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実技試験

「オラビックかぁ。いっぱいいればいいなぁ。オラビックのお肉は久しぶりかも」

千夏は機嫌よさげに森の中を歩く。

「オラビックなんて食べるの?」

そんな千夏を薄気味悪そうにユラがじっと見つめる。

「え? 食べたことないの? 勿体ない。結構おいしいんだよ。野性味あふれた味だけどね」

千夏はユラを残念そうに眺める。


なぜこちらがそんな目で見られなければいけないのかユラには全くわからない。

ふんっとユラは千夏の視線から顔を背け森の奥のほうを伺う。

「おいおい仲良くやれよ? たった2パーティなんだから」

ギルド長は背中に担いだハルバードを下ろし、杖代わりに森の中を歩く。

本当は武器など持ってくる予定ではなかったが、ランクアップ試験として千夏達のパーティが割り当てられた地域にたった2パーティだけという特殊状況が気になり、念のためにとわざわざ武器を携帯してきた。


「オラビックは多産だからな。増えるのはあっという間だ」

「じゃあいっぱいいるといいなぁ」

アルフォンスの言葉に千夏はほっこりと笑う。


この世界のオラビックと呼ばれる魔物は猪によく似ている。猪の頭に全身毛むくじゃらで人間のように二足歩行でも歩くし、獣のように四つん這いで走る。体長は3メートル程で群れで移動する。

オラビック一体はランクBの魔物だが、群となるとランクAとして数えられる。


オラビックの突進の破壊力は凄まじく、巨木でさえぼっきりと折る。

またそれなりの知能を持ち、土魔法も使う魔物だ。

アルフォンスの言う通りに多産な魔物で、日本でいうなればGのように一匹見かけたら大量にいることを警戒しなければならない魔物で総勢15名と1匹で挑むには厳しい魔物である。


「いっぱいって、あなた状況判っているの?」

ユラは呑気な千夏を苛立ちながら怒鳴りつける。

「ユラほっとけ。武器が壊れていないパーティが少ない。外れに当たったと思って、俺たちで仕留めるつもりで行けばいいんだ」

ランクBパーティ《荒野の狼》のリーダーを務める剣士のナカがさっきから千夏達を気にするユラに厳しい顔を向ける。ユラはきゅっと唇を噛むと千夏から完全に視線を外す。


(まぁ、あいつらはランクCパーティだって聞いているだろうし、この呑気さは確かに馬鹿っぽく見えるよなぁ)

ギルド長はこっそりと溜息をつく。

この地域を割り振ったのはハマール近衛隊長のトールだった。彼は千夏達の実力を魔族戦で見ているので、全く不安に感じていなかった。


千夏達だけでも十分だが、一応何かあると困るので今回の緊急依頼中は2パーティ以上で行動することが原則となっている。そこで《トンコツショユ》と《荒野の狼》の2パーティがオラビック討伐に割り当てられることになったのだ。


(どう見ても勇者パーティには見えんだろうなぁ……)

千夏とアルフォンスは呑気そうに世間話をしているし、ひ弱そうな美少女にしか見えないリルが笑顔でとてとてと歩く幼児にしかみえないタマの手を引いている。そして足元をじゃれるように歩く猫を少し大きくしたような魔物の子供。


どうみてもピクニックに来ているようにしか見えない。

しかもなぜかフロックコートを着た執事風の二人が最後尾を歩いている。

唯一剣士らしい犬耳の獣人の少女が生真面目にピクピクと大きな耳を動かし周囲を警戒しているくらいだ。


対する《荒野の狼》は剣士2名、槍使い1名、魔法使い2名、治療師1名、シーフ1名の計7人パーティだ。一足早く先を歩くシーフの猫系獣人が地図を片手に周囲を警戒しながら進み、その後ろを前衛3人が前左右を警戒しながら歩ていく。


さっきから千夏と口論(?)していたのは魔法使いのユラだ。彼女は《荒野の狼》の中で最も若く今年19歳になる唯一の女性だった。

シーフの獣人以外のメンバは全員南国諸島の出身で肌は浅黒く、漆黒の髪に黒い瞳を持つ。

生真面目できっちりと計画的に行動するのが彼らパーティの特徴だ。

まるで遊びに行くかのような《トンコツショウユ》とは水と油と言っていいほど相容れない。


(――――先が思いやれるぜ)

ギルド長はやれやれと肩をすくめた。


「あ、結構いるっぽい。左斜め先に少し強い魔物反応が30。200メートルほど先にいる」

しばらく歩くとアルフォンスと談笑していた千夏がぴたりと無駄口を止め、警戒するように声をかける。

千夏の警告を受けてアルフォンスとセレナがゆっくりと左のほうの茂みへとわけ入る。


「目撃地点はまだこの先のはずだぞ」

先頭を歩くシーフが立ち止り、勝手に動き出したアルフォンスとセレナに向かって文句を言う。

「一日前の情報でしょう?相手は生き物です。移動することは普通ですよ」

エドが呆れたようにじっと立ち止ったシーフを見つめる。


「200メートルも先に何故いると判るんだ」

プライドを傷つけられたシーフがじっとエドを睨む。

セレナも耳と鼻をつかって慎重に情報を探るが、まだここまで匂いや音を捕まえることが出来ない。

それでもセレナは千夏が言っていることが正しいということを知っている。


「気で分かるのよ」

それ以外答えようのない千夏は素直にそれを口にする。

「気だと?」

南国諸島よりも広いエッセルバッハですら気功術はあまり知られてはいない。彼らが気をつかっての探索があるということを知らなくても当たり前だった。


「まぁ行ってみたら分かることだ」

ギルド長の一言で《荒野の狼》のリーダーが軽く舌打ちをする。

ギルド長はあくまでランクアップ試験に同行しているだけで、命令権はない。クエスト中の動向は冒険者の判断が優先される。

ただ念のためにエドが言っていることも間違ってはいないし、彼らも一応冒険者だ。全く当てずっぽうではないはずだ。


「もし何もいなかったら次から口出しはしないでもらおう」

リーダーは短くそう告げるとアルフォンス達の後に続いて左側の茂みに入っていく。

シーフの獣人も仕方なく千夏が告げた方向へと足を向ける。


身軽な彼が先行してしばらくするとピタリと足を止め、動くなと手でゼスチャーをして牽制をすると近くにあった木をするすると器用に登っていく。

彼の仕草にどうやら敵を見つけらしいことを《荒野の狼》のメンバは確信する。


「70メートル先にオラビックが30程。まだこちらに気が付いていない」

彼は木から降りると足音を忍ばせてリーダーにいささか複雑そうな顔つきで報告する。

数も方向も千夏が語った通りの内容だった。


リーダーは少し思案した後くるりと振り返り千夏達に提案をする。

「俺たちは右回りで奴らに近づく、お前たちは左回りで近づくという作戦でどうだ?」

つまり挟み撃ちにしようという提案だが、正面からオラビックを迎え撃とうと考えていた千夏達はとくに異論はなかった。


「オラビックが予測地点にいたことへの謝罪はないのですか?」

エドが意地悪そうにリーダーに問いかける。

格下でつかえない奴らだと思っていたが、情報に間違いはなかったのは確かだ。

「確かに情報通りだった」

リーダーはそれだけ言うと押し黙る。


「別にいいよ。あなた達はオラビックを食べないのでしょう? 倒したオラビックは私たちがもらえれるなら私はそれでいいよ」

千夏はエドの追及を止める。

倒した魔物の数はギルドカードに記載されるので千夏達にオラビックを引き渡すことに彼らは異論はなかった。


「半数以上のオラビックをお前たちのパーティが倒せたならこちらが倒した分を渡してもいい」

あえてリーダーはそう千夏へ告げる。

初めて組むパーティ同士だ。信頼関係は0に等しい。相手の力量を見てから決めるのでも問題はないだろうと彼は考えたのだ。


「分かった。それでいいよ。ガツガツ倒そう。あ、出来るだけ食べる部分残しておいてね」

千夏は満足気に微笑んだ。



「ブモォォォォォォォォォォォォォォ!」

3匹のオラビックがアルフォンス目がけて突っ込んでくる。アルフォンスは足に力を入れてジャンプしてそれをかわす。

オラビックは猪突猛進で基本直線的にしか攻撃してこない。だが迫るスピードが半端ないので少しでも遅れたらアウトだ。


「から揚げ、ステーキっ!」

千夏はぶつぶつそういいながらもファイヤーランスでオラビックの足を止めていく。

コムギはがぶりとオラビックの背に齧りついたままぐんぐんと気を吸いこんでいく。

タマは突っ込んでくるオラビックに小さな拳を振り上げ後方へと吹っ飛ばす。


「滅茶苦茶だ」

ギルド長は手を顔に当て呻く。

作戦もなにもない。少しだけ左に回り込んだ千夏達は早々にオラビックの群れと対峙し、片っ端から殴る、蹴るそして切り伏せていく。

純粋な力と力の戦いだ。


四つん這いで走るオラビックは俊足を誇る。そのオラビックに並走してセレナが真横から剣を鼻先へとたたきつける

狭い森の中での戦闘は連携が大事だ。

それなのに前衛の剣士と幼児と魔物は群に真っ向に突っ込んでいく。


後衛の千夏とリルを守るためにエドとレオンが二人の前に立ちはだかり、ファイヤーランスを浴びて怒り狂って迫るオラビックを蹴飛ばしていく。

治療師だけは全体の状況をつぶさに観察し、適宜に物理防御の魔法を飛ばす。


オラビックの咆哮が飛び交う乱戦をギルド長は一人離れた場所からそれを観察していた。

大回りしてきた《荒野の狼》が戦場に着いた頃には殆どのオラビックが腹を見せてひっくり返り、残り4匹のオラビックをじわじわと千夏達が包囲しているところだった。


「シチューも捨てがたいなぁ」

千夏は逃げ出そうとするオラビックの足止めにファイヤーランスを放ってから一人ごちる。

「チナツ、消火!」

セレナからの鋭い声を聞き千夏ははっとして水流(ウォータスプラッシュ)の魔法を使い、火を鎮火する。

いけないいけない。また放火魔になるところだった。


「なんなのよっ!」

ユラは慌てて取り囲まれているオラビックに向けて雷の魔法を放つ。

ここまで来て何にもしないで終わるわけにはいかない。

駆けつけてきた《荒野の狼》の一行に気が付くとアルフォンスはすっと下がって場所を譲る。


狩りで獲物を狩り過ぎないということもマナーの一つだ。

合同で同じ獲物を倒しに来たパーティにセレナも自分の場所を明け渡す。

エドと千夏はあちらこちらに転がっているオラビックをアイテムボックスへと次々に収納し始める。


所々オラビックが暴れたせいで木々が滅茶苦茶に倒れている。ついでとばかりに倒れた木まで千夏はアイテムボックスにしまい込む。

エドがいつものように休憩用のテーブルとイスを戦っている《荒野の狼》から離れたところに取り出し、お茶の準備を始める。


「お茶でもいかがですか?」

ギルド長はエドに声をかけられ茫然と椅子に座り込む。

「いつもこんな感じなのか?」

「ええ、だいたいこんなものです」

ギルド長の質問にエドはお茶を淹れながら答える。


「いい訓練になったな」

アルフォンスは汗をタオルで拭きながらオラビックに倒された木の切り株に腰を下ろす。

プチラビットが休憩に入ったメンバにお茶をくるくると回りながら運んでいく。


「それでランクアップ試験はどうなのです?」

エドは頭をかきむしっているギルド長に尋ねる。

「戦略:E、戦術:C、戦闘:A、協調性:D。滅茶苦茶だ。だが力は問題ない。ランクアップ試験合格だ」

ギルド長は疲れたようにそう言い、エドが差し出したお茶をぐびっと飲み干す。

残りのオラビックをなんとか《荒野の狼》が倒すまで、不自然な戦場のお茶会が続いた。


評価とご感想ありがとうございます。


久しぶりにすらすらと書けました。

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