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だらだら行こう(仮)  作者: りょうくん
ハマール編
139/247

夜襲 (1)

 訓練を始めて一週間と少しの時が経った。

 ハマール近衛騎士団のトールとエッセルバッハのセバスの二人は、リフレクションブレイクを2回に1回は成功できるようになっていた。他のメンバーも確率は悪いが誰もが一度は成功している。


(まぁさすが国の精鋭やな)

 満足そうにシルフィンは訓練兵たちを眺める。


「そういっていただけるのはうれしいですが、アルフォンス殿とセレナ殿との差が縮まらなくて不甲斐ないです」

 生真面目なトールはしゃがみ込んで荒い息を吐く。

「まったくだ」

 同様に両手を訓練場の床に手をつき空を見上げながらセバスが答える。


 先程までそれぞれがアルフォンスとセレナを相手に剣の稽古をしていたのだが、トールとセバスの動きのキレが悪くなったので二人を休憩させている。隣で剣を打ち合うアルフォンスとセレナは互いにすさまじいスピードで攻め込んでは相手の攻撃をひらりと回避する。


(こっちもいい勉強になったようや。あんたらの動きが洗練されておるからな。アルフォンスもセレナも動きに無駄がなくなってきたようや)

 実際に国の精鋭たちと剣を合わせることで、アルフォンスやセレナは成長していった。無駄な動きが削られていけば、それだけ体力が温存される。


 つい先日のコムギとワイバーンの戦いもいい刺激になったようだ。

 コムギに負けられない。アルフォンスとセレナはより一層訓練にのめり込んでいく。


「そろそろ訓練を終了しよう」

 マイヤーが全員に声をかける。アルフォンスとセレナは相手の首元で剣をぴたりと静止させる。


 2人はマイヤーの隣に並び、その正面に訓練兵が2列に並ぶ。

「ありがとうございました!」

 互いに礼を言って訓練は終了する。


「今日も真っ直ぐ戻るのかい?」

 ハーネスが2人に声をかける。ハーネスはトールの右腕で、ハマール騎士団の副長を務める。隊長のトールが生真面目なら彼はとても砕けた人物だった。

 最初はアルフォンスとセレナから距離を彼らはとっていたが、訓練を続けていくうちに段々と打ち解けていった。


 一度だけ彼らと飲み会をハマールの夜の街にくりだして行ったことがある。訓練兵は酒では負けないつもりで二人に挑んだのだった。アルフォンスは貴族なのである程度酒を飲みなれているが、そうそうに潰すことができた。

 問題はセレナである。


 酒樽を担ぎ上げ、陽気にセレナはぐいぐいと酒を飲んでいく。普段、剣を握っていないときは大人しい女の子であるが、酒を飲ませたら見事な大トラに変化する。

「勝負よ、勝負!」

 次々とセレナに訓練兵は倒されていった。


 ハーネスも大酒のみだったが、気が付くと酒ビンを抱えて眠り込んでいた。

 いつものようにアルフォンスとセレナはエドが回収していったので、勝負の行方は誰にもわからない。

 次こそは勝ってやると兵士達は意気込んでいるのだ。


 最近また、彼らに何度か飲みに誘われている。昨日はリルが病気だったので断ったのだ。

「すまない。今日は照り焼きチキンの日なんだ。明日だったらいけるぞ」

 アルフォンスはぺこりと頭を下げる。まだアルフォンスは飲み気より食い気のが盛んなお年頃なのだ。


「じゃあ、明日を楽しみにしているよ。今日は俺らも適当に飲んで明日に備えるか」

 どれだけ明日飲ませる気でいるのだろう。ハーネスは部下を従えて、笑いながら訓練場を去っていく。

「アルフォンス、早く帰らないとチナツに全部たべられるの!」

 セレナがアルフォンスに声をかける。

 2人は全速力で急いで皇太子宮へと駆けていく。


 その途中でカンカンと鐘が鳴る音が響き渡る。最初は小さな音だったが、連動させて鳴らしているのか次々に鐘の音がどんどん増えていく。

 今まで鐘の音をハマールでは聞いたことがない。鐘の音が気になったがアルフォンスもセレナも足を止めない。異常事態であれば皇太子宮で聞いた方が早いのだ。


 鐘の音が鳴り響くと空を舞っていた竜騎士団が、一斉に西の国境の砦を目指して駆け抜けていく。あの鐘の合図は国境に異変を知らせるものだ。

 まだ日が完全に落ちるまでに2時間ほどかかるが、夜になってしまったら竜騎士の威力も半減してしまう。

「夜襲とは厄介な……」

 ダストンは厳しい表情で手綱を握りしめた。



 突然鳴りはじめた鐘の音に千夏は握りしめたフォークを置く。

「夜襲があったみたいね」

 セラは口元をナプキンで拭い、遠話の腕輪を使って配下と連絡をとる。今日はリリーナ母子も特別な料理が出るので一緒の食卓を囲んでいる。不安そうにじっとセラをリリーナは見つめる。


「事前連絡を受けてないわよ。規模は?そう。ひとりなのね。今度は上級魔族でも来たのかしら」

 セラは配下の者と連絡を取り終わると、席を立つ。

「どうやら魔族が一人で西の砦に現れたらしいわ。まだ戦闘ははじまってない。しばらくは物理と魔法結界で防げると思うけど、時間の問題ね。単にふらりと遊びにきた魔族であってほしいものだわ」

「魔族!」

 リリーナはぎゅっと息子のジークを抱き寄せる。


 バタバタとアルフォンスとセレナが食堂に駆け込んでくる。

「一体なにがあったんだ?」

 アルフォンスの問いかけにリルが魔族が西の砦に現れたことを伝える。

「エド、大地の剣を!」

 いざというときのために毎日力を貯めこんでいた大地の剣をアルフォンスはエドに要求する。普段はエドのアイテムボックスに格納されているのだ。エドが大地の剣を差し出すと、アルフォンスは腰にさした剣を入れ替える。

 千夏はというと一度止めた食事の再開をしている。

「エド、おかわり!」

 すっかり平らげたお皿をエドに向かって差し出す。


 じっと千夏に視線が集まる。

「なに?いざというときに食べておかないと力が出ないわよ。私たちが出るタイミングはセラが決めるのでしょう。その間に食べておかなきゃ。あ、最悪は食べきれなかったらお弁当にするように言ってちょうだい」

 千夏は平然とそう言い返す。


 それに納得したのか、全員がテーブルについてモリモリとご飯を食べ始める。エドは給仕を女官長達に依頼して、珍しく一緒のテーブルで食事を始めた。彼も戦場に出ていくつもりなのだ。

 突然の襲撃で不安になった女官長達だったが、勇者たちが鷹揚に構えているので、気を取り直して給仕に徹する。


 タマとコムギは魔族と聞いて、少し興奮しているようだ。もりもりと食べながら、目が爛々と輝いている。

(残念ながら、コムギはお留守番させるしかないなぁ)

 千夏は照り焼きチキンを頬張りながら、茶碗に入れられた肉をガツガツと食べているコムギに視線を移す。魔族は強敵だ。コムギにはまだ早い。


 リリーナとジークは不安で食事に手をつけれない。

 遅れて来たマイヤーが、事情をアルフォンスから聞いている。

「訓練兵を集めるべきか」

 マイヤーは踵をかえして兵宿舎のほうへと走り去っていく。一度魔族の強さを訓練兵に見せる必要があった。


 セラはクロームと遠話で話し込んでいる。

「馬鹿じゃない?国のメンツを気にして抑えられる被害を大きくするなんて」

『そうはいっても、今は竜騎士団が抑えに回っている。今君たちを割り込ませるとうまく連携が取れないんだよ』

「とりあえず、砦にチナツ達を待機させるわ。いいわね」

 ぶちりとセラはクロームとの遠話を切る。どうやら夕食の続きは帰ってからになりそうだった。






 その頃西の砦はふらりと一人で現れた魔族を警戒している。

 男は浅黒い肌に、濃紺のローブを身に着けている。彼の名はアーヴィン。300年前の大戦を生き抜いた上級魔族だった。長い年月を生きているが、体は人でいえば30台くらいの若々しさを保っている。魔族特有の黒髪に赤い瞳。そして体には無数の文呪が彫り込まれている。


 砦の上から拡声魔法を使って、警備隊長がアーヴィンに向かって怒鳴る。

「なんのようだ?まさか遊びに来たわけじゃあるまいな」

 アーヴィンはその言葉に笑いをこらえる。

「そうだよ、遊びに来たんだ。このおもちゃの砦を壊しにね」


 アーヴィンの返事を聞くと同時に、砦から無数の矢が放たれる。彼は軽く腕を振るって物理結界を自らの周りに展開する。物理結界に阻まれ、矢はアーヴィンまで届かない。


「ではこちらからも行くかな」

 彼は腕を真っ直ぐ砦中央に伸ばすと火弾を次々と飛ばしていく。魔法結界に阻まれ、途中で火弾が消えてなくなる。


「やっぱりこれくらいじゃダメか」

 巨大な火の球を作り出すと、それを次々にアーヴィンは投げつける。防御結界と砦に集まっている魔術師たちがなんとか耐え忍ぶ。


「意外とまめに準備をしているものだな。魔石があちらこちらに掘りこまれているようだ」

 アーヴィンは感心したように、頷く。


 竜騎士達が、アーヴィンを狙って槍を投げ、ワイバーンが鉤爪で襲ってくる。ブンと一部の物理結界が破れ、面倒くさそうにアーヴィンは空に向かって強風の風魔法を発動させる。

 弓はもちろんのこと、竜騎士たちも風に流されてうまく空中に展開ができない。


 アーヴィンの今回の使命はこの西の砦の崩落だった。次に本格的に攻め込むときにこの砦は邪魔になる。正直自分ひとりでもハマールを落とすことはできる。だがほどほどに遊んで帰るつもりでいた。ハマールを落とすときは我が主が戦場にいるときだ。


 まずはうるさく頭上をはい回る竜騎士たちに狙いを定める。

「風よ、切り裂け!」

 強風の中にかまいたちが踊りまくる。


「グギャャャャャャャャャャャャャャャャャャャ!」

 翼や体を斬りさかれたワイバーン達が次々と失速していく。


「確かあれが、この国一番の戦力だっけ?脆すぎるな」

 アーヴィンは少しつまらなさそうに、空を見上げた。

評価ありがとうございます。


とりあえず、今週から更に不定期更新になりそうです。

頑張ります。

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