港町オールソン
遅くなってすみません。
説明回です。
千夏は明け方早くにネバーランドへと戻る。マーサ婆ちゃんのところには客用のベットがなかったので、そのまま夜通し飲み明かすことになってしまったのだ。
まだ寝静まっている屋敷にこっそりと入り込み、自分の部屋を覗いてみるとベットの上に幸せそうに眠るタマとコムギそしてシャロンの姿が見えた。
ベットは十分に広いので千夏が潜り込んでも大丈夫なのだが、起してしまう可能性がある。千夏は普段使わない副寝室のベットにもぞもぞと潜り込む。さて寝ようと目をつぶったときにカタンと隣の部屋から物音が聞こえた。
「ちーちゃん?」
お気に入りの小さなタオルケットを掴んだままタマが眠そうに目をこすりながら千夏がいる部屋へとやってくる。
千夏が掛布団を持ち上げるとタマはそのままベットに潜り込みころんと目を閉じて眠ってしまった。
千夏の気配に気がつき寝ぼけたままここまで来たのだろう。千夏はタマを抱え込むと目を閉じた。
「朝なの!チナツ起きるの」
セレナにがばりと掛布団が剥がされ、千夏は寒さに体を震わせ団子状態に丸まる。
「あと5分……」
千夏はアイテムボックスから即毛布を取り出し、毛布を体にかけるがそれもすぐにセレナに奪われる。
「今日はいろいろ話したいこともあるの。侯爵様達も今日出発するの。起きないとお見送り出来ないの」
「出発? 予定より早くない?」
千夏はセレナの言葉に驚き、がばりと起き上がる。
「その辺りのことも説明したいの。顔を洗って食堂に来るの」
とりあえずセレナに促され顔を千夏は洗ってから食堂へと向かう。
「おはよう」
テーブルには千夏一人分のご飯が用意されており、他の人はすでに城で朝食を済ませていた。
食堂には侯爵とタマとコムギを除くパーティメンバが食後のお茶を楽しんでいた。
「おはよう。チナツ殿。帰る前に会えてよかった」
侯爵はアルフォンスとの会話を止め、千夏に向かってにこやかに挨拶する。
「随分と急ですね。何があったんですか?」
「そこは俺が説明する。朝食をとりながら聞いてくれ」
千夏の問いにアルフォンスが答え、昨日ニルソンから聞いた話とこれからのことについてアルフォンスが説明をする。
「そんなことが起きていたのね。セラから連絡がないから全然知らなかった」
千夏はもぐもぐとパンを食べ、食事の隣においてあったアンケートを記載する。この食事はルナが作ったもので、今後の食事改善に役立させたいとアンケート付で城から運ばれたものだった。
「ネバーランドはセレナの意見にもあったけど、竜達がいれば何とかなると思う。カガーンに出かけるのは賛成。というかこういうときのために、普段ネバーランドに援助してもらっているから、借りを多少返しておいたほうがいいかな」
千夏まで一緒に行くと言い出すとはセレナは思っていなかった。セラに依頼されて嫌々動く千夏の姿なら容易に想像できるのだが……。
千夏からしてみるとポンポンと使い込んでいるお金が段々と大きくなってきているので、早めに多少なりとも手伝いという名目で借金を返しておきたいところだ。何もせずに雪だるま式に使うお金が増えた後に、とんでもない無茶を言われて首を縦に振るしかない状況はあまり好ましいものではない。
「全員で出かけるならもう少し食料をわけてもらったほうがいいですね」
城へと向かおうとしたエドに千夏はアンケート用紙をついでに持って欲しいと頼む。
「というか、このアンケート全員やったの?」
アンケートの最後の方の質問に千夏は眉をひそめる。
Q.11) うさたん達のお洋服はいかがでしたか?
□ 愛らしい □ とても愛らしい □ 他の服を着て欲しい( )
Q.12) 推しうさはどの子ですか?
Q.13) 私ことルナにしてほしいことはなんですか?(複数回答可)
□ 踊って歌って欲しい □ 握手会
□ 跪かせたい □ デート
□ マッサージ □ その他 ( )
もちろん千夏はこの質問には空白で答えを書いていない。
Q.11と12はそもそも見ていないし、Q.13は答える気力がなくなった。
「いえ、チナツさんだけですよ。では行ってきます」
エドはアンケート用紙を受け取り城へと向かっていった。
エドからアンケートを受け取ったルナが「焦らしプレイですか」と呟いたかどうかは千夏にとってもはどうでもいいことだった。
いつものように村長がフライパンを叩きながら、村人や竜達を集めメルロウとリルが一人ひとりに結界補助魔法をかけていく。これは魔力を持った者のみ有効で、普通の動物たちには結界は作用しない。魔物対策なのでこれで十分とのことだった。
ニルソンと村長にしばらく領地を留守にすることを千夏は伝える。
「領主どん達がおらんと寂しくなるだ。でもお役目なら仕方ないべ。領主どん、頑張るだ」
「後は任せてください。領主様がいない間はユウコさんが仕入れをしてくれるそうです」
少し寂しそうな村長と後を任されて張り切っているニルソンと千夏は握手を交わす。
裕子は侯爵達の転移に同行して、王都までの転移をしっかりと覚えて来る予定だ。
「では行きます」
侯爵家おかかえの魔術師が侯爵一家と裕子そして千夏達を連れて、エッセルバッハの国境に転移魔法で移動していく。
砦で入国手続きが済むと侯爵一家と別れの挨拶をかわす。侯爵達はこれから一旦王都に寄ったあとシシールへと戻り、千夏達はマルタの街へと移動する。
カガーンの港町までは一回エッセルバッハの港町を経由して船で向かうことになっている。
「タマ、またお手紙かくね」
ギリギリまでタマと手を繋いでいたシャロンは寂しそうにタマを見下ろす。
「タマもいっぱい書くでしゅよ」
次にいつ会えるかわからない。タマはきゅっと小さな手でシャロンの手を握り返す。
シャロンはもう一度だけぎゅっと手を握り返した後、名残惜しそうに手を離してシャロンを待っている侯爵夫妻の元へと歩き出す。
シャロンが合流するとすぐに彼らは王都へと転移していった。
タマはしばらく誰もいなくなった空間を見つめた後、少ししょんぼりしながらコムギと一緒に千夏の傍へと戻ってくる。こちらもすぐに港町マルタへと転移を開始する。
「そういえば、また船か……。」
アルフォンスは港に並ぶ船を見下ろして少しがっくりと肩を落とす。船では毎度アルフォンスとセレナは暇を持て余すことが多い。
千夏は小型船でなければ揺れがひどくないので全く気にならない。
「ここから船で3日ほどでカガーンの港町オールソンに着きます。さっさと乗船手続きを済ませてしまいましょう」
エドに促されて一行はマルタの船着き場へと向かった。
「おい、聞いたか?アレが出たそうじゃないか」
ギルドにある酒場で甲冑を着込んだ冒険者が眉をひそめて仲間の魔法使いに尋ねる。
「本当か? 通りで募集しているわりに人が少ないと思ってたんだ」
ハマールとエッセルバッハが大々的に冒険者を募っているわりにはこのオールソンに来た冒険者は少ない。
「ここ最近出ていなかったから、消えたのかと思っていたんだが……。何もこんな時期に出ることはないだろう!」
ガンっと甲冑姿の剣士がテーブルを拳で叩く。
「船着き場は今てんやわんやの大騒動らしいぞ。出国したはずの船がこっちに到着していないって問い合わせの嵐らしい」
別のテーブルに腰かけた槍使いが二人の会話に加わる。
「おい、一体何の話だ?」
旅装のままの冒険者が興味を持ったらしく、近寄ってくる。
「あんたこの国の人間じゃないな?」
魔法使いの男が旅装の男に尋ねる。
「ああ、募集をみてハマールから来たんだ」
「やっぱりな。それも陸路でカガーンに入ってきただろう?」
ハマールから山を乗り越えてカガーン入りした男は素直に頷く。
魔法使いの男は冷えたエールをぐびっと一飲みして、口からあふれた酒を手で拭う。
「運が良かったな。海路を使ってたらあんたもタダじゃすまないことになっていたよ」
「何だよ、勿体ぶらずに教えてくれよ。これから一緒に魔物を狩る仲間だろう?」
進まない話に少しイライラしながら、ハマールからやって来た男は魔法使いの男の隣の空いている席に腰を下ろす。
「セイレーンだよ。海に住む魔物で、歌で人を惑わす。あいつらの住処まで人を誘導して、人間をエサにする魔物だ。昔からたまに産卵期になるとあいつらが現れるんだ」
苦々しく甲冑の男が顔を歪めて答える。
「ハマール以外の国からは全部海路を使ってやって来るはずだ。大変じゃないか」
「そうだよ。だから荒れていたんじゃないか。くそっ。この国は呪われているのか!大神官は逃げ出したというらしいし、全くどうなっているんだ!」
甲冑の男も酒を一気にあおり、ドンとテーブルにコップを叩きつける。
「まぁハマールとエッセルバッハの正規軍が巻き込まれずに到着しただけ、ましかもしれないな」
槍使いの男も溜息をつく。
「でも、それなりに高ランクの冒険者が乗った船だろう?なんとかならないのか?」
ハマールから来た男は店員にエールを頼むと、マントを脱ぎ空いている椅子にかけながら質問をする。
「幻聴、幻覚の耐性持ちならな。そんなスキル持っている奴なんてあんまりいねぇだろう? せいぜい耐毒、耐麻痺、耐石化が関の山だ」
「……確かにそのスキル持ちはあまりいなさそうだな」
「おい、非常招集がかかったぞ。今からセイレーン退治だそうだ!」
ギルドの2階から降りてきたギルド長が馬鹿でかい声でギルドにいる全員向かって叫ぶ。
「幻聴対策はあるのか?」
すぐに甲冑の男が立ち上がりギルド長に向かって尋ねる。
「ハマールから転移を使ってマジックアイテムが届けられるとのことだ。いつでも動けるように準備をしておけ!」
ギルド長はそう叫ぶと職員に緊急クエストの発行を依頼する。
冒険者達は慌ただしく装備の補給を行いに、それぞれ道具屋や武器屋へと駈け込んでいく。
「セイレーンは獲物をすぐに食ったりはしない。どのくらいの数を助け出せるか……」
ギルド長は低い声で呟く。
カガーンを助けるために集まった冒険者達をみすみす見殺しには出来ない。あとは時間との勝負だ。
緊急クエストを発行し全ギルド宛てに今の状況を展開した受付嬢は、とある支店から返ってきた返信を見て顔を青くする。
「大変です、ギルド長!ネバーランドの勇者も2日前にこちらに船で向かったそうです」
「何だとっ!」
2日前に出発しているのであれば、セイレーンの勢力圏内に船が入り込んでいる可能性がある。
「無事でいてくれよ……」
ギルド長は虚空を見上げそう祈った。
評価とご感想ありがとうございます。
しばらくアルフォンスが好きな展開が続く予定です。




