イベント
遅くなりました。
「目障りだな」
翼は王座の代わりに大神官使っていた謁見の間の一段高くなっている場所に置かれた豪奢な椅子に腰かけ、肘掛をコツコツと叩く。
カガーンに入国してからあつらえた上等な布で作られた白地に黒い刺繍が織り込まれた長衣に黒いズボン。そして肩には漆黒のマント。それらに身を包んだ翼は軽く足を組み、居並ぶ魔族たちを見下ろす。
偵察に出した魔物の情報によると、カガーンの南部に冒険者たちが集まり魔物を駆逐しているようだ。
また朝夕には竜が現れランクB以上の魔物を狩っているとの報告が上がっている。
人はまだどうとでもなるが、ちらちらと出没する竜が翼には目障りでしょうがない。
エッセルバッハの王都で魔族を倒したのは竜だし、ハマールの砦でも数匹の竜が出てきてこちらの邪魔をしている。
「確かに邪魔だね」
翼の隣に寄りそうように立つ大地が思案顔で答える。
竜は魔族と並び立つ実力を持つ。倒せない相手ではないが、まともにぶつかるとこちらの犠牲も大きい。
「それであれば私にお命じ下さい。魔王様にたてつく竜を根絶やしにしてきましょう」
謁見の間で控えていた魔族のうちの一人がすっと前に進み出て来る。
300年前の大戦にも参加していた上級魔族の一人であるカヤンである。
すでに400年も生きている彼は白くなった髪を短く刈り込み、竜に潰された片目は黒い眼帯で覆われている。老化に伴い体はやや少し小さくなっていたが足腰はしっかりとしており不自由なく動くことが出来る。
「私のユニークスキルは呪い。私の呪いにかかると竜は力を回復することが出来なくなります。この力で300年前の大戦では多くの竜を倒してきました。必ずやご期待に添えるかと思います」
カヤンは残った赤い瞳を爛々と輝かせて翼を見上げる。
「判った。カガーンに入った竜を倒してこい。エイロー、お前はカヤンについて一緒に行け。しくじるなよ」
「はっ」
翼に名を呼ばれた年若い魔族が一歩前に進み出て頭を下げる。
翼はそれを見届けると椅子から立ち上がり、ばさりと黒いマントを翻し謁見の間を後にする。
翼の顔色が少し悪くなっていることに気が付き大地がすぐにその後を追いかける。
「大丈夫?」
謁見の間を出た廊下で壁に寄りかかり少し息苦しそうに俯く翼に大地は声をかける。
魔王の邪眼を右眼に押し込んだ時程ではないが、翼は時々なくなったはずの右眼に激しい痛みを感じていた。治癒魔法でも取り除けない苦痛をただ黙って見守ることしか大地には出来ない。
しばらくして痛みが治まった翼は、大地に体を支えられ苦々しく呟く。
「……前の体の時はこんな痛みなどなかったのにな。所詮作られた体に邪眼が適応しないということか」
翼は大地に寄りかかった体をゆっくりと真っ直ぐに立たせる。
不安そうな双子の弟の顔を見てコツンと軽く大地の額に手を当てる。
「大丈夫だ。そんな顔するな。ところで。魔物集めのほうはどうなっている?」
「……カガーンの中央から北をくまなく当たらせている。それなりに補充できているよ」
「そうか」
翼は軽く頷くと自分の執務室へと歩き始める。大地も翼の横に並ぶ。
カガーンに入ってからというもの食べ物には不自由しなくなった。後はここを基盤に魔物を集め、勢力を伸ばしていけばいい。全てはそれからだ。
「今度は失敗しない」
翼は一人そう呟いた。
「美味しいね」
はふはふと熱々の肉に齧りつき千夏は幸せそうに笑う。
今日狩ったばかりのオラビックを宿の亭主に頼んで調理してもらったのだ。
「でも、全部もらっちゃってよかったのかな」
一緒に出掛けたパーティが仕留めた4匹のオラビックも千夏のアイテムボックスの中だ。
最後にわかれたときの《荒野の狼》パーティの全員の顔が若干引きつっていたのが気にかかる。
「くれるというならもらっておいていいだろう。村人全員で食べれる程あるからな。帰ったらまたバーベキューでもしよう」
アルフォンスはさくさくに仕上がったオラビックのから揚げをひょいと手でつかみ、空いたコムギの茶碗に放り込む。
コムギはブンブンと尻尾を振りながらから揚げに齧りつく。
「ギルドのランクアップも無事できたの。ギリギリの成績だったみたいだけど、よかったの」
セレナは嬉しそうに付け合わせの野菜スティックを齧る。
「あれは評価がちょっと……。彼はパーティは組織立ったものと考えてるタイプみたいなので、厳しいつけ方をされましたね」
エドはオラビックの肉の入ったスープを配りながら苦笑する。
アルフォンスやセレナがオラビックに無謀に突っ込んでいったと思われてマイナス評価されたようだが、もともとギルド長がランクBの冒険者だ。彼の目には無謀に見えただろうが、エドが見た限り特に問題はなかった。
それに後衛の千夏が前に出て魔法を乱発した時点で戦略なしと取られたのも判る気がする。特にオラビックのように足が速い魔物との戦いで後衛が前衛と一緒に走り出すということは通常ではありえない。
一般的な冒険者を基準に採点されれば、あのような点になってしまう。
千夏もセレナもギルドランクをあまり重視していないので特に問題はないが、次にランクAのランクアップ試験を受けるのであれば、形だけでも一般人が判りやすいようにしたほうがよさそうではある。
エドからすればランクAの魔物を倒せるパーティはランクAで十分な気がするが、ギルドも地方によって特色があり、お役所的な場所もあるだろう。今回の件がいい例だった。
リルは山と積まれたオラビックのから揚げがドンドンなくなっていくのに気が付き、タマとレオン用にとっておくために急いで小皿に分ける。竜はあまり味に頓着しないようではあるが、一緒に狩った獲物だ。みんなで分けて食べたいとリルは考えている。
「それにしても遅いね。タマとレオン」
千夏にとられないように小皿を部屋のベット脇の机まで運び、リルはベットの上にかかっている時計を見上げる。
「この辺りの魔物は例のストーンゴーレムが倒しちゃったみたいで、あんまりいないらしいの。ちょっと遠出しているみたい」
千夏はふぅふぅと熱めのスープを口で冷ましながら答える。
「今日、武器修理待ちの半数の武器が直ったらしいですから明日からは人手が増えそうですね。後2度程狩りをしたらネバーランドに戻りましょう。プチラビットも仲間のところへ戻りたいでしょうし、やはり領主が長期間領地から離れるのはよろしくないでしょう」
エドはくいくいと足をつつくコムギの茶碗にスープの具を入れる。
話題に出されたプチラビットはスプーンを口に咥えたまま嬉しそうに笑う。エドの言う通りに仲間と離れて少し寂しくなってきていたのだ。
「そうだね。そうしようか」
千夏はプチラビットをじっと見つめ軽く頷く。
「それにクリスマスはフルール村で過ごしたいしね」
千夏はスープを綺麗に飲み終えると「ごちそうさま」と軽く手を合わせる。
「クリスマスって何なの?」
まだ食事中のセレナが千夏に尋ねる。
「んー、まぁお祭りみたいなものかな。皆で集まってご飯食べて、ケーキを食べるの。それと親しい人とプレゼント交換する日かな」
千夏は少し考えながら答える。キリストだのマリアだのといっても彼らにうまく説明は出来ない。
「プレゼント交換?誕生日じゃないのにか?」
アルフォンスが不思議そうに尋ねる。
「別に交換しなくてもあげるだけでもいいんだけどね。無理してプレゼントを渡さなくても、楽しく過ごせればいいんじゃないかな。私の国ではクリスマスは大きなイベントだったんだよ」
千夏にとっては日本でのクリスマスはあまり楽しいイベントではなかった。一人で仕事から帰ってきてコンビニのご飯を食べながらゲームしていた記憶しか残っていない。
「特に子供はいい子にしているとプレゼントをもらえる日だったの。うちの国ではサンタクロースっていうお爺さんが夜遅くに空を飛ぶトナカイにソリを曳かせて、よいこの家の煙突から入ってこっそりプレゼントを配ってくれるっていうおとぎ話があるのよ」
魔物3兄弟や村の子供達に何かプレゼントをして喜んでもらいたい。
千夏はお腹いっぱいになって敷物の上でうつ伏せになったコムギを見て何をあげたら喜ぶんだろうと少し考える。
「うん。楽しそうだね」
リルは千夏の話をにこにこしながら聞いている。
千夏と一緒にいると楽しいことがいっぱいある。治療部隊を辞めてついてきて本当によかったとリルは心からそう思う。
「ご主人様、らびもいい子にしてたらもらえるの?」
プチラビットはエドと一緒に食卓の上を片付けながら千夏に尋ねる。
「もちろん。いい子だったらもらえるよ」
千夏の返事を聞き、プチラビットは「きゃうん」と嬉しそうに笑う。
「大きな木に一杯飾りをつけて、サンタさんに何が欲しいかを書いて吊るしておけばもらえるんじゃないかな」
若干七夕と入り混じった内容を千夏は伝える。
というか何が欲しいのかわからないので、書いてもらった方が楽でいいのだ。
「木に飾りとケーキやご馳走にプレゼント。やることは一杯あるなぁ。早く帰ったほうがよさそうだ」
アルフォンスは食後のお茶を飲みながら現実的にプランを立て始める。
「私もいい子にしていたらプレゼントもらえるの?」
セレナはうっとりとつぶらな黒い瞳を輝かせる。
貴族でない者は基本的に誕生日でもプレゼントのやり取りの習慣はない。産まれて初めて何かもらえると聞いてセレナは嬉しそうだ。
「……予算が結構かかりそうなイベントですね」
こっそりとエドが千夏に耳打ちする。
どこまでプレゼントを配るのかによってかかるお金も変わってくる。村人全員に配ったら結構な値段になるだろう。
「コーヒーやテリヤキチキン、アイスキャンディーの収益がどうなっているのかセラに聞いてみるよ。あれが売れてくれるならそれなりに収入になるはずだから」
領地経営がどんぶり勘定な千夏は焦ってそう答える。
テリヤキチキンが売れているとウォルが確か言ったいた気がする。うん。たぶん大丈夫のはずだ。
千夏はへらっと笑ってごまかした。
評価とご感想ありがとうございます。
ちょっとプライベートがごたごたしており、更新ペースが落ちてきています。
すみません。
今回は本章のラストイベント2つの説明回です。




