夜襲 (2)
「父上、今むやみに竜騎士をその場にとどまらせても勝機がありません」
王の間に映る西の砦の映像に、クロームが声を張り上げる。暴風とかまいたちの魔法で次々とワイバーンの被害が拡大する一方だ。まともに相手にひと槍さえ、放つことができない。
「ハマールの最大の騎士団以外にどうやって魔族に勝つというのだ」
苛立ちを募らせ、王座の肘掛にコツコツと指を何度も打ち付けながら、国王は息子に尋ねる。
「現在、ハマールにはエッセルバッハの勇者一行がいます。それに彼らが鍛えた兵達もいるのです。一度竜騎士団を下げて、折を見て再投入させるべきです」
クロームの言葉に不愉快そうに国王は眉を跳ね上げる。
「余にエッセルバッハの小娘に頭を下げろとお前はいうのか!」
国王は立ち上がって皇太子を怒鳴りつける。王の側近たちも「なんて愚かなことをいうのです」と非難の眼差しでクロームを見つめる。
どちらが愚かなのだ!
クロームは怒鳴りつけたいのをぐっと我慢する。
「竜騎士団はハマール一の軍。我らに任せていただきたい!」
竜騎士団長が怒鳴りながら、クロームをにらみつける。
「何を言っているのだ。この状況がわかっているのか?」
クロームは大画面に映る竜騎士達の無残な姿を指差し、冷やかに竜騎士団長を見据える。
「いずれ魔族の魔力も切れるでしょう。その時こそが勝機です」
「竜騎士が全滅するほうが先だろう。竜騎士団長は魔族の魔力を甘く見すぎている!」
「竜騎士団を侮辱するおつもりか!」
恥辱にまみれた竜騎士団長がクロームを糾弾する。
だが、正直こんな男と話している状況ではない。クロームは竜騎士団長を無視して、国王に向き直る。
「勇者一行には竜が二匹います。ワイバーンなどではない竜種の上位種の竜です。竜が戦っている間に竜騎士団を立て直すべきです。魔族に止めをさすのが竜騎士団であれば問題ないのでは?」
「なんだと、竜が……」
国王は王座に座ると黙り込む。
「皇太子殿下は、そのような危険物を王都に持ち込むのを黙認していたのですか!」
大臣の一人がクロームを糾弾する。
「旧魔王領を隣に持つハマールが一番襲撃されやすいことは、誰が考えてみてもわかることだろう。現に今我が国は魔族に襲われている。エッセルバッハはハマールの同盟国。いざというときに協力するために竜を連れてきたまで。その竜が防衛に力を貸してくれるという。何が問題なのか!
それとも何か?お前は竜より強い増援をどこからかひねりだしてくれるのか?」
クロームは大臣に向かって怒鳴りつける。クロームの言葉に大臣は返す言葉もない。
黙り込んだ国王に向かってクロームは再度説得を開始する。
「今砦を襲っている魔族が下級魔族ならその竜と匹敵する強さです。もし上級魔族であれば、竜2匹を加えても厳しい戦いになるでしょう。このままでは砦が落ちます。砦が落ちたら王都までたいした防御壁がありません。王都を落とすつもりでいるのですか、父上!」
クロームの言葉に答えるものはいない。
「ひどいな。竜騎士がボロボロじゃないか」
アルフォンスは風魔法で追い詰められている竜騎士達を見て、愕然とする。もう少し魔族と対等に戦っているとばかりと思っていたからだ。
セラの配下に連れられて、千夏達はハマール最西端に位置する砦の上層に転移した。
突然の暴風域の転移に吹き飛ばされそうになる体を全員がかがめる。すぐに砦上層部にレオンが土の防御壁を築き上げる。空高くまで作られた防御壁に守られ、なんとか暴風から体の自由を取り戻す。
「風はなんとかなったけど、これじゃ状況がわからないわ」
セラからのクレームで防御壁にのぞけるくらいの穴を数カ所、レオンが空ける。
「どうみても今攻め込むべき時ではないのです。なぜ彼らはあそこに留まるのでしょうか」
エドも怪訝そうに暴風とかまいたちに襲われながらも、魔族に攻撃をしかけるべく竜騎士達があがいている姿に疑問を浮かべる。
「上が馬鹿だからよ」
セラは覗き穴から魔族と竜騎士の戦闘を見下ろす。国王を始め、竜騎士団長らが竜騎士に引くなと指示を与えているのだ。むやみに突っ込んでいっても犠牲しか生まれないのに、全く状況を理解していない。
「とにかくあの風魔法を止めない限り、竜騎士の被害が拡大する一方ね。矢もまったく当たらないし。なんとかできない?」
セラは千夏とレオンに向かって尋ねる。
「土魔法である程度風を防ぐことができるが、微妙だな。空に壁を作るわけにもいないだろう。魔族を氷魔法で凍らせる手もあるが、竜騎士が邪魔だな」
レオンはじっと戦況を検分して答える。
千夏が使う大魔法も近くに竜騎士がいるので使うことはできない。
「空に向かって魔法を撃たれるとリフレクションブレイクも使えない。近寄って攻撃するほうがいいだろう。竜騎士を一旦下げ、矢を一回止めてもらえないだろうか?」
アルフォンスがセラに向かってそう提案するが、セラの表情は優れない。
「エッセルバッハなら私が止めることができるけど、ハマールではそれは難しいわ。クロームとも話しているけど、馬鹿親父たちがクロームの助言を聞いてないみたいなのよ」
この大事な時にエッセルバッハのよくわからない勇者に任せておけるか!というのが国王および側近たちの意見だそうだ。
面子に拘って国が滅んでもいいのだろうか。あまりの馬鹿げた発言にセラは怒りを覚える。国王とは国を守る立場の者が立つ場所だ。
「あなたが主導権をとれないのなら、こっちにも考えがあるわよ」
セラは遠話でクロームに向かって冷淡に告げる。
「竜ならこの状況でも戦うことはできるの?」
このままではらちが明かないと判断したセラがレオンに向かって尋ねる。
「戦うことはできるが、やはり竜騎士達が邪魔だな。巻き込んで戦っていいのであれば、問題はない」
砦を落とすよりは多少犠牲が出ても竜達を出すべきだろうか。セラはどうすべきかと頭をめぐらす。
この砦が落ちたら次に来襲するであろう魔物達の大群を防ぐことができない。今この砦を落とすことは避けなければならない。非協力的なハマール軍に沸々と怒りがこみ上げてくる。
「チナツ、シルフィンが風ならアンジーを召喚すればいいといってる」
セレナとはパーティが別なため、シルフィンの言葉は千夏達に届かない。シルフィンの言葉を聞いたアルフォンスが千夏に伝える。
「あ、そうか。風の妖精王か」
千夏はすっかり召喚の指輪の存在を忘れていた。アイテムボックスから翡翠の大きな宝玉が入った指輪を取り出す。普段指にはめていたら盗まれると思って、アイテムボックスに格納していたのだ。
千夏は指輪をはめ、手を頭上に持ち上げる。
「アンジー来て!」
翡翠の指輪がチカチカと明滅し、緑色の一条の光が空に向かって放たれる。
光が消えたあとにふわりと金髪をたなびかせた、翡翠の瞳を持つ少女が現れる。少女の背には大きな透明の薄い緑の8枚の羽が生えており、ぱたぱたと羽ばたくたびに金の粉のような光を放つ。
以前妖精の谷で見たアンジーはくすんだ金髪に、顔にはそばかすが散りどこか牧歌的な印象だった。気力も他の妖精と差がほとんどなかった。
だが、目の前に浮かぶ少女は水の妖精王と並ぶ強烈な気を放ち、艶やかな容姿の美少女だった。
「ア、アンジー?」
千夏の記憶の中にある風の妖精王と異なる姿の少女に戸惑いを感じる。千夏の言葉に少女はふわりと笑う。
『この姿では初めましてになるわね。以前会ったときは力の大半を森を維持するために、使っていた時だったしね。あら、シルフィンはせっかちね。挨拶くらいしてもいいでしょう?』
くすくすと少女は楽しげに笑う。
『本当に魔族と戦っているのね。あれは上級魔族よね。それで私を呼んだのは何?あの風の魔法を止めればいいの?』
突然の閃光に何事かと訝し気にこちらを観察している魔族を見下ろし、アンジーが尋ねる。
「うん。お願い」
千夏の言葉にアンジーは頷く。
『いいわよ。でもそんなの簡単すぎるから、ついでに結界も吹き飛ばしてしまいましょう』
アンジーがすっと手を振ると、上空に吹き荒れていた風とかまいたちがぴたりと止み、魔族が作り上げていた防御結界がいとも簡単に破られる。
「なんだと!」
アーヴィンは突然止まった風にさらに膨大な魔力を吹き込むが、風魔法がまったく発動しない。
次々と襲いかかる矢がアーヴィンに向かって降り注ぐ。肩に矢傷を受けて、アーヴィンは砦から後ろに向かって大きく飛んで後退する。
得意な風の魔法が一切発動しない。まるで大がかりな魔法結界が自分を包んでいるようだ。
人の形態のままでは不利だ。
「ねぇ、私には見えないけど、風の妖精王さんがいるんでしょ?ちょっとあの邪魔な竜騎士団をどこかに吹き飛ばしてもらえないかしら?」
千夏の指輪から緑色の淡い光が見える。その光に向かってセラが頼み込む。
セラの言葉はアンジーに聞こえているようだが、彼女は何の反応も示さない。召喚者である千夏からの願い事でないからだ。
そもそもアンジーが振るう力の半分は千夏から供給されている。千夏の指示がない限り勝手なことはできないのだ。
「アンジー、竜騎士達を遠くへ飛ばしてくれない?ただしできるだけ怪我をさせないでほしいの」
竜騎士達がいなくなれば、戦いようがある。
『いいわよ』
アンジーが手を振ると竜騎士達を淡い緑色の球体が包み込む。球体は加速され、ピンポールのように球と球がぶつかり合い、ものすごい勢いで四方八方に飛び散っていく。
「何者か知らないが、主命は絶対だ。砦は壊させてもらう」
アーヴィンはそう叫ぶと人から魔物へと変化していく。一気に何十倍にも魔力が膨れ上がる。
現れたのは全長10メートルにも及ぶ銀色の狼の頭を持つ巨人だった。
紅い瞳は薄暗い暗闇の中で爛々と輝き、5本のわかれた指の先から鋭い爪が飛び出してくる。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
巨大な牙をむき出しにし、銀狼の巨人が吠える。その咆哮が物理的な力となり、衝撃波が砦を襲う。
ぐらりと砦が大きく揺れる。辛うじて事前に埋め込んだ魔石と魔術師たちの防御結界によって、砦は崩れ落ちはしなかった。だが、次の一撃には耐えられないだろう。
タマとレオンが砦の上層部からそのまま下に向かって、飛び降りる。
「チナツ、俺たちを下へ転移させてくれ!」
アルフォンスとセレナはそれぞれ大地の剣と妖精剣を抜き、千夏に振り返る。
「こうなったら総力戦ね」
セラも影となった配下を連れて、砦を守る警備隊長の元に駆けだす。どんな手を使っても千夏達の邪魔をさせるわけにはいかなかった。
ご指摘いただいた誤記を修正しました。
評価ありがとうございます。
相変わらず、区切りが悪いのですが一旦切ります。




