ある男の戦いの終わり
遅くなってすみません。
――― 一体いつまでこの生活が続くのだろう。
魔物から煙が見えないように木々の近くでひっそりと焚かれた焚火にあたりながらツザンは軽い溜息をついた。
カガーンの第一級緊急クエストから帰還した後、神兵にせかされ神域で戦っている民軍にツザンは放り込まれた。ギルドが発行する緊急クエストではランクに合わせてそれぞれ適した仕事を割り振られるが、神兵達はただ魔物を倒してこいと戦略などあったものではない。
「今日やった火矢の攻撃は結構利いたな。もっと火を大量にアイツにぶちこめばいい線いくんじゃないか?」
「馬鹿いえ、神域を火事にするのか? 神兵が怒鳴り込んでくるぞ」
「あははは。違えねぇ」
同じ焚火を囲む民たちはツザンよりも2か月前からあの魔物と戦っているという。それなのに彼らは絶望してもいないし、まだ笑う余裕がある。2か月もの長い戦闘でこの隊はまだ一人の犠牲も出ていないということが彼らに希望を見せているのかもしれない。
「よぉ、今日は助かったぜ。ありがとうな」
森で拾ってきた味気ないキノコ汁が入っている椀がすっとツザンの目の前に突き出される。
椀を突き出して来たのはいつのまにやらこの隊で隊長と呼ばれる少し小柄な男だった。男はツザンが椀を受け取るとどさりと隣に腰かける。
「やはり決定打が足りないな……」
ツザンは昼間戦った魔物を思い返して男にぽつりと呟く。魔物の体には無数の傷が出来ていたが、どの傷も浅く動きを阻害する程の大きな傷はなかった。
「そうなんだよな。ちまちま削り取っているんだが、決め手にかける。あんたみたいな冒険者がもっと戻ってくればなんとなりそうなんだがな。……明日も晴れそうだなぁ」
男はぽりぽりと頭をかいたあと満天の星空を見上げる。
(ウゴリを相手にしているのに、星を眺めている余裕があるとは……)
ツザンは隣の男に興味を抱く。
ウゴリはランクAの魔物で、体長10メートルもあるまっ黒な巨大な虫だった。羽がないので空中戦を避けられることだけが唯一の救いだ。
固い体皮は刃を跳ね返し、頭についた鋭い巨大な角で獲物を薙ぎ払う。動きはヒュドラと比べれば格段に遅いが、その代りに装甲がかなり厚い。また口から蜘蛛のような糸を吐き出し、獲物を拘束する。
今日の昼の戦いで一人がその糸に捕まったのをツザンが続けざまに放った火矢で糸を焼いて助け出した。
糸は火に弱いのが判っただけでもうけものだと彼らは笑う。戦いを知らず、普段農作業しかしていない彼らが戦場でここまでタフでいられるのは、隣の男のせいだろう。
この男と一緒にいるなら生き延びられる。そう仲間に思われる男はめったにいない。
「朝倉さん、また神兵がやってきたぞ。朝倉さんを探しているみてぇだ」
のんびりと星空を眺めていた男の元に慌てて誰かが走ってくる。男は「分かった」とだけ答えると立ち上がって伝言を伝えにきた男の後について行く。
ツザンも神兵が何を伝えに来たのかが気になり後を追う。
「遅いぞ。何をしていたんだ」
派手な鎧を身に着けた神兵が一人偉そうに腕を組んで見下したように朝倉を一瞥する。その瞬間周りにいた民たちの冷たい視線が神兵にざっと集まる。
「これはお待たせしました」
男はそんな周りの空気を感じていないのか、ぽりぽりと頭をかき、神兵に向かって軽く頭を下げる。
「いまだに魔物の足一本も落としてない。お前たちは何をやっているんだ」
「いやぁ、いろいろやっているんですけどね」
「いつも同じ言い訳だな」
「多少傷は増やしたんですよ。なんなら明日俺たちと一緒に確認します?」
「……私も忙しいのだ。付き合っていられん」
明らかに戦いに尻ごみしている神兵の顔を見て、ツザンは馬鹿馬鹿しくなった。いつからこの国の神兵は小役人に成り下がったのだろう。
「そうですか。ところで、冒険者の追加はないんですか?来てもらえると嬉しんですけどね」
男はあっさりと引き下がって神兵をじっと見つめる。
「ない。まだカガーンから帰ってきていないものが多い」
男は少し黙り込んだあとすぐに気を持ち直して「分かりました」と笑う。彼がこの隊のモチベーションを左右しているのだ。がっかりしている姿を他の者たちに見せることは出来なかった。
「お前たち、しっかりやれよ」
小さな紙片を男に握らせると神兵はさっさと馬に乗り込み戦地から離れていく。
「相変わらず言うだけ言って逃げるのが早いな」
「まったくだ」
民たちはその後ろ姿を見送り嘲る。
「何か指令か?」
ツザンは男が小さく折りたたまれた紙片を広げてじっくり読んでいる後ろに回り込み、手紙の内容を覗き込む。
だが異国の文字なのか、暗号なのかツザンにはその内容がさっぱり判らない。
「よっしゃー!」
男は手紙を全て読み終えると、ぱっと顔を上げ拳を高々と突き上げる。
「どうしたんだ、朝倉さん」
男の歓喜の声に仲間達は何事だとぞろぞろと男の周りに集まってくる。
「お前たち帰れるぞ!ゴジラが怪獣をやっつけに来てくれた!」
嬉しそうにはしゃぐ男の言葉は意味不明で何を言っているのか解らず、ここにいる者達は一斉に首を捻る。
男は落ち着くと、皆を集め明日以降の作戦を伝える。
「とにかく最後の作戦だ。これさえきっちりこなせば終わる。みんな気を引き締めていくぜ!」
その頼もしい言葉に誰もが真剣に頷いた。この男が言うことならば間違いない。彼らは寝る間を惜しんで最後の作戦の準備を始めた。
「朝倉さん、無事かなぁ……」
千夏は神域と呼ばれる森の手前に立ち、森の奥をじっと見つめる。
万冬の話を聞いた千夏達は始めは神域の中に乗り込んでいこうと思っていた。 だがラヘルの民でないものを通すわけにはいかないと神域を守る神兵に阻まれた。
正直殴って転がして中に入ることも出来るが、千夏はこれでもネバーランドの王だ。国際問題に発展する。
自分一人だったらどうでもいいのだが、フルール村に迷惑をかけるわけにはいかない。
幸いに朝倉とガエンは無事なようでぼんやりとだが森の中に二人の気を感じる。
エドの発案で神兵にお金を渡して状況を確認する。朝倉達は逃げながら魔物を神殿に寄せないように戦っていることが判った。それならばと更にお金を渡して手紙を届けてもうらことにした。入れないのであれば、出てきてもらうしか手がない。
魔物が飛び出してきても大丈夫なように待ち合わせ場所は街から少し離れた何もない場所。
森の奥にいる大きな気はゆっくりだがこちらに向かって進んできている。手紙を出してここに天幕を建てから3日目にその大きな気はここからあと少しというところまで近づいてきていた。
「もうすぐ出て来るでしゅ」
すでに臨戦態勢に入ったタマが森をじっと見つけはっきりと言う。
「ニュー!」
タマの隣には今回初参戦のウイニーが興奮したように羽をバタバタと大きく動かす。
ここまで一緒についてきた万冬にすぐに下がるように大きく身振りでエドが伝える。万冬はこくんと頷き一気に後ろに向かって駆け出した。足手まといにならない。その条件でここまで一緒に連れてきてもらったのだ。
「来た!」
千夏の声と同時に森から数十人の男たちが飛び出してくる。
「そのまま走ってください!」
リルは男たちと一緒に並走しながら奥へと誘導する。
レオンは森から出て来た者達が大きく下がったのを確認してから、自分達とその間に長さが2キロ程続くの大きな土壁で森に沿うように囲いを作り上げる。魔物を行動範囲を狭めるためだ。
土壁がどんと作られた瞬間森から巨大な魔物が飛び出してくる。
「うりゃぁぁぁぁ!」
アルフォンスとセレナが先陣を切って魔物に斬りこんでいく。溜めに溜めていた大地の剣は固い体皮を切り裂き、腕輪によって強化された剛腕で振り下ろされた妖精剣が魔物の体に食い込んでいく。
「グギャャャャャャャャャャャャャャャ!」
深く傷つけられた魔物は体を大きく動かし暴れまわる。アルフォンスとセレナはひらりと体を動かして避けては再度突撃する。
第二陣のコムギは魔物にとりつき、気を纏った歯でがぶりと固い体皮に噛みつくと一気に気を吸い出し始める。
ウイニーは空から一撃浴びせるとすぐに離脱を繰り返しながら鉤爪で同じ個所を何度も抉り取る。タマも巧にひょいひょいとよけながら魔剣で魔物に斬りかかる。
「すごいな。何百本と剣をあいつに折られたんだが」
ゼイゼイと息を吐きながら千夏の隣に並んだ朝倉が目の前の戦いを眺め、馬鹿馬鹿しくなって笑い出す。
「普通の鉄剣だと確かにそうでしょうね。Aランクの魔物ですが、防御はSランク並です。あの魔物は打撃も魔法もあまり効かないですし」
エドはそう答えながら水が入ったコップを朝倉に差し出す。
アルフォンスもセレナも普通の剣で挑みかかっていたらあの魔物を斬ることが出来なかっただろう。実際にアルフォンスの大地の剣の効果が切れた後はあまり深い傷を負わすことができない。
「あ、あの糸は火で燃えるぞ」
魔物が口から糸を吐き出しタマを捕えようとしている姿を朝倉は指さす。
「ファイヤーランス!」
千夏はアドバイスを受けて糸を炎の槍で切り落とす。ころりと体に絡んだ糸と一緒に地面に転がったタマは自分体に絡んだ糸を剣で斬りなんとか脱出する。
「転がすぞ」
レオンはそういうと魔物の足元の地面を斜めに隆起させて、ころりと魔物を仰向けに転がす。
タイミングが悪かったのかウイニーが魔物の下敷きになるが、怪我した様子もなくもそもそと腹ばいで抜け出して来た。
「ほら大丈夫だろう?幼竜っていっても頑丈なんだよ」
不安気にウイニーを見守っていた風竜夫婦に那留がにかっと笑って抜け出して来たウイニーを指さす。
ひっくり返った腹は固い体皮で覆われていなかったので、あっという間に決着がつく。
「いやぁ、お見事」
二か月間も戦ってきた魔物の呆気ない最後を見て朝倉は手を叩いて笑い出す。
彼はいままでの苦労がなんだったんだろうと振り返ることはなかった。
自分達が出来る最善をずっと貫いてきたのだ。悔いはない。ただ単純に自分の窮地を知ってを助けてくれた千夏達の事が嬉しかった。
本当に自分は運がいい。
朝倉は二か月振りに木々に遮られずに見通せる空をまぶしそうに見上げた。
評価とご感想ありがとうございました。
主人公たちがあまり出ない上に少し暗めなお話でしたが、朝倉さんのことが書きたかったので書きました。




