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人間未満  作者: エフ(動画のテキスト置き場)
2/2

2話


「ありがとうございました。」


「こちらこそ、良い商品をご案内くださって、どうもありがとうございました。」


「いえいえ。また状況についてはご報告させて頂きます。」


「はい。よろしくお願いします。」








自己責任だ。


少なくともこの国ではそうなっている。


目論見書でリスクと手数料、商品性の説明はした。

ただ、ちょっと強烈に商品を提案しただけだ。最終判断は客がした。

仮に客の投じた金が将来自宅を再購入するための大事な金であったとしても、

それが目減りしたとしても、俺に非は無いと言えるようにルールを守って商いをした。

自己責任という言葉の意味は、つまり、馬鹿なのが悪いってことだ。


自分で金を稼いだ奴、代々金を受け継いでる奴、たまたま金を手にした奴。

この仕事をしていて、金を持ってる人間は大きく3種類いると分かった。


商売相手としては、自分で稼いだ奴が最も厄介だ。そういう人種はとにかく嗅覚が鋭い。

少なくとも馬鹿じゃない。まぁ、価値があると分かった時には大金を出すが。


代々受け継いでる奴は極めて保守的。

なかなかリスク資産を購入したりしない。

したとしても、インフレ対策くらいだな。

動きが無さ過ぎて、商売相手としては旨味が少ない。


たまたま金を手にした奴はカモだ。

宝くじに当たったとか、保険金が転がってきたとか、ちょっと相続資産が入ったとか、そういう奴。

金を持った時に自分がどうなるかなんてことは、実際に金を持ってみないと分からない。


大金には人格を再構築する力でもあるんだろうな。

普段どんなに賢明、堅実ぶっても、大金の前には無意味だ。


自分のキャパシティを超えた金を得て、コントロール不能に陥る奴も当然いる。

あの仮設住宅地帯にも、そんな奴らが沢山いる。




・・・俺は、可哀想だと思った。


自分が。


だってこんなに頑張っているのに、まだまだノルマ達成には遠い。


あの場所は確かにドル箱だが、さすがに時間が足りないぞ。


可哀想な俺のために、もっと買ってくれないだろうか。

家なんて買ってる場合じゃないだろ。



あれから数週間、昼寝をする時間も無い。










営業エリアから支店に帰るまでの2時間、俺はいつも考え事をする。

その代表的なテーマの一つは、「俺達の仕事は社会に貢献しているのか」ということだ。


大善みたいな奴を除けば、個人にとって俺達は悪魔の手先のようなもんだろうな。


じゃあそれ以外からしたらどうだろう。


大手インフラ、メーカー、通信・・・。

どう考えたって潰れたらヤバイ規模の企業が、俺達を通じて直接金融で資金調達している。

国や地方公共団体だってそうだ。


発行体の奴らだって、自分達が発行した有価証券を証券会社がどうやって売りさばいているのか、

知らないわけがない。

知った上で見て見ぬ振りをして、今回のように容赦無く株や債券を発行している。


それによって集めた金で、物を作り、インフラを整備し、国や地方を治めているわけだ。

俺達がミツバチみたいに金集めすることを止めてしまったら、間違いなくこの社会は停滞するだろう。


ということは、俺達は社会に貢献しているということだろうか。

そのために個人を犠牲にしていると。


いや、それは綺麗に言い過ぎだな。


理屈では分かっている。これは俺個人の腐敗であって、証券業界そのものの腐敗ではない。

ただちょっとこの業界には、俺のようなクズが沢山いるというだけの話だ。


・・・ん?じゃあやっぱりこの業界は腐敗してるんじゃないか?


じゃあ、他の業界はどうだろう。


他の業界の奴らは、一点の曇りもなく、自分は誰も害さず社会に貢献していると自信を持って言えるのだろうか。


以前、「金融は虚業で詐欺。“ものづくり”こそがこの国に必要だ。」と言ってる奴がいた。


なるほど、確かに“ものづくり”というのはこの国を発展させてきたと俺も思う。


感激した俺は、そいつが勤めている大手メーカーが過去に証券会社を通じて

どれだけ資金を調達し、その発行物によって個人がどれだけ損失を被ったのか丁寧に説明した。

その上で、「俺達がジジイババアから金をふんだくったおかげで、お前らは“ものづくり”が出来て良かったな。

株価が上がらなかったのだけが残念だ。」と、感謝の言葉を伝えたことがある。


無知な奴って良いよな。

業界と業界の繋がりを知らないもんだから、絶対的な悪があると思えるんだろう。

どんな業界でも必ず負の側面があったり、誰かにそれを押し付けていたりするもんだろ。


これは我ながら、正論だと思う。



いや、そういう風に考えておかないと、俺は正気が保てないのかもしれない。





・・・そもそも俺は正気なのか?









支店に戻ると、総務課の顔つきが険しく、手つきが忙しい。


・・・この雰囲気は過去に何度か経験がある。


・・・うちの課じゃなければいいんだが。



自分の課を覗き見る。


一番背中が丸まってる奴。

申し訳ない。何でやってしまったのか。

死にたい。いっそ殺してくれ。

そんな雰囲気を出してる奴が、うちの課にいなければいいんだけど。


・・・・・・・。


・・・良田か。


大善が俺に気づいて、歩み寄ってきた。


「・・・外道さん。」


「どれだ?」


「・・・“ダマ転”です。」


「ダマ転・・・。」


ダマ転とは、顧客から承諾を得ず保有商品を勝手に売買する行為のこと。

大昔の証券会社ならともかく、今では最も重いコンプライアンス違反行為の一つだ。

最悪、懲戒解雇だな。


「どうしてそんなことをしてしまったのか。」

もし同業でそんなことを問う奴がいたら、そいつはサイコ野郎だと思う。


その行為によるリターンとリスクが釣り合っていないことくらい、証券マンが分からないはずが無い。

つまり、もうまともな判断が出来ないくらい追い詰められた時、“ソレ”が起きるということだ。


そんなノルマを与えた会社が悪い。

・・・と、俺なら開き直れるだろうが、よりにもよって良田か。


頼むから、これを機に少しクズになれよお前。

じゃないとぶっ壊れるぞ。



それにしても、ノルマに加えて、コンプラ違反かよ。

いよいよ本格的に終わったな。うちの課。いや、ダマ転ともなると課だけの問題じゃない。

支店全体の評価にも大きく関わる。


ちなみに、俺達のボーナスは支店全体の評価にも影響を受ける。

今回のように重大なコンプラ違反があると、支店の評価が下がり、俺達のボーナスまで減少する。


それを分かっているから、違反をやらかした当事者は余計に絶望し、顔も上げられなくなる。

さっきまで普通に話してた同僚にも、いつものように接することができなくなる。


当事者がこれからやることは、まず違反を犯すまでの経緯書を書くこと。それを総務に提出し、

虚偽が無いか、論理的におかしくないか厳しくチェックされ、チェックが通ったら本社に送信。

本社から再度厳しくチェックがあり、指摘に応じて加筆・修正を繰り返す。


書類が通ったら、今度は本社のコンプラ部から来た人間と直接面談。

ここでもまた、動機を問われたり、虚偽が無いかをチェックされる。


また、その営業員が他の顧客に対しても同じことをしていないか、管理職や総務課が確認する。

具体的には、顧客一人一人に電話をかけたり、訪問したりして、資産内容と本人の認識が異なっていないかを確認する。


良田は3年目だが、それでも数百人の顧客を抱えている。

中にはなかなか連絡がつきにくい顧客もいるし、そもそも顧客自身、自分がどんな商品を持ってるのか把握してないこともある。

一人一人説明するのにかかる労力はかなりのものだ。


さらに、過去に営業員が顧客に対して行った電話記録も片っ端から確認される。

実際の商品取引と異なった案内をしていないか、虚偽が無いかどうか。

この“余罪調査”だけで、管理職と総務課のスケジュールは数ヶ月単位で奪われるはずだ。

今は販売ノルマだけで手一杯だから、こりゃもうダメだな。


まぁしかし、ポジティブに考えたら、「重大なコンプラ違反があったため、うちの支店は販売に注力できませんでした。」

みたいな感じで、ノルマを落とす言い訳ができるかもしれない。


良田。良くやったぞ。

お前が支店の営業員を救ったんだ。



「みんな聞いてくれ。ちょっと事件があって慌しくなってしまっているが、みんなの業務には直接関係の無いことだ。

販売で忙しいだろうから、集中力を切らさず、必ず目標を達成してくれ。」


「いやむしろ、こうなってしまったからこそ、販売だけは絶対に達成しよう!!」



・・・忘れていた。証券会社の支店長クラスが、この程度のことで折れるはずもない。

彼らは「AがあったからBは無理だ」なんて考え方をしない。

むしろ、「AがあったけどBは絶対にやり遂げる」と考える。


言い訳なんて概念が頭に無いのだ。

逆境に強すぎるのも考えものだと思う。


前言撤回だ。

良田、お前のせいで俺達は益々ノルマを落とせなくなってしまったよ。










良田が奈落に落ちてから2週間が経った。

支店は静かだ。


主要客を全てあたり、未稼働の客にも片っ端からあたり、新規開拓も並行し、販売のために打てる手を全て尽くしたにも関わらずノルマが埋まらない時がある。


こういう時は電話の手すら止まる。もうかける相手がいないのだから。

本当に、みんなやれることは全てやった。


通常なら、「そこまでやって達成できないなら仕方ない、次からは~・・・」となるところだ。

しかし、今回はそうもいかない。絶対に落とせないノルマ。

残りは投信販売5000万円のみ。


電話をかける指も動かない今の俺達には、途方も無い金額だ。


「外道。」


「はい。」


「なぁ、お前のとこの顧客でIさんっているだろ。」


「え?あ、はい・・・。」


「MRFに5,000万円あるよな・・・。」


「・・・。」


“際どい取引”というのは、こういう時に行われるものなんだろう。


金融機関に対する金融庁の締め付けは年々強くなっている。

俺達も、以前のような営業が許されているわけではない。


特に厳しくなっているのが高齢者の取引だ。

うちの会社は社内ルールで、70歳を超える高齢者に対してリスク商品を提案する際は、

必ず管理職が直接の面談で顧客の投資能力を確認することが義務付けられている。

投資能力の無い高齢者にリスク商品を販売するのは重大なコンプライアンス違反だ。

それどころか、勧誘そのものがアウトだ。



今時の証券マンは、法律や社内規則など、

細かいルールまで把握していないと仕事にならない。

一昔前のように、メンタリティとバイタリティだけでどうにかなるような仕事ではない。


・・・で、件のIさんというのは、70代後半の高齢者。

この客に商品を買わせるため、課長が同行訪問することになった。


今時は70代でも元気な老人が多いが、この客は・・・




「えーっと、どちら様でしたっけぇ・・・?」


「・・・日本証券の、繰原です!」


「あー、そうそう。繰原さんですねぇ・・・。」



少し、いや結構ボケている。



しかし、金は持っている。

昨年、この客が保有していた国債5000万円が償還した。

ボケ老人がその金をどうにかしようとするはずもなく、現金5000万円をうちに預けっぱなしの状態だ。

俺も何度かこの客と話したが、とても商品を案内できるような状態じゃないと判断し、

放置していた。


この客の持ってる5000万円を投信にしてしまえば、うちの課はノルマ達成。全員が救われる。

俺も課長も、そのつもりでここに来た。二人とも正気だ。


課長が商品案内らしきことを始めた。


「えー、Iさん?今ですね?お預りしているですね?お金が、5000万円あるんです。」


「はぁ・・・。」


「それでですね?このまま、預けていてもしょうがないので、こちらの商品にしてはどうかと、思うんです。」


「はい・・・はい・・・・。」



・・・果たして、コレはなんなんだろうか。


人間は、実際に起きている現象を歪めて認識することがあると思う。


ありのままを見れば、

課長の小難しい話に、ボケ老人がフガフガ頷き、俺が横でニコニコしてるだけ。

そんなものを、俺達は販売だと認識したがっている。


そう認識しなければ、これは、あれだろ。

あの、ヤクザの下っ端みたいな奴らのやってる、アレだろ?


「ふふ・・・。」


「あ、すみません・・・。」


課長にギロっと見られた。客はボケっとしている。


思わず笑ってしまった。このしょうもなさに。

まるでシュールギャグでも見させられてるような感じだ。

課長の必死っぷりに対して、老人のとぼけぶりが良い味を出している。


あ、何か目論見書でリスクや手数料の説明してる。


いや、いくら説明しても分かるわけないだろうに。


ああ、買うんだな。


課長がありがとうございますと言ってる。


俺も言っておこう。


実態はともかく、課長はあの客を「投資能力アリ」と判断し、

投信を5,000万円買わせた。

社内規則って何の意味があるんだ?


俺は今まで、充分人道に外れたことをしてきたと思っていたが、どうやらまだ超えてない一線があったようだ。

さっきそれに気づいた。



あの無防備で、判断力も無く、あどけない老人を見ていて思った。

人間は、赤ん坊から大人になり、老いて、また赤ん坊に戻るんじゃないか。


なぁ、赤ん坊を陥れるってのは、もう本当に人間の仕業じゃないよな。


俺は正気か?






“仕事”を終えた課長と共に支店に戻る。

支店に戻るまでの間、俺は自分が正気なのかずっと考えていた。


しかし、俺の足は真っ直ぐ総務課へ向かっている。


総務課は相変わらず良田の件で忙しそうだ。

こんな中で切り出すのは申し訳ない気もするが・・・。


「総務課長。」


俺は正気か?


「お疲れ様。どうした?」


俺は本当に正気か?






「すみません、私と課長、コンプラ違反をやったと思います。」


「私は処罰を受けた後、退職します。」


「・・・。」


「・・・。」


俺は正気じゃないのかもしれない。


いや、正気に戻ったのか。



そう思わないと、正気を保てそうもない。









「外道さん。仕事辞めるってマジですか?」


「まあな。」


「辞めてどうするんですか?」


「ノープラン。」


「じゃあ一緒に会社やりません?」


「・・・お前も会社辞めるのか?」


「はい!この会社も悪くないですけど、もっと純粋に個人の役に立ちたくて!」


「キラキラしててウザいな。」


「・・・会社って、何やんの?」


「ノープランです。」


「お前も正気じゃないな。悪くないけど。」


「お!乗ります!?じゃあ、何の事業やりましょうか?」


「うーん・・・。」


「何かこう、罪滅ぼし的な・・・?」









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