アルフォンス舞い上がる
遅くなってすみません。
この水の街マハドの所属するフローレンシア大陸にあるクリフの鉱山がある山に竜が最近徘徊し、山に人が入ると威嚇するため、鉱山に入れなくなってしまって困っている。
エリオスの相談事はそんな話であった。
「被害は今のところ出ていませんし、山を下りてまでは襲ってこないのです。一匹だけならまだしもどうやら2匹以上の竜がいるようで、手がだせずにほとほと困っています。竜達が威嚇するようになってから2月ほど鉱山は閉鎖状態です。鉱山の麓にある村は死活問題です」
淡々と語るエリオスの目の前で少し行儀悪く朝食の野菜スープをずずっと飲み干した那留がおかわりをエドに要求する。
「人……いや獣人だっけ?そっちからみると大変だが、竜にも竜の都合があるからなぁ。別にこの世界は人族のためにあるわけじゃないんだ」
珍しく真面目に答える那留に千夏もそうだよねと頷く。
――――もしネバーランドで同じことが起きたら?
その竜と話して状況によっては鉱山をあきらめて別の糧で生活するしかないだろうなと千夏は思う。
「確かにおっしゃる通りなのでしょう。ですが領主が領民のことを思うとどうしても諦めきれないようでして……私にも彼の気持ちは痛いほどよくわかります。でもさすがに複数の竜に対抗するのは難しいですからね」
くだんの竜が出る鉱山の領主はエリオスの従兄にあたるそうなのだ。
竜が仲間にいる勇者パーティなら竜との対話が可能ではないかと考えたようだ。
「会ったことがない竜に会いに行く事自体は俺としては大歓迎だが、竜が鉱山を動くとは確約できないぞ?」
ぺろりと朝食を食べ終えたアルフォンスが少し考えたように答える。
「まぁ駄目元です。竜が鉱山に入るのを許可してくれれば儲けものですから」
エリオスは苦笑しながら答える。
「竜と話すだけなら別にその領主さんでもいいんじゃないの?」
移動をする手間を少し面倒と考えていた千夏が怪訝そうにエリオスに尋ねる。
「難しいだろうな。竜は自分と対等な人間か気を許した相手となら話はするだろうが、普通の人族は森の中にいるウサギや熊とたいして変わらないものとして見るからな。話しかけても返事をするかどうか……」
エリオスに代わりスープのおかわりをもらった竜の長老が答える。
「そうだね。俺が初めてオーエルさんに会ったときも一方的に向うから立ち去れと要求されただけで、こちらの話は聞いてくれなかったかも。それでもレオンがまだいたから多少は会話になった。レオンも初めて会ったときにタマがいたから、それに魔力の多い千夏がいたからこっちの話を聞いてくれたものね。竜がいるかいないかでやっぱり違うと思う」
リルはもぎゅもぎゅと両手でパンを頬張るタマと優雅だが止まらないスプーン捌きを続けるレオンをちらりと眺める。
リルの発言で初めてエリオスはタマとレオンが竜であることを知り、穴が開くほど二匹を驚いたように眺める。本当はもう一匹更に大きいのがいるのだが、話が面倒になるので千夏は黙っておくことにした。
問題の鉱山へは転移を使えば一日で行ける距離であること、竜達の目的を話をして聞き出して欲しいだけで、戦闘を強要するわけではないこと。
アルフォンスが行く気満々であるし、それならばと千夏は重い腰を上げることにした。
「なんかタータ達がいた町を思い出すな」
エリオスが用意した転移が使える魔法使いに連れられてきた鉱山の麓の村は小さく、人通りもまばらだった。普段は鉱山へ向かう鉱夫達で賑わうこの村もここ数か月突然現れた竜のせいでひっそりとしていた。
つい先程まで活気がある水の街マハドにいたためその差が余計に感じられる。
「竜騒ぎで仕事になりゃしないんで酒場でくだを巻いてるか、家でふて寝している奴が多いんですよ」
アルフォンスの呟きに鉱山までの案内人であるこの村の村長である狐系の獣人が顔をしかめる。
「それであんたたちはSランクの冒険者かい?」
胡乱気に村長がアルフォンスやセレナの身なりを見て尋ねる。
「違うの」
セレナが短くそう答えると村長はがっくりと肩を落とす。
アルフォンス達の若さから違うであろうことは村長も判っていたが、わずかな望みが消えて少しぱさついた大きな尻尾も力なくだらりと下がる。
「Sランクじゃないのに竜に挑むつもりかい?かえって竜を怒らせるだけだったら被害が大きくなる。帰ってくれないか?」
疲れたように頭を振りながら村長は言う。
「勘違いするな。戦うつもりはない。話にいくだけだ」
きっぱりとレオンが村長に答える。
「話しだって?竜と?」
驚く村長に転移で千夏達を連れて来た魔法使いが鉱山への道を再度尋ねる。渋々村長は鉱山への道を案内し始めた。村から鉱山へ続く山道は馬車がすれ違えるだけの広さがあり、村長は久しぶりに鉱山用の馬車を納屋から引きずり出してくる。
アルフォンスが持っている6人用の馬車より大きく、座り心地はいまいちだが20人は乗り込める馬車だった。竜が出たら馬車で先にひとりで戻っていいという条件で村長は不機嫌そうに馬車を走らせる。
「全部で3匹いるね」
千夏は箱馬車の窓から顔を出し、登っていく山を眺める。
「でしゅ。一匹はタマより小さいでしゅ」
同じく窓から身を乗り出して外を眺めるタマの言葉に一同はピンとくる。
「なるほど、幼竜がいるのですか」
「それじゃあ、人払いするわな」
エドと那留が納得したように頷く。
しばらく馬車が進むとすっぽりと馬車を覆うように大きな影が上空に現れる。
「出たっ!」
村長は手綱を引き馬を止め、進行方向をかえようと必死に手を動かす。
その隙に千夏達は馬車から飛び降り、空に浮かぶ大きな竜を見上げた。
『山に入るなと何度警告すれば判るのだ!』
キラキラと日の光に反射するのは翡翠のように煌めく鱗。額から突き出る大きな角は乳白色で鈍い光を放っていた。竜の発する言葉は怒気が籠っており、忌々しそうに黒い大きな瞳は千夏達を睨み付ける。
「えーっと、そうだ。アイルだろ?」
空に浮かぶ風竜に向かって那留はよぉと手を上げる。
『何故に我が名を知っている!』
アイルと呼ばれた風竜は訝し気に那留をじっと見つめる。
既に村長は馬車を飛ばして村に向かって激走中だ。周りにはパーティ以外の誰もいないことを確認してから、那留は竜に戻る。
2台の馬車がすれ違う程のしか道はないので、那留の巨体によって左右の木々がベキベキと手折られていく。那留の近くにいたアルフォンスやセレナは那留がもとに戻り始めると慌ててそこから飛び離れる。千夏はエドに、リルはレオンに担がれてその場から飛び離れていた。
「ちょっと戻るなら戻るっていってよ!」
エドの背中に荷物背負いされた千夏が那留に向かって怒鳴る。
「おお、わりぃ」
悪気がなさそうな呑気な声で巨大な闇竜は答える。
『……ガーシャ様?』
那留よりも二回りは小さい風竜はゆっくりと下降してくる。
「おうよ、元気か?」
那留はにんまりと笑った。
「ニュー、ニュー」
小さな竜が見たことがない人々が気になったのか首を傾げてこちらを見て鳴く。
「可愛いでしゅ」
タマはとてとてと生まれたての幼竜に近寄り、恐る恐るその体に触れる。
幼竜はくんくんとタマの匂いを嗅いでから「ニュー?」と一声鳴く。
「タマの生まれた頃を思い出すね」
千夏は幼竜とタマの姿を見てほっこりと笑う。
タマと幼竜の傍でうろうろとアルフォンスがうろつく。ちらりと何度もアルフォンスは那留の方を期待の籠った目を送る。
「触らせてやってもいいか?」
那留はアルフォンスの視線に根負けしたようで、母親の水竜に尋ねる。
「ガーシャ様が信用なさっている人なら特別です」
水竜の許可を聞いた瞬間にアルフォンスはぱっと幼竜に近寄ると、嬉しそうにその体を抱き上げる。
「おお、何て愛らしいのだ。角は薄い水色なんだな。お、爪の形が微妙にタマと違う」
だらしなくデレデレと顔を崩してアルフォンスは抱き上げた幼竜を見つめる。
「アル、タマにも抱っこさせて欲しいでしゅ」
アルフォンスが頭上高くに幼竜を持ち上げているので、タマは幼竜に向かって手を伸ばしぴょんぴょんと飛び跳ねる。だが幼竜に夢中になっているアルフォンスには聞こえていないようだ。すかさずエドがアルフォンスの後頭部に手刀を叩き込む。
「痛いぞ、エド!」
幼竜を持った手を下げたアルフォンスの隙を狙いタマはさっと幼竜をアルフォンスの腕から奪い取る。
「ちーちゃん、食べ物が欲しいでしゅ」
タマは千夏から魚を受け取ると、幼竜を地面に置き餌付けを始める。コムギも自分より小さい幼竜に興味があるようで、傍に寄りじっと食べ物を食べる姿を眺めている。
「しかし、200年ぶりくらいか?いつのまに美人の嫁さんもらってたんだ」
那留はすでに人に変化しており、傍らにいる風竜を見上げる。
「そのくらい経ったかな。ガーシャ様は何か若返っているから最初気が付かなかったですよ」
最初に聞いた恐ろしい声とは打って変わった陽気な声で風竜は答える。もともと風竜は陽気な性格の竜が多い。逆に落ち着いた性格が多い水竜は静かに自分の子供とその傍らで俯けで地面に寝そべりながら嬉しそうに自分の子供を見つめているタマを眺める。
「あの子の親は一緒にいないのですか?まだ子供なのに」
水竜が不思議そうに首を傾げると那留は千夏を指さして「親はそこにいる」と簡単に告げる。
「人が親ですか?」
「本当の親はタロスとフィーアだ。覚えているだろう?育ての親はここにいる千夏だ」
那留に紹介されて千夏は竜の夫婦に向かって軽く頭を下げる。
そう言われれば確かにタマの気と千夏の気が似ていることに気が付いた風竜は「そんな事もあるんだな」と那留の説明を聞きながら納得する。
アルフォンスはエドから肉をねだり、幼竜に食べ物を与えている。自分があげる食べ物がなくなり、アルフォンスに幼竜をとられたタマがまた千夏に食べ物が欲しいとねだる。
そんな中レオンはじっと幼竜を大人しく見つめている。幼竜は彼が初めて出会った自分と同じ混血竜だった。
「あの子が大きくなるまで、ここで暮らすのか?ここには鉱山があって、人は諦めないぞ。そのうち討伐隊が組まれるかもしれない」
那留の言葉に風竜は黙り込む。
「竜の谷のほうが安全なのは判っているです。でもこの子を抱えて長距離で移動するのは私たちだけでは不安なんです」
代わりに水竜が那留の問いに答える。
一匹が子供を抱えるために人の姿をとり、もう一匹の背に乗ると空中で襲われた場合に対応が難しい。
食べ物を与えたからなのか、幼竜はとてとてとアルフォンスの後について歩き出す。初めて竜に好感を持たれたアルフォンスは更にエドから食べ物をねだり、嬉しそうに「見ろ、エド!」と何度も幼竜を抱き上げる。
「アル、ずるいでしゅ!」
「クゥー!」
タマはまたもぴょんぴょんと飛び上がり、コムギはアルフォンスの足をガリガリと引っ掻く。
ちょっぴりアルフォンスの足から血が出たのでリルがヒールをかける。だがアルフォンス自体は有頂天になっているので、あまり痛みを感じなかったようだ。
「俺たちが守ってやるよ。それに子供は子供と一緒にいたほうがいい。竜の谷にも一匹ちっこいのがいるしな。といってもすぐに帰れないんだよな。お前も一緒に人の街に行くか?」
「ここにいる人達が竜にとって敵でないことは判ります。でも他の人は信用できません」
那留の言葉にきっぱりと風竜が言い切る。
「竜が5匹もいるんだぜ?千夏もいるし、ああ見えても他の奴らもそれなりに腕は立つ。普通に一国でさえせめ落とせるだけの戦力はある。ここにいるより安全だと思うけどな。それにあの幼竜もずっと人の世界で生きてきてるんだぜ?」
風竜と水竜はじっとタマを見た後互いに顔を見合わす。
「……一晩考えさせて下さい」
風竜の言葉に那留は頷いた。
評価とご感想ありがとうございます。
よくよく考えるとフルール村にいる竜だけで中央大陸を制覇することが出来るんですね。恐ろしい……。面倒だからやらないけど。




