今更なことを口にする嵩原に美樹本もちょっと苦しげに反論する。まぁ、写真の信憑性が上がると興奮する向きもなくはなかったんだ、結果的には丸く収まったが、情報を取捨選択したのは間違いではないと思う。


「……あいつ、あそこで溺れたままなのかな」


 ポツリと呟きを落としたのは桧山。桧山の語るあいつとは写真に写った当人のことだろう。思い浮かべて空気がしんみりと陰る。


「……さて、ね。もう本人はあの池にはいないよ。とっくに水から出されて今頃は手厚く葬られているんじゃないかな? 流石に墓の下でまで溺れることはないと思うけど」


「え、でも池にいたじゃん。めっちゃ必死で岸まで来てたけど」


「う、ん。あれは、なんだろうね。当人はまだあそこに留まっているのかもね。自分がとっくに池から引き上げられたっていうことも、知らないのかもしれない」


 言い辛そうに美樹本は語る。写真に写ったものを完全に理解することは俺たちには無理だろう。あの場所に留まったままなのか、それとも何かしらの名残があるだけか。真実なんか分かりようがない。


「俺たちが撮った時、あいつ池の中央にいたじゃん? で、確か先輩の話でも真ん中にいたって言ってなかったっけ。あいつ、池の真ん中から離れられなかったりすんのかなぁ」


 それはやだなぁと自分のことのように桧山は嫌がる。確かに最初は池の中央で頭を出していた。写真を撮る度に地面にいるこちらへと近付いてきて、そして最後は目の前に。写真を撮っていた美樹本の眼前まで来ていたな。


「……正直思い出したくはないけど、大学生の話からしても彼の起点は池の中央になってしまっているのかもしれない。だとしたら……」


「いや」


 結論を出そうとする美樹本を遮って声を上げる。全員の視線が俺に集まった。


「俺たちが検証だって言って何度も撮ってやることであいつは正確に岸へと近付いた。それで最後はちゃんと池の縁に辿り着いていただろ。美樹本はあの時、縁よりもちょっと奥に立っていたんだ。その眼前ってことは、あいつはきちんと地面に乗り上げていたはずだ」


 あそこまでのどアップならば直近にいたことは間違いない。美樹本の立ち位置は少なくとも池より数十センチは離れていた。間近に立つにはどうしたって地面に立つしかなかったはずだ。


「だから、まぁ、多分上がれたんじゃないか? 水から上がれたんならもう池の中で溺れることはないだろ」


 多分と繰り返し呟く。伸ばした腕はちゃんと縁に届き、硬い地面を掴んで水から這い上がれた。そうなのではと思う。そうであればいいなと願った。


「……そっか。そうだね」


 どこか安堵したように美樹本が呟く。桧山はへへっと嬉しそうに笑った。嵩原なんぞはやれやれと肩を竦めるが、それどういう感情を含めてやってんだ。


 言うべきじゃなかったかなと軽く後悔して前を向く。帰路を行く前方にはぽつぽつと灯る街灯にすっかりと暗い空が見えた。まだ西の方に沈み掛けの太陽の名残があるが、空のほとんどは真っ暗で幾つか星が瞬いて見える。東の低い位置に太い三日月が浮かんでいた。


 こうして改めて観察すると、夜と言ってもそこまで空は暗い訳ではないんだな。事故が起こったその時、天候はどうなっていたかは知らないが、でも懐中電灯の明かりを頼るくらいしか他に光はなかったんだろう。月明かりでもあれば、また結果は違っていたのかと、そんな今更なことをぼんやり頭に思い浮かべる。

 どうせならライトなんかじゃなく、空に浮かぶ月でも目指せばいいのに。そっと胸中で呟いた。




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