★ 500万pvに感謝を込めて SS ★
ちょっとしたSSです。
時は遡る。ハマールの皇太子宮でお世話になっていた頃。
朝からタマはそわそわしていた。朝食の席ではすっかり慣れていたはずなのに、気がそぞろで野菜スープを何度かテーブルの上に零してしまった。
「タマ、集中力が落ちていますよ」
すかさずエドに注意されるが、なかなか気を落ち着かせることが出来ない。
「どうかしたの?」
千夏がタマが零したテーブルをふきんで拭きながら、タマに尋ねる。
「なんでもないでしゅ」
タマはプルプルと頭を振った後、上目づかいで千夏をちらちらと見つめる。明らかに挙動不審だった。
千夏はタマの様子が気になったが、それ以上尋ねるのをやめる。素直なタマのことだ。無理やり聞き出さなくても、何かあったら後で話してくれるだろう。
「クー!」
コムギはすっかり綺麗に食べ終えた猫の絵が入ったお茶碗を前足で突き、エドにおかわりを催促する。
エドより先に気が付いた女官長がすっとコムギのお茶碗を取り上げ、テーブルの端に置かれたワゴンから肉を切り分ける。
「チナツは今日どうするの?」
目玉焼きにナイフを入れ、セレナが尋ねる。今日は訓練がお休みな日なので、アルフォンス共々珍しくゆっくりと朝食を味わっていた。
「んー、読書でもしようかなと思っている」
既に朝食を終え政務に出かけるクロームとすれ違ったときに、かねてよりお願いしていた図書室の閲覧許可がでたのだ。
「いいんじゃない? ハマールでしか読めない本もあるから、ゆっくり選びなさいな」
セラはエッセルバッハから届けられた書類に目を通す。
「僕は買いたいものがあるから、街に出て来る。タマとコムギを連れていこうと思っている」
レオンはお茶をゆっくりと飲みながら、一応千夏に断わりを入れる。もちろん千夏に異論はないが、3兄弟だけで大丈夫なのかと若干不安になる。
「私もついていこうか?」
「あ、俺も街に用があるから一緒に行くから大丈夫だよ」
心配そうに問いかけた千夏にリルがにっこりと笑って答える。
リルが一緒なら問題はなさそうだと千夏は安心する。
千夏は朝食を食べ終わると、クロームの書斎へと足を運んだ。
リルはタマ達を連れて以前千夏が駆け込んでいった露店のラーメン屋に顔を出す。まだ仕込み中らしく店は開いていなかったが、目的の人物を見つけることが出来た。
リルが店主に話しかけると、彼はリルのことを覚えていたようですんなりと話がまとまる。金貨数枚をリルは店主に支払い、店主からメモを受け取る。受け取ったメモの内容を確認し、リルは不明点を何点か店主に質問をして教えてもらったことをメモに細かく記載する。
「ありがとう、助かったよ」
リルは笑顔で店主に礼を言い、大人しく待っていた3兄弟の元に戻ってくる。
「沢山買うから、運ぶのを手伝ってね」
千夏もエドもいないためアイテムボックス持ちがいない。一人と二匹は露店で大量の買い物を済ませ、皇太子宮へ戻る。タマとレオンは竜であるため、重い荷物をものとはしない。荷物を運べないコムギは尻尾を振りながら、先頭に立って歩いていく。
皇太子宮の台所に辿りつくと、買い込んだものを袋から取り出す。特に買い漏れはないようだ。
「じゃあ、コムギやってみて」
リルに言われて、コムギは台所の椅子に座っているタマとレオンに近寄っていく。まずはレオンの膝の上にぴょんとコムギは飛び乗ると、レオンの気をぐんぐんと吸い込んでいく。レオンの気を半分程吸い込むと今度はタマの膝の上に飛び乗る。
コムギの擬態は相手から大量の気を吸いこんだことで過去二回程成功している。上手くいけばいいのだが……。リルはじっとコムギを見つめて変化のときを待っていた。
しばらくするとコムギはけぷっと息を吐き出して、タマの膝の上から飛び降りる。台所の床にゆっくりと横たわりコムギは取り込んだ気に意識を集中する。するとぼんやりとコムギの体がぼやけていく。ここまではいつもの訓練と一緒の状態だ。
更にコムギの輪郭がぼんやりと歪んでいく。今回はどうしても擬態化したいコムギは頑張って集中し続ける。その執念が実り、ぽふんとコムギの体が変化する。床の上にころりと寝転がっているタマとそっくりな姿が現れる。
「成功したな。毎回気の半分を与えることは出来ないが、いざというときに擬態出来るのは大きい」
満足そうにレオンは頷くと、床に転がっているコムギに向かって手を差し伸べる。
コムギはぱちぱちと目をしばたかせ、ゆっくりと体を起こしレオンの差し出した手を取る。
「コムギ、よくやったでしゅよ」
タマも嬉しそうに立ち上がったコムギの頭に手を伸ばして撫でる。コムギも嬉しそうににっこりと笑う。
「じゃあみんな手を洗って綺麗にしようか」
リルは椅子を流し台の前まで持っていき、3匹に話しかける。タマとコムギは椅子によじ登ってから手を洗う。手を洗い終えた二人を今度は作業台の近くの椅子までリルとレオンが抱えて運ぶ。
「タマは卵を割って黄身と白身をわけてこの器に入れて。卵は6個だよ。レオンは小麦粉をこのメモの分量に計ってね。コムギはもうちょっと待ってね」
リルが指示するとタマとレオンが頷いて作業を始める。
タマはぽんぽんと器の角で卵を叩いて割るが、ぐしゃっと潰れてしまい卵のカラと中身がぐしゃりと器の中に落ちる。タマは泣きそうな顔で、崩れた卵を見る。
「大丈夫、卵はいっぱいあるから練習しようね」
リルはタマが崩した卵の器を受け取り、新しい器を食器棚から取り出す。今日はもともと別の卵料理も作る予定だ。タマ達がうまく卵を割れないことは想定内のことだった。
小麦粉の分量を量り終えたレオンも一緒に卵を割る。やはりレオンもうまく割ることはできなかった。
「うまくできないでしゅ」
「最初はうまく出来ない人は一杯いるよ。大丈夫練習すれば割れるよ。自分たちだけで作りたいんでしょ? それとも俺が割る?」
リルの申し出にタマとレオンは首を振る。今回は自分たちだけで作ることに最初から決めていたのだ。
「こうやって割って、これをこうして卵の黄身と白身をわけるんだよ」
リルがタマとレオンの前で卵割りの実演をして見せる。真剣にそれをタマとレオンはじっと見つめる。
「ター、レー。頑張れ」
コムギが手を叩いて応援する。
数個目でレオンが卵割りに成功する。なんとか黄身と白身をわけることもできた。レオンはじっと自分が割った卵を感無量に見つめる。毎朝なんとなく食べていた目玉焼きがこんなに大変なものとは知らなかった。ご飯を食べるときにもう少し味わって食べなければとレオンは心に誓う。
「出来たでしゅ!」
タマも10個目の卵でやっと成功する。黄身と白身をそのまま出してしまったが、キラキラと目を輝かせてまあるい黄身を覗き込む。持っていた卵の殻で黄身をなんとかすくい出し、白身と黄身をわける。
一度成功すると慣れたようで、タマとレオンは卵をうまく割れるようになった。
ここからが力仕事だ。白身をコムギが一生懸命混ぜ合わせてメレンゲを作り始める。根気のいる生クリーム作りはタマとレオンで交代で頑張り続ける。
リルは卵料理を作りながら、所々でタマ達に作り方を教えていく。
そして3時間後。3匹の力作が完成する。
「うん、よく頑張ったね」
リルに褒められて嬉しそうにタマ達は作り上げたものをじっくりと眺める。
最後の仕上げにリルが砂糖で作り上げた人形を3つ置く。その出来栄えにタマ達は歓声を上げる。
「リルすごいでしゅ!」
「上手いものだな」
「リー、しゅごい!」
タマ達から絶賛され、リルは照れくさそうに笑う。
「おお、これはなかなかの出来だな」
皇太子宮のコック長が出来上がった作品を面白そうに眺める。すでに夕食の準備を始めるために皇太子宮のコック達が厨房に入って来ている。
慌てて散らかした道具をリル達は片づけ始める。お片付けまでして初めて料理を作ったと言えるのだ。
最後にレオンがゆっくりと崩さないように作り上げたものを保冷庫にしまう。
後は夜を待つだけだ。
「ちーちゃん、ご飯でしゅよ」
タマに呼ばれ千夏は読んでいた本を閉じる。ずっと同じ姿勢をしていたため、結構体が凝っていた。うーんと背伸びをして体をほぐしてから、千夏はベットから降りる。
部屋を出るとそこにはタマと同じ姿をしたコムギが立っていた。いつの間に擬態したのだろうか。
「ちー、ご飯」
コムギは千夏に向かって手を伸ばす。千夏はコムギの小さな手を握り、空いている手でタマと手をつなぐ。
「今日は何していたの?」
千夏の問いかけにタマとコムギは楽しそうに笑う。あまりにも2匹が楽しそうに笑うので、夕食のときにでもゆっくり2匹の話を聞いてみようと千夏は思う。
食堂に入ると千夏達以外の全員が揃っていた。テーブルの上には以前レシピで教えてもらった料理が大量に並んでいる。
「どうしたの? ご馳走じゃない」
美味しそうな匂いを嗅ぎながら、千夏はいつもの席に座る。千夏の隣にタマとコムギが座ると、アルフォンスがワイングラスを持って立ち上がる。
「ハッピバースディ!チナツ」
アルフォンスがにこやかに千夏に向かって笑いかける。
「「「「お誕生日おめでとう」」」」
全員がグラスを掲げて千夏にお祝いの言葉を贈る。千夏は驚いたようにみんなを見回す。よくよく考えてみると確かに今日は千夏の25歳の誕生日だった。誕生日について以前タマに話したことがあったことを千夏は思い出す。
誕生日を祝ってもらうことなど千夏にとっては随分久しぶりなことだった。なんとなく体がむずむずして照れくさい。でもとても嬉しかった。
「ありがとう」
千夏は素直にみんなにお礼を言う。アルフォンスとセレナが席を立ち、千夏に近寄ってくると小さな包みを手渡す。
「誕生日プレゼントなの。二人で選んだの。開けてみるの」
セレナに催促されて千夏は受け取った包みを開く。中には小さな蒼い石がついた銀色のネックレスが入っていた。蒼い石は魔石で好きな魔法を込めることが出来るらしい。
「私とクロームからはこれよ。書き心地がいいわよ。それでタマ達の成長記録を書いてね」
セラから渡された包みの中には高級そうな万年筆が入っていた。こちらのペンは少し千夏には書きづらかったのでとても嬉しかった。
「俺からはこれ」
リルも恥ずかしそうに小さな包みをそっと千夏に渡す。中には銀色に輝くシンプルな小さな指輪が入っていた。本当は石が付いたものを買おうかとリルは悩んだのだが、千夏が気軽につけられるほうがいいと思ってこれにしたのだ。いずれ機会があればきちんとした指輪を贈りたい。無意識な自分の気持ちに気が付き、リルは赤くなって頭を軽く振る。
「さて、最後ですね」
エドがそう言いながら、ワゴンを押して食堂に入ってくる。ワゴンの上には3段になっている見事なデコレーションケーキが乗っていた。色鮮やかなフルーツがふんだんに盛り付けられている。
「タマとコムギとレオン兄で作ったでしゅ」
タマが得意そうにケーキを指さす。ケーキの上に砂糖で出来た小さな人形が3つ乗っている。小さな竜と大きな竜そしてコムギの人形だ。
「みんな、ありがとう!」
千夏は笑顔で全員にお礼を言う。エドがケーキを切り分け、全員に配る。千夏のお皿には3つの人形がちょこんと乗っている。最後にエドは千夏のケーキ皿に小さな花のアクセントがついたフォークとスプーンを置く。
「これは私からです」
千夏は早速そのフォークを使いケーキを一口大に丁寧に切って口に含む。
「どうでしゅか?」
「うん、美味しい」
千夏はフォークを置くと、隣の席のタマとコムギに手を伸ばして頭を撫でる。くすぐったそうにタマとコムギは笑う。
「僕が作ったのだから、美味しくて当然だな」
レオンも千夏の美味しいという一言を聞き、胸を張る。言葉とは裏腹にその表情はほっと安心したように見える。千夏が笑顔でレオンに向かってぐっと親指を突き立てると、レオンは口元を綻ばせる。
暖かな仲間達と出会えて本当によかった。千夏は改めてこの世界で彼らと出会えたことに感謝する。
千夏の誕生パーティは夜遅くまで盛り上がり、少し飲み過ぎたセレナが暴れたかどうかは秘密である。
確かなことは千夏がプレゼントでもらったアクセサリーをそれからずっと身に着け、大事そうに万年筆を使っていること。それから大切にアイテムボックスにしまわれた3つの砂糖菓子の人形をたまに取り出して眺めていることだった。
ご感想と評価ありがとうございます。
ありがちな話になってしました。
実は千夏版シンデレラをかくか悩みました。
もちろんぐうたらで掃除をさぼるシンデレラに、継母はセラです。
かぼちゃの馬車の代わりに竜にのって舞踏会へ。王子はやはりアルフォンスかと。
なんて妄想すぎたのでやめました。




