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36.もし無法者が現れた場合

連続更新1話目です。

「千春は母ちゃんから何も聞いてねぇの?」


「はい。お母さんに『朝倉さんと合流したらすぐに市役所に戻る様に』とだけ……」


 宵櫻さんに言われるがまま、見張り台に登った俺たちは、ここから城門を注視していた。

 元々見張りをしていた松田は宵櫻さんに耳打ちされるとハシゴを降りて市役所の中に戻っていた。


 城壁の外では、所謂(いわゆる)暴走族の様な外見をした、三十人前後の男達がバイクに乗って城門のすぐ近くで集まっていた。

 辺りはすっかり暗くなっていたが、バイクのヘッドライトがこちらを強く照らしていた。

 

 騒音を立てながら移動していたので当然大勢のゾンビが気付いているはずだが、どうやら遠くで数台が群れを誘導しているようで、奴らがこちらへ向かってくることはなかった。


 そしてバイクに乗った男達――バイカー共は全員鉄パイプやナタ等、ドス黒く汚れた武器を片手に握っていた。


 人を外見で判断するのはあまりよろしくないが、どう見ても善良な一市民だという風貌ではなかった。


 その中でも一際目立つ装飾を施したバイクに乗った男は、フルフェイスヘルメットを外して、拡声器を手に持ってこちらに向かって話し始めた。


『ア、アーアー……よう、また来たぜ! そっちのリーダーさんと話がしてぇ!』


 市役所側を見ると、いつのまにか暁美さんも拡声器を持っていた。


『丁重にお断りさせて頂きます』


 暁美さんは毅然とした態度でそう言った。


『おぅおぅ相変わらずツレねぇな!

 なぁ、俺とアンタの仲だろ、俺はいいから仲間だけでもこの中に入れちゃあくれねぇかい?』


 城壁越しに会話する二人のリーダー。

 一見、話だけを聴けば正当な要求に聞こえるが……。


 

 

「――彼らが現れたのは一ヶ月程前からさ。最初は二、三人でやってきて、他の人と同様に普通に生活していたんだ。

 ――最初のうちは、ね」


 宵櫻さんは、状況が掴めない俺たちに補足説明をしてくれた。

 

『何度言えば分かるんですか? あなた方は危険な犯罪者です。もう二度と敷地内に一歩も入れません』


『なぁ、頼むよ! こっちは地震のせいで物資がダメになっちまって疲弊してんだ! 人助けだと思ってよ!』


 ふざけた口調でバイカーは叫ぶ。


『その物資は元々私達のものです。あなた方の所為で、どれだけの人を助けられなかったか分かっているんですか⁈』




「まぁ察してるとは思うが彼らは元々、この近辺で活動していた暴走族さ。その名も“八咫烏(ヤタガラス)”。

 近年よく居る“第二の青春”を求めた年寄りの集まりじゃあなくて、二十代を中心とした札付きのワルさ。今時珍しいね」


 “八咫烏(ヤタガラス)”……その名称には聞き覚えがあった。

 確か、近年桂琴市の近隣をメインに活動する暴走集団だ。

 

 曰く、そこらのチンピラとは一線を画し暴力行為や窃盗を一切(いと)わず、暴力団とも深い繋がりがあるとも言われている。

 パンデミックが起きる前日も、一般人を一方的にリンチしたとして数名が逮捕されていた。

 

 そんな前時代的で倫理観に欠けた本物の悪党共は、このパンデミックで法という最後の枷が外れてしまったらしい。


「市役所で数日過ごした後彼らはここを出ていった。

 だがその翌日、“八咫烏”の軍勢を引き連れて彼らは戻ってきたのさ。片手に血生臭い武器を握ってね」


 宵櫻さんが言うにはバイカー共は最初、この市役所ごと乗っとるつもりだったらしい。

 その視察も兼ねて斥候を潜り込ませた様だ。

 

 だが、ここを失えば大勢の無力な人々が寝る場所すら無くなってしまう。

 そこで比嘉さんの家族が中心となって懸命に奴らと戦ったそうだ。


 抵抗されるとすら思っていなかった“八咫烏”は面食らって一部物資を奪うだけで退却し、その隙にこの城壁を作ったらしい。

 

 そして残りの物資と強硬な城壁を求め、“八咫烏”は今日までずっと攻め入る隙を窺っていた。


『あなた達の所為で四名もの方が亡くなったんですよ! 申し訳ないとか、罪の意識はないのですか⁉︎』


『あ〜、尊い犠牲って事でどうにか水に流しちゃくれねぇか?』


『あなた達は人の命をなんだと――ッ!』


 暁美さんはバイカーの他者を軽視する発言に我慢ならなかった様で、怒りを露わにした。


『ハッ――んなザコの事なんて一々気にしてる訳ねぇだろ。

 この世界は変わったんだよ。金や権力に守護(まも)られた甘っちょろい世の中じゃねぇ……。

 

 ()るか、()られるか! それがこの世界の新しいルールだ!

 それに適応出来ねぇザコなんざ死んで当然だろうが!』


 ――うぉおおおおおおおお!

  ――総長! ――一生ついていきます!

 ――今までオレをコケにしやがって! 今度はテメェらがヤられる番だ!


 男が啖呵を切った直後、バイカー共が男……総長と呼ばれた男へ喝采が起こった。

 勢いづいたバイカー共は上がったテンションのままに城門(バス)を鈍器で殴ったり、蹴り付けたりと大盛り上がりだ。


 対する市役所側も、城門を叩く鈍い音が聞こえるたび、石槍を強く握りしめる。


「イカれ野郎共が……代表、奴等に言い返してください! 黙ってたら図に乗らせるだけです!」


「いいえ、好きに言わせておきなさい。むしろヘタに反論すればかえって勢い付かせるだけよ」


 バイカーの言葉に耐えかねた人が、暁美さんに反論する様に言うが、彼女はそれを拒否。

 確かにここで反論したところで意味はないだろう。


 【るか()られるか】

 “八咫烏”の様な実に悪人らしい考え方だが、それもあながち間違いではない。

 

 だが、その思想には()()()()()が欠けている。

 奴らはそれに気付いていないのだ。そこに至れない時点で、奴らの様な無法者(バンディット)には、この世界を生き抜く事は不可能だろう。


『おいお前ら、俺が喋ろうとしてんだ! 静かにしやがれ!』


 総長の言葉と共に、奴が握っていた金槌が投げられる。


「ンがッ――!」


 金槌は真っ直ぐに騒いでいたバイカーの一人に直撃する。

 後頭部に強い衝撃を受け、地面に倒れると頭を押さえて叫びながらのたうち回った。

 全員に訪れる沈黙。


『プッ――だっせぇ』


 笑い声と、苦痛に悶える声が大きく響いた。

 

 奴はひとしきり笑い終えると、バイカーの一人に指示を出して、負傷した男をどこかへ引き摺らせていった。


 緊張感が辺りを包む。先程までの盛り上がりはどこへ行ったのか、バイカー達は額に汗を滲ませて総長から視線を逸らせない。

 高い城壁で守られているはずの市役所側も不思議と恐怖を感じて手が震えるほどに石槍を強く握っていた。


「ひっ……」

 

「……ナオ、あの男――ヤベェぞ……」


 隣にいる二人も、息を呑んで総長から目が離せなかった。

 

 ――だが俺から言わせれば、実にありきたりな狂気の演出にしか見えなかった。

 恐ろしいという感情はあるがなんというか、どうにもあの長井会長にも覚えた違和感のせいで、全てが作り物に見えてしまう。

 

「ふぅん……」

 

 宵櫻さんは何故か外ではなく、俺をじっと見ていた。


『こっちとしてもこの城壁を無傷で手に入れたかったが、仕方ねぇ――最後の警告だ! 明日までにこの市役所を出て行け! 今なら最低限の物資を持っていく事は許可しよう』


 まるで既にここを支配下に収めた様な言い方をする総長。


『お断りよ。何があってもあなた達犯罪者にココを明け渡すつもりはないわ』


『そうかい。そんなにテメェらが死にたいなら俺達は構わねぇさ。

 それにあの()()()が昨日出て行ったのは知ってる。それにもしあの女が策を残してようが、それごと踏み潰してやるだけだ――行くぞお前ら!』


 言いたいことを全て言い終えたのか、ヘルメットを被り、エンジンを吹かしてバイカー共はどこかへ走り去っていった。

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