住民募集中
「ただいまでしゅ」
タマが元気よく食堂に入ってくる。リルはずっと栄養剤を作り続けたので結構クタクタだ。
「あれ、チナツいないの?」
リルが席につくとさっとライゼが淹れたてのお茶を差し出してくれる。
「チナツ様は王都に向かわれました」
後から入ってきたタマとタマの両親にお茶を配り終えたライゼが教えてくれる。
「王都?それなら栄養剤で使う薬草も買ってきてもらおうかな」
リルはいそいそと遠話の腕輪のスイッチを押す。
「ん?ハニードロップ草?どのくらい?あ、那留チョロチョロしないの!」
リルと会話をしながら露店冷やかしにチョロチョロと動く那留を千夏はしかりつける。
王都は人が多いのだ。迷子になったら探すのが面倒。といって、那留の気はとても大きいので探すことは可能だけど。
那留は千夏から渡された銅貨でつやつやと真っ赤な果物を買い入れる。
トマトに似ているが食べたらみかんの味がする。
はぐはぐとみかんもどきを食べていたら、人相が悪そうな男と目が合う。那留は相手から目線を外さず、相手が威嚇のためにらみつけてくると、うれしそうにさらに相手をじっと見つめる。
「なんだてめぇ、さっきからニヤニヤ笑いながら見やがって!俺に何か用か」
アイアンアーマーを全身にまとい、大きな槍を掲げた冒険者が那留に向かって歩いてくる。もちろん、さきほどから睨めっこしている相手だ。
「別に用はない。睨まれたから見返しただけだ。喧嘩する気はない」
答える那留は相手の気をみて、少し残念そうな顔をする。睨み付ける顔はまぁまぁだったのだが、実力は暇つぶしにもなりやしない。
「弱いものいじめはやめなさいよ」
男と同じパーティの冒険者らしき白いローブを着た若い女が、男に向かって声をかける。
この男はこの間も王都住民と諍いを起こしている。実は気が弱いからこそ、男が虚勢を張るのを彼女は知っていた。
那留の目の端には騒動に気が付いた千夏が、げんなりとした顔で溜息をついているのが見える。
絡まれているのがタマやコムギだったら、すぐさま割り込んで相手をする。
でも、那留なら単に面倒なだけだ。騒ぎを大きくしてセラに怒られなきゃいいけど。
セラに怒られさえしなければ、大事になっても千夏は頓着するきはない。王都に竜が現れたって、タマやレオンで慣れてるだろうくらいしか考えていない。まぁ竜になるまでの相手ではないから、そこまでの騒ぎにならないだろう。
「こいつの目つきが気に入らねぇ。人を馬鹿にしたように見やがって!痛い目みせてやる」
男は引くきがないようだ。持っていた大槍を治療師らしき女性に無理やり渡し、男は指を鳴らしながら那留に更に近づいてくる。
周りにいた人々は喧嘩が始まるのを知って、さぁと潮が引くようにその場から逃げ出す。巻添いをくらいたくないのだ。
「聞き飽きるようなセリフだなぁ。もっと斬新な脅し文句はねぇのかよ。んー、そうだな。俺に一発でも入れられたら金貨3枚やるよ。だめだったら銀貨5枚置いて行けよ。酒代くらいにはなるか」
格下相手にまじめに喧嘩する気になれない那留は、男に向かって人差し指をくいくいと動かして馬鹿にしたように答える。これなら弱いものいじめにならないし、相手も実力差を理解して退散するだろう。
「馬鹿にしやがって!」
男はすぐに那留に向かって突進し、拳を握って那留の顔目がけて腕を振り下ろそうとする。すかさず、那留は人指し指を男の拳にあわせ、そのまま指一本で男の体をとんと軽く突く。
男の体が高く宙を描き、野次馬の人だかりに向かって数メートル放り出される。
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
野次馬達が空に浮かぶ男から必死に逃げる。
男は誰もいなくなった空白地へ、ドスンと落下する。落下の衝撃でガシャンとアイアンアーマーが音を立てる。
男はよろよろと起き上がり、信じられないように猫のようなつり目の那留の顔を見つめる。自分の体重はおよそ90キロ。それにアイアンアーマーの重量を合わせると100キロを超える。指一本で吹っ飛ばされるなどありえない。こんなひょろりと細長い男のどこに力があるのか信じられなかった。
「まだやる?もう一回空飛ぶ?」
目を細めて那留がニヤニヤと笑う。
「お金払うから!」
男と一緒にいた白いローブの女性が銀貨5枚を那留に向かって、放り投げる。怖くて近寄れないからだ。
全ての銀貨をきれいにキャッチすると那留は「毎度ありー」とヘラヘラと笑う。
すぐさま、男を立たせて二人組は那留の前から消えていった。
薬草を買った後千夏達はギルドに向かう。せっかくここまで来たのだ。もしかしたら魔物報酬がここでもらえるのではないかとせこい考えからの行動だ。
ギルドに入ると依頼掲示板ではなく、告知用掲示板を千夏は眺める。
そこには千夏が出した募集ちらしがデンと貼ってあった。
『新しい国「ネバーランド」の住人募集中!
エッセルバッハとハマールの同盟国です。
新しい国でまったりと農業を営みませんか?
技術職も求む!
領主 佐藤千夏』
「ネバーランドってピーター〇ンかよ」
那留がチラシを眺めて呆れる。
「うん。いい名前が思いつかなかったの。まぁ私が領主な時点で国営はお察しだし、子供の国よね」
千夏はへらへらと笑って答える。正直まともに運営などできるわけがない。
「それ、興味あるんですか?」
ギルド職員の中年の男性がちらしの前でたむろっていた千夏達に声をかけてくる。
「まぁほどほどに。」
自分が出した広告とは言えず、千夏は笑ってごまかす。
「明日のお昼に第一陣がこのギルドから出発するんですよ。経費は国持ちなので転移で楽に移動できますよ。ただで土地をくれるらしいですよ。家作りも他の人が手伝ってくれるそうです。滅多にない募集ですよ。ただし、かなりの田舎なのであまり物は買えないそうですが。普通に暮らす分には問題ないでしょう」
にこにことギルド職員が千夏達に説明してくれる。
「明日の一陣ってどのくらいの人数なんですか?」
「明日はエッセルバッハからは30人くらいですよ。ハマールからもそれくらいだと聞いています」
数人とニルソンから聞いていたが、60人もくるのか。かなりの人数だ。
3軒の宿屋でしばらく泊まれる人数であるが、早めに家を作った方がよさそうだ。
「んー、人数が多いから森のほうにも手を出せるかもね」
タマやコムギが護衛について森の恵み採取班を作るのもいいだろう。
「それよりも一気にそんなに増えて、治安悪くならねぇか?募集で集まったやつらが悪いやつらじゃなきゃ問題ねぇけどさ」
さきほど街中で絡まれたばかりの那留が少し思案顔で考え込む。
「ん。那留に任せた。しばらくいるんでしょ?」
「そりゃそうだけど、見事に投げたな」
「千夏さんの脳みそはパンパンです。那留さんが手伝うといったので、お任せします。
・・・大丈夫よ、竜がいるんだもん。悪いことなんてする気が起こらないわよ」
「竜におびえて逃げ出さなきゃいいけどな」
ふむ。村人達がやたらと竜にフレンドリーだったので忘れていた。
普通の人だったらおびえるよね・・・
しばらく経てば、竜は人を襲わないと理解すれば慣れるだろう。
「一応、竜の谷とも友好関係を築いていますとでも追加しとく?」
「んなの普通の人が読んだら怪しくて来なくならないか?」
「村人達と一緒に行動させておけば、慣れるからそれでいいか」
千夏はそう納得すると、ギルドの受付に並び魔物討伐代金を見事にせしめて帰ってきた。
「レオン。月光草のありそうな場所がわかったんだ。一緒に探しにいかないか?」
アルフォンスは用水路を作り終えて帰ってきたレオンに「ちょっとそこまで散歩しよう」くらいな軽いノリで薬草探しの旅へ誘う。
「構わないが、チナツはここを離れられないだろう?誰がいくのだ?」
「俺とセレナとエド。リルとタマ達は留守番だ。レオンが来てくれるといざというときに心強い」
おだてられてうれしいものの、タマ達と離れ離れと聞いてレオンはわずかに顔を歪める。
それに気が付いたエドが眼鏡をくいっと押し上げながら、淡々とレオンに質問する。
「レオンは成竜ですから、寂しくて嫌ということはありませんよね?」
結構意地悪な質問だ。
「あ、当たり前だ。僕が寂しいなんて言うわけないだろう!」
むきになって答えるレオンに、エドは満足気に頷く。
「そうでしょうとも。期間はだいたい一週間くらいを見積もっています。たいした時間ではありません。それに行ったことがないところに行くのも勉強になりますよ」
「よかったの。レオンが来てくれるといざというときに治療ができるの。頼りにしているの」
こちらはまったくエドの意地悪に気が付かないセレナがうれしそうに笑う。
大分剣をうまく使えるようになったので、大けがなどはしないと思うが治療師がいるかいないかでどこまで無茶ができるかが決まる。
ハマール王都近郊は魔物が出なくなっているが、僻地にいけばまだまだ魔物がうようよしているのだ。
「任せておけ!僕がいれば問題などなにもない」
レオンは胸を張って答える。
その晩。うろうろと千夏の部屋の前でレオンがうろつきまわり、みんなが寝静まった頃にこっそりまたコムギを連れ出した。一緒に寝たのはコムギ以外誰にも秘密だ。
本当はタマも連れだしたかったようだが、チナツにガッシリと抱き枕のように抱え込まれてしまったので断念したようだ。
評価ありがとうございます。
国の名前は・・・いろいろ考えたのですが、結局・・・お察しくださいませ
次からはちょっとアルフォンス達の旅のお話を書きたいとおもいます。
ところどころで新住民のほうもはさんだりしようかなと。




