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余興

「ふぁぁ。今日もいい天気だね」

千夏はベットの上で両手を上げ大きく体を伸ばす。窓から明るい日差しが差し込み、遠くからは鶏の鳴き声が聞こえてくる。もそもそとベットから降りると、テーブルの上にある水差しでたらいに水を注いで顔を洗う。


欠伸をしながら食堂へと向かう。いつも千夏が一番遅く起きるので、千夏が食堂に姿を現す頃にはすでに皆食事を終えゆっくりと食後のお茶を飲んでいることが多い。

「チナツ、おはよう」

メルロウから治療術の講義を受けていたリルが千夏に気が付きにっこりと笑う。メルロウは森の近くの家ができるまでこの屋敷に滞在することになった。床に足が付かず椅子の上でぷらぷらと足を動かしながら、彼には少し大きめなマグカップを抱えている姿はとても200歳を超えている老人には見えない。


「おはよう。セレナは走り込み?」

「うん。でも出かけるのは知っているはずだから、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかな」


千夏はリルの言葉に頷き、ライゼが用意してくれた朝食を黙々と取り始める。今日はご飯の日だ。いい具合に焼けた半熟卵の目玉焼きをご飯の上に乗せる。箸で割ると、とろりとたれる黄身が食欲を刺激する。


 今日はこれからエッセルバッハの王都に出かけることになっている。一緒に出掛けるメンバーはタマとコムギそしてリルとセレナのいつものメンバーに加え、双子のメイドさんだった。初めはいつものメンバーだけで出かけようとしたのだが、ライゼにメイドを連れていってほしいと懇願されのだ。


 本来なら一国の王が他国訪問する場合、お供や傍使いのメイドをたくさん連れていくのが慣習らしいのだが、千夏の元には数人のメイドさんがいるくらいだ。王といっても所詮は田舎地方領主に毛が生えた程度だし、実際に今いるメイドさん達だけで大抵の仕事は片付いてしまっている。


 王都に出掛けると聞いた双子が喜ぶ姿を見て、向うについたらお休みをあげなくてはと千夏は心に刻む。彼女たちの休みは週に一回あるのだが、この村には休みの日に買い物する店もないし娯楽もない。千夏自身はだらだら過ごしているだけで幸せだったので、彼女たちの境遇に今まで気が付かなかった。


茜にハマールかエッセルバッハ王都への短距離の転移ができる転移石の開発を、優先的に行ってもらおう。村で働く人の福利厚生も千夏は仕事のうちだと考える。出来れば気持ちよく働いてもらいたい。

(このままじゃ働かせるだけ働かせて、楽しみがないよね。温泉だけだと侘しいかもしれない)


千夏の食事が終わり、食後のお茶をゆっくりと味わっている間に出かけていたセレナとタマ達が戻ってくる。セレナは帰りがけに温泉に入ってきたようで、少し髪が濡れていた。村人にも大人気な温泉だが、いつでも入れるというところをセレナは気に入っている。特に早朝は人がいないので温泉を独り占めでき、のんびりと浸かれるからだ。


「みんな揃ったみたいだから、出発しようか。荷物は大丈夫?」

千夏が尋ねると双子のメイドは大きなカバンをしっかりと握り、少し落ち着かない様子で頷く。二人の顔は少しの緊張と王都へ行ける嬉しさが混じっていた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫、じゃあ転移するね。いってきます」

千夏はライゼを筆頭に見送る屋敷で働く人達に向かって手を振った。

 



「余興だと?」

若きエッセルバッハの王が眉をひそめ、目の前の皇太子を眺める。

「はい。せっかく三カ国が揃うのです。ただのパーティだけでは興ざめでしょう」

皇太子――ギリアスは王妃ゆずりの深いアイスブルーの瞳を少し細め、ちらりと王の傍に立つ叔母に視線を向ける。忌々しい出しゃばりな叔母は、ギリアスの視線を正面から受け止めにっこりと微笑む。


ギリアスが言い出した余興とは「旗獲りゲーム」と呼ばれる兵達の訓練でよく用いられる集団戦を意識したものだ。ルールは単純で小さな砦内にある旗を奪い合うものだった。兵の迅速な移動や兵法の練習によく使われる。


「今から準備するのは難しいのではないか?」

「大丈夫です。すでにハマールの竜騎士団長と打ち合わせ済です。今回の余興のために兵を300名連れてきてくださるそうですよ。ゲームで使う3つの砦もすでに構築していますし、なんの問題もありません」

王の言葉にすかさずギリアスが答える。


「各国300名の布陣ですか。ネバーランドにはそれほどの兵はおりません。どうなされるのかしら?」

セラの問いかけにギリアスは愉しそうに笑う。

「ネバーランドは勇者の国ですよ?勇者一人で一騎当千の強者と聞きます。それくらいのハンデがないとつまらないのではないですか?わざわざハマールと我が国で後ろ盾になるほどの勇者達です。是非この機会に勇者の強さを確認させていただきたいものですね。兵士達もいい訓練になるでしょう」

ギリアスは挑発的な視線をセラへと向ける。


―――――――なるほど。竜騎士団長と手を組んで公式な場所で勇者を叩きのめすのが目的なのか。

セラはギリアスのあざとい意図に表面上にっこりと微笑む。現在ネバーランドには兵は一兵もいない。千夏達数人と600名の兵を彼は戦わせるつもりなのだ。競技であるため、殺傷能力が高い上級魔法以上は使うことが出来ない。千夏の魔法を封じて肉弾戦を挑むつもりなのだろう。


ギリアスが勇者たちを優遇する国政について不満を持っていることをセラは知っている。千夏達に悪感情を持っている竜騎士団長と手を組むというところまでは想定内だ。だが今のネバーランドの恐ろしさを知らないとは……。情報収集が足りていないし、魔族の本当の怖さを全くわかっていない。少し残念そうにセラは次世代の王となるギリアスに視線を向ける。


ちらりと兄王がセラに視線を向ける。兄もギリアスの意図に気が付いている。千夏達が不快な思いをしないのか気にしているようだ。セラはにっこりと微笑みを返す。

「分かりました。私からネバーランドの方に伝えましょう」



『どうです?うまく行きましたか?』

ギリアスは謁見室を出ると遠話のスイッチを入れる。すぐに待ち構えていた相手から結果を促す言葉が流れて来る。

「ああ。予定通りだ。いくら勇者と言え肉弾戦で600名の精鋭を相手に出来るわけがない。まんまとこちらの挑発に乗ってくれたよ、我が叔母は」

ギリアスは機嫌良く相手に答える。今回の件がうまく行けば勇者不要論の同意者が増えるはずだ。そのまま叔母を失脚させるいい手がかりになるだろう。

『そうですか。では明日お会いしましょう』

「判った」

遠話をスイッチを切るとギリアスは近衛兵の訓練場へと向かう。最後の手筈を整えるために。




「ゲーム? 旗獲り合戦?」

王城に到着した千夏達はしばらくの間過ごす部屋に通され、お茶を飲んでいたところだった。

「そう。砦にある旗を奪い合うゲーム。パーティが終わった次の日の昼間にやるそうよ。気楽に楽しんでくれればいいわよ。300人まで参加可能だから、竜達にもいい娯楽になるんじゃないかしら」

セラはパタパタと扇を揺らしのんびりと答える。


「面白そうでしゅ」

タマは嬉しそうに千夏を見上げる。

「上級魔法以上は禁止で、竜体での参加は不可ってくらいかしら。後は好きにしていいわよ。千夏は砦でのんびり見物していればいいんじゃないかしら」

確かに竜達が参加するのであれば、千夏は左団扇で寝ながら見学していても安全だろう。セレナもタマもゲームに参加する気満々だ。確かに娯楽と考えれば悪い話ではない。今朝娯楽についていい案がないかを丁度考えていたところだ。村人達も呼んでいいのなら呼んで見せるのもいいだろう。彼らはこういうことが好きそうだ。


「竜さん達に聞いてみないと判らないなぁ。一回戻って聞いてみるよ。ところで村の人達も連れてきていいのかな?」

「観客席は広いから問題ないわよ。当日転移できるものをフルール村に向かわせるわ。村人全員が来るようだったら、家畜の世話係もつけましょう」

「そのとき軽食と飲み物とかも出してもらえると嬉しいんだけど。後は竜さん達用に大量のお酒もね」

「分かったわ」

予定にない余興の件は完全にこちら側の人間関係から派生したものなので、セラは快く千夏のリクエストに応える。

「じゃあ、ちょっといってくるね」

千夏は両側にへばりつくタマとコムギを連れて国境を経由してから、フルール村へと転移する。





いつものように村長がフライパンを叩きながら村を回る。村人達だけではなく、竜達も何事かと村長の家の前に集まってきた。

「皆集まっただか? 4日後にエッセルバッハの王都で見世物があるらしいだ。領主どんがそれに皆を誘ってくれるそうだべ」

村長の言葉に座り込んだ村人達はキラキラと目を輝かせて千夏を見上げる。生まれてこのかたこの村を出たことがない者が大半である。

「都の見世物って何だべか?」

「楽しみだなぁ」

村人達はそれぞれ思いに耽る。


「えーと、簡単なご飯も出るので是非皆さん楽しんでください。また竜さん達にお願いがあります。ハマール、エッセルバッハとうちの三カ国で競技を行います。うちの国には兵士がいないので、是非参加してもらえると助かります。その方が競技として盛り上がると思いますので」

千夏の言葉に竜達は首を傾げる。千夏は競技内容についてセラから聞いた内容を簡単に説明する。


「他の国は300人か。人のままで戦えというのだな?」

火竜が面白そうに尻尾を振る。人の姿では竜の力の1/10程度しか力を発揮出来ない。その力でどのくらいのことが出来るのか彼は興味を持ったようだ。

「そうです。魔法は上級魔法以上は禁止です。もちろんブレスも駄目ですね」

「つまり、力技というわけか」

千夏の答えに満足したように火竜は頷く。


「私は出てもいいぞ」

千夏の話を聞いていたタロスが手を上げる。我が子も出るのだ。フィーアも家族3匹で遊ぶのもいいかもしれないと考えている。

元々暇つぶしでこの村に来ている竜達は変わり者ばかりだ。気軽に千夏に色よい返事を返す。


「竜さん達の戦いを見てみたいかー!」

千夏の叫びに村人達は「おお!!」と手を振りあげる。


多少他国の人は気の毒だが、村人達には楽しいショーになるだろう。

誰が考えたか判らないが、いい機会を与えてくれたことに千夏は感謝した。


ご感想と評価ありがとうございます。


ギリアスくんはかなり前に出てきた皇太子です。

シャロンが出て来るところまでたどり着かず……次回こそは

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