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リリィ

説明回です。

――――失敗は成功の母。

有名な発明家が残したといわれている名言だったような気がする。千夏は海へ向けて失速中の那留の背中でぼんやりそんなことを考えていた。

慌ただしく竜達が翼をはためかせて海面落下を回避する。


「危なかったでしゅ」

危うく墜落しそうになったタマは何とかそれを回避してレオンと那留の横へと並ぶ。

見渡す限り広々と青い海。波を渡って吹く風はやや暖かい。思いっきり厚着をしていた千夏は若干暑さを感じる。どうやらネバーランドより南側へとたどり着いたようだ。


「やっぱ失敗だな。」

那留が全員無事であることを確認してからぽつりと呟く。本来であれば転移石でエッセルバッハの国境近くに出るはずだった。多少転移先がずれてエッセルバッハの近くの海上に出たのであれば風は冷たいはずだ。どうみても大失敗といえよう。


「ここはどこなんだ?」

レオンの背に乗っているアルフォンスがキョロキョロと周りを見回しながら訪ねるが、答えを持っているものは誰もいない。

試しに千夏はエッセルバッハとネバーランドに向かって転移を試してみるが、魔法は不発で終わる。遠話の腕輪もエドが試してみたが、パーティメンバとは話せるもののセラとクロームに通じない。南国諸島では遠話は通じていたのでそれよりも遠い場所にいることだけが判っただけだった。


だが落胆するものはいなかった。今回は全員で来ているのだ。食料も十分に積んであるし、竜達もいる。

不安を感じている者は誰一人いない。


「あっちに人の気があるかな?」

大分気を読むのがスムーズになった千夏がとある一点を指さして答える。

「移動するか。何にか美味いものがあればいいな」

那留は千夏が指した方向に向け翼をはためかせる。


『ちょっと待って! 行かないで!』

移動しようとする千夏達に向かって少し慌てたような可愛らしい声がかけられる。

竜達は移動をやめてその場に止まり、声の主を探すように注意深くと周りを観察する。変化はあった。目の前の海面が小さな渦を巻き、そこから4対の翼を持つ少女が勢いよく飛び出して来たのだ。


彼女は波打つ銀髪に深い青い瞳をした美しい少女で淡いブルーのドレスを着ている。

はて、どこかで会ったような……。誰だっけ?

ぼんやりと千夏は空中に浮かんだ少女をじっくりと眺める。


「――――水の妖精王だよ」

千夏の表情を読み取ったリルがこっそりと千夏に耳打ちする。

それが聞こえていたらしく少女はすっかり忘れていた千夏を少し呆れたような眼差しで見つめる。

『リリィよ。お久しぶりね』

「あ、うん。お久しぶり」

彼女に出会った後に千夏はハマールにいったりネバーランドをもらったりの怒涛の毎日を過ごしていたのだ。ちょっぴり忘れてたとしてもしょうがないと千夏はへらりと笑う。


『ところであなた達、今忙しい? 忙しくないなら私のお願いを聞いて欲しいの』

リリィは真剣に千夏を見つめ可愛らしい口を開いた。




南国諸島を越え、さらに南へと進むと南大陸と呼ばれる中央大陸より一回り小さいフローレンシア大陸に突き当たる。現在千夏達がいる島はそのフローレンシア大陸に近い小さな島だった。

小さいといってもネバーランドよりは広く、島の住民は20万人超えた海上貿易拠点のひとつだ。


千夏達はリリィのお願いを聞いた後、この島の近くまで竜達に運ばれた。

竜のままで島に上陸すると大事になりそうだったので、島に近づいてからは海の中を歩いてきた。

初めての海水散歩に那留は大層ご満悦だった。同じく初めてのレオンも海の中の生き物を指し示しエドに「あれは何だ」とひとつひとつ質問しては知識を深めていく。

色とりどりの魚の群れが泳ぐ綺麗な海を全員が堪能し、港に着くとそのまま船着き場をよじ登った。

完全に怪しい集団である。


すぐに港を警備していた兵達に周りを取り囲まれたが、彼らの待機事務所で犯罪歴がないことをマジックアイテムで確認されたあと無罪放免となる。

「しかし、よく船が壊されて無事だったな。疲れているだろう、ゆっくり休んでいけよ」

最後には兵から優しい声までかけてもらったが、正直者のリルは少々居心地の悪さを感じていた。


「しかしすげーな。本当に海の中の街だな、これは」

島の中を無数に走る水路を行きかう小さな船を那留はじっくりと眺める。

『この島は海抜が低い島なのよ。だから海水が島の至る処に入り込んでいてね。海の上に街があるようなものね。完全な陸地となっているところは領主の館があるあの山の上くらいね。水場もそこにあるわ』

一緒についてきたリリィは体の大きさを変えて千夏の肩にちょこんと腰かけ、簡単に街の説明をする。


昔映画で見たヴェネチアほど近代的ではないが、それに近い街並みに千夏も目を奪われる。

普段ならメインストリートに並ぶ露店街が水路に開かれ、それぞれ浮かべた小舟にたくさんの果物や小間物が所狭しと並べられている。買い物客も小舟を使って必要な店に船を漕いでは近寄り、品物を仕入れて離れていく。


「とりあえず、ギルドに行って居場所の確認と報告を行いましょう。あそこの船着き場の船に乗れば連れて行ってくれるそうですよ」

しっかりギルドへの行き方を兵士から聞いてきたエドに続いて港から内地用の船着き場へと一行は向かう。ゴンドラのような小さな船が何艘か船着き場で待機して客待ちをしているようだ。


「冒険者ギルドまでお願いします。中央大陸の貨幣しか持っていないのですが、大丈夫ですか?」

麦わら帽子をかぶった小舟の持ち主にエドは話しかける。

海に焼けた浅黒い肌をした彼はちらりと千夏達を眺めて、後ろに船をつけていた別の男にも声をかける。

どうやら一艘に全員乗れないので、分乗させる手筈を整えてくれているらしい。


「半分ずつに分かれて乗りな。料金は中央大陸の貨幣だったら一隻銀貨3枚もらう。両替する手間がかかるので割高になるがいいか?」

千夏は少し高いなと感じたが、エドはそれで了承する。他にお金がないのだ。ギルドにいって換金するまでは仕方がない。


先に船に乗り込んだレオンがタマを抱きかかえ船の上に下ろす。千夏も一人では降りれなかったので、レオンが抱えてくれた。小舟はやはり水の上というだけあって安定しておらずぐらぐらと揺れる。ギルドまでどのくらいの距離なのか判らないが、船に酔う前について欲しいと千夏は切実に思った。


軽快に小舟は水路を移動していく。タマは小舟から水路に手を伸ばし、楽しそうにぱしゃぱしゃと海水を手ですくっては捨てを繰り返している。

「坊主、あんまり身を乗り出すと落ちるぜ」

船頭に軽く注意をされるとタマは素直に「はいでしゅ」と手を引っ込める。

ギルドまでの所要時間はだいたい10分程だった。微妙に気持ち悪くなった千夏はさっさと小舟からギルド前の船着き場へと降りる。この島にしばらくいるのであれば酔い止め薬が必須のようだ。


ギルドは昼を少し過ぎたくらいの時間だったので、それほど人は多くなかった。少し酔った千夏を併設の食堂で休ませセレナとリルそしてエドが窓口へと並ぶ。


「しかしこの島に本当にその石があるのか?」

食堂で頼んだお茶を口にしながらレオンが気難しそうにぽつりと呟く。

『石の波動はこの島を指し示している。水気のないところに置かれているらしくて詳細な場所までは特定できないの』

リリィはぐったりとテーブルに顔を伏せている千夏の頭の上にちょこんと腰かけてレオンの疑問に答える。


リリィのお願いとは海底の穴を塞いでいた要石の探索および奪還だった。

彼女の話ではこの南海の海底には海水が噴き出す穴が2か所あるそうだ。それらの穴の周辺にはサンゴ礁が群生し、ひっそりとその穴の蓋をしている要石を取り囲むようにサンゴ礁が覆い隠している。

普段は水の妖精王であるリリィが監視していたのだが、数か月前に風の妖精王が住む森まで出かけたときに誰かに持ち去ってしまった。要石を守っていたサンゴ礁はズタズタに壊されていた。


要石がないと一定量を保っている海水が徐々に溢れていき、最後にはこの世界が全て海水で水没する大惨事となる。リリィは海の中に住む魚たちから聞き取り調査をしてどうやら人が持ち去り、この島のほうに向かったということまでを掴んだのだが、そこから先が難航していた。

妖精を殆どの人が見ることができない。人を使って探すことが出来ないのだ。


リリィに出来る最後の手段はこの島を全て水没させることだ。すぐに石のありかが判るし、水の中ではリリィに勝てるものはいない。すぐに石は取り返せるだろう。

大陸全土を水没させるよりもこの島だけの犠牲で済むが出来るなら手を出したくはない。盗んだ人間だけではなくこの島に住む関係ない人々までが死ぬことになる。

そんなときに風の妖精王の住む森で出会った千夏達がこの地にやってきた。藁をも掴む気持ちでリリィは千夏達を頼ることにしたのだ。


「土地勘がない俺たちだけでこの街を探すのは難しい。やはり領主に会って協力してもらったほうがいいな」

アルフォンスはちらりとまだ復活しない千夏を眺める。

領主と交渉するとなると一国家の代表である千夏が一番適任ではある。若干不安ではあるが。

どっちにしろ入国手続きをしたときに千夏がネバーランドの王であることはばれているし、兵士達がこの島の領主に伝えているはずだ。


「ん?この匂い!」

今までテーブルに顔を突っ伏していた千夏ががばりと顔を起す。

この食堂でほのかに匂う甘ったるい匂い。

「お待たせ。黒茶です」

店員がさっと那留の前に黒い液体が入ったティーカップを置く。千夏は目の前の那留の頼んだ黒茶の匂いをくんくんと匂いを嗅ぎ、店員に急いで自分も同じものが欲しいことを伝える。


「やっぱりチョコレートだっ!」

一口運ばれてきた暖かい黒い液体を口に含んだ千夏は嬉しそうに笑う。

まぁこれだけ元気なら大丈夫かな。

アルフォンスはタマとコムギに黒茶を分け与えている千夏を見て笑った。

評価とご感想ありがとうございます。


水の街に水の妖精王です。

火の妖精王とどちらにすべきか悩んだのですが、彼はまだ出番ではなかったようです。

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