遭遇戦
大変遅くなってすみません。
「今日はここで野営にしましょう」
もうじき日が落ち始める頃、エドはオールソンから80キロ程北上した森の近くで馬車を止める。
同じく御者台に腰かけていたセレナも御者台から飛び降りると、後ろをついてきた馬車に向かって走り出す。
前を走っていた馬車が止まり、セレナが駆けよってきたことで後ろの馬車も止まる。
「今日はここで休憩なの」
「判った」
声をかけてきたセレナに頷き、マキアは前の馬車のすぐ後ろに馬車を停止させる。
今回千夏達に同行しているのはハーマルの冒険者パーティの《草原の乙女》という女性だけのパーティだった。
リーダーのマキアはくすんだ絹のような長い黄金の髪を無造作に一つにまとめ、深い碧の瞳を持つエルフの末裔だった。セレナよりも少しだけ背が高く、御者台の横に置いた長弓を掴むと御者台を降りて、馬車の中のメンバに彼女は声をかける。
「今日はここで野営だ」
短く素っ気ない声で彼女が声をかけると、馬車から5人の女性が降りて来る。
種族は様々で人族、獣族、そしてドワーフ族。
種族違えど女性であることには変わりがない。彼女たちは賑やかに話をしながら、野営の準備を始める。
千夏は馬車から降りると大きく体を伸ばす。ずっと馬車の中で読書をしていたので、体が少しだけこっていた。
エドが夕食の準備を始めると千夏はアイテムボックスから天幕を2つ取り出し、アルフォンスとリル、そしてセレナと4人で天幕を建てはじめる。
「ちーちゃん、狩りに行ってくるでしゅ」
「あんまり遠くに行かないようにね」
タマに声をかけられ、千夏は一応念を押す。この辺りは捜索の手があまり伸びていない地域だ。
魔王軍がどこまで足を延ばしているか判らないのだ。
タマは素直に頷くと竜の姿に戻り、レオンと共に並んで飛び立っていく。
突然現れた竜に《草原の乙女》達は一瞬ぽかんと空を眺める。事前に話しには聞いて知っていたが、滅多にお目に掛かれない竜に目を向け、彼女たちはただ黙って空を見つめていた。
「明日には目的地に着くのだっけ?」
千夏は天幕の端をひっぱり、杭を木槌で地面に打ち付けるセレナに尋ねる。
「その予定なの。お昼には着くの」
セレナの叩く木槌の音で我に返った《草原の乙女》達は急いで自分達も野営の準備に戻る。
今回の討伐対象はしばらく先に進んだ山に集まっているパーピィ達だ。
ハーピィは半人半鳥の魔物で、人の頭に鳥の体を持つ。ランクCの上位の魔物だ。偵察によると山の洞窟に集まっているハーピィの数はおよそ40匹程。
Cランクと言えども数が数である。それのハーピィが魔王軍に吸収されると偵察等に使われていろいろ面倒になるので早めに潰しておきたいとのことだった。
千夏達がこのハーピィ討伐に選ばれたのは先程千夏が言った通りに、捜索の手があまり伸びていない土地だからだ。いつ魔王軍と接触があるかもしれない。
勇者パーティならば最悪は隙をついて転移で戻ってくることも可能だとマイヤーが判断したのだ。
アルフォンスは天幕を建て終えると、エドに請われて薪に向かってファイヤーボルトを放つ。
相変わらずちょろ火だ。どうやったらあそこまで火を抑えることが出来るのか……。
千夏はどちらかというと過剰に魔力を込める癖があるので、アルフォンスのように小さな火を作ることはできない。
アルフォンスとセレナは日課である打ち合いを少し離れた場所で始める。
リルはエドとプチラビットの手伝いを千夏はコムギの擬態化の訓練を見守っている。
コムギの擬態化は何度か実際に擬態できているため、大気中の気だけでも前より随分と上達してきている。
今ではぼんやりとタマの姿を陽炎のようにゆらゆらと揺らめかせ身にまとうことが出来ている。
勿論、輪郭がぶれているのでまだまだなのだが。
擬態を解除し少しぐったりとしたコムギの頭を千夏はよしよしと撫でる。
コムギは千夏の手に鼻を擦り付けて「クゥー」と鳴く。どうやらうまくいかないので落ち込んでいるようだ。
千夏はコムギの柔らかい黒い毛を何度も撫でる。ふわふわの毛は手触りがよく撫でている手がとても気持ちがいい。千夏はそのままコムギを抱き上げるとコムギの頬に自分の頬をこすり付ける。
スキンシップが好きなコムギは金色の目を細めてすりすりと千夏に顔を擦り付けてくる。
「あっ!」
両手いっぱいの薪を抱えていたマキアが手から薪を落とし、大きな声を上げる。
全員がマキアを注目するが、薪を落としたからだろうとすぐに視線を外す。だがマキアが声を上げたのは薪を取り落したのではない。巨大な魔法反応を感知したからだ。
「あっちで大きな魔法反応があった。全員戦闘準備!」
エルフは魔法に敏感な種族だ。かなり薄い血になっているが、マキアにもその恩恵がもたらされている。
マキアの指示にすぐに《草原の乙女》達は自分の獲物を掴み立ち上がる。
「タマ達じゃないのか?確かあっちに飛んでいっただろう」
アルフォンスは剣を止めてマキアがじっと警戒する方角を眺める。その方向には森があり、アルフォンスが言う通りに先程タマとレオンが向かった先だった。
「タマとレオンは狩りに魔法を使わないはず。様子を見に行こう」
千夏はコムギを地面に下ろすと真っ直ぐにタマ達が向かった方向へと走り出す。すぐにコムギも走り出し千夏を追い越しタマ達の匂いを辿る。
千夏が駆けだすとセレナもそのあとを追い駆ける。次々に千夏の後をパーティメンバが続いていく。
「馬車の護衛を頼みます」
エドはマキアに一言そう告げると使っていた薪に水をかけ、遠話の腕輪のボタンを押す。
「タマ、レオン。何かありましたか?」
『―――――魔族だ』
短いレオンの返答が返ってくる。
千夏は走りながらその話を聞いていた。
「こんなところに魔族なんてっ!」
そう千夏は短く吐き捨てるとアイテムボックスから翡翠の指輪を取り出す。素早く指にはめるとアンジーを召喚する。
「アンジーお願い、タマのところに連れて行って!」
タマとレオンは目の前の広がる森を狩場と定め、気が読めるタマを先頭に獲物を空から探していた。
森には魔物だけではなく獣も沢山いるようであちらこちらから反応が返ってくる。
まずは群でいた鹿を急降下して数頭を鉤爪で狩る。
なにせ竜は巨体である。鹿を駆るために舞い降りた時に近くの木々を一緒に粉砕する。
竜達の強靭な体はびくともせず、少し広くなった森の中にそのままおり狩った鹿をぺろりと平らげる。
さて次の獲物を探そうと空に舞い上がったところで、レオンの巨体に向かって巨大な火の球が数発ぶち当たる。
「レオン兄!」
先に空に舞い上がったタマが叫ぶ。
「――――大丈夫だ」
レオンは続いて飛来してくる火の球をよけながら答える。先程当たったダメージは水の鱗で軽減されており、普段通り動くことは可能だった。
「あそこでしゅ!」
タマは先程まで感知していなかった大きな2つ気に向かってドラゴンブレスを吐く。
気の大きさは竜と匹敵する。敵ならば躊躇している暇はない。
タマのブレスにより森の木々はあっという間に消滅し、大きな荒地に変わる。
レオンとタマは大きく翼を動かし、じっと相手の様子を観察する。
「来るでしゅ!」
2つの気のうち少し小さいほうがドンドンと魔力を大きくしていく。
やがて現れたのは巨大な黒い馬だ。轟々と燃えるような闇を全身にまとっている。
現れた黒い馬は全長8メートル。黒馬は紅い瞳を空に飛ぶ竜に定めると、大きく体を震わす。馬の背中にはこうもりのような黒い大きな翼が盛り上がる。
『タマ、レオン。何かありましたか?』
突然、エドから遠話の問い合わせが入る。
黒い馬は前足をドスンと森の上に振り下ろす。黒馬に踏みつぶされた木々がメキメキと音を立てがひしゃげ、陥没する。
「―――――魔族だ」
レオンは短くそう答える。
「ヒィィィィィィィン!」
大きく嘶くと黒馬の逆立った鬣が闇の魔力に包まれ針のようにタマ達に向かって無数に放出される。
レオンとタマはブレスを吐き黒馬の攻撃を消し去る。
しかし黒馬はすぐにさっとブレスを避けると空へと舞い上がり、タマ達の左側から空に大地があるかのように凄まじいスピードで突進してくる。
ブレスを下に向いて吐いていたタマは凄まじいその突撃を受けて急降下していく。
レオンは巨体を動かし馬の背中にがぶりと噛みつく。
落下していったタマのことは気になるが、目の前の敵を放置するわけにはいかなかった。
タマは軽い脳震盪を起こし、森の木々を押しつぶすように落下する。
下で待機していたカヤンは倒れたままの幼竜を憎悪にそまった目で見上げながら詠唱を続ける。
呪いのユニークスキルは威力が強大な分詠唱に時間がかかる。
空ではエイローが竜相手に善戦している。このままエイローがねばり続ければ2匹の竜ともカヤンの呪いの範囲内だ。もうじき詠唱も終わる。
「!」
突如上空に強風が吹き荒れる。黒馬とレオンはその強風によって空高く吹き飛ばされる。
それと共に小さな人影が現れた。アンジーに超特急で運んできてもらった千夏だ。
千夏は森の中で倒れているタマと吹き飛ばされていくレオンと魔族を交互に見つめる。
「レオン、そっちは大丈夫?」
レオンは黒馬に食らいついたまま念話で千夏に応える。
(問題ない。タマを!)
千夏はすぐに森の中で倒れているタマに向かって下降してくる。
「チナツ、魔族がまだいるわ」
アンジーが目ざとくタマの近くにいたカヤンに気が付き声を上げる。
魔族も魔力に特化した生き物だ。千夏が連れている妖精王に気が付きカヤンは大きく目を見開く。
千夏はすぐさまカヤンに向かってファイヤーランスを大量に飛ばす。詠唱中のカヤンは手出しできないため、素早く迫りくる炎の槍から身をよける。
「!!」
だが執拗な千夏の攻撃にざっくりと肩を射抜かれる。だが呻きひとつ上げることなくカヤンは詠唱を完了させる。
「我が全ての邪念をここに解放する。竜よ呪われろっ!呪竜!」
カヤンを中心に半径500メートル程の漆黒の球体が形成される。
「何これ?」
千夏は黒い球体に包まれ視界が真っ暗になり、慌ててアンジーに問いかける。
すぐにぱちんと球体は弾ける。
徐々に視界がクリアになり千夏は追い詰めていた小柄な魔族が消えていることを確認する。
気をさぐってみるが転移したのか、この周辺には同じ気を感じない。
レオンが対峙していた魔族もかなり下のほうで黒い球体が展開されたことを確認すると、無理やりレオンから体を引き離すとそのまま空をかけて逃げ出した。
レオンは後を追わずに倒れているタマの元へと向かう。
レオンがたどり着いたときには千夏が回復魔法をタマにかけ終わっていたときだ。
タマの体からは傷が消えている。
「タマ、大丈夫?」
千夏は自分より大きなタマを揺さぶる。
しばらくすると千夏が置き去りにしたアルフォンス達が到着する。
「怪我が治っているのにタマが起きないの」
泣き出しそうな千夏がリルをすがるように見上げる。
リルはハイヒールを何度かタマにかけ、キュアもかけてみる。だがタマは起きない。
「クゥー」
起きないタマにコムギは鼻を摺り寄せて鳴いた。
評価とご感想ありがとうございます。
すごく中途半端に終わっています。
呪いの話はすごく前から引っ張っていて(レオン登場あたりから?)、いい加減フラグ回収せねばと書いたのですが、シリアス話はさっと終わらせたいと思っています。
次は早めに更新します。




