青天井
「丹波様がお帰りになったんですから、こちらも審判を別に出したいんですがねぇ」
と吉永は提案した。章有が答える。
「それは出来ない。初めの取り決めにある。審判は、丹波忠守と中原章有以外は認めない、と」
警固衆は「そんなのあるか!」「卑怯だぞ!」と喚く。
「しかし、ここに玉の署名もある。玉、良いかね」
と章有が聞くと、玉は「はい」と言った。
「玉様ぁ」
「こんな奴らに付き合うことありません」
「さっさと、帰りましょう」
と警固衆は口々に言う。
「途中で辞めたら、その時点で負けだ。くっくっくっ…」と忠顕は笑った。
玉が「大丈夫です。心配しないで」と言うと、警固衆は皆、「はい」と言って静かになった。
六番目の勝負。忠顕は賭け金を一万貫に吊り上げた。茶は二つの茶碗に注がれ、もう汚される心配はない。玉は答えを短冊に記し、章有に渡す。章有は忠顕の回答を受け取ると、それを発表した。
「玉、宇治。千種様、栂尾。千種様の答えが正。勝者、千種様」
「おおー」と家臣団はどよめく。警固衆は、
「そんな訳あるか!」
「玉様の間違いの訳ない!」
「俺だって、宇治と栂尾の違いくらい分かるわ!」
「いかさまだ!」
と喚く。「静まれ!」と章有は言う。常日頃、雑訴決断所で働いているだけあって、異議申し立てに対しては扱い慣れていた。玉も、警固衆を見て頷くので、彼らは静かになった。
「はーっ、はっはっ。これで、わしの六千貫の勝ちだな。はっはっはっ。どうだ、止めたいか、玉」
忠顕は止めるつもりもないが、玉にそう聞く。玉は、「いいえ。続けます」と言い、続けて、
「ところで、千種様、これから賭け金を一勝負ごとに十倍にする、と言うのはいかがですか?」
と提案した。吉永は「玉様! 何をお考えで…」と止めようとしたが、玉は吉永を見て微笑む。
「何っ、十倍? すると、次の勝負は十万貫という事か! くっ、くくく、はあーっ、はっはっはっ! 十万貫……、国が一つ買えてしまうわ」
忠顕は、嬉しそうに「ひーひー」言って笑った。
「いいだろう、いいだろう。中原殿、それを取り決めに加えよ。玉、その言葉、撤回する事はできんぞ」
空には、警固衆の心を表すかのように、どんよりとした厚く暗い雲が出てきた。