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それぞれの新年

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

薄暗い空にゆっくりと朝日が昇り始める。

太郎はいつもより早めに起きてただひとり畑に立って、登りゆく太陽をじっと見つめている。

『朝がきたぁ~』

雪の下に閉じ込められている寒さに強い畑の作物達が歌うかのように一斉に騒ぎ始める。


「あけましておめでとう」

賑やかな植物達に太郎は声をかける。その声はいつもと同じ穏やかな声だったが、声の響きが異なる。

『あけましておめでとう?』

聞き返す彼らに太郎はのほほんと笑い返す。

「新しい年になったんだよ。初日の出をみるのは何年ぶりだろう」


思い返せば去年は怒涛の一年だった。田舎の農業を継ぐために沢山勉強し、会社も辞めた。

なんの因果か電車の脱線事故に巻き込まれて見ず知らずの世界まで飛ばされもしたが、概ね太郎は満足している。やりたかった農夫になれたし、移住先のフルール村の村人達は働き者でいい人ばかりだ。彼らは異邦人である太郎に家族のように接してくる。


「太郎さ、もう畑仕事だべ? 早いのぅ」

「おはよう、太郎さ。精が出るのぅ。寒かろう、暖けぇお茶でも飲まんかい?」

畑に家が一番近いハインツ一家が太郎を見つけて声をかけてくる。

この村は特に新年を迎えたからといって何か変わることはしない。いつもの朝と同じだ。

太郎はありがたくお茶をもらいにハインツ一家の小さな家に向かって歩き出した。





ハマールの王宮は新年の挨拶に訪れる貴族たちが詰めかけ、侍従や侍女がその対応に大わらわだった。

控室へ集まる貴族たちをもてなし、また地方から来た貴族の要望に応えて王宮を案内する。

王都の上空には数多くのワイバーンに乗った竜騎士が集い、鋭く目を光らせている。

午後になると謁見の間に集められた貴族たちの前に立ったハマール王は諸侯にざっと目を配り、新年の挨拶を始める。


「皆よく集まってくれた。昨年はいままでにない魔族の襲撃があり、今もなお隣国カガーンは魔族の支配下にある。今年の春には奴らは大攻勢を仕掛けて来るやもしれん、厳しい年になるだろう。だが我らは引くわけにはいかぬ。300年前の戦いと同様に必ずや魔族を撃退するのだ!」

王の激に応えるように貴族達は一斉にざっと波打つように頭を下げる。


「……長年、エッセルバッハと我が国は敵国であったが魔族に対抗するためにはそのこだわりを捨て、人族一丸となって対応する必要がある。皆いろいろ思うところがあるだろうが、全てを水に流せ。そして皇太子を中心にこの未曾有な危機を乗り切るのだ。皇太子、前へ」

王に呼ばれ、王座のすぐ横に立っていたクロームは一礼をして王の前に立ち跪く。


「汝を48代ハマール国王に任命する。国王として必ずやこの危機を乗り越えるのだ」

突然の譲位に驚いたクロームは、一瞬遅れて返事をする。今朝までこんな話はなかったのだ。

「はっ。必ずや、ハマール王国を守ってみせます」

深々と頭を下げクロームがそう答えた瞬間、貴族達から「新国王バンザイ!」と次々に声が上がる。


多くの貴族が喝采を上げる中、クロームの腹心である政務次官は苦笑する。

クロームは皇太子だ。いずれは王位につくとは思っていたが、完全にクロームに丸投げして退位した王には呆れてものが言えない。

王が変われば内閣も変わる。春までの間にしっかりとした新王の基盤を作らねばならない。

本来は戴冠式などを執り行わなければならないのであるが、そんなことを悠長にやっている暇はない。


クロームは立ち上がり、貴族達に向かって振り返る。

その顔は厳しく、笑みなど一切ない。

「……お母様」

母親のドレスをぎゅっと握りしめて幼いジークが困惑した小さな声を上げる。

王妃となった彼女は息子の小さな体をぎゅっと抱きしめた。





その頃千夏はスプーンをせわしなく動かし、最後の一口を口に納める。

「おかわり!」

空になった皿をさっと千夏が差し出すと、隣で同じく小さな口にシーフードカレーを詰め込んでいたタマも真似して皿を差し出す。

新年で慌ただしいためこの海の街マハドの領主と面会できなかった彼らは、新年イベントとして催されていた大食い大会に出場していた。


「見ているだけでおなかがいっぱいになるの」

予選会は大盛りのシーフードカレーだった。セレナはおかわりとして運ばれてきた山盛りのカレーを見てげんなりとする。普通の量の2倍の大きさのカレーを千夏はすでに8皿目を食べ終えている。

「いいじゃないですか、食費が抑えられて」

会計係を兼任しているエドは一番前の観客席を確保しているアルフォンス達にお茶を渡す。

竜が3匹もいて、狩りに行けないとなると食費が膨大にかかる。竜も多少は食いだめができるらしいので、食べれるだけここで食べてもらったほうが出費が少なくなる。


大食い大会には竜3匹と千夏がエントリーしている。参加費がひとり金貨一枚と割高だったが、本選までの食事量を考えると安い。更に優勝すれば金貨20枚が手に入るのだ。

賭け事屋も開かれており、アルフォンスは竜にかけるべきか千夏にかけるべきか悩んだくらいだ。


「エッセルバッハでも大食い大会が開かれるけど、こっちは新年に行われるんだね」

街で配っていた大食い大会のちらしをリルはじっと眺める。

予選が今日の昼までで、昼まで沢山食べた人のうち上位10名が本選に進むことが出来る。

本選は予選と違い食べれる種類が多いそうだ。本選は予選が終わった3時間後に開かれる。

本選を意識して予選で食べる量を調節している者が多いが、千夏や竜達はマイペースでもくもくと食べ続けている。


「あの坊主凄いな。自分の体重の半分くらい食ってないか?」

並み居る巨漢の海の男たちにまじって幼児であるタマも負けずにずっともぐもぐとカレーを口に入れていく。小さな体のどこに大量のカレーが収まっていくのかが不思議でたまらない。

あれでは本選に進めたとしても、とても優勝は出来ないだろうと大方の予想でタマのオッズはかなり高い。


予選での結果は那留、レオン、タマが1位から3位を占めて、千夏が4位だった。

あまり味を頓着しない竜のほうが同じものを食べ続けても苦にならなかった。千夏は途中からシーフードカレーに飽きてきていたようだ。美味しくてもさすがに10皿、20人分を食べれば千夏ですら飽きるらしい。


「新年そうそうおなかいっぱいご飯が食べれるって幸せだよね」

「そうだな。俺としてはもちも食いたいな。売ってないのかな」

本選が始まるまでの休憩時間として戻ってきた千夏と那留がおもち談義に花を咲かせている。

リルはタオルでタマの口を拭いてあげている。カレーで口の周りがべったりだったのだ。


「クゥー!」

一緒に大食い大会に出られなかったコムギが空腹を訴える。

「ちーちゃん、コムギがお腹が空いたといってるでしゅよ」

レオンはかりかりとタマの足を軽くひっかいているコムギをひょいと抱き上げる。

「魚がいいそうだ。あそこの屋台の焼き魚にするか」

「カレーじゃなきゃ、なんでもいいの」

千夏達のたべっぷりに若干胸焼けしたセレナが答える。


その屋台では魚をバターをつけて焼いたお店らしく、魚の焼ける匂いとバターの香りが食欲をそそる。

千夏は屋台で焼き魚を2匹買い、一匹をコムギに分け与える。もう一匹を千夏はかぶりつく。魚の白身がほっこりとしていて身に馴染んだバターが味をまろやかにしていてとても美味しい。

「美味しいよ」

一口齧った魚をタマに渡し千夏はにっこりと笑う。タマもはふはふと一口齧ると、魚をレオンに渡す。

美味しいものはみんなで分け与えて食べるのだ。


「げ。本選前に食ってるぞ、あいつら」

「どんな胃袋してやがるんだ。ありゃあ、本選はやばいな」

予選上位で勝ち上がった千夏達のリサーチに来ていた人々が驚いたように声を上げる。

本選の一時間前までが掛札の締め切りだ。そういう意味では千夏達は今注目の的だった。


コムギがお腹を満たした後はこの周辺にある店を暇つぶしに覗いていく。

食べ物や小間物は小舟の露店で、きちんとした建物のお店は洋服屋や武器屋などだった。


特に洋服屋ではセレナが歓喜の声を上げる。中央大陸とは異なりフローレンシア大陸は獣人の比重が人族よりも多い。いままではわざわざヒューマン用の服に尻尾用の穴をあけてきていたが、獣人向けの服がたくさん置いてある。

リルも何着かズボンを試しにはいて気に入ったものを購入した。


レオンも洋服屋を見回し、いろいろな服を手にとっている。さすがにエドと違い、いい加減フロックコート姿に飽きたようだ。

店員の若い女の子が端正な顔立ちのレオンに見とれながら、今年の流行の服をひとつひとつ手にとって見せてくれる。


「領主も獣人らしいですよ」

昨日ギルド経由で無事を報告したおりに、セラからこの国の簡単な情報をもらったエドが答える。

中央大陸では獣人が高い地位につくことが滅多にない。差別ではなく、単純に人族のほうがはるかに多いからだ。


目移りしてなかなか決められないセレナをしばらく見学していたが、そろそろ大食い大会の本選が始まりそうだ。

「さぁ、午後も食べるぞ!」

千夏はセレナをエドたちに任せて、タマの手を引いて中央広場に戻った。

評価とご感想ありがとうございます。


新春大食い大会です。

今年も千夏は食道楽の一年になりそうです。

さて、誰が優勝するのでしょうか?

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