34.もし市役所に辿り着いた場合
連続更新1話目です。
「――冗談はさておき、あくまでこれらは私が人づてに聞いたり、目にした情報を元に推理しただけに過ぎない。信じるかどうかは自分で決めるといい」
宵櫻さんの言う事が全て事実だとすれば、このパンデミックは全て人為的に起こされた国家レベルでのテロ行為であり、時間が経つ程にゾンビや悪人達は強くなっていく――。
そしてスキルの覚醒に関わるであろうワクチンを接種していない俺は、今後スキルが目覚める事も強化する事も出来ない。
想定していた展開よりも、あまり良いとは言えない状況になってしまった。
俺が頭を悩ませていると、宵櫻さんは何故か薄く笑みを浮かべる。
「頑張って悩む事だね、直希クン。
生も死も、全ての運命はキミ次第さ。期待しているよ」
「それ、どういう意味ですか?」
「大した意味はないさ。さて、お話はここまでだ。
ここを通れば市役所は目の前だよ。ずいぶんと長旅だったねぇ」
やや強引に話を打ち切り、宵櫻さんは半壊した建物の隙間を通り抜けていく。
俺たちはそれについて行った。
一瞬これが罠で、細道を抜けた途端に襲われるのではと嫌な想像が頭をよぎったが、そんな事はなく、無事に地図上では市役所の目の前に着いた。
「なんじゃこりゃ? 石の、壁?」
市役所があるはずの場所は、石レンガが積み重なって出来た壁――というより、城壁と呼べるほどに立派な――に囲われていた。
「さ、こっちに入り口があるよ」
十メートルは優に超えているであろう城壁に圧倒されている俺たちをよそに、宵櫻さんは出入り口があると言う方へ向かう。
こんな壁、一体どうやって……いや、スキルか。
おそらくは岩や石を生成する事が出来る者が、市役所内にいるのだろう。
だが、俺は城壁に違和感を覚える。
ゾンビ対策なら二メートルもあれば十分だろう。
何故、こんなに高く城壁を作る必要がある?
そんなに大量に石材を生成できるとか?
いや、学校には何人も何かを生成できる――宵櫻さんが言うには“魔法系”だったか――スキル持ちがいたが、一度に生み出せる量は大したほどではない。
話を聞く限り、きっとそれは他の“魔法系”も例外ではないだろう。
積み上げられた石の大きさを見ても、そこまで大きくはない。似たスキルを複数人が持っていたとしてもこの規模ならかなりの時間と労力が必要だろう。それに昨日の地震でどこかが崩れていても良いはずだ。
だと言うのに、パッと見る限り全くと言って良いほど損傷している箇所が見つからない。
それほど強固に建てられたのか、あるいはこれ程の壁を維持しなければならない理由があるのか。
と、まぁここで考えていても仕方がない。
俺は一旦考えるのを止め、先へ進む。
そうして俺たちは、ようやく市役所に辿り着いたのだった。
――――――――――――――――――――
宵櫻さんが城壁の入り口と言っていた場所は、バスによって封鎖されていて、外からの侵入を固く拒んでいた。
「ここは現在避難者を受け付けていない! すぐにこの場を離れてくれ!」
入り口――城門の近くには見張り台が建っており、そこにいた人が俺たちに警告する。
「その声は松田クンかな? 私だよ」
「よ、宵櫻さん⁉︎ 分かりました! おい、すぐに開けてくれ!」
既に薄暗くなり始めていたので、宵櫻さんの姿がハッキリと見えていなかったのだろう。松田と呼ばれた男は彼女を認識すると、指示を飛ばしてバスを動かしてくれた。
「もう戻ってこられたんですね。楓ちゃんはもう見つかったんですか?」
「いいや、それよりちゃんと食事は摂ってるのかい? 今にも倒れそうだが……」
「はは……恥ずかしいですが、次にいつやつらが来るかと思うと、どうにも不安で一杯になってしまいまして――」
俺たちが中に入ると、松田はそそくさと見張り台を降りてきた。
心配になる程に細身で、白いものが混じり年齢を感じさせる髪をしていた彼は、俺たちを一瞥すると宵櫻さんと話し始めた。
辺りを見渡すと城壁の中は敷地が広く取られており、市役所を中央にいくつかの野営用テントや、物資が入っていると思われる段ボールが積まれていた。
地震の影響で崩れたであろう城壁の一部らしき瓦礫も、端の方に集められているのできちんと管理されているのが窺える。
「――ところでそちらの子達は避難者ですか? 分かってるとは思いますが今ここは……」
「心配しなくていいよ、それより暁美クンは今どこにいるんだい?」
「っ!」
暁美という名前が出た瞬間、比嘉さんの肩がビクリと震えたのが見えた。
きっと比嘉さんの母親の名前だろう。
「代表なら今の時間は事務室で配給の計算をしてると思います」
「助かったよ、それとこれを――」
そう言って宵櫻さんは松田にビタミン配合のゼリー飲料を手渡す。
何に怯えているかは分からないが、医者に頼れないこの世界で体調を崩すのは致命傷になりかねない。
「ゼリー飲料ばかりも良くないが、何も食べないよりかはマシだろう」
「いつもありがとうございます。では、僕はこれで」
松田はゼリー飲料を受け取ると見張り台に戻っていった。
「それじゃあ早速事務室に行くが……キミたちはどうする?」
宵櫻さんは俺とアキを見てそう言ってきた。
「俺たちはここで待ってます」
「そうかい。じゃあ千春クン、行こうか」
「は、はい!」
比嘉さんは緊張した面持ちで宵櫻さんについて行った。




