41.ロイド・クレメンス、魔王ナザレと対峙する
矢が走る。
櫓にいたゴブリンの首に、目に、こめかみに、矢が鋭く突き立った。
ゴブリンたちはその場に倒れ、あるいは櫓から落下する。
「エクスプロージョン!」
俺の魔法が陣地の門を吹き飛ばす。
仲間たちが門へ向かって駆け出した。
「オスティル!」
「わかってるわ」
俺はオスティルのテレポートで陣地の側面へと回り込む。
「続けて行くわよ」
陣地の外から櫓の上へ。
目の前にゴブリン。
ひと太刀で斬り倒す。
次の瞬間に再びテレポート。
今度は陣地内側の地上にいる。
目の前にドラゴンがいた。
倒すべきか回避するべきか、一瞬迷う。
「ロイド・クレメンス! あなたの為すべき仕事は何!?」
「……ナザレの撃破」
答えた瞬間にテレポート。
ドラゴンは一瞬で俺の背後になった。
あいつの始末は仲間たちに任せるしかない。
アーサー、ミランダ、ジュリアーノ。エルヴァたちをつけても、ドラゴンの相手は厳しいだろう。
今の俺ならドラゴンを苦もなく倒せる。
後ろを向きたい。
でも、それをしてはならない。
それは俺に預けられた信頼を裏切ることだ。
「本陣らしき場所が見えたわ。跳ぶわよ」
オスティルの言葉とともに視界が変わる。
地球の映画のような、暗転するような演出は何もない。
身も蓋もなく、視界が切り替わる。
何の連続性もなく、指先ひとつ動かすことなく、居場所が変わる。
三半規管が混乱する時間すらない。
切り替わった視界の真正面に、あの男が立っていた。
フード付きの黒いローブ。
裾は引きずるほどに長い。
フードの奥には、金色に輝く瞳がある。
平凡な容姿のはずのその男から目が離せない。
光り輝くような――それでいて底抜けに暗いような。
人間には発しえない異様な引力を、その男は全身から滲ませていた。
「ナザレ・トロンゾ!」
俺はその男の名を叫ぶ。
そうしなければ萎えてしまいそうな気力を奮い立たせるために。
ナザレが唇を歪ませる。
「その名は不正確だな。魔王ナザレ・ギュスティヴァーン・トロンゾ。そう名乗ったはずだ、見知らぬ老人」
やはりナザレは俺の正体に気づいていない。
ロイド・クレメンスと桜塚猛。
この二人の意識がコンジャンクションで入れ替わったことを、この男は知らない。
この小さな優位をどう活かせるか?
「わしの名は桜塚猛! 我こそは魔王を討つ者なり!」
たっぷりとはったりをきかせて、俺は魔王にそう言った。
「ほう、俺を討つというのか。しかし、サクラヅカとやら。おまえがすさまじい魔力の持ち主であることは、神の目を持つ俺にはわかる。神となる前の俺と比べてもまだ多いほどの魔力。これほどの大魔導師が全くの無名だったとは……解せんな」
いぶかしげにつぶやく魔王ナザレ。
わしはその言葉を鼻で笑う。
「わしは、おまえのような俗物とは違う。魔導を究めるのに、なぜ俗世の権力が必要か。わしからすれば、おまえなど、力に奢った青二才でしかありえんわ」
「……なんだと」
ナザレの額に青筋が浮かぶ。
「俺を驕り高ぶった愚か者と呼ぶか。が、貴様こそどうなのだ、サクラヅカ。おのが力を過信し、神の力を得たこの俺を『討つ』などと豪語するおまえこそ、驕っていなくてなんだという」
ナザレが挑発に乗ってきた。
(よし!)
オスティルは俺をこの場所にテレポートで送り込んだ後、自身は別の場所に跳んでいる。
ナザレの背後から近づき、一気にナザレの持つ神の力を封じようとしているのだ。
俺の背後からは激戦の気配が伝わってくる。
ミランダの、アーサーの気合の声。
桜塚の放つ魔法の音。
モンスターたちの怒号。
ドラゴンの咆哮も聞こえてくる。
俺を信じて戦う仲間たち。
そのすべての命が、今の俺の賭け金だ。
ナザレを倒せなければ俺はすべてを失う。
ナザレに破れた時、ここから無事に撤退できるなど、俺たちの誰ひとりとして考えていない。
勝つしかない。
だからこその決死隊だ。
ナザレが言葉を続ける。
「惜しいな、大魔導師。おまえほどの才能、殺すには惜しすぎる。俺に恭順を誓うのなら、魔王軍の幹部に引き立ててやるのだが」
「魔王の下で振るう杖などわしは持たぬ」
「残念だ」
ナザレが肩をすくめる。
その背後にオスティルが現れる。
オスティルの細い腕がナザレの背へと伸びる。
「残念だ」
ナザレが繰り返した。
そして、振り返った。
驚くオスティルの腕を、ナザレが掴む。
ナザレが唇を歪める。
「残念だ。おまえらの頭が、な。魔王を称する者が、この程度の危機に備えていないと思ったか?」
「どう……して……」
オスティルが枯れた声を漏らす。
「女神オスティル。貴様がどうやって聖櫃から逃れたのかはわからんよ。だが、そのような事態があった場合、貴様がどのような行動に出るかは推測がつく。自然、身辺には気をつけようというものさ」
俺は走り出す。
ナザレへ向かって。
風で背中を押して加速し、外なる宇宙の力の宿った日本刀で神速の突きを放つ。
ナザレは突きを軽くかわし、オスティルを俺に向かって突き飛ばす。
俺はオスティルを受け止める。
その瞬間、激痛が走った。
刀を握る右腕だ。
が、
「くはっ……」
苦悶の声を漏らしたのは俺ではなく――オスティル。
オスティルの胸に、日本刀の切っ先が刺さっていた。
(な……)
俺は混乱する。
俺の手はたしかに日本刀を握って――
状況を認識した途端、俺は絶叫した。
「ぐあああああああっ!」
俺の腕が――曲がっていた。
前腕の半ばが直角に折れている。
折れた先の手は、日本刀を固く握りしめたままであり、その切っ先は、前にいるナザレではなく、抱きとめたオスティルの胸を貫いていた。
「ひゃっははははっ! 残念だったなぁ、女神! その危なげな剣は俺を斬るためのものだったんだろう? その剣で斬られた気分はどうだ!?」
「ぐっ……はっ……」
「オスティル!」
俺の叫びとは裏腹に、折れた先の腕がありえない角度で折れ曲がる。
日本刀は何度となくオスティルを貫く。
「うおおおおっ――エクスプロージョン!」
俺はナザレと自分の間に、加減なしのエクスプロージョンを撃った。
耳がやられて爆発音すら聞こえない。
視界の隅で何かがきらめく。
あれは――さっきまで手にしていた日本刀だ。
日本刀は、それを握りしめた俺の腕ごと宙を舞い、爆炎の中に消えていく。
俺の視界が白くなる。
何も聞こえず、何も見えない。
吹き飛び、転げる。
ワンドを握った腕の中には、オスティルの感触がちゃんとある。
それ以外の感覚は今はいらない。
沈黙。
耳が熱い。
耳の中を液体が満たしていく感覚。
真っ白になった視界。
目が痛い。
この失明は一時的なものなのか、もう戻らないものなのか。
仲間の戦う声も、音も、姿もなくなった。
全身が痛い。
熱い。
そのくせ血の気が引いていく。
たしかなのは腕の中のオスティルだけ。
いや、違う。
確実に、「それ」が近づいてくる。
音も、光もわからなくなった状況なのに、「それ」の気配はよくわかる。
ナザレ。
魔王。
神を弑し、取り込んだ者。
絶望の象徴が、俺の腕の中にいる女神を殺そうと近づいてくる。
(――終わった……)
俺は破滅を覚悟した。




