魔女の城 (3)(改訂版)
全面的に見直しました。
「あ、ちーちゃんの気でしゅ」
タマは嬉しそうに声を上げる。
「チナツの気があるってことは転移したんだ。やたらとこの辺り木が折れていない?」
結界石から少し離れたところの木々が大量に折れ曲がっている。まるで巨大な何かに踏みつぶされたようだ。
「木の潰れ具合の範囲から察して、ナルさんが竜に戻ったのでは?」
リルの問いかけにエドが推測する。
「多分、そうだろうな。森を抜けるなら空からのほうが早い」
アルフォンスは鬱蒼と茂る森を眺めたあと空を眺める。
「僕たちも空を飛んで追いかけたほうが早そうだ」
レオンは那留が踏み倒しただろう開けた場所で竜に戻る。
タマもコムギをリルに預け、竜に戻ると空高く舞い上がる。
「人数が多いので、私と彼で運びましょう」
一緒に付いて来たタロスも竜に戻り、背中にリルとセレナを乗せる。
すでにレオンの背に乗り込んだアルフォンスとエドは空中で、タロスが上がってくるのを待っている。
3匹の竜が一カ所に固まっている姿など竜の谷以外では滅多に見られない光景だ。
「早くいくでしゅ!」
タマはレオンとタロスをせかして、千夏の気を感じる方向に向かってスピードを上げて飛んでいく。
無邪気に千夏との再会を喜ぶタマを見て、リルの腕の中のコムギもぶんぶんと尻尾を振る。
エドはレオンの背中で、ギルドから入手したノークの概略図と太陽の位置を確認する。タマが向かっている方向はノークの玄関口となっている王都とは別方向の様だ。ネバーランドに戻るために、普通は王都に向かうはずだ。
「厄介事に巻き込まれてなければいいんですけど」
竜の背に乗れたことに興奮してはしゃいでいる主を呆れたように見ながら、エドは呟いた。
タマ達が転移石を使って千夏を追いかけた少し後、セラはカトレアを伴い千夏の屋敷に到着した。
セラはエドから頼まれてすぐにノーク王家に事前に連絡を取った。確かに千夏達はノークにいるようだ。
行きたくて行ったわけではないだろうが、千夏がネバーランドの女王となって初めての他国の訪問にあたる。千夏はまだ王としての自覚はない。なにか問題を起こす前に直接自分が乗り込んで行くべきだと、セラは判断した。
「あっちのほうですね」
先導するフィーアの後をセラとカトレアは追う。千夏の屋敷に寄った際に、留守番を任されていたフィーアに頼んで森にある転移石まで案内してもらっているのだ。幸い一度アルフォンス達が草木を切り払って道を作っていたので、それほど苦にならずに進むことができた。
しばらくすると、3つの細長い岩に囲まれた転移石を見つけることが出来た。
「これが転移石ですか。石に複雑な魔法陣が展開されているようですね。解明できれば今後魔法技術は大きな発展が望めそうです。しかし、複雑すぎてこの魔法陣は私の手に余ります」
カトレアは知的好奇心が疼いたのか、少し興奮したように転移石を見つめている。
「確かにね。でもそれは一旦置いておきましょう。千夏達のほうを先に何とかしないと」
セラも転移石の仕組みには大変興味があるのだが、それよりも千夏達の方が最優先だ。
カトレアはセラと手を繋ぎ、転移石を触ってみる。しかし、転移石に変化はない。
「どうやら私の魔力ではこの転移石を起動出来ないようです」
カトレアは申し訳なさそうにセラに頭を下げる。セラは少し考えた後、ここまで案内してくれたフィーアに視線を移す。
「フィーアさん。また頼み事で申し訳ないのですけど、一緒に行っていただけないですか?」
「ええ、いいですよ。私も本当はみんなと一緒に行きたかったんです」
フィーアはにこりと笑うと自分の手をセラに向かって差し出す。セラが手をしっかりと握ったのを確認し、フィーアは転移石に触る。
カトレアのときには反応しなかった転移石が青白い光を放ち、3人は一瞬のうちにノークへと転送された。
「ちょっと、休憩!」
千夏は倒したアイアンゴーレムの残骸の上に座り込み、うんざりと薄汚れた室内の天井を見上げる。
「何なのこの城。罠はいっぱいあるし、ゴーレム達が襲ってくるし。ダンジョンより酷いよ、ここ」
「というか、那留さんと千夏さんがいなければ死んでますよね」
愚痴を言い始めた千夏に太郎が同意する。先程の戦闘もアイアンゴーレムが出現した瞬間に開いていたはずの部屋の扉が突然閉められ、完全に閉じ込められた。逃げ場がなくなった太郎は大人しく、千夏の後ろから様子をずっと窺っていた。
「でもそろそろ最上階になるんじゃないか?」
那留は劣化して半壊状態の部屋の窓を叩き壊し、体を乗り出して外から城を見上げる。
「水責めに火責めに、典型的な細い一本道での巨大な岩が転がってくるという罠。そしてゴーレムの大群。次は何が出てくるんだろうな」
「那留はなんでそんなに楽しそうなのかなぁ」
楽しそうに笑う那留を千夏は理解できない。
「今まで毎日暇だったからな。刺激としてはまぁまぁかな。さて、そろそろ行こうぜ。腹が減ってきた」
那留に催促され、千夏は渋々立ち上がる。次が最後であって欲しいものだ。床に散らばるアイアンゴーレム達のなれの果てを避けて、部屋の隅にある小さな階段を上っていく。
「また広い部屋だ。またゴーレムか?」
那留は階段から次の階を覗き込む。奥行100メートルほどの何もない長方形の部屋がそこにはあった。一歩でも部屋の中に踏み出せば敵が襲ってくるというのが、この城の罠発動条件だと少しは学習している。
「ストーン、アイアンの次って何になるの?」
この世界での魔物の知識があまりない千夏はアンジーに尋ねる。
ストーンゴーレムは土属性だったので火の魔法は有効だったが、アイアンゴーレムにはあまり効かなかった。結局風の特級魔法の下位魔法である圧縮で押し潰して倒した。
『そうね。ゴーレムは鉱物から魔法で創り出すことができるから、ミスリルとオリハルコンかしら?』
「魔法で弱点となる属性はアイアンと同様でなし?」
『ないわ。でもミスリルは魔法伝達しやすい鉱物だから、魔法の効きがいいかもしれないわ』
「ミスリルゴーレムであることを祈るか……では、行きますか」
千夏は覚悟を決めて、那留を見上げる。那留は親指をぐっと前に突き出し、なんの躊躇もなく階段から5階のフロアに足を踏み入れる。
ブンっと耳障りな大きな音が部屋の奥から響いてきた。ゆらゆらと奥の空間がまるで生き物のように蠢く。それは次第に輪郭を伴い、2つの人影を作り出す。
一人は全身を重そうな鎧を着こんだ大柄の男。片手に緑色に光り輝く長剣、もう一方の手には青い鱗で作られた巨大な盾を持っている。身長は2メートル近くあり、短く整えられた髪は漆黒。整った顔には感情がない。
もう一人は絹のように流れるような美しい銀髪を持つ、少し小柄な女だ。少し垂れ下がったハマール人特有の緑の瞳に小さな鼻と口。彼女は黒いローブを纏い、片手には自分の身長ほどの長さを持つ長杖を握りしめている。こちらの女も表情は冷たく凍っており、体温が通った人のようには見えない。
「太郎は階段から動くな!」
那留は突如目の前に現れた二人からただならぬ魔力を感じ、彼らから目を離さぬまま叫ぶ。
『まさか……あれは300年前の勇者? 魔女はクリス、剣士はレイバーン?』
アンジーが戸惑ったように目の前の二人を見つめる。
剣士は下げていた剣を持ち上げ、中段に構える。そのまま無造作に横なぎに剣を滑らせる。
ビュッ!
風斬り音が響いたと同時にパリンと結界が破れる音が響く。とっさにアンジーが物理結界を張ったのだ。
更にアンジーは急いで物理と魔法の結界を二重に展開する。
『とりあえず一回、この部屋を出ましょう!』
アンジーの提案で千夏と那留は次の攻撃が来る前に急いで階段を降りる。全員が階段まで下がると、空間が再び揺らめき、二つの人影は消えていった。
「ゴーレムじゃないじゃん!何あれ!」
無造作に振ったたった一撃で結界魔法を撃ち破るとは。千夏は驚きを隠せない。
「それよりも300年前の勇者とか言ったよな?いくらなんでも人間はそんなに生きられないだろう。それになんだあの魔力は」
先程までアトラクションを楽しむ気分でいた那留は、思わぬ強敵に眉をしかめる。
『あれは人間じゃないわ。途轍もない量の魔法陣が見えた。最後の最後で恐ろしいものをクリスは創り出したものね』
アンジーは感心したように言う。
「関心してる場合じゃないよ……あんなのと真面目に戦おうとしたら、この城を壊す勢いでやらなきゃ駄目じゃない。転移石が全部壊れるよ。なんか詰んだ……せっかくここまで頑張って登ってきたのに……」
千夏は階段に座り込んでぼやいた。
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誤記を修正しました。




