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幸運の木

「逃げたぞ、追えぇぇぇ!」

アルフォンスの叫び声にざっと竜達が横に展開し、一斉に逃げ出した木の逃走範囲を狭めようと包囲網を敷く。

「今度は逃がさないでしゅ!」

タマもアルフォンスと並んで狭い森の中をひょいひょいと逃げ回る黄金の葉を揺らす幸運の木(ラッキーツリー)を追いかける。

千夏はというと空に浮かんだレオンの背に乗り、逃げ惑うターゲットに向かって足止めのフリーズの魔法を時折打ち放つが、正直もう面倒になってきているのでその動きは緩慢だ。


地竜が軽快に逃げていくラッキーツリーの前方に土魔法を使って高さ5メートルにもなる土壁を作り出す。

「!!」

ラッキーツリーは自身の枝をぐいっと左側の地面に突き刺し、それを起点に反動をつかってスピードを殺さずに右へと飛んで囲まれる前に素早く逃げていく。

「木の魔物ってあんなに素早いものなの?」

まだまだ続きそうな追いかけっこに思わず千夏はぼやいた。


「そうでもない。ほらトレント達は動きは遅く一撃で倒されているだろう?」

レオンはラッキーツリーの逃走を手伝うかのように現れるトレントと呼ばれる枯れ木の魔物を長い首を動かし指し示す。実際はラッキーツリーが逃げるためにわざとトレントが生息する領域に飛び込んでいるだけで、互いの因果関係はない。


トレントは冬の森にふさわしいカサカサに乾燥した木の魔物で全員で追いかけているラッキーツリーよりも小柄で全長2メートル程で枝には葉は一枚もなく、どちらかというと動きが緩慢だ。

行く手をトレントに遮られたセレナは邪魔だとばかりに走りながら抜き去った剣でばっさりとトレントを一撃で倒し、そのままトレントを蹴り倒して進んでいく。


ラッキーツリーとはこの世界にある幸運の木と呼ばれる全長3メートルの小柄な木だ。

太郎が植物達から聞いてくれた話だが、月夜の晩にその木にお願いすると願いを叶えてくれることもあるそうだ。といってもかなり確率が低いらしく「運がよかったらね」と彼らは口にする。

千夏は縁起担ぎとしてその木をクリスマスツリーにするために、太郎経由で植物たちに案内してもらい、エッセルバッハの西南にあるこの森を訪れた。


その木は意外と簡単に見つかった。

冬のため枯れ木に覆われた森の中でつやつやと光るなめらかな幹に、ワサワサと生い茂る葉は紅葉のせいなのか赤みがかかった金色に輝いていた。

「綺麗でしゅ」

タマはうっとりと幸運の木を見上げる。

「どうするんだ?切り倒すには勿体ない気もするな」

アルフォンスが太い幹をパンと叩いて千夏に尋ねる。


その瞬間微動だにしなかった幸運の木付近の地面が揺れ始める。

「何?」

リルは近くの木にしがみつく。

幸運の木の根がぼこりぼこりと地面から突出てくる。全ての根が地上にむき出しとなると器用に木は立ち上がるとスタコラと逃げ出したのだ。

茫然とそれを眺める千夏達に向かって一度ラッキーツリーはくるりと向きを変えると、ワサワサと枝を揺らし飛び跳ねる。

「……『捕まえてごらんなさい』だって」

太郎は苦笑しながらラッキーツリーの言葉を千夏達に伝える。


「上等だ、その挑戦受けてやろう」

アルフォンスは不敵に笑いながらびしっと幸運の木を指さした後、猛然と幸運の木を追いかけ始める。

「追いかけっこでしゅね。負けないでしゅよ」

タマとコムギも真剣に逃げはじめるラッキーツリーを追いかけはじめた。


結局全員で一時間程追いかけたのだが、森の中は木々や草などの障害が多くその中を柔軟に逃げ回られると手も足も出なかった。森を破壊するつもりで竜となって木々を蹴散らして追いかければなんとか捕まえられるかもしれないが、さすがにそれはためらわれる。


『100年早いわ』という幸運の木の捨て台詞を太郎から聞かされ、アルフォンスやタマが歯噛みする。

7人と1匹では全方位をカバーできないので千夏はあきらめて、アルフォンスやタマは再チャレンジするために一度ネバーランドに戻った。


「まだやるの?別に他の木でもいいんだけど」

魔女の城の食堂で那留を引き込んで作戦を練っているアルフォンスに千夏は面倒くさそうに声をかける。

「意地でも捕まえる」

アルフォンスは短く答える。

このままあの木に馬鹿にされたまま引き下がることはできない。


「願いが叶う木なんでしゅよね?タマは必ず捕まえるでしゅ」

タマもやる気満々だ。

必ず願いが叶うわけじゃないんだよ?と念のために千夏は付け加えるが二人共聞いていないようである。

「一度言い出したら聞きませんから、言うだけ無駄ですよ」

エドが食後のお茶を差してくる。


「訓練にはなるの」

エドからお茶を受け取りセレナはカサカサともの凄いで逃げていくラッキーツリーを思い出し、眉をしかめる。

巨体の割には敏捷度が高く、その動きは自由自在だった。

普段から訓練で敏捷を上げているのに追いつけなかった。

セレナは次こそは捕まえると闘志を燃やす。


「俺はあの速さにはついていけないからね」

はぁとリルは溜息をつく。

二度目のラッキーツリー捕獲作戦でも最初の敏捷度アップの魔法をかけるくらいしかリルは出番はなさそうだ。

「私も早く走れないからついていけないよ。どうやら村にいる竜を全部集めていくみたいだから一緒におとなしく見学していようね」

千夏は頭をぽりぽりとかくとエドが淹れたお茶をずずっとすする。


隣のテーブルではアルフォンスと那留を中心に久々の面白そうな狩りに竜達が集まっている。彼らは修行で走り回っているアルフォンスをよく見かけているので、そのアルフォンスですら追いつけなかった幸運の木に興味を持ったようだ。

さまざまな足止め案をまとめ戦列を確認している。


ということで冒頭に戻る。

25匹の竜とアルフォンスとセレナ、そしてタマとコムギ。総勢29匹(?)の果敢な猛攻の中それでも逃げていく幸せの木はなかなか侮れない。

華麗に突撃してきた竜をさっと避けて『60年早いわ』とごちる幸福の木に太郎は「40年下がった?」と千夏の隣で呟く。

竜達は互いに念話を使って少しずつではあるがすばしっこい幸福の木を包囲網の中に追い込んでいく。


追い詰められて焦ったのか幸運の木は最後の望みの綱となる巨大トレントの頭上へとぴょんと飛び跳ねる。

「シュワァァァァァァ!」

眠っていた巨大トレントは幸運の木に起こされ、巨大な体を震わす。

全長30メートル。幅が10メートルにもなる巨大トレントは集まってきた竜達を威嚇し、闇魔法の魔力奪取(エナジードレイン)を広域に発動させる。


「なめんなっ!」

那留は巨大トレントの闇魔法に対して自分も同じ魔法を重ね合わせる。

偉大な闇竜に対して闇魔法を使うとは片腹が痛い。徐々に那留の魔法がトレントの魔法を侵食していき、トレントの魔力をぐいぐいと吸い上げていく。魔力を那留に吸い上げられ、根本から徐々に灰色に染まっていく巨大トレントに向かってアルフォンスとセレナが躍りかかる。


ピシリと巨大トレントの体にヒビが入りトレントの上に載っていた幸運の木がずるりと落ちてくる。

「今でしゅ!」

タマはその隙を狙って落ちてくる幸運の木に合わせて飛び上がり、しっかりと太い枝を掴んだままと勢いでくるりと一回転する。

タマに捕まった幸運の木はジタバタともがくが、すぐに竜達が取り押さえるために次々と飛びかかって来たので、ぴたりと動くのを止める。


『無念……。仕方がないので願いを叶えてやるかもしれない?!』

幸福の木の呟きが唯一聞こえた太郎はその疑問形に思わずぷっと吹き出す。

太郎からそれを聞いた千夏は「ケチ臭いわ」と呆れていた。


願い事がどうのはまぁ置いておくとしてクリスマスツリーが手に入ったのだ。

早速村長の家の前の広場に千夏は幸福の木を倒れないように固定すると、裕子に買ってきてもらっていた小さな鈴をみんなと手分けしてせっせと飾り付ける。鈴はいろいろな色に塗り分けられており、なかなかカラフルな飾り付けとなった。

そして村長の出番である。


カンカンカン。

曲がったオタマでフライパンを叩きながら村長が村中を走り回る。

村人を全員集める方法を別の方法に変えようかと千夏が一度提案をしたことがあったのだが、村長にきっぱりと断られた。足腰が立つうちはこの役目を譲れないと。

村長が大変そうだから提案しただけであり、本人がそれでいいのであれば千夏は異論はない。


集まった村人達に千夏は少し細長い紙を配る。

「この木は幸福の木と言われている木だそうよ。みんなの願い事や欲しいものをひとつ書いて飾ってみよう。もしかしたら願い事が叶うかもしれないよ?」

千夏の言葉に村人達はキラキラと目を輝かせた。文字を書けないものが多く、千夏達が口頭で村人から願い事を聞き代わりに紙に記していく。


『髪飾りが欲しい』

『また王都に行ってみたい』

『新しいおたまが欲しい』

など素朴なお願いが殆どを占めた。


変わり種としては『竜になりたい』というアルフォンスのお願いと那留の『みそ汁が飲みたい』というお願いだろうか。

千夏とリルそしてエドはツリーに飾られたお願いをひとつひとつメモに落としていく。

クリスマスプレゼントの買い物リストを作るためだ。


『ちーちゃんがいっぱい長生きできますように』

タマとコムギの署名入りのお願いを見て千夏は微笑む。

魔物と人では生きる長さが異なる。出来るだけタマ達と一緒にいてあげたいが「いっぱい」とはどのくらいだろうか。

千夏は長寿の秘訣ってなんだったっけと頭をひねりながら、隣に重なるようにつけられた紙を手にとる。

一度じっくり読んでから千夏はちらりと紙を片手にメモをしているリルを見る。


リルは千夏の視線に気が付くと先程タマ達の願い事と一緒に結んだ自分の願い事がある場所に千夏が立っていることに気が付き、顔を赤くして俯く。

恥ずかしくてたまらないが、幸運の木が叶えてくれるかもしれないと思い心から願ったことなんだと、リルは自分を奮い立たせて顔を上げ続きの作業に取り組んでいく。

まだほんのりと頬が赤いのはご愛嬌だろう。


『チナツがいつでも笑顔でいられますように』

タマでもコムギでもないその願い事に千夏は少しだけ驚く。

だけどすぐにリルの赤い顔をみて千夏はくしゃりと顔を崩して笑った。


評価とご感想ありがとうございます。


味噌は発酵魔法でできるのですよね。千夏が気が付いてないだけで。

太郎辺りからアドバイスをもらって知るんでしょうね。

今回王都での買い物まで書けるかと思っていたら全然その手前で終わってしまいました。買い物辺りは飛ばすかもしれません。

幸福の木の低確率にヒットするのは誰なのでしょうか。誰もいなかったり?

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