40.ロイド・クレメンス、魔王との決戦に挑む
「しゃあ! 行くぞ!」
俺(ロイド・クレメンス)の上げた気合の声に、仲間たちが返事する。
俺が今いるのはサヴォンの南門の門扉の前だ。
門扉は既に開いている。
つい先ほど、冒険者と兵士たちが一斉に出ていったばかりだ。
門の奥、サヴォンの外からは戦いの音が聞こえてくる。
「優勢なようだな」
俺の隣で、ジュリアーノが言う。
「あの受付嬢、性根はともかくやり手じゃわい。冒険者を適材適所に配置する。言ってしまえばそれだけじゃが、サヴォンに暮らす数多の冒険者の能力や得意分野、性格を完璧に把握しておらねばできんことだ」
アーサーが顔をしかめながら言った。
「……俺はいまだに信じられねえよ。キャリィちゃんがザハルドとデキてたなんて……」
俺はがっくりと肩を落とす。
その肩を、ミランダが力任せにはたいてきた。
「なに言ってんだい! あんな小娘の手管に言いように踊らされやがって! まずはそっちを反省すべきじゃないかい」
「っせーな。俺はおまえと違って繊細なの! ……って、いてて!」
ミランダに言い返すと、今度はオスティルが俺の腹をつねってきた。
「いいじゃない、ロイドにはもうわたしがいるんだから」
そう言って嫣然と微笑むオスティル。
ジュリアーノとアーサーが口笛を吹く。
「まさか、異世界で神様を口説いてくるとは思わなかったぞ、ロイド」
「これでおまえもミランダから卒業だの」
「ええっ!? あ、あたしはべつにそんなつもりはないさね! ただの姉御役だよ。世話の焼ける弟分さ」
いつも通りの仲間たちの掛け合いに、
「へっ」
思わず笑ってしまう。
「ど、どうしたんだい?」
「ああ、いや。帰ってきたんだなと思ってさ」
いきなり異世界に飛ばされ、気づけば老人の身体。
それ以来、神経を張りっぱなしだった。
最終決戦を前にして神経が緩むというのもおかしいが、事実緩んでしまったのだからしかたない。
ジュリアーノが言う。
「念押しで確認だ。俺たちの戦い方は、ロイドが後衛術師をやる時のパターンだ。ただし、ロイドはサクラヅカ翁の身体のおかげで魔力が桁外れに高くなっている。前衛であるミランダとアーサーは絶対にロイドの術に巻き込まれないよう気をつけろ」
「おう」
「ああ」
「オスティル様はロイドとともにいて、状況次第でテレポートを使ってロイドや俺たちを短距離転送してくれる。敵に囲まれたような時は遠慮なく頼れ」
「わかったわい」
「遠慮なく甘えさせてもらうさね」
「さらに、今回は俺たちにエルヴァの精鋭部隊がついてくる。彼らの攻撃手段は弓と魔法だ。弓については、彼らの技倆を信用すればいい。魔法については、ロイド同様巻き込まれないよう注意してくれ」
「うむ」
「わかってる」
「サクラヅカ翁も帯同する。何か予想外のことが起きた場合に、ロイドやオスティル様と離れ離れになるのを避けるためだ。戦力としては以前のロイドよりやや劣ると思ってほしいとのことだ」
「理屈の上ではロイドと同じ程度に動けるはずなのだが、ロイドとわしでは身体になじんだ動きが違う。せめて足を引っ張らぬよう気をつけるが、過度な期待はしないでくれ」
桜塚のじいさんが謙虚に言う。
「じいさんは、地球の科学知識を応用して魔法の威力を高めたんだろ? 元の俺以下は言い過ぎなんじゃないか?」
俺が言うと、
「わしとおまえでは、仲間たちとの連携の取れ方が違うよ。おまえたちのパーティはよくまとまっておる。おまえとわしが入れ替わることで連携が乱れるのが心配なのだ」
「心配症だなぁ」
「慎重と言ってくれ」
ああ言えばこう言うじいさんだ。
そんな会話をする俺たちの隣で、エルヴァたちも話し合っている。
エルヴァの大老が、精鋭部隊の隊長に言う。
「頼むぞ。この戦に、この世界の存亡がかかっているのだ」
「はっ。微力を尽くさせていただきます」
俺、ミランダ、ジュリアーノ、アーサー。
桜塚のじいさん。
オスティル。
エルヴァの精鋭部隊八名。
これが、決死隊の構成メンバーだ。
本当は優秀な冒険者を集めたいところだったのだが、どの部隊にも余裕がない。
桜塚のじいさんが指摘した連携の問題もあるため、結局一四名(一人は神だが)の少人数部隊となった。
領主のつけてくれた伝令兵もいるが、敵陣が近づいた段階で彼らは部隊から離脱することになっている。
とはいえ、戦力としては十分だ。
神であるオスティルはもちろんのこと、俺は神殺しの力のこもった日本刀とワンドを持っている。桜塚のじいさんの持つ膨大な魔力も使える。
敵中を突破し、魔王ナザレを討ち取ることは十分に可能だ。
――いや、やるんだ。
門の外から伝令兵が駆けてくる。
伝令兵が、決死隊の隊長である俺に向かって言う。
「報告します! 現在サヴォン自由軍は各部隊とも予定通りのコースで敵と接敵しています! 緒戦はいずれも我が方の優勢!」
「了解だ。すぐに行動を開始する」
俺はみんなの方を振り返る。
「よし! やるぜ!」
「ああ!」
「おう!」
「いよいよさね!」
「わしも問題ない」
「わたしはいつでもいいわ」
「私たちの準備も完了しています」
仲間たちが口々に言う。
「――決死隊、出陣!」
最後の戦いが、ついに始まる。
サヴォン自由軍は、サヴォンの冒険者ギルドに所属する冒険者たちと、サヴォン領主クラーク・リヒトの擁する兵士たちからなっている。
黒旗と訣別すべく、自由軍はそれぞれに旗を掲げている。
旗には一切の統一感がない。
しいていえば白が多いが、それも砂色だったり灰色だったりで統一されていない。白以外の旗となると、赤、青、緑、紫、茶、黄色、桃色とありとあらゆる色が翻っている。好き勝手に模様を描いた旗も少なくない。
が、唯一、黒い旗だけはそこにない。
黒旗に与さないというシンボルを作るべきだと主張したのは桜塚のじいさんだ。
しかし、今のサヴォンに色の揃った布を用意する余裕などあるわけがない。
すると、桜塚のじいさんが言った。
「黒でなければなんでもよいではないか。サヴォンは自由の街だ。黒――魔王以外の色ならなんでも許される。まこと、サヴォンにふさわしい」
うまいことを言うものだ。
ともあれ、そんな理由で自由軍は思い思いの旗を掲げている。旗というか、それらしく切り取った布でしかないものも多いのだが。
自由軍という呼称もまた、桜塚のじいさんの発案である。
自由軍は、大きく五つの部隊に分かれている。
それぞれが、領主の兵士と冒険者の混成だ。
まず、騎兵を先頭に、兵士たちが魔王軍の陣地に縦に食い込む。
そのままでは挟み撃ちにされかねないが、盾を構えてなんとか陣地を貫く縦の壁を作ってもらう。
この縦の壁は、魔王軍のモンスターを分断するためのものだ。
魔王軍のモンスターは統率の取れた攻撃をしかけてくるが、陣地はさすがにモンスターの種別ごとになっている。
その、種別ごとの陣地同士の連携を断つ。
別種のモンスターが助け合えないようにするのだ。
これによって、スライムとオーガ、ヘルスパイダーとフレイムバタフライのような面倒な連携を崩すことができる。
そして、種別に分けたモンスターの陣地に、冒険者が攻撃をかける。
冒険者にはモンスターの得手不得手が存在する。
たとえば、ゴブリンの集団を相手にするのは得意だが、巨人系は苦手、というような感じだ。
キャリィちゃんは冒険者の得手不得手を完全に把握している。
キャリィちゃんは、それぞれの部隊に、相手となるモンスターを得意とする冒険者を固めて配置した。
さらに、冒険者にはザハルドに吐き出させた魔法のアイテムを、相手とするモンスターを考えて可能な限り分配している。
このやり方なら、集団戦の訓練を受けていない冒険者たちでも、普段通りの戦いができる。
この策を考えたジュリアーノは、得意気にこう言っていた。
「サヴォンの外を、ダンジョンにするのさ。兵士たちにはダンジョンの壁になってもらう。壁に囲まれた場所に、特定のモンスターがいる。サヴォンの冒険者がもっとも得意とする状況だ」
もちろん、言うほど簡単なことではない。
とくに、壁となる兵士たちには大変な負担がかかる。
冒険者がモンスターの敵視を稼ぐまでの間に、壁となる兵士が崩されてしまったらこの作戦は失敗だ。
また、モンスター軍を包囲するように布陣しているドロモット軍の動きも気になる。
ドロモット軍がモンスターと連携を取るようなことがあったら大変だ。
もちろん、人間であるドロモット軍にとっては、モンスターもまた敵である。
ナザレは手駒を見せびらかし、降伏を迫るためにドロモット軍を呼び寄せたのではないか、というのがオスティル、大老、領主、ジュリアーノ、桜塚のじいさんの一致した見解だ。
もしそれが外れた場合は、決死隊以外の部隊はサヴォンに戻り、籠城戦を続けることになる。
が、今のところ、作戦はサヴォン側の思い通りに進んでいるらしい。
俺たちは、領主の用意してくれた馬で戦場にできた空白をひた走る。
ナザレに至るコースから敵がいなくなるよう、部隊の配置は工夫されている。
俺たちは用意された道を真っ直ぐに駆けるだけだ。
俺たちは突出する。
他の部隊が街の外周で戦っているのに対し、俺たちはそのさらに外側へと向かっている。
フルメン方面の街道脇に、小高い丘がある。
丘の周囲には巨人系のモンスターが並んでいる。
丘の上は灌木で見えないが、上空には飛行系モンスターの姿が見えた。
あそこに魔王軍の本陣があることは、既にわかっている。
「馬上から直接テレポートをかけるわ」
オスティルが言う。
細い声だが、全員の耳に届いたようだ。
「ロイド、合図をお願い」
「わかった! 秒読みするぞ! 十、九、八……」
カウントダウンしながら、脱落者がいないか確認する。
みんないる。
さすが精鋭揃いだけはある。
桜塚のじいさんだけは心配だったのだが。
「三、二、一、行くぞ!」
テレポート。
視界が一瞬で切り替わる。
灌木の中、大きな岩の陰――その、1.5メートルほど上空にいた。
「どわっ!」
急激な落下に、思わず声を漏らしてしまう。
が、たいした高さじゃない。みんななんとか受け身を取ることができたようだ。
「くっ、馬の高さに転移するから気をつけろって出る前に言ってたな」
忘れていたあたり、俺も緊張していたのかもしれない。
「呆けてる場合じゃないわ、ロイド。みんなに指示を」
オスティルに急かされ、俺は決死隊の面々に目を向ける。
どの顔も緊張で張り詰めていた。
といっても、怯えているわけではない。
戦い、勝つぞという固い覚悟がそこにはある。
「エルヴァの皆には斥候をしてもらう。俺たち本隊の四方に、二人一組で散開。敵を発見したら俺に報告してくれ」
俺の言葉にエルヴァたちがうなずく。
「本隊の前衛はミランダ、最後尾はアーサー。ジュリアーノとオスティル、桜塚のじいさんは、俺とともに真ん中にいてくれ」
「了解」
「了解じゃ」
「わかった」
「わかったわ」
「了解だ」
各自が短く返事をくれる。
「余計な戦闘は極力避け、ナザレの居場所を突き止める。その後のことは状況次第だが、不意が打てるのが理想だな」
「途中で敵に発見されたらどうする?」
と、ジュリアーノ。
「俺たちに撤退という選択肢はない。エルヴァたちに囮になってもらい、その間に俺たちだけでナザレを討つ」
囮の方が危険ということはない。
むしろナザレと対決する本隊の方がよほど危険だ。
神になった男との対決。
何が起こるかわからない。
俺たちは無言で丘を進む。
エルヴァの斥候の合図に従い、接敵を避け、見つからないまま敵陣の奥を目指す。
が、いくらエルヴァたちが優秀だったとしても、姿を隠すにも限界がある。
丘の上、塀と櫓に囲まれた即席の陣地は、周囲の灌木が倒されていた。
もちろん、見通しをよくするためだろう。
こちらが陣地に向かって進めば、すぐに櫓の上のゴブリンか、上空を旋回するイヴィルスワローに発見されてしまう。
「……ふむ。知能の低いモンスターを使って、よくあそこまでの陣地を築いたものじゃわい」
アーサーが小声で言った。
「感心してる場合かい」
ミランダがアーサーをたしなめる。
エルヴァの斥候が言う。
「われわれエルヴァの弓ならば、見張りを一矢で仕留めることは可能です。しかし……」
「見張りを倒されて気づかないほど間抜けな連中ではない、か」
俺の言葉にエルヴァがうなずく。
「内部の戦力はどうだ?」
「わからないな。最低でもデーモンの1体や2体はいるだろう。ロイドが異世界で戦った相手を考えれば、ドラゴンくらいは隠れていてもおかしくない。その奥にナザレ――神を取り込んだ男が構えている」
ジュリアーノが答える。
「ナザレとの対決は、オスティルとロイドに任せるしかない。ならば、それ以外をわしらで受け持つことになる」
と桜塚のじいさん。
「デーモン複数に、場合によっちゃドラゴン並みのモンスターがいるかもしれない……か。できて時間稼ぎまでだろうねぇ」
ミランダが険しい顔で言った。
「《爽原の風》が壊滅したのもうなずけるわい」
アーサーがそう言って顎髭をいじる。
俺は、しばし考える。
(圧倒的に戦力が足りねえな)
とはいえ、この作戦の勝利条件は敵の壊滅ではない。
ナザレを倒すことだ。
俺とオスティルがナザレを素早く仕留めれば、その分だけ仲間たちの負担が減る。
(犠牲が出るかもしれない)
だが、それは皆覚悟の上でここにいる。
ここで迷い、いたずらに時間を空費する方が危険だろう。
俺は言う。
「やるしかねえ。エルヴァたちが見張りを狙撃して排除するのと同時に、俺がエクスプロージョンで陣地の門を吹き飛ばす。ミランダとアーサーが突入、橋頭堡を作る。桜塚のじいさんとエルヴァたちは二人の支援。ジュリアーノはデーモンの気配に気を配ってくれ」
全員がうなずく。
「俺は、オスティルのテレポートで、陣地の別の場所から侵入する」
「あたしらが陽動して、敵戦力を引き付ければいいんだね?」
ミランダが確認する。
「ああ。ナザレがそっちにつられてくれれば不意が打てるかもしれないが……」
「ナザレはオスティルが聖櫃から脱したことを知らないはずだ。ロイドがこの世界に帰還し、神をも傷つける武器を持っていることも知らない。もし陽動を読まれたとしても、ロイドとオスティルの存在自体が、奴にとっては奇襲となる」
ジュリアーノがそう補足してくれる。
「そういうこった。準備はいいな? 行くぞ!」
俺の言葉とともに、エルヴァたちが矢を放つ。
次回、最終回につき、4話をまとめて投稿いたします。
読み飛ばしにご注意ください。
投稿日時は、【1/31 18:00】となります。
最後までよろしくお願いいたします!
天宮暁




