勝負は闘茶
「くっくっくっ、そうか、そうか、ついに玉が、わしの許に来ると言ったか」
千種忠顕は目を細めて笑った。千種の屋敷では、この日も豪勢な酒宴が行われており、諸大夫や侍が数百人、白拍子を侍らせて飲み食いしていた。
「はい、そこで闘茶の勝負をしたいと申しております」
忠顕の家臣は伝える。
「はっ? 闘茶? 玉が? 闘茶とは……、巫女に茶の味など分かるのか?」
「さあ…、しかし陰陽家、賀茂氏の巫女ですから、賀茂様のお力添えがあるのやも知れませぬ」
「くっ、くっくっくっ、愚か者が……。何をやっても無駄とも知らず。いいだろう。勝負して正式に、あの美しい玉の肉体と、賀茂家の財産を奪うのも良いだろう…、くっくっくっ……」
忠顕は恍惚とした表情で、想像に耽る。
「おおぅ……、あの玉の顔が、苦痛と快楽で、どのように歪むのか……、どんな声で喘ぎ、泣き喚くのか……、おおぅ、想像するだけで震えてくるわ。くっくっくっ……」
「それから、勝負の条件をいくつか指定してきました」
「ん、条件だと?」
「はい、一つは、勝負は誰もが観覧出来るようにすること……」
「くっくっ、小賢しい。おそらく賀茂が付き添って、玉に助言を与えるに違いない。いいだろう。それはそれで考えがある」
「それから、審判は賀茂家が選出した人物にすること」
「はーっ、はっはっはっ。ただの馬鹿ではないのか。わしのいかさまを疑っておるわ。くっくっくっ。だが、それだと、向こうがいかさまをするかも知れんではないか。それは却下だ」
「では……」
「わしの方からも一人出す。二人で担当させれば良い。それで妥協させろ」
「はっ」
家臣は、すすっと席を下がって行った。
忠顕は、手に持った酒杯を空にすると、「くっくっくっ、はーっ、はっはっはっ」と愉快そうに笑った。
基久は玉の能力に改めて感心した。
玉は見事な歌を詠み、素晴らしく琵琶を弾くだけでない。陰陽道の知識も、基久に勝るとも劣らないものだった。
さらに、玉はどんな茶も、一度飲んだだけで、その味を覚えてしまった。
基久は、勝負の時、もし玉が茶の味を判別できなかったら、自分はその横で答えを占い、玉にこっそり教えようと思っていた。
―― これは、わしの助けがなくても勝てるのでは……
と、思いながら、慌てて頭を振る。
―― いや、いや……、油断はできぬ。相手は千種じゃ。茶の味が分かるだけでは勝負は危うかろう。わしが目を光らせて、千種のいかさまを見抜く必要がある……
玉と基久が闘茶の訓練をしていると、一人の巫女が部屋を訪れた。巫の鶴であった。
「鶴か、どうした」基久は聞いた。
「はい……、実は、夢を見ました」
巫とは自分の身体に神を降ろして、神託を得る役割をもった巫女である。その鶴の夢であれば、軽視することは出来ない。基久は茶の道具を置き、どんな夢だったのか尋ねた。
「玉に雷が落ちる夢でございます……」
「なっ、なんと……」
―― 雷が落ちるという事は、玉が神の怒りを買い、死ぬという事か……
基久は不安に思い、玉を見た。しかし、玉はいつものように、静かに座っている。
それは、まるで白い朝顔のようだった。




