北国
「いたた…なんなのよ、もう」
突然岩が光のみこまれたと思ったら、先ほどと変わらない森の風景が広がっている。
「なんだったのかな」
不思議そうに千夏は辺りを見回す。
「というか、いい加減に俺の上からどいてくれ!」
千夏と太郎は倒れた那留の体の上に乗っかっていた。慌てて千夏と太郎は立ち上がった。
「さっきの光はなんだったかよくわからないけど、さっさと腐葉土と果物をとって帰ろう。なんか面倒くさくなっちゃった。腐葉土ってこのあたりの土でもいいのかな?」
千夏は落ち葉が積もっている地面を指さして太郎に質問する。
「ええ、これで問題ありません。それよりもなんかここ変じゃありません?」
太郎が回りの植物を怪訝そうに眺める。
先程と同じ3つの岩と中央に平べったい岩があるのは同じなのだが、周りに生えている植物の種類が先ほどと変わっている。
「確かに。匂いもなんか違うな」
那留はくんくんと周囲の匂いを嗅ぎ、首を傾げる。
「同じ森だけど違う場所に飛ばされたってこと?」
千夏には違うがよくわからない。ただなんとなく気温が違うがわかる。かなり肌寒い気がする。
千夏はウォームの魔法を全員にかける。
「森は森だけど、全然違う森だ。さっきの石は転移石だったのかもしれないな」
「それじゃあ、もう一度触れば元に帰れる?」
千夏の質問に那留は首を振る。近くにある石からは魔力の流れをまったく感じない。
「たぶん一方通行なんだろうなぁ」
一応念のために、那留は石を触るがまったく反応がない。
「転移で移動できるかちょっとやってみる」
千夏はいろいろな場所を思い浮かべて転移魔法を発動させるが、全く発動しない。
魔法が全く使えなくなったのかと不安になったので、ウォーターウォールを発動してみる。
問題なく水の壁が出現し、魔法が効かない可能性はなくなった。
転移が使えない。つまり千夏がいままで行ったことがある土地からかなり離れた場所だということだ。
「とりあえず、状況を確認するために近くに町か村でもあればな…ちょっと探すか」
那留はそういうと、千夏達のいる場所から少し下がってから竜に戻る。
近くの木々が那留の体の膨張によってバキバキと倒れていく。
「でかい!……那留さんは竜だったのですか……」
村で見た竜達と比べても二回りほど那留の姿は大きい。太郎は唖然と巨大な黒竜を見上げた。
「とりあえず、背中に乗れ。空から村を探したほうが早い」
「うう……苦手なんだよね、竜の背中。落とさないでよ」
千夏はぶつぶつ文句を言いながら那留の背中に乗る。太郎も一人だけ残るわけにもいかず、那留の背中によじ登る。
「俺の背中は快適だぜ。落ちないように魔法でガードしてやるから大丈夫だ」
那留はそういうと、翼を広げ空へと舞い上がる。
「わぁ、すごいです」
太郎は楽しそうに小さくなっていく森を見下ろす。千夏のほうは高所恐怖症ではないが、竜の背中という不安定な場所に不安を感じているため、下を見下ろす余裕はない。
「やけに広い森だな。さてどっちに行った方がいいのか……チナツ多くの気を感じるところはないか?」
「んー、あっち。今那留の尻尾がある方向」
「わかった」
那留はぐるりと旋回すると、そのまま真っ直ぐ進んでいく。本来ならもっと早い速度で飛ぶことが可能だが、千夏達を乗せているためあまりスピードは出せない。それでも時速40キロスピードで一時間ほど飛んでいると、遠くに街が見えてくる。
竜のままで街に入ったら大事になりそうなので、数キロ手前で那留は着陸し、千夏達を下ろした後人の姿に変化する。知らない場所に放り出されたわりに、千夏達には焦燥感はこれぽっちもない。
そもそも何にも知らない異世界に放り出された経験があるのだ。千夏のアイテムボックスには当面困らないほどの食糧と水が確保されているし、街につけばなにか情報も手に入るだろう。
いたって呑気に彼らは「日本での食べ物文化」について語り合いながら街に向かっていた。
「グラタンはおかずにならないと私はおもうんだけど。グラタンだけではおなか一杯にならないから、もう一品とご飯は必須だよね」
「そうだな。俺はタコ焼きをおかずに飯を食うのはどうかと思うんだが……」
「え?おいしいですよ。十分おかずになりますって。俺は納豆のほうが食べられないからなぁ……」
「「なんで!」」
二人から疑問を問いかけられて太郎は笑う。植物以外に人とこんなに長く話すのは久しぶりだった。
「あーあ。納豆が食べたくなってきた。誰か作り方しらないのかな……」
食べ物の話をしていたので、なにか食べたくなってきた千夏がぼやく。
「ぼやくな、ほらやっと街の入口だ」
那留は千夏に預けていた身分証を渡してもらう。普段は他の国などいかないので、千夏に預けっぱなしだ。
街の大きさはゼンより少し小さいくらいだろうか。
あまり人の出入りがないようで、街の入口には兵が二人いるだけだった。
最初に那留が身分証を兵士に渡す。
「ネバーランド?聞いたことがない国だな」
兵士が那留の身分証をじっと眺める。
「最近できたばかりの国なので、有名じゃないんだよ」
事実そのとおりなので、そう答えるほかない。更に千夏の身分証を見て兵士達は疑念の眼を向ける。
そりゃそうだろう。千夏の身分証には怪しい称号がいっぱいある。
「領主? あんたが? 供はこれだけか? それに勇者ってなんだ?」
千夏の身なりは普通の人とほとんど変わりがない。領主になってからも街で買った古着をそのまま着続けている。
「まぁあんまり気にしないで」
千夏は少し気まずそうにそう答えるしかなかった。
「でもこれ冒険者ギルド発行の身分証だろう? 詐称なんてできないよな?」
もう一人の兵士が同僚に向かって話しかける。
「一応領主様に報告しよう。すみませんが、少しここで待ってください」
いくらか丁寧で話しかけられたが、千夏は首を振る。
「冒険者ギルドに早急に行きたいの。そっちにいるからなにかあったら連絡ください」
千夏を拘束するだけの権限を彼らは持っていないので、渋々千夏の言葉に頷く。
太郎の身分証はまだエッセルバッハのものだ。こちらは聞いたことがあったようで、すんなりと街に入れることになった。
冒険者ギルドまでの道を教えてもらい、千夏達は早速向かうことにする。
おなかは空いていたが、ここがまずどこなのかをきちんと把握しておくべきだ。
大通りを少し行ったところに冒険者ギルドのマークを見つけ、建物の中に入る。
すでに夕方近くになっているため、受付カウンターには人が殆どいない。代わりにギルド備え付けの食堂では酒を飲んで盛り上がっている人達が結構いる。
「すみません、この国の地図と世界地図を見せてもらえないですか?」
千夏は空いている受付カウンターで、営業スマイルを保っている受付嬢に話しかける。
「地図ですか? 概略地図ならお見せすることはできますけど。手数料は銀貨3枚になります」
千夏はアイテムボックスから銀貨を3枚取り出す。
「ええっ!今の魔法ですか?」
受付嬢は何もないところから現れた銀貨に驚き声を上げる。
あまりにも大きな声だったので、食堂にいた人々が何事かとこちらを見ている。
「魔法ですけど、なにか??」
千夏は小首を傾げる。アイテムボックスは別に日本人だけ使える魔法ではない。なにをそんなに驚いているのか千夏にはわからなかった。
「魔法を使える人を初めて見ました。すごいです」
受付嬢が興奮したように答える。
「なんだって魔法使いか?」
「本当にいるんだな。すげーや!」
食堂にいた冒険者たちも千夏達を物珍し気に眺めている。どうやらこの国では魔法を使える人が少ないようだ。
「あのぅ……とりあえず地図を……」
千夏は興奮している受付嬢を催促する。
「そうでしたね。あれ、この銀貨は中央大陸のものですね。ここでは使えませんよ。ついでに両替しますか?」
中央大陸って……ここどこよ!千夏は眉をしかめる。
とりあえず金貨3枚ほど両替してもらうことにした。ここには金貨がないのか、この国の銀貨が5000枚ほどを4つの袋にわけて渡された。その中から3枚を取り出し、やっと地図を見せてもらうことができた。
「こちらがノークの概略地図です。今いるクタの街はここです。それで世界地図ですが、こちらですね。ノークがここです」
どうやらここはノークという国らしい。この国の概略地図は後でゆっくりみることにして、世界地図のほうをじっくりと眺める。ノークという国は地図でいうと北にある小さな島国だった。
「エッセルバッハがここだね」
太郎が地図の中央にある大きな大陸の東側を指さした。確かにエッセルバッハと書いてある。
しかしなんでこんな遠いところに飛ばされたのか……帰るのがなかなか大変そうだ。
ノークの概略図は買うことができるようなので銀貨5枚で買うことにした。
受付嬢からペンを借りて今いる場所と、中央大陸の方向を書き込む。
あと、ギルド経由でネバーランドへの出張所あてに伝言を頼んだ。銀貨20枚で伝言を伝えてくれるらしい。とりあえず無事でいることと、ノークという国にいることをリル宛に伝言を頼む。超特急料金を払えばすぐにでも伝えてくれるとのことだったので、銀貨30枚をさらに払う。
時差があったようで、結局リルにこの伝言が届くのは千夏が失踪した次の日の昼になる。
とりあえず、やれることだけはやったので隣の食堂でご飯を食べることにする。
魔法使いだということで、こちらをチラチラと窺う視線が結構多いが特に害意を感じなかったので放置することにした。
「焼き魚定食お待ち!」
「待ってました!」
香ばしい油ののった魚料理がテーブルに並べられる。千夏はほくほくとアイテムボックスから自分用の箸を取り出す。魚を食べるのはやっぱり箸が一番食べやすい。
「いいなぁ、箸。俺も欲しい」
那留は頼んだ肉にフォークを突き立てる。
突然バンと大きな音をたて、ギルドの扉が開かれる。
慌ただしく駆け込んできたのは先ほどの門番のうちの一人だ。その後ろにも何人か兵がいる。
「あの人です!」
門番が千夏を指さし叫ぶ。すぐに他の兵たちが千夏の周り寄ってくる。
兵士達に囲まれて、まるで犯罪者にでもなったような気分だ。
「すまんが、領主の館まで来ていただきたい」
口調は柔らかいのだが、鉄の甲冑を着込んだ赤髪の強面の偉丈夫が、じろりと千夏を見下ろしそう告げる。
「今すぐ? ご飯これからなんだけど」
「食事はあちらでも出す。すぐに一緒に来てほしい」
じっと強い眼差しで、男は千夏を見続ける。無視して食べてもいいのだが、この視線の中でご飯を食べてもおいしく感じないだろう。
渋々千夏は箸をアイテムボックスに収納した。
ご感想と評価ありがとうございます。
とりあえず消えっぱなしだとあれなので、どこに行ったのかを連投することにしました。




