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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
三章.河童
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9.河童の正体

 暗い林を通り抜けて道路側へと戻ってきた。こっちは街灯も立っているからそれなりに明るい。道路沿いにぽつぽつと灯るライトのその向こうにだだっ広い田んぼがうっすら見える。

 池周りにはこの道路の灯りすら届いていなかった。申し訳程度の明かりでも、煌々と照るライトを見るとちょっとほっとする。


「普段であればあの看板からあちらの支柱へと侵入禁止のロープが掛かっているんですよ。私が来た際にはこのように何もありはしない状態だったんですが、それはあなたたちが来た時から同じでしたか?」


 林の入り口から男が指差して聞いてくる。俺たちがここに来た時から変わりなく、古戸池を示す看板以外には侵入を禁じるようなものは何もない。


「そうですね。特に通行を妨害するようなものは何もなかったかと思います。そうでしょ?」


「なかった! 道と看板見付けたからそれで直ぐに池に行った! 入っちゃいけないなんて分からなかった!」


 嵩原に問われて桧山も証言する。これは大学生たちの犯行が濃厚かな。ひょっとしたらその前に取っ払われていたのかもしれんけど。


「はあ。それは困ったことですね。やはりロープなどではなくきちんと柵を立てるなりしないといけないですかね」


「……あの、それで事故に関してのお話ってなんでしょうか?」


 やれやれと首を振る男に美樹本がそっと本題を促す。男はおやと呟き、そうして居住まいを正して俺たちと向き合った。


「そうでしたね。今後の対策は私共の方が考えるものです。……さて、それでは過去に起こった水難事故、それについて話したいと思います。ここが立ち入り禁止となったこととも、当然関わりのあることです。出来れば真剣に聞いてもらえればと願います」


 そうして男が語り出したのは今から凡そ十五年も前の話だ。

 当時、もう既に古戸池の用水池としての役割は終わっていたようで、今のような放置状態になってしまっていた。水は濁り草が生い茂り、周囲の田畑のためにと滾々と貯えられていた面影は綺麗さっぱり失われて久しかった。


 古戸池は元々用水池としての役割の他に、近隣の住民からは気軽に赴ける水辺として利用もされていて、夏場になれば涼を取るためと遊びに来る子供も多かったそうだ。その頃は水も現在ほど濁ってなく、川に比べて流れもないために自由に泳ぐにも具合が良かった。

 本来溜め池なんて遊び場に適しているはずもなく、中心に向かって深くなっていく構造の古戸池では遊びに夢中になって溺れてしまう子供もそれなりにいた。しかし、死者が出てしまうことは一度もなかったそうで、それは近くで働く大人がいたこと、また遊びに赴くのが日中の明るい内であったことが大きく寄与していたらしい。古戸池は中心に向かうほど深くなる、つまりは岸辺に寄れば足は着く。慌てずに陸を目指せば、溺れることもそうなかったのだ。


 十五年前の事故はそうじゃなかった。もう用水池としても遊水池としても利用されることのなくなった古戸池では、水辺に対する警戒心だって薄れてしまっていた。

 事故にあったのは地元の中学生。夏休みにちょっとした冒険気分で偶々見付けたこの池に友達と遊びに来たんだそうだ。


 見付けたのは昼。昆虫採集だかのために踏み入ったこの林から古戸池を見付け、そして誰が思い付いたか肝試しと称し夜にまたやってきた。手には懐中電灯だけ。とっぷりと暮れる真っ暗な古戸池にて、彼らは一夏のスリルを味わった。


 これだけなら単なる夜遊びと不法侵入、怒られることは怒られるが、それでも中学生のおいたとして当時でもそんなに重い事態にはならなかったはずだ。

 ただ、とっぷりと日が暮れた夜であったことが災いした。頼れる灯りが懐中電灯しかない闇の中で、彼らの内の一人が足を滑らせて池へと落下した。手に持った懐中電灯も手放し、真っ暗な水の中にだ。


「それは不幸な事故でした。傍に一人でもいたなら落ちたその子は充分助けられたでしょう。でも、その子は一人で、近くには誰もいなかった」


 派手な水音に友達もなんだと池に懐中電灯を向けた。暗闇の中、バシャバシャと聞こえ続ける水を叩く音に誰かが落ちたんだと察するのにそう時間は掛からなかった。慌てて水面を探るも、懐中電灯の明かりだけでは落ちた子を見付けるのにも時間が掛かる。


「落ちた子もパニックを起こしていたんでしょう。彼は岸にも近かったはずで、きっと手を伸ばせば届いていた。でも、暗闇と落ちたショックで彼は方向を見失ってしまった。真っ暗な水の中、どこに陸があるのか分からない恐怖とは一体どんなものだったのか」


 響く水音に友人たちは必死に名前を呼び懐中電灯で水面を照らした。何人かが外周を回り、少しでも早く落ちた子を見付けようと奮闘した。でも、結局助けることは出来なかった。


「落ちた子は池の中央にほど近い場所で沈んでいました。彼は恐らく、岸から向けられる懐中電灯の明かりを目指してしまったのではないでしょうか。後に分かったことですが、落ちた子と友人たちは丁度対岸の位置に立っていたみたいなんです。帰る前にもう一周すると一人で飛び出し、そして半周した所で足を滑らせた。届く明かりは対角線上となりますので目指せばそれは中央に拠ることになる。落ちた子は誤った方向を目指してしまったんです。そのために岸へ辿り着くことも出来ずに最後は力尽きてしまった」


 この死亡事故により古戸池の危険性が取り上げられ、そして立ち入り禁止措置が取られたのだと言う。溺れてしまった中学生はその後きちんと陸へと上げられたが、その体には多くの水草や藻が絡んでおり、これも溺れた原因の一つではないかと推察されたのだとか。


「これが、過去にこの地で起こった事故の顛末です。決して嘘でも作り話でもありません。お疑いなら図書館や市役所で調べてみてください。事故の記録が出てくるでしょうから」


 男は淡々と説明の最後をそう締め括る。信じられないなら自分で調べろ、男は俺たちに言うが、でもきっと誰も嘘だなんて思ってない。


 池の中央で見える白い影。宙に伸ばされる腕。その腕には緑の草が絡み手は必死に宙を藻掻く。

 フラッシュを焚いた時のみに姿が写真に写り、そしてより目立つ光に引き寄せられ寄ってくる。

 考えれば考えるほど全ての符合が揃う。大学生の体験談も、俺たちが実際に見たものも、どちらも状況が非常に似通っているから真実というものが簡単に想像出来た。


 写真に写る彼は河童なんかじゃない。彼は水面下に届く光に必死に縋り付いていた。ライトやフラッシュなんかの強い光に反応し、見えたその時に顔を出して岸を目指す。

 伸びる手は水を掻いているんだろう。だが、それだけじゃない。彼は地面に手が掛かることを必死に願った。だから光、友人たちがいるだろうその陸を目掛けて、目一杯に腕を伸ばしているんだ。


 大学生たちが撮った時も、俺たちが撮った時も。彼はずっと地面に上がろうと足掻いていたんだ。


「……」


 何も言えずに沈黙が落ちる。想像するだけでもその壮絶な様に言葉をなくす。

 男が何故場所を移動したのかもなんとなく理解が出来る。こんな話、あの場所で出来るはずがない。あそこは、もう放っておくのが一番だと心底思う。


「私が何故、事故の話をしたのかはご理解頂けたかと思います」


 重い空気を打ち破るようにして男が静かな声で告げる。男の意図。それは撮れてしまった写真に関係しているのは明白だ。多分、男はここで見知ったことを忘れて欲しいんだろう。


「写真……、それから、この場所についての調査の差し止めですか?」


「そうです」


 嵩原が訊ねれば短く答えが返る。まぁ、こんな話を聞かされたあとで、河童がどうのこうのと騒ぐほどの不謹慎さも情熱も俺らにはないからな。男の望みに応えるのに否やはないはずだ。


「美樹本」


 こっそりと名を呼んでその表情を窺えば、薄暗い中でも色を悪くしているのが分かる。じっと前を見据えて固まっていたが、こちらの呼び掛けに反応して顔を上げたあと、コクコクと何度も頷きを返した。


「も、もちろん、こんな話を聞いたあとまで調査などに執着なんてしません! 写真も、皆消しますから……!」


 必死な様子で答える美樹本がキョロキョロ視線を彷徨わせる。何かを探して、あ、カメラか。そう言えば男に預けたままだったな。美樹本もそれを思い出したようでつっと視線が男の手で止まる。


「良かったらそちらで消してもらっても……」


「いえ、全部の消去は求めません。ただこの最後の写真だけは消してもらいたいのです。これだけは残しておくのも如何かと思いますので」


 意外な妥協が男の口から飛び出した。最後、と言うのは接写したあれか。あれ以外のものは残しておいてもいいと?


「え? な、なんで」


「あなた方も指示されてこちらへ調査に来られたのでしょう? それを取り止めるともなれば納得させるだけの材料は必要となるはず。写真の一つや二つは持ち帰らないと説得も上手くいかないかと」


「それは……」


 そう言われると、確かに。蘆屋先輩は話し振りからすると理性的な性格をしている印象があるが、その分説得にはいくらか物証の類が必要になるかもしれない。俺たちの説明だけで納得してもらえる可能性はちと低いかも。

 もしくは自分一人だけで調査を続ける、なんてことにもなり兼ねない。それだと俺たちが止めても意味がないな。


「それに、どうか同好会の総意として調査をこれ以上行わないと約束して頂きたい。亡くなった方が出ていることも理由ではありますが、無闇に立ち入られてこれ以上の犠牲者が増えることも歓迎出来ないのです。お願いですからこの地の噂話など広めずにそっとしておいて欲しいと代表の方にもお伝えください。そのためならば写真も、私の話も明かしてくださって構いませんから」


 男からしてこの場所に固執される懸念は無視出来ないのか。敢えて証拠品の一部を持ち帰らせることで先輩に譲歩を見せて男側の言い分を呑ませると。狙いはそう言うことなのかね? 本来、不法侵入した俺たち側が圧倒的に不利であり、なんなら頭ごなしにカメラも没収、なんてやっても言い分としては通るだろうに、そうしないのは何か理由でもあるのだろうか?


「……それでそちらはよろしいんですか?」


「こうして誰かの口に上ったのなら完全な隠蔽は難しい。ならばせめて流れるだろう蛇口の一つでもしっかり閉じておきたい所なのですよ。私の方でもデータは確認しましたし、もしこの写真が流出するようなら直ぐに出所はあなたたちだと判断出来ます」


 だから写真を消さずにいても大丈夫だと? そう保険を掛けるんならやっぱり最初から全部消した方が面倒がないんじゃ……。いや、首輪を掛けたって言いたいのか、これ? 遠回しに脅されてる? 俺ら。


「そういった理由なのでどうぞお持ち帰りください。事故の話は出来るだけ関係者だけに止めて拡散等はしないでくださいね。遺族の方もご存命ですので、下手すれば損害賠償請求などされる場合がありますから注意してください」


「しません。不謹慎という意味でも、裁判沙汰という意味でもそんなことしません」


 カメラを返却しつつの男の発言に美樹本が素で答える。やっぱり軽く脅された。敢えての見過ごしで分かり易い楔ぶっ刺すなんてやること汚い大人汚い。

 これでもかってくらい派手に釘を刺された訳だが、しかしこうも明確に口封じされると、誤解なく口噤もうと思えるからむしろ寛容な対応と言えるか。


「さて、長々と話に付き合わせてしまって申し訳ありません。私からの話は以上です。もう暗くなってしまっているのでどうか気を付けてお帰りください。高校生の夜間外出は深夜十一時までと条例が定められていますので、どうかそれまでには帰宅してください。でないと補導されてしまうので」


 最後に役所の人間らしいことを言うな、この男。男の発言は硬いが、中身も同様の硬さでないことはうっすら理解している。法律に則らない部分で厳しく言い含めていたのはあくまで亡くなった人物への配慮であったんだろう。これは俺たちが不謹慎であったためで特に反抗する気も湧かない。


「あ、あの、ご迷惑お掛けしてすみませんでした」


「いえいえ。あなた方が常識と倫理観を備えた方々であることに私も助かりました。どれだけ言葉を重ねても理解出来ない人間は一定数いるものですから」


 深く頭を下げる美樹本にそんな返しをする。実感のこもったその台詞でなんとなく男の苦労も分かるというもの。続けて桧山も頭を下げたので俺と嵩原もそれに倣った。


「人格の根底に良識がきちんと根付いているならば、失敗したとしても次から気を付ければいいんですよ。……あまり噂話など、追い掛けるものではありませんけどね」


 別れ際、それは今回のあれやこれやに対する忠告であると思えたのだが。

 どうにも、それは普段の俺たちの行動に対するもののように聞こえてしまったのは、後ろ暗い思いがあったからこその思い込みだったのだろうか。


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