家路
遅くなってすみません。本章の終わりです。
「はらへった……」
無事に神域の魔物を倒し、喜んだのもつかの間。ぐるぐると鳴る空腹の腹を押さえて朝倉は座り込む。
たまに神兵が食料を届けてくれたが殆どが自給自足の生活で、森に生えているキノコや山菜で飢えをしのいできただけで、まともな食事は随分取っていない。
死にたくないので常に全力疾走で逃げまくっていた間は空腹は気にならなかったが、ほっとした瞬間に足に力が入らなくなった。
数十人の男たちが地べたに座り込み、その腹の音がぐるぐると木霊する。
慌ててエドと千夏がアイテムボックスから食料を取り出し、アルフォンスはいつものひょろひょろとしたファイヤーボルトで薪に火をつける。
ガエンと感動の再会を喜んだ万冬も調理に参加すべく慌てて包丁を握りしめる。
「エー、コムギも手伝う」
たっぷりと魔物の気を取り込んだコムギはタマとそっくりな姿で忙しく動き回るエドの傍をちょろちょろと動き回る。
「そうですね、レオンと一緒に買い出ししてきてくれますか? 今ある食材だけでは心もとないので」
多少なりとも調理の心得がある那留やセレナも手伝っており、作り手には不自由していない。
タマとリルはひとりひとりの怪我の確認をしているのでコムギについてはいけない。
土壁をもとの土に戻したレオンが手持無沙汰にうろうろと歩いている姿を見つけてエドは金貨を10枚ほどコムギに渡す。
「コムギ、行っていいの?」
いつも買い物と言えばコムギは店の中に入れないためお留守番することが多い。
「その姿なら問題ありませんよ。レオン、頼みましたよ」
「僕に任せろ。行くぞ、コムギ」
頼もし気にレオンが答え、さっさと街の方へと歩き出す。
「あい」
コムギは嬉しそうに笑うと両手いっぱいの金貨を落とさないように、ゆっくりとレオンの後に続く。
だが手元ばかり見ているのですぐに、地面の石にけつまずいてべしゃりと大きく転ぶ。
それに気が付いたレオンが駆け寄り、コムギを立たせると散らばった金貨を一緒に拾い集める。
「一緒について行こうか?」
もぐもぐと味見と称してフライパンで焼き上げた肉を口に放り込んだ千夏がお金をかき集めている2匹に向かって尋ねる。
レオンとコムギの組み合わせはなんだかちょっぴり不安だ。
「僕達だけで問題はない」
レオンはひょいとコムギを抱き上げて一方の肩の上に座らせると、千夏の提案をすげなく断る。
「コムギ、お買いもの出来る」
肩の上に乗ったコムギもぷぅとほっぺを膨らませて拗ねたように答えた。
どうやら2匹とも保護者抜きでいろいろやりたい年頃のようだ。
「大丈夫かなぁ……」
「それより、出来上がったものを端から口に入れるのをやめてください」
「あ、ごめん。ついくせで……」
エドは千夏の近くに置いてあった皿を遠ざけ、へらりとごまかすように笑った千夏を非難するようにねめつける。
「ここはいいですから、向うで話しでもしてきてください」
「はーい」
千夏はすごすごと調理台から離れて、朝倉達の輪に混ざる。
「お久しぶりです。今回はありがとうございました」
ガエンはこちらにやってきた千夏にすぐに気がつき、どかりと千夏の隣に腰を下ろして感謝を述べる。
「無事でよかった。もっと早く万冬ちゃんに手紙を送ってたら気が付けたんだけど、遅くなってごめんね?」
「とんでもない。こちらから連絡を差し控えるようにお願いしていたんです。本当にありがとうございました」
がっしりした大きな体を屈めるように、千夏に向かって頭を下げる。
万冬と縁を切るような儀式をさせたというのに、不快に思わず手まで差し伸べてくれた千夏の懐の深さにガエンは胸がいっぱいになる。
「ほんと、助かったぜ」
「ありがとうな。嬢ちゃん」
口々に他の男たちも千夏に向かって感謝の言葉を述べる。
「ちーちゃん、みんな大きな怪我してなかったでしゅよ」
タマは全員を癒し終わったらしく、千夏の元へ戻ってくるとちょこんと膝の上に乗る。
「ん。ありがとうね、タマ」
ライトグリーンの短めの髪を千夏がゆっくりと撫でるとタマは嬉しそうに笑い、こちらを微笑まし気に見つめているリルを振り返る。
「タマだけじゃないでしゅよ、リルも頑張ったでしゅ」
どうやらリルもご褒美に頭を撫でてあげろとタマは言いたいようだ。
千夏は笑いながらちょいちょいとリルを手招きする。少し恥ずかしそうに顔を赤くしたリルが近寄ってくると、そのふわふわの頭をよしよしと撫でる。
そんな微笑まし気な光景を眺めながら朝倉はぐびりと配られた酒を上機嫌に飲み干す。どこかの一国の女王となったはずの千夏の変わらない態度に心が和んだ。
「佐藤さん、前に届いた手紙は有効かい?」
「もちろん。来てくれるの?」
「ああ、何が出来るか判らないがよろしくな。あんたの国が見てみたくなったよ」
「ありがとう」
千夏があまりにも嬉しそうな顔をして笑うので、膝に座ったタマも嬉しくなって一緒に笑う。
「料理できたの。いっぱい食べるの!」
「チナツは程々にな!」
両手一杯にセレナとアルフォンスができたての料理を運んで来た。そこからは飲めや歌えの大宴会に突入する。
ついでとばかりに朝倉は長い間一緒に戦ってきた農夫達ひとりひとりと別れの挨拶をかわし始める。
彼はこちらに身よりもないし、荷物も少ない。千夏達と一緒にネバーランドに向かうつもりでいた。
「どんな国なんだい?」
朝倉から話を聞いた農夫達が次々とネバーランドについて千夏達に説明を求める。
竜がいるというくだりでは、竜がみてみたいという彼らの希望が飛び交ったので那留が竜に戻り彼らを驚かせたりした。
「すげー国だな」
農夫達は目をまるくして驚いたものの、しれっと人の姿に変化した那留と楽しそうに酒を酌み交わす。
中には真剣に移住を考え始めたものもいたようだ。最近のラヘルの情勢では無理もない。
「……ガエン」
「うん。君がいいたいことは判っているよ」
じっと自分を見つめて来る万冬に向かってガエンは微笑み、肩を優しく抱き寄せる。
そんな中に買い出しに出かけていたコムギとレオンが戻ってくる。
食料を詰め込んだ袋はどこにも見当たらず、コムギの手には1輪の小さな野に咲く花が握られていた。
「何かあった?」
千夏が心配そうに2匹に尋ねると、コムギはぽろりと涙をこぼすと千夏に抱き付いた。
「ちー、ごめん。コムギ上手く買い物できなかった」
えぐえぐと鳴き始めるコムギをあやしながら千夏はレオンから大体の事情を聞いた。
どうやら街で会ったおなかをすかせて倒れた子供にご飯を食べさせたら、他の子供達がわらわらと集まってきて全て食費に買い物代が消えてしまったらしい。
コムギが持っていた1輪の花はお礼にもらったものだ。
「おなかをすかせている人に親切にするのはいいことでしゅよ」
タマは優しく千夏に抱き付いて泣いているコムギの頭を撫でる。
「ハマールでパンをくれた人を覚えているでしゅか? 嬉しかったでしゅ」
コムギは泣きながらタマの言葉にこくんと頷く。
「泣くな坊主。魔物は無事倒したから俺たちも含め農民が全部畑に戻る。神殿も糧食を街に開放するさ。飢える子供達も減る。あんがとな」
農夫の一人がにかっと笑い、ぽんぽんとコムギの背中を優しく叩く。
上手く買い物ができなかったのに誰もが怒らなかった。
コムギはゆっくりと顔を上げ千夏の顔を覗き込む。目に飛び込んでくるのは千夏の笑顔。
「ちー」
「買い物はまた一緒に行こうね」
こくんとコムギは頷くとタマと仲良く千夏の膝の上に座る。レオンはそんなコムギを見てほっと胸をなでおろす。
「あのね千夏ちゃん、今すぐいけないけど私たちもネバーランドに行ってもいいかな?」
泣いていたコムギの顔に笑顔が戻り、宴会も終わった頃。
ぽつぽつと農夫達が家路に辿り始める中、万冬がおずおずと千夏に声をかける。
「もちろん、大歓迎よ!」
千夏の快諾の返事を聞いてガエンは深々と頭を下げ、万冬はほっとした笑顔をみせた。
次の日朝一番の船でラヘルをたった一行はエッセルバッハの港町マルタに着くとそのまま転移でネバーランドへと戻る。
「おっ、領主どんだべ!」
「元気だったか?」
「ガーシャ様、お帰りなさい」
魔女の城の前へ転移してきた千夏達を目ざとく村人や竜達が見つけ、わらわらと近寄ってくる。
「領主どんが帰ってきたぞー!」
村長がさっそく村中に知らせにフライパンを片手に走り回る。カンカンと鳴り響くフライパンの音を聞くと帰ってきたなと実感する。
「ご主人様、長旅お疲れ様でした。いますぐマッサージしましょう。約束、まだ守ってもらっていません」
ルナもプチラビット達を引き連れて飛ぶように千夏の前に現れる。
「まだ覚えているの?」
げんなりと千夏は目の前に跪くルナを見下ろす。
「忘れるわけがありません!」
きっぱりと答えるルナを千夏は軽くスルーして、村人達が全員集まったことを確認する。
「長い間留守にしていてごめんね。あとみなさんにお知らせがあります。
今日からこの村で暮らすことになった朝倉さんと、竜一家のアイルさんとセディさん。それとウイニーです。
それとしばらくこの村に住むランスロットとユーイルさんです。仲良くしてあげてください」
順番に千夏が新メンバーを村人達に紹介し終えるとカーンとフライパンの音が鳴り響く。それを合図に村人達は一斉に声をそろえる。
「「「「「フルール村へようこそ!」」」」」
評価とご感想ありがとうございます。
しばらく停滞していた別小説の見直しをしていたため、遅れました。




