ヴァーゼ侯爵からの贈り物
前回入りきらなかった部分とちょっとした説明回になっています。
空が闇に覆われ、夜空には青白く光る月と満天の星々が輝く。
日が落ちたフルール村はしんと静まり返り、時折カサカサと風に揺らされて草花が揺れる音だけがかすかに聞こえてくる。
ブルームーンが中天を照らし始めた頃、ゆっくりと月光草の花の蕾が花開いていく。夜露に濡れた白い花が月の光に輝く。まるで何かに弾けるようにと複数の白い蕾が開花する様を見守っていた者達は声を出さずにただ見守り続ける。
唯一月光草の開花に伴う美しい歌声を聞くことが出来た太郎は、ゆっくりと月光草達に近寄ると白い花を一つ摘み取る。花びらを散らさないようにと太郎は慎重な手つきで摘み取った花をすぐ後ろにいたリルへと渡す。
リルの黄金色に輝くふさふさとした大きな耳が月の光を浴びて暗い夜を照らす。
リルはしげしげと手渡された花を眺めた後、花を綺麗に乳鉢で丁寧にすりおろす。そして煎じた薬湯をタマへと差し出す。
タマはそれを受け取ると、口の中へと流し込む。とても甘いとタマは感じた。タマの中にしこりのように澱んでいた黒い呪いがぱちんと弾ける。その瞬間体中を気が巡りなんとも言えない解放感にタマはうっとりと目を閉じる。
リルは慎重にタマの状態を確認する魔法を唱え、タマの状態が正常であること確認すると満面の笑みをこぼす。
その笑顔を見てここに集まった者達も同様に笑顔となる。
千夏に手を引かれてタマが後ろに下がると大きな闇がのっそりと動く。その闇は夜に溶け込んだような漆黒の鱗を持った巨大な黒い竜であった。
黒い竜が短く歓喜の声を上げると、上空で見守っていた沢山の竜達がくるりと旋回する。
太郎は次の花を摘み取り、リルがその花を煎じて黒竜の目の前に掲げる。黒い竜は大きな口を開き、一口で月光草を煎じた薬湯を飲み込むと空へと舞っていく。
飛び上がった黒竜と入れ替わるように別の竜がゆっくりと太郎の前へ降りて来る。
竜達が全て降り立つと畑が台無しになってしまうため、太郎は入れ替わっていく竜達に月光草を与え続ける。まるで神秘的な儀式のようだとそれを見守っていた千夏は感じた。
ゆっくりと時間をかけ次に降りて来る竜がいなくなったところで、太郎は最後にもう一本花を摘みとりリルへと渡す。
最後にリルの前に立ったのはフロックコート姿のレオンだった。
レオンはリルから月光草入りの薬湯を受け取ると、じっとしばらく眺める。
――――これがあればとどれほど幼い頃に気が狂うほどに願ったことか。
レオンは知らず知らずにぼんやりと滲む視界の中、少し震える手で薬湯を口に入れる。
――――父様、母様。
口の中に甘い味が広がり、悲しみのあまりにすでに枯れ果てたと思っていた涙が止めどなく頬を伝う。
うっと嗚咽を上げ、蹲るようにしゃがみ込んだレオンの傍にタマがコムギが近寄り、タマはレオンのおなかにぎゅっとしがみつくように抱きしめる。コムギは鼻を鳴らしレオンの足元にすり寄り、千夏も黙ってレオンを背中から抱きしめる。リルもレオンに近づくとタマと一緒にレオンを優しく抱きしめた。
それは青い月が綺麗な夜の出来事だった。
「ううっ、寒っ!」
千夏はひゅぅと吹いてきた北風に首をすくめる。
一度カガーンへ戻り、事後処理を終えて千夏達はネバーランドへと戻ってきた。
これから雪が降り積もる季節になるためフルール村の住人は雪籠りに向けて着々と準備を進めている。
そんな中ヴァーゼ侯爵からの贈り物である獣魔と数台の荷車が届けられた。
テレストスと呼ばれる牡鹿のような巨躯の従魔は暑さにも寒さにも強い魔物が5匹とトールバードが3匹。従魔達は村の中にいる竜に怯え集団で固まっていたのだが、ついてきた従魔屋が千夏達と契約をすませるととたんに自然と寛ぎ始めた。
依頼主であるヴァーゼ侯爵から従魔たちが最悪竜達に怯えて使い物にならない場合があることを伝えられていた従魔屋はほっと胸をなでおろす。
「何か特殊な称号を領主様はお持ちですか? たぶん竜に関わるものだとおもいますけど」
従魔屋の質問に千夏は首から下げていたギルドカードを引っ張り出し確認する。
フルール村へ帰った時に更新されたカードには以前からあった「竜を導く者」とは別に「竜の友」という称号が増えていた。
千夏と同様に従魔契約をしたリルとセレナのカードも確認すると二人とも「竜の友」という称号がついている。更に念のために立ち会っていた村長にも確認してもらったところ同様の称号を持っていた。千夏は、フルール村に住む住人が全員がその称号を手にしたのではないかと推測する。
月光草の一件以来村に住み着いた竜の数がぐっと増えた。
竜達は自分達の脅威となる呪いの回避手段を無償で配ったこの村に感謝し、彼らもまた無償で村の手伝いをするようになったのだ。竜は義理堅い生き物だった。
従魔達は千夏達と契約したことにより竜が敵でないことをその称号により理解したということなのだろうか。千夏は称号を読み上げて従魔屋に尋ね返した。
「従魔は契約した主人の影響を受けます。たぶん問題なく普通に使えるでしょう」
従魔屋は千夏の称号を聞きにこやかに答える。竜に成獣が怯え使い物にならなかった場合を考え、一応従魔の卵も複数持ってきていたのだが、卵から孵って使えるようになるまでかなりの時間がかかる。成獣が使えるなら卵は必要はない。
従魔と従魔屋そして荷車を一緒に運んできた上級時空魔法使いは、何度もフルール村へ来ていた人物だった。彼は手慣れたようにニルソンに従魔用の小屋を設置を尋ねると、小屋をガーデンボックスの魔法を使って建てたあと、従魔屋を連れて帰って行った。
セレナは念願のトールバードを手に入れ、嬉しそうに何度もトールバードのふわふわな羽毛を撫で上げる。彼女がトールバードに名づけた名前は「ゼイン」。同じくトールバードを手に入れたリルの従魔は「コハク」という名前になった。
問題は千夏である。
テレストス5匹とトールバード1匹の計6匹の名前を決めるのに真剣に悩む。だが何も頭に浮かばない。
結局通りかかった太郎がテレストスに適当に名前をつけることになった。
「ハナコ」「ヨイチ」「テツ」「コタロウ」「ヨネコ」
田舎で飼っていた牛の名前である。
トールバードにまたがるセレナを先頭に荷車をつけたハナコ達を連れ、村人達はさっそく森へと出かけていく。雪に埋もれる前に大量に果物やキノコなどの森の恵みを確保する必要があるからだ。
森の獣に襲われないように念のため人に姿をかえた火竜が2匹その後をのんびりとついていく。
千夏達はそれを見送った後、まだ名を付けていないトールバードがキュゥと鳴く。
結局タマの勧めからジャガイモ改め「ポテト」とトールバードに名を付けた。
名前は判りやすければそれでいいのだ。
ポテトはキュゥゥと嬉しそうに一鳴きすると、体を屈めて千夏に自分に乗るようにと催促をする。
「タマも乗りたいでしゅ」
じっとタマが千夏を見上げるので、タマを抱えて一緒にトールバードの背に千夏は乗り込む。
もこもこの羽毛の下に足が包まれとても暖かかった。逆に夏場は少し暑そうである。
リルもコハクの背にのり、千夏と一緒に軽く村を一周する。
「コハクは走るのが早いね。コハクの首に治療具の入った袋をぶら下げておけば、いつでも急患が出たときに駆けつけることが出来るね」
救助犬ならぬ救助鳥かぁと千夏はぼんやりと首に大きな袋をぶら下げて走るコハクを思い浮かべる。
リルが使うならそのほうがいいだろう。
早速魔女の城にある裕子のお店に立ち寄ってリルは大きめな丈夫な袋と乳鉢と布を買う。乳鉢を布で割れないように包み込んでから鞄にしまい込み、鞄をしっかりとコハクの首に括り付ける。治療用の薬草は太郎が畑で栽培しているので、太郎の畑に寄り何種類かの薬草を手に入れた。
太郎のおかげで薬草は自給自足以外に外へ売る量が確保できるようになっていた。
「太郎に何かお礼をしたいのだけど、何か欲しいものはない?」
千夏はポテトの背から降り、薬草を摘んでいる太郎に尋ねる。太郎にはいろいろとお世話になりっぱなしだ。
太郎は手を止めて少し考える。
「畑があって好きに耕せているから特にないかな。ああ、そうだ。水田が欲しいかな。お米も自給自足したいよね」
お米は南国諸島からの輸入品に頼っているのでどうしても割高になり、食堂で白米ご飯がでるのは週に一度だけだった。
農作業以外に特にやりたいことがない太郎の慎ましい答えに千夏は苦笑する。千夏達も得をするのでそれではお礼にはならないからだ。
「他には?」
「うーん、思いつかない」
太郎は手早く薬草を摘み取るとリルに渡してから手についた土をぱんぱんと叩き落とす。
「それよりクリスマスをやるんだって?楽しみだなぁ。この前王都に行った後の宴会も楽しかったし」
にこにこと嬉しそうに太郎は微笑む。
「こっちの世界にモミの木なんてあるのかなぁ?」
千夏の質問に太郎はどうだろうと答える。
「確かクリスマスツリーにモミの木を使うのってモミの木に幸せを運んでくれる小人が住むっていわれからだよね?こっちの世界にもそういう木があるのかな。聞いてみるよ」
太郎は薬草たちに幸せを運ぶ由来がある木がこの世界にあるのかを尋ねてみる。
『願いをかなえてくれる木はあるよ』
『運がよければね』
『運がよければね』
どうやらその木はそれほど離れていないところに生えているらしい。
そこまで太郎からその情報を聞き出し、千夏はせっかくならその木を探しにいこうと決めた。
評価とご感想ありがとうございます。
やっとしんみり回が終わりました。これで竜達は怖いものなしですね。
従魔の名前は……。お察しください。
クリスマスまでもうあまり日にちがないということにちょっと焦り始めました。




