竜のお医者さん
朝起きるとタマはすでに朝の狩りに出かけていなかった。
どうやら昨日泣きながら寝てしまったようだ。目が少し腫れぼったい。
千夏は水膜の魔法を目にかける。
「チナツ、おはよう。大丈夫?」
心配そうにリルが千夏の顔を覗き込んでくる。
「うん。なんかいろいろありがとうね。もうすっかり元気だから」
千夏はにっこりとリルに笑いかける。昨日はぼぉっとしてしまったが、なんだかリルがすごく心配してくれていたのは覚えている。
まだ朝食の準備中のようなので、昨日のお礼を込めてリルと約束していたご飯を作ることにする。
といっても何を作ったらいいのかわからない。なにせ普段はコンビニのご飯で生きてきた女だ。
「うーん」
千夏はうなって、とりあえずアイテムボックスから魚を取り出して、焼き魚を作ることにした。
朝の鍛錬から戻ってきたセレナが変な顔で魚を焼いている千夏を見て笑う。
どうやら元通り元気なようだ。
「お、今日は魚か?」
ふらふらとにおいにつられてきた那留が眠そうに欠伸をする。
昨日はショックでなかなか眠れなかったのだ。
自分のために千夏が朝食を作ってくれると聞いたリルはご機嫌だ。
朝から那留に向かって鮮やかな笑顔を向けてくる。
「うっ」
那留は手をかざしてまぶしい笑顔を指の間から覗き込む。可愛いものは男でも可愛いのだ。
LoveじゃなくてLikeなら問題ないだろう。好みなのだから眺めるだけは許して欲しい。
結局昨晩悩んだ結論がこれだ。
結局千夏が作ったのは少し焦げた焼き魚とおにぎり。
正直料理といえるようなものではないが、それでもリルは「おいしいね」と嬉しそうに食べる。
「俺も米と魚がくいたいー!」
那留の絶叫に仕方なく残ったおにぎりを手渡す。魚は自分で焼くようにと生で手渡しだ。
どうやら千夏より家事スキルがあるようで、那留は鼻歌を歌いながら魚をさばき、きれいに焼いていく。
「ただいまでしゅ」
狩りから帰ってきたタマが両親を連れて戻ってきた。
両親はタマと同様に人の姿で現れた。高貴な感じがする美男美女は千夏に向かって会釈する。
千夏はそのときアルフォンスが狩ってきた猪の肉にかぶりついていた。慌てて肉から口を離す。
「昨日は挨拶もしないですみませんでした」
タロスは千夏に向かって頭を下げる。
「いえ!気にしないでください」
千夏も一日タマがいなかっただけであれだけ寂しかったのだ。三か月も子供を探し続けていた親ならそんなことまで頭が回らないのはよくわかる。
「これが弟のコムギで、こっちが兄のレオンでしゅ」
タマはコムギを腕にかかえ、椅子に座っていたレオンの膝の上に乗り込む。
「兄のレオンだ。タマのことは任せておけ」
レオンはタマの頭をしっかりとなでなでと撫でつける。
「あらあら、いっぱい子供ができたわね。私のことをお母さんだと思ってね」
フィーアはにこにことコムギとレオンを見て微笑む。
「僕の母様は別にいるが、タマの母親ならそうなるな」
少し考え込みながらレオンは答える。
ぴよこんとタマはレオンの膝から飛び降り、千夏のもとに駆け寄ってくる。
「それとちーちゃんでしゅ。こっちはリルでしゅ。あそこにいるのがアルで、隣がセレナでしゅ」
ばたばたと駆けまわりながらタマは両親に仲間を紹介していく。
「最後にタマにご飯をくれるエドでしゅ」
エドはタマの紹介に両手にサラダを抱えながら、優雅にタマの両親に会釈する。
バクバクと千夏と一緒のテーブルでおにぎりを食べている那留を見て、タマは首を傾げる。
「誰でしゅか?」
最初に会ったので竜なのは知っているが、タマは名前を憶えていなかった。
「ガーシャ様よ。竜の中で一番偉い人よ」
フィーアがタマに教える。
「俺は那留だ。そっちで呼べ。俺はこいつらについてしばらく村に滞在する。お前たちも一緒にいくか?」
「ご迷惑でなければ、是非」
タロスは千夏に向かって柔らかく微笑む。
「狩りは村の外でしてもらうことになるけど、それでいいなら。ご飯を食べ終わったら転移で戻る予定なの。なにか準備するならいまのうちにしてほしいです」
千夏は昨日きちんと食べ損ねたお花のお浸しに手を伸ばしながら答える。
「特に準備はありませんから、ここで待たせてもらいますね」
タロスとフィーアはそろって少し大きな岩の上に腰かける。かなり仲がいい夫婦だ。
「連れていくなら、村人達に紹介しておいたほうがいいですよ」
エドが千夏にそっと話しかける。
確かに突然大きな竜が増えていたら村人達がびっくりするだろう。
「あ、後でアンジーに話しがあるから落ち着いたらアンジーを呼び出して欲しい」
アルフォンスが忘れないうちに千夏に昨日の件を説明する。
「なんだ、妖精王を呼び出せるのか?」
少し驚いたように那留が千夏を眺める。
「さすがタマの育て親ですね」
タロスも驚きながら納得する。膨大な魔力と気力がなければ竜を孵すことなどできないのだ。
「ところで、タマとはどういう意味なのかしら?教えてもらえますか?」
フィーアがにこにこしながら千夏に聞いてくる。
「えっと、私の故郷で可愛らしいものにつける名前です」
千夏は適当に話をでっちあげる。
「ものはいいようだな。普通竜にタマとかつけるか?」
小声で那留が冷やかにつぶやいたが、気にしないことにする。
「「「「「ほぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」
巨大な闇竜と2匹の大きな光竜を見て村人達は声を上げる。
ニルソンもあんぐりと口を開けたままだ。
二日ばかりどこかに出かけたと思ったら、帰ってきたら竜の谷の主を連れてきたという。
いくら勇者でもやってることがめちゃくちゃだ。
「ということで、竜の谷の竜達と友好関係を結んだので、これからこの村に度々竜が飛んでくるかもしれないけど、驚かないでね?」
のんきそうにそう領主は竜を見上げていった。
竜の谷と友好関係など結んでいる国などない。
大国のハマールとエッセルバッハですら、竜の谷には触れないようにしているのだ。
「さすが領主どん。おらたちには思いつかないことをするべ」
村長は千夏に尊敬のまなざしを送る。うんうんと村人達は頷く。
どうやら那留の巨体ですら村人達は恐怖を抱いていないらしい。
「あのぅ、領主どん。おらの娘が熱だして寝込んでるんだ。なんとかできねぇだか?」
一人の村人が手を上げて千夏に尋ねる。この村は農民しかおらず医者はいない。
重い病にかかったらそれがすぐ死につながる。
「リル、みてもらえる?」
千夏はリルを振り返る。リルは頷くと、エドに屋敷まで転移をお願いする。解熱剤など薬は屋敷の自分の部屋に置きっぱなしなのだ。
「私たちも多少はお役にたてますよ」
タロスとフィーアは人型に戻ると、急いで戻ってきたリルと一緒に病人の家に向かう。
千夏も心配だったが、那留に「光竜がいるなら問題ない」と止められる。
「えっと、他に問題はなにかあるかな?」
千夏はニルソンに尋ねる。
「さしあたってはないです。そうそう、明日この村の入植希望者が何人か来ます。昨日エッセルバッハから人がきて宿屋を3軒立てていったのでそこに住まわせる予定です」
「わかりました。どうもありがとう。なにかあったらすぐに連絡してください」
千夏はそうニルソンにお願いすると、屋敷へ戻ることにする。
「しかし、医者もいないんだな。いろいろと手が回ってないだろ、ここ」
那留も人に戻って千夏の後をついて歩く。
「そうなんだよね。一緒に考えてくれると助かる」
「まぁ暇だから構わねぇよ。でも俺あんまり向うで勉強しなかったしなぁ」
ぽりぽりと那留は頭をかく。
「エドもアルフォンスもいるから、みんなで補えばいいんだよ。とりあえずお医者さんか・・」
千夏は青い空を見上げた。
「おお、顔色がよくなったべ」
タロスが癒しの光を放つと、ベットで息苦しそうに喘いでいた娘の顔色がよくなる。
「あとは、この薬を飲ませてね。朝と晩に1回ずつだよ」
リルは病人の様子を一通りみてから、栄養剤を娘の父親に渡す。
「ついでに、あなたの腰も治しましょう」
フィーアは娘の看病をしていた老婆の腰に手を当てる。暖かい光に癒され、痛めていた腰に違和感を感じなくなる。
「腰がいだくねぇど!」
うれしそうに老婆は文字通り飛び上がった。元気なおばあさんだ。
「タマにもできるでしゅか?」
両親が施した治療をみてタマがキラキラと目を輝かせている。
「簡単なものなら、昨日教えた魔法で治せるよ」
タロスは息子の頭を撫でながら答える。
「他に病気や怪我をしている人がいるなら診るわ」
息子のヤル気にフィーアが村人に向かって微笑む。
一緒についてきた村長が「ありがてぇ、すぐにみんなをあつめてくるだ!」と頷くと、この家のフライパンとおたまを借りて飛び出して行った。
リルはさすが光竜だなぁと尊敬のまなざしで2匹を見る。
怪我であれば、リルのハイヒールで治すことができるが、病気の場合は簡単に治せない。
薬を与え様子を見ることだけだ。
しばらくすると村中の人々が集まってくる。
中には簡単な怪我をしているものもいるので、患者の症状をみてリルが振り分けていく。
簡単な怪我をした人はタマの担当だ。
「痛くないでしゅか?」
少し足をひきずっていた村人にタマが尋ねる。
「もう痛みはないだ。坊主ありがとうな」
村人はタマの頭を撫で、次の患者に席を譲る。タマはくすぐったそうに笑う。
リルは作り置きしていた栄養剤が切れたので、急いで薬草を乳鉢でゴリゴリとすりつぶしている。
健康そうに見えていた村人達は、いささか栄養が足りないようだ。
後で千夏に相談しようとリルは竜達の診断を見ながらそう考えた。
評価ありがとうございます
ご感想、ご指摘ありがとうございます。
とてもうれしかったです。
胃が完全にぶちこわれました(+o+)
次の更新は遅いかもしれません。すみません。




