おかえり
夜になってもタマは戻ってこなかった。
浮かない顔でご飯を食べる千夏を、心配そうにじっとリルは見つめる。
更にそのリルを心配そうに那留が見つめていた。
那留はごそごそと昼間の間に摘んだ花束をすっとリルに渡す。
「これ、結構うまいぞ。元気だせよ」
自分でもまったく色気がない言葉だとわかっているが、喧嘩一筋で女の子の相手をしたことがない。
確かに食べるとうまい花であったが、本当は観賞用にとってきたはずだった。
なのにこの口が余計なことをいう。
リルは那留から花束を受け取ると「ありがとう」といって微笑む。
千夏を彼も心配しているんだなと勘違いする。
「これどうやって食べるの?」
エドに花束をを見せて調理方法を確認する。
少し変わった食べ物に千夏が元気になってくれればいいのだが。
レオンは母親の記憶にあった水竜と母親の話をずっとしている。穏やかな水竜の言葉が耳に心地いい。
一緒に話を聞いていたアルフォンスが、「魔族がかけた呪い」について質問する。
前から気になっていたことだった。
「ああ、あの呪いのことだね。なんとかガーシャ様が元凶の魔族を追い払ってくれたんだが、あの呪いにかかった竜の殆どは死んだよ。
竜は力が総べての生き物だ。力を奪われることは生気をとられることと同じ。人間とあまりかわらない年月くらいしか生きられなかった」
水竜は目を閉じて静かに語る。
「人の記録を調べてみても力がなくなる呪いの記述はなかった。竜にだけ効く呪いなのだろうか?竜の秘薬と呼ばれるもので助からなかったのか?」
アルフォンスはパチパチと燃えるたき火を見ながら続けて質問する。
もしまたそのような力を魔族が使ってきたときの対策を立てておきたいのだ。竜だけにかかる呪いだとしたらタマやレオンが危ない。
竜の秘薬について話してしまってもいいのだろうか?
水竜は那留に視線を向ける。すぐにそれに気が付いた那留は「構わねぇよ」と水竜に向かって頷く。
「他のものたちに広げるのはやめてほしい。それならば話そう」
水竜は首をぬっとアルフォンスに近づけてくる。
間近にある竜の穏やかな瞳を見て、アルフォンスは真摯に頷く。
「竜の秘薬と呼ばれる月光草と呼ばれるものがある。月夜の晩に白い小さな花が青白く光る薬草だ。これはあらゆる病を治すといわれている。昔は竜の谷の近くの山にたくさんあったそうだが今はもうない。
月光草は高山の山頂に生えるといわれている。その草を煎じて飲めば魔族の呪いも解けるのではないかといわれていたが、見つけ出す前に多くの竜が死んだ」
「高山か……今のうちに探してみるか」
(この世界は広い。むやみに探しても見つからんやろ。風の精霊に頼んで手分けして探してもろうたらええ。誰かみたことあるやつがおるかもしれんしな)
シルフィンが眠そうな顔で胡坐をかきながら助言する。
「頼むなら、アンジーなの。チナツにお願いするの。でもいまは……」
セレナは浮かない顔の千夏を心配そうに見つめる。
千夏の次にタマと長くいたセレナだ。千夏の気持ちはよく分かる。
タマの幸せを考えるなら両親と一緒にいる方がいいに決まっている。
だけど、タマは仲間だ。離れたくない。
コムギも千夏の隣で蹲って静かにしている。ときおり、タマの気が見える森の方にじっと視線を向けるが、すぐに傍にいる千夏を見上げ目を閉じる。
「あのね、チナツ。ナルがめずらしい食べれるお花をくれたよ」
お浸しにした花をリルが千夏に向かって差し出す。
ガーシャではなく、那留と呼んでくれと頑なに那留が言ったので素直にリルはそう呼んでいる。
「あ、うん」
千夏は一口だけお浸しを食べると「おいしい」とぽつりとつぶやくが、それ以上は手をつけない。
どんなときでも食欲だけはなくならない千夏なのに……。
リルはしょぼんと耳を垂らす。
「チナツ、お風呂にはいるの!」
セレナが千夏をお風呂に誘う。千夏はお風呂が大好きだ。少しでも気分転換になればいい。
「あ、うん。用意するね」
千夏は天幕の裏側でごそごぞとお風呂の用意を始める。レオンに習った魔法ですぐにお風呂のお湯が沸く。セレナと千夏は服を脱ぐと暖かいお湯の中に身を沈める。
コムギも大人しくお湯の中に入って、定位置のセレナの膝の上に座る。
いつも2人と2匹でお風呂に入る。コムギはセレナ、タマは千夏が体を洗うのだ。
しまった!これではタマがいないことを余計に思い出せる。
セレナは慌ててコムギを千夏の膝の上に乗せる。
ぺろりと千夏の顔をコムギが何度も舐める。
「ごめんね、なんか気を遣わせてしまって」
千夏はアイテムボックスから石鹸を取り出すとわしゃわしゃとコムギを洗い始める。
「大丈夫か?」
ペタンと耳を垂らしって蹲るように座っているリルに那留は声をかける。
「チナツを元気つけられることがなんにもできない。俺って役立たず……」
泣き出しそうなリルの頭を那留はこわごわと触り、壊れないようにできるだけ優しく撫でる。
「ねぇ、タマは戻ってくるかな?」
うるうると目を潤ませてリルは那留を見上げる。
「竜は子供を特に大事にするからなぁ……」
困った那留はリルの隣にしゃがみこんでガシガシと自分の頭をかき乱す。
「そんなぁ……」
更に縮こまったリルを見て、那留は心の中で自分に悪態をつく。
バカヤロー!なんで俺は気が利いたこと言えないんだ。岩に頭ぶつけて死んでしまいたい。
「大丈夫ですよ。きっと戻ってきます」
夕飯の後片付けをしているエドがリルに声をかける。
「そうだぞ。僕という兄もいるんだ。タマは戻ってくる」
レオンは腕を組んで踏ん反りかえる。こうして胸を張っていないと、不安になるのだ。
「明日には帰ってくるさ。落ち着いて風呂でも入ろうぜ」
アルフォンスが明るくリルに声をかける。
「風呂だな。任せろ」
エドが岩の陰にだした風呂おけにさっさとレオンはお湯を張る。
アルフォンスが服を脱ぎだすと、リルもふぅと溜息をついて自分の服を脱ぎだす。
それを見た那留がぎょっとのけ反る。
「へ……?男?」
「なんだリルを女だと思っていたのか?」
レオンが冷たい視線を那留に向ける。
そういわれても女の子にしか見えないじゃないか!かなり好みだったのに……。
がーんと那留は項垂れる。
しばらく立ち直れそうにない。
「そもそも種族が違いますから……」
気の毒そうに水竜が那留をなだめる。ガーシャは今まで一度も番を持ったことがない。
喜ばしいことだが、相手が人間の雄では……。
「種族などと細かいことを言うな。好きなら好きと胸を張ればいいじゃないか」
レオンがまた無茶苦茶なことをいう。あの顔は何も分かっていない。
今度きちんと雄と雌の違いについてレオンに説明しなければいけないか。
エドは溜息をついた。
「すごいでしゅ」
タマはタロスから教わったホーリーランスの魔法を近くの岩に叩きつける。
他にも癒しの光などいろいろな魔法を教えてもらうことができた。
「今日は中級魔法までだな。夜も更けた。腹が減っただろう? 狩りにでもいこう」
タロスに呼びかけられ、タマは大人しく2匹の光竜の後に続いて空に飛び立つ。
確かにおなかがペコペコだ。
昨日那留に教えてもらった狩場の近くで魔物と獣を狩る。
「狩りも上手ね」
フィーアがタマを優しく褒める。タマは褒められて嬉しくなる。ブンブンと尻尾を振る息子の姿にタロスは笑みを浮かべる。
おなかが一杯になるまで狩りをした後、再び2匹に先導されて先程の住処に戻ってくる。
「今日はお母さんと一緒に寝ましょうね」
寝床に横たわったフィーアが楽しそうに言う。
「お父さんも忘れてもらったら困るぞ」
タロスはタマを囲むようにフィーアと反対側へ寝そべる。
今日は魔法をいろいろ教えてもらったのでそれなりに疲れている。
タマは目を閉じて眠ろうとするが、なかなか眠れない。
キョロキョロと周りを見回すタマにフィーアは苦笑する。
「興奮して眠れないのかしら?」
「僕も興奮してるから眠れそうにないよ」
タロスは我が子の背中に顔を寄せる。
「……帰るでしゅ」
ぽつりとタマは呟く。
「帰るってどこに?お前のおうちはここだよ」
タロスが不思議そうにタマを眺める。
「ちーちゃんのところに帰るでしゅ。コムギも待ってるでしゅ」
ぶんぶんと首を振ってタマは答える。
「お父さんとお母さんは嫌い?」
フィーアが悲しそうにタマに問いかける。
「好きでしゅ。でもタマはちーちゃんといたいでしゅ」
うるうると大きな目をうるませてタマは答える。
お父さんとお母さんは優しくてふわふわしていて一緒にいると楽しい。なんで嫌いかと聞くのだろう。
少し悲しくなってくる。
「タマを育てた人だね? ちーちゃんというのは」
タロスが穏やかな声でタマに尋ねる。
こくりとタマは頷く。
「のびのびとしたいい気だ」
タロスはタマの気をじっと目を細めて眺める。
卵から孵した者の気を子供は受け継ぐ。本来ならタロスとフィーアの気で纏われるはずだった子供。
でもその人がタマを孵してくれなければ一生会うことができなかっただろう。
「行っておいで。その代りたまには私たちのところに顔を出して欲しい」
タロスは慈愛の瞳で息子を見つめる。
「そんな! せっかく会えたのに!」
フィーアが悲しそうに叫ぶ。
「あのね、近くに住んでるんでしゅ。だからいつでも会いにくるでしゅ。朝と夜の狩りは一緒に行けるでしゅよ」
タマはすまなさそうにじっと母親を見つめる。
「フィーア。育ての親もこの子にとっては同じ親なんだよ。人の生は短い。出来るだけ一緒にいてあげなさい」
タロスはタマの頭の上に自分の頭を乗せ、優しく撫でつける。
「……狩りは一緒に行くのよ?」
フィーアはタロスと同じようにタマの背中に顔を撫でつける。
「はいでしゅ」
タマはこくんと頷くと翼を広げる。二匹が離れると、夜空に向かってタマは翼を羽ばたかせる。
子供が見えなくなると、フィーアはタロスに寄りかかる。
せっかく会えたのに、とても寂しかった。
「すぐに会えるよ。それにあの子はなにもできない幼竜じゃないよ。暖かく見守ってあげよう」
千夏は天幕の中でタマの成長記録を取り出して眺めていた。
確実に成長していっているのを見るのがうれしかった。
「もう、記録つけられないのかな……」
ぽそりと呟く。
「何言ってるの!会えなくなるわけじゃないの!」
隣で同じように寝転がっていたセレナに怒られる。
「そうだね」
竜の谷まで転移でひと跳びだ。なんだか弱気になりすぎている。タマは私のことが嫌いになるわけじゃないのだ。
蹲って寝転んでいたコムギががばりと起きると、天幕の外に向かって駆け出す。
「どうしたの?」
セレナは少し緊張して、枕元に置いてある妖精剣を掴み取る。
千夏はぼんやりしていて気が付かないようだ。
「くすぐったいでしゅよ、コムギ」
ベロベロとコムギに顔中を舐められながら、タマがコムギを抱えて天幕の中に入ってくる。
その声にがばりと千夏は起きだす。
「ただいまでしゅ」
タマがコムギを抱えたまま千夏の膝の上にころんと横になる。
セレナは握った剣をもとに戻し微笑む。千夏はぎゅっと膝の上に寝転ぶタマを抱きしめた。
「おかえり。タマ」
やっとタマのお話までかけました。
ちなみにレオンはよくわかってないだけです。友達の好きと恋人の好きの違いが。
さて、那留はどうしよう・・・




