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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
三章.河童
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10.vs蘆屋会長

 蘆屋先輩への報告は翌日に持ち越された。

 日も暮れてしまったからというのもあるが、一番は今から戻って報告なんて気分になれなかったのが大きい。

 あの役所の男から聞いた話はそれだけ俺たちに衝撃を与えた。そう言えば名前を聞いていなかったな。手抜かりが酷いが、役所に行けば会うことも出来るのかね?


 そして明くる日。そして放課後。

 ホームルームが終わり次第、俺たちは四人揃ってオカ研の部室へと向かった。報告が今日なされることは事前に美樹本が連絡を済ませていた。


「蘆屋先輩は何か言っていたか?」


「特には。ただ消沈していた気配は伝わったようで、僕のことを心配しながらも興奮した様子があったね」


「それだけ聞くと嫌な人に思えるな」


 美樹本はデジカメをしっかりと抱えて答える。写真は言われた通り最後の一枚は直ぐに消去したらしい。現在では復元も簡単に行えるというので、これが意味のあることなのかはこれからの俺たちの説得に掛かっているとも言える。

 最悪はデジカメ並びにカードを破壊すればどうにかはなるだろうが、それはあまり取りたくない手段だな。


「会長は多分この報告に期待を寄せていると思う。僕が凹んでいたのも本物が出たって当たりを付けたはずだ。なかったことにしましょうって説得するのは難しいかもしれないけど、皆どうか協力して欲しい」


「おうよ! 俺説明すんの苦手だけど死んだ人をどうこうってするのはよくないのは分かってるぞ! それいっぱい伝える!」


「釘刺されちゃったしね。今回はグレーゾーンを大きく踏み越えちゃった訳だし、俺もこれ以上関わるのは勘弁かな。充分噂の検証も出来ちゃったしねぇ」


「事故の話も交えれば充分に説得は可能なんじゃないかと思う。蘆屋先輩は一応、常識はある人なんだろ?」


 説得に活かすためと、今日一日で改めて教えられた蘆屋先輩の人となりは意外にも評価が高い。

 調査のためとは言え敷地への不法侵入は良しとせず、また危険行為も承認しない。どうしても調べたいというのであれば事前に許可を取るなどきちんと段階を踏むことを信条とし、対外に向けては潔癖と言えるほど常識的なのだと言う。


「警察署に侵入とか言ってなかったか?」


「時々酷く暴走するんだよね。その時は怪談の元になった事件のあらましがどうしても知りたいって無茶言い出したんだよ。まぁ、嵩原が必死にネット記事探し出してくれたから、どうにか納得してくれて事なきを得たんだけど」


 それは常識があると言えるのだろうか? 趣味人にありがちな暴走特急振りだな。


「だから今回も私有地なんかじゃないって思い込んでいたんだよね。会長さんは事前準備に手を抜かない人だし、まさか立ち入り禁止区域に特攻させられるとは思わなかったよ。俺も確認を怠った訳だし文句があるってほどじゃないけどさ」


「あー、そうだね。大体無茶振りしてくる時はテンションがハイだから分かるんだけど、今回は比較的落ち着いていたから察せられなかったよ。会長、そんなに河童が気になってたのかな?」


「結局河童じゃなかったけどなー。先輩悲しむかなー?」


「そう言えば嫌に固執してたな……」


 わいわいと雑談兼対策を講じながら部室棟へ。二階に上がりやって来たのは廊下の端っこに追い遣られているオカ研部室だ。二度目だけどもやはり奥の壁と扉の位置が近過ぎる。


「会長、美樹本です。失礼します」


 ノックのあとに扉を開ける。相変わらず返答は待たないのな。中には以前と同様の狭苦しい部屋の真ん中で、蘆屋先輩が例のポーズをして座って待っていた。


「やあ。来てくれたんだね」


 こちらへと顔を向けるなりニタリと笑う。あ、なるほど。これは確かにテンションが高そうだ。


「昨日連絡したように早速報告と行きたいんですけど」


「ああ。承知しているよ。さ、皆座ってくれ」


 促されガタガタパイプ椅子を鳴らして着席する。今回は美樹本が先輩の正面に座りその左右を俺と桧山が固めている。今度は嵩原がお誕生日席だ。


「会長、今回の調査なのですが」


「ああ、昨日の連絡で大体は察している。何かしら成果があったんだろう? 美樹本君は超常の存在と出会した際にはまるで生気を抜かれたかのように元気がなくなるからね。昨日の君は正にそれだった。河童と出会えたのかい?」


 話し出そうとする美樹本を遮って、何やら興奮した様子で詰め寄る蘆屋先輩。察せられてるな、美樹本。ちらっと横顔窺ったけど頬の辺りがピクピクしてる。


「そのことに関してもお伝えしなければならないことがあります。……会長、突然ではありますが、この調査は打ち切りにしましょう」


 先輩の勢いに若干気後れていた美樹本は、それでもしっかりと本題を切り出してみせた。ワクワクと目を輝かせていた先輩がピクリと体を揺らして押し黙る。


「……ふむ。それは何故だい?」


 激昂するかな?と思ったが努めて冷静に聞き返してきた。前のめり気味になっていた上体を戻し、すっと居住まいを正して先輩はこちらを眺めやる。

 一見すれば落ち着いて話しを聞く体勢にあるとも思えるが、感情の窺えない無表情では内心苛立っている可能性も否定出来ない。


「今回の調査は君への課題として私が用意したものだ。通常のものとは違い君個人の我が儘等で勝手な引き上げなど出来ないことは百も承知だと思うが」


「勿論、分かっていますよ。調査の引き上げには正当な理由あってのものです」


 先程までのオタク特有の興奮振りはなりを潜め、怜悧な雰囲気で以て先制を仕掛ける先輩は上に立つ者としての威厳を湛えている。普段からこの調子であれば真っ当な部員も増えるんじゃないか? そんな詮ない感想を抱いている傍らで、美樹本はまず対外的な理由から今回の調査打ち切りの正当性を訴えていった。


「――ふむ、つまりは市の管理する公有地であるため、許可なく侵入し調査をするのはよろしくないと。そう言うことだね」


 話した内容を纏めて先輩は思案顔をする。そんな先輩に美樹本は力強く後押しする。


「はい。あの古戸池は市が管理しているそうなんです。現在は用水池としての利用はされず、過去に何度か事故も起こっているために危険だからと立ち入りが禁止されています。そんな所に事前許可なく入ろうものなら僕たちは通報されたって文句は言えません」


 真剣に訴える。実際、通報され掛けたし。馬鹿な学生として紙面やネットニュースなんかに曝されずに済んだから御の字ではあるが、正直こんな世間体的にも危ない橋なんて二度と渡りたくない。


「お説教もされたから正直もう一度行くの無理」


「俺たちのように、世間で流布される噂や怪談を積極的に解明しようと動く者は時として社会や個人の事情へと大きく踏み入ることもあります。何かの内側に無作法にも上がり込めば当然反発されるもの。であるならば、出来るだけの誠意を見せ、こちらからだけでなく相手方からも歩み寄れるよう協力を引き出すことはとても肝要なことです」


 こら桧山。市役所の人間に会ったことはまだ秘密だと言っただろうが。何第三者の存在を仄めかしてやがる。嵩原の奴が慌てることなく話し出したのでどうにか誤魔化せはした、か?


 嵩原も、今回問題となった社会ルール等には普段から細かく配慮は見せている。人のことを噂の検証に巻き込むきらいがあるものの、だからと言って無作法にも余所の敷地への無断侵入や深夜徘徊といった明らかにアウトな事柄への参加を求めたことはほぼない。

 嵩原は嵩原で社会の道徳やルール、そう言った規範には従う姿勢をこれまで示してきているんだ。だからこそ、今回のやらかしにも思う所はあるんだと思う。

 俺たちって、まるで俺らが噂探索に積極的に関与してるみたいに言われるのはちょっともやっとはするけども。


「自分たちはあくまで探求者であり、情報を開示しなければならない報道者ではないのだから、守れるものがあるなら守るべきと、そう言ったのはあなたですよ。蘆屋会長」


「……」


 先輩は何も答えない。腕を組み沈黙を続ける。

 ついと顔が斜め上を見上げた。見れば眉間に深くシワを寄せ、どうにも熟考している様子だ。こちらの主張を精査でもしているのか。


「……うむ」


 やがて先輩は一つ頷く。長考の結果が出たのか。

 さて、これで聞き分けてくれるのなら話は早く済むのだが。ドキドキしながら答えを待つが、先輩は口を固く結んだまま組んだ両腕を外し、そして徐にテーブルへと強く叩き付けた。


 バンッという大きな音が室内に木霊し、俺たちの間に緊張が走る。説得は失敗だったのか――? そう結論が頭に過ぎる中、注目される先輩はテーブルを叩いた勢いで立ち上がり、そして両手を突いたまま深く頭を下げた。え?


「――すまない。私の手落ちだった。迷惑を掛けた」


 長い黒髪をテーブルに垂らし、その髪の向こうからくぐもった声で謝罪を告げる。

 これは謝罪、であるらしい。折角の綺麗なストレートの髪が一瞬でボサボサになっているが先輩は気にもしない。額をテーブルに擦り付けんばかりに体を目一杯倒し、そのままの姿勢を維持する。


「……」


 唖然として誰も何も言えない状況が暫し続いた。先輩は頭を上げようとしない。その体勢は頭に血が上って中々苦しいだろうに、それだけ謝罪の意思が強いと言えるか。


「……えっと。会長?」


 美樹本が話し掛ける。それでも尚蘆屋先輩は顔を上げない。これテーブルがあったからまだ珍妙に見えるけど、床でやられていたら土下座になっていたのでは。そう一瞬頭に浮かんで冷や汗的にドキドキしてきた。


「その、その謝罪は何に対する謝罪なんですか……?」


「無論、君たちを調査不足の中、送り出してしまったことに対する謝罪だ」


 あ、そのまま答えるんだ。くぐもった声がまた聞こえてきた。しかし、そうかそう言うことなのね。どうやらこちらの訴えはきちんと先輩に届いていたらしい。


「ああ、そう言う……。お認めになるんですね、会長さん」


「勿論だ。私はこれまで決して社会ルールや道徳から大幅に逸れるような真似はしてこなかった。それは私の超常現象に対する深い興味と常に並んで存在する、社会規範への信頼故だ。私は確かに私の知識欲求を満たすため邁進はしていただろう。だが、それは決して他人に多大なる不利益を与えてまで果たしてきてはいないと、そう胸を張って言えるのだ! 言えるはずなのだ……!」


 長い長い。ふおおと感極まった声まで出して先輩は己のスタンスを解説してくれるけども、今ってそんな話をしている場合か? とりあえずさっさと頭を上げるべきだと思うんだけど。感情の起伏故か、それとも体力の限界なのか、先輩の両腕がプルプル震えてきてるぞ。


「ああ、はい。会長のおっしゃりたいことは大変よく分かりました。なので謝罪はもういいです。顔を上げてください」


 しょっぱい声としょっぱい顔で美樹本が促すが先輩は頭を下げたまま。まだ気が済まないのだろうか。


「私自身が手抜かりにより失態を見せるのは致し方ないことだ。だが、他者に迷惑を掛けた上に君たちを矢面に立たせてしまうなど……! 超常現象探求者としては二流も落ちての三流の振る舞いだ……!」


「分かりました。分かりました! 会長が社会や規範に忠実な人だっていうのは大変よく分かりました! 僕らだって別にそこまで自省されるほどの迷惑は掛けられちゃいませんから! だから顔上げて! 怖い!」


 いよいよ限界なのか腕の震えは最早全身に渡ってしまっている。腕を通じ頭に至り、そしてテーブルに投げ出された黒い髪にまで伝播してプルプルざわざわ蠢いているのがなんとも。ホラー映画でよく見られる髪が独りでに動き回るあれ、それを彷彿とさせる目の前の惨状に美樹本も必死だ。


 あれだな。やっぱり蘆屋先輩は普通というカテゴリーからは逸れているんだな。いくら美人でもやはりそこは嵩原と同類。怜悧な雰囲気なんて星の彼方まで吹っ飛ばしてしまった先輩の分け目を眺めつつ、一先ず説得成功をそっと現実逃避気味に喜んだ。


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