闘技場
「思ってたより大きいね」
千夏は闘技場と呼ばれる建物を見上げる。
石で作られた闘技場はすり鉢状に巨大な楕円形になっており、高さはおよそ20メートル、横幅1キロほどの建物だ。一番高く作られた場所からそれを支える円柱がずらりと横並びしている。
円柱は綺麗な模様が彫り込まれており、模様はひとつひとつ異なる。
建物を見学するだけでも、十分に価値がある。
「綺麗なものだな」
レオンは近くにあった円柱の彫刻をじっと見つめている。
その大きな円柱には、一人の女性が目をつぶり大きく手を広げ立っている姿が描かれている。
古代ローマの闘技場もこんなようなものだったのだろうかと千夏はおぼろげな記憶を探る。
6日後に従魔の大会が行われるが、今日は特に催しはないので闘技場はがらんとしている。
女官長が千夏達に気をつかって、闘技場に詳しいガイドを一人雇ってくれた。
ガイドの中年の男は少し小柄で、寝ぐせがついたハマール人特有の銀の短い髪を撫でつけながら、千夏達に簡単に闘技場の説明をする。
「この闘技場ができたのは今から100年ほど前です。この中央にある入口の意匠は当時有名な彫刻家であったジャンバーの作で、巨人と竜がモチーフになっています。巨人の荒々しさと竜の優美な姿が描かれており、今にも動き出しそうな躍動感あふれた作品です」
ガイドの説明のとおり、縦4メートルもある大きな入口の両側に巨人と竜が向かい合っている姿が彫り込まれている。闘技場の入口にふさわしい見事な作品だった。
「それでは中に入ってみましょう」
ガイドに先導され、建物の中に進む。薄暗い暗い一本道をしばらく歩くと、闘技場の観客席にたどり着く。おびただしい数の石でできたベンチのような観客席が段差状に連なり、楕円形にぐるりと広がっている。
「観客は最大で2万人が入ることができます。中央に闘技場があり、あそこで様々な戦いが繰り広げられるのです。6日後に是非きてください。従魔の大会がありますから」
ガイドが指さしたすり鉢の底辺にあたる場所に、石でできた円形の舞台がある。
ここから観戦した場合、人が小さく見えてよくわからないだろう。
「ここからだとよく見えなくない?」
千夏が尋ねるとガイドは、にっこりと笑う。
「大会中は、魔法がつかわれ闘技場上空に戦いの様子が浮かびあがります。だから遠くても大丈夫ですよ」
「そんな魔法もあるの?無属性魔法?」
「そうです。使い手は少ないですが、闘技場にはかかせない魔法です」
なかなか面白そうな魔法だ。あとで魔法屋によって試してみようと千夏はこくりと頷く。
「従魔の大会に詳しい?私の従魔が大会に出場することになっているの」
千夏は近くにあった石の席に腰かけてガイドに尋ねる。
「え?出るの?タマが?」
リルはきょとんとしながら千夏を見る。
「コムギのほうよ。タマも張り切ってコムギを鍛えているみたい。出るからには優勝目指すんだって」
ガイドは面白そうに千夏を眺める。
「お客さんはエッセルバッハの人だろう?どんな従魔が出るんだい?」
「えっとドゥルガーって魔物でまだ子供なの。このくらいの小さい黒い猫のような魔物よ」
千夏はコムギの大きさを手を広げて表す。
「聞いたことがないな。でもそんなに小さいなら優勝は難しいね。優勝候補のマルンと大きさが違いするぎる。マルンってのは大商人エランの飼っているビックベアだ。一撃で吹き飛ばされるよ」
「ビックベアか。従魔になるんだね」
リルはガイドの言葉に驚いている。ビックベアはBランクの魔物だ。
「ああ、冒険者たちに依頼を出してビックベアを生け捕りにさせたそうだ。普通の従魔魔法じゃ効かないから中級の従魔魔法をつかってやっと従魔にしたそうだぞ。調教するのにも結構が時間がかかったそうだが、今じゃすっかりいうことを聞くそうだ。去年もマルンが優勝している。そんな小さな魔物じゃ無理だよ」
「ビックベアごとき大した脅威ではない」
ガイドに弟を侮辱されたレオンがいきり立つ。
まぁまぁと千夏とリルがレオンをなだめる。
レオンの威圧に怯えたガイドは、女官長の後ろにすっぽりと隠れる。
なかなか情けない姿だ。
「お客さん、外の彫刻も説明はいるかい?」
及び腰になったガイドに、千夏は首を振る。
「ありがとう、あとは勝手にみるからここまでいいわよ」
千夏がそう答えると、ガイドは逃げるようにこの場を離れていく。
「ビックベアごときにコムギが負けるとは思わないが、僕もコムギを鍛えるぞ」
レオンは不機嫌そうに千夏を見る。
「でもまだ走ってるんじゃない?」
「そろそろ昼だ戻ってくるだろう。王城に帰るぞ」
レオンは踵を返してさっさと歩き出す。
お昼を食べたあとまた街に出ればいいかと千夏もレオンの後に続く。
その頃アルフォンスとセレナは王都の門の前で遅れている兵士達を待っていた。
結局最後まで二人についてこれたのは、ハマール騎士団のトールとエッセルバッハのセバスの二人だけだった。部外者でいうならばタマとコムギも後れをとらずついて走り切った。
エドがお茶を全員に配っていく。
「エド、コムギにもお水あげて欲しいでしゅ」
タマはお茶のカップを受け取ると、足元でまだ元気いっぱいにじゃれてくるコムギを見下ろす。
エドはアイテムボックスからコムギ用のお椀を取り出すとそこに水を注ぐ。
「クー」
コムギは顔を突っ込んでバシャバシャと水を飲み始める。
「彼らは一体なんなんです?」
滝のように流れ落ちる汗を拭きながら、タマとコムギを見てトールがアルフォンスに尋ねる。
「ああ。タマとコムギだ。俺たちの仲間さ。体を鍛えたいらしくて、今日はいっしょに走った」
アルフォンスは簡単に二匹を紹介する。
「タマでしゅ。こっちがコムギでしゅ。タマの弟でしゅよ」
タマがぺこりとお辞儀をして自己紹介する。コムギは水を飲むのを一旦やめ、「クー!」と一声鳴く。
セレナは愛らしいそのしぐさを見てにこにこと笑っている。
そういうことを聞きたかったわけではないが、トールはタマに向かって返礼をする。
大の大人でもついて来れない速度で長距離を彼らは走り切ったのだ。
幼児だと思って甘く見てはいけない。小さくても勇者パーティの一員なのだ。
(まぁ、全員最初からついて来れんでも走り切ったようやな。とりあえず合格や)
シルフィンが剣からぬっと飛び出し、最後に戻ってきた兵を眺める。
(昼メシくったら、一時間後に技の特訓やな)
シルフィンの言葉に兵士達は重い腰を上げる。
アルフォンスとセレナは兵士の宿舎のほうへ、タマとコムギは別れて皇太子宮へと戻っていく。
王城へまでアルフォンス達と一緒にいたため、すんなりと中に入れたが皇太子宮に向かう途中で見回りの兵士達にタマは止められる。
「そちらは皇太子宮だ。お前はどこに行くつもりだ」
タマは首からぶら下げている身分証を兵士に見せる。だが、タマの身分証はミジクの農民の子供という身分になっている。タマの身分だけ確認した兵はタマに向かって槍を突き立てる。
「怪しいやつめ、子供といえ見逃すわけにはいかない」
兵士達はそのままタマとコムギを城の地下の牢屋に放り込む。
コムギが一瞬兵たちを威嚇したが、タマがコムギを諭す。
「コムギだめでしゅ」
タマはコムギを抱きかかえ、冷たい牢屋の壁にずるずると座り込む。
力技で通ってもよいが、命の危険がある事態ではない。一応他国にいるのだ。セラに行きの馬車の中でくれぐれも簡単に暴れないように、散々注意されていたことをタマは思い出す。
(ちーちゃん、ちーちゃん)
タマは念話で千夏に話しかける。
(どうしたの?タマ)
すでに皇太子宮に戻っていた千夏は食堂でタマ達を待っているところだった。
(お部屋に帰ろうとしたら、兵隊さんにつかまったでしゅ)
タマの言葉を聞き、慌てて千夏はセラに向かって「タマとコムギが兵士につかまったって!」と叫ぶ。
その場にいたクロームと女官長は一気に青ざめる。
「タマとコムギは何かしたの?」
セラが冷静に千夏に質問する。
「ここへ帰ろうとしたら兵士に呼び止められて、怪しいといわれて牢屋に連れていかれたみたい。抵抗はしていないようよ」
不機嫌な顔で千夏は答えながら食堂を出ていこうとする。気の位置でタマがどこにいるかは千夏にはわかる。
「チナツ、待ちなさい。タマ達は無事なんでしょう?あなたが出ていったほうが大事になるわ」
すぐにセラが千夏を呼びとめる。
振り返った千夏は結構怒っているようで、じろりとセラを睨む。
このままでは王城に風穴を開けてタマ達を奪還しかねない。
「クローム。タマの身分証にはパーティ名が記されているはずよ」
「すまない。十分言い渡したはずだったんだが・・・」
クロームは冷やかなセラの言葉に身を凍らせる。
「2度目はないわよ。さっさとタマを連れてきなさい」
クロームは慌ててすぐに立ち上がり、部屋を出ていく。千夏も無言でそのあとを追いかける。リルとレオンもそのあとに続く。
「ちょっとやそっとでタマに傷がつくわけはないけど、傷でもついてたら大変だわ」
部屋にのこったセラは溜息をついた。
「首に縄でもつけてたらほんと大事になるわね。でも竜は誇り高いから、その前に暴れだすか」
セラの独り言に残ったマイヤーと女官長がぎょっとする。
女官長はかつてないほど取り乱し、部屋の中をうろうろと歩き回り始める。
セラはイライラとテーブルを指でたたき始めた。
きりがわるいですが、一旦きります。
クロームが気の毒になってきました・・・




