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だらだら行こう(仮)  作者: りょうくん
ハマール編
122/247

弱い竜ほどよく吠える

皇太子宮はみごとな庭園に囲まれた白亜の美しい建物だった。

宮の入口には国賓を迎えにたくさんのメイドたちがずらりと勢ぞろいしており、女官長は皇太子が客をつれて到着すると同時に前に進み出る。


「この宮の責任者であるソフィアだ。なにか不都合があったら彼女に言ってくれ」

クロームは千夏たち全員に女官長を紹介する。

女官長は50台前半のほっそりした体をしており、ハマール人特有の白銀の髪をきっちりと結い上げ、実直そうな緑の瞳の持ち主だった。幼いころから皇太子の教育を任されており、数少ないセラがエッセルバッハの王妹であることを知っている人でもある。


「ようこそ。ハマールへ。まずはお食事ができておりますので、こちらへどうぞ」

女官長は客人全員の顔を覚えた後、優雅に一礼し食堂へと案内する。

千夏達は彼女の後についていく。一番最後尾のタマの足元をじゃれるようにコムギがついていくを見て、メイドたちが当惑する。


「あのぉ、お客様。従魔は外でお願いします」

メイドの一人がタマに声をかける。

「コムギはタマの弟でしゅ。だめでしゅか?」

タマはコムギを抱き上げ、じっとメイドを見上げる。


過去皇太子宮に従魔の持ち込みなどしたものはいない。

「大変申し訳ございませんが、決まりなので・・・」

「そうでしゅか。ではタマも外行くでしゅ」

トボトボとうなだれながらタマは外に向かって歩き出す。


それに気がついたレオンが振り返り、タマに声をかける。

「タマ、どこへ行くんだ?」

「コムギは従魔だからおうちに入っちゃだめなんでしゅ。タマも一緒に外にいるでしゅ」

「わかった。それならば僕も一緒にいこう」

タマの返事を聞き、レオンもタマと一緒に外へ向かう。

兄と慕ってくれているタマとコムギが外に行くのであれば、自分だけ中に入るわけにもいかない。


「え?ちょっと待ってよ」

更に千夏もそのあとを追う。彼らだけ別行動させるわけにはいかない。

他のメンバーも足を止めて、それを見ていた。

リルもタマ達が気になるようで、そのあとを追いかける。

庶民で一人だけ残ったセレナも、ちらりとアルフォンスを見てから外に向かって走り出した。


セラはちらりとクロームを見る。

クロームは賓客の半数が外に飛び出していったのを唖然と見送っている。

「いったいなにがあったのです」

女官長はメイドに訝しげに質問する。


「いえ、あのぉ・・・従魔を連れて中に入られようとされましたので、従魔を外へお願いしますと申しあげました。そうしたら、一緒に外に行くとおっしゃられて」

困ったようにメイドは女官長に答える。


「私なにかまずいことをいいましたでしょうか?」

おろおろとメイドは泣きそうな顔で女官長を見る。

いや特に問題はない。客のほうがおかしいだけだ。

これがクロームではなくハマール国王だったら激怒していただろう。

「セラ、どういうことだ?」

クロームはセラに困ったように尋ねる。


セラは少し考えたあとにこりとクロームに微笑む。

「失礼な真似をして申し訳ございません。彼らは従魔を家族のように扱っています。それに従魔だけを放っておくことができないのです。彼らの従魔が特別だからですわ」


「特別?従魔が?」

クロームは意味ありげな幼馴染の発言に警戒する。

こんな遠回しな言い方をしてくるときはいつもとんでもないことを言い出すことが多いのだ。


「ええ」

ちらりとメイドを見てセラは答える。

すぐに女官長は、メイドを下がらせ近くの応接室へ彼らを案内する。

このまま廊下で立ったまま話す話題ではないと察したからだ。

応接室に案内した女官長はそのまま自分も下がろうとしたが、セラに止められる。

彼女はセラの本当の身分を知っている唯一の人で口が堅い。


「ここだけの話にしてね」

ソファに腰かけたセラは、ひらひらと扇子を揺らめかせまるでいたずらに成功したような子供のような笑みを浮かべる。

「特別な従魔というのは、魔族を倒したときに活躍した竜なの」

「竜?そんなものはどこにもいなかったぞ」

一緒に話を聞いていたマイヤーもクロームの疑念はよくわかる。出発前に自分もアレがそうだといわれたが半信半疑なのだ。


「竜は人に変化できるのよ。知らないの?」

少し呆れたようにセラはクロームを見る。

確かにエッセルバッハに竜が現れたことはクロームも報告で知っている。それに幼馴染の性格もある程度把握している。ここでそのような嘘をいうタイプではない。

クロームはお茶を一気に飲み干し、動揺を抑える。


「従魔とはいえ竜は知性も高いし、プライドも高いわ。そんな竜に立ち入り禁止なんて言ったら怒っちゃうでしょ。我が国を助けくれた竜に私はそんなこと言えないわ」

にこにことセラは続ける。

アルフォンスはぬけぬけと嘘をつくセラに目を丸くする。タマがそんなことで怒るわけがないのだ。

「しかも竜は2匹もいるのよ。さすが勇者パーティね。すごいでしょ?2匹の竜が怒って暴れたらハマールはどうなるのかしら?」

「僕はそんなこと聞いていないぞ!」

クロームは慌ててセラに詰め寄る。


「あら、言い忘れていたかしら。ほら、いつ魔族がくるかわからないでしょ。念のために竜も連れてきてるのよ」

セラは意地悪な笑みを浮かべて出されたお茶を飲む。

クロームはガシガシと髪をかき混ぜ、恨みがましくセラを見返す。

女官長の顔もすっかり青ざめている。

「相変わらずだな、君は」


「褒め言葉かしら?最初に出ていった幼児と青年が竜よ。そのあとに出ていった女性が竜の主人(マスター)。彼女がなだめているから大丈夫なはずよ。でも困ったわね。従魔はこの宮に入れないのよね?街で宿を借りた方がいいかしら?」

「そんなことできるわけないだろう!」

街の中に爆弾を抱えるようなものだ。それならこの宮で丁重に取り扱った方がましだった。


「君なら竜達を押さえられるんだろうね?」

「あら、私じゃ無理よ。チナツじゃないと。私もいつもチナツにお願いしているだけよ」

「ソフィア!出ていった彼女たちを丁重に食堂に案内してくれ」

クロームは扉の横に立っている女官長に向かって命令する。

「はい。すぐに」

女官長は慌てて部屋を飛び出していく。


「竜がいたからワイバーンはあんなに騒いだのか」

少しだけ冷静さを取り戻したクロームは自ら乱した髪をもとに戻す。

「大正解」

ぬけぬけと答えるセラをクロームは相変わらず意地が悪い女だと溜息をつく。

エドとマイヤーはセラに振り回されているクロームを同情の視線で見る。

アルフォンスは皆と離れ離れにならないことを素直に喜んだ。




皇太子宮の庭に出た千夏達は、さてこれからどうしたものかと考えていた。

宿泊先はこの宮であったが、コムギと一緒にいられないなら他を探すしかない。

「とりあえず、街の宿屋で従魔も泊めてもらえそうなところ探す?」

「そうだね。でもよかったのかな、抜け出してきちゃって」

千夏の意見に同意したリルは少し不安気に皇太子宮を振り返る。


「セラがなんとかするでしょう」

千夏は平然とそう答える。貴族関係の折衝はセラの担当だ。

もともとアルフォンスとセレナ以外はおまけでくっついてきてるに過ぎない。


「セレナはあっちにいないとまずいんじゃないの?」

「え、やっぱりそうなの?」

千夏に問い返されたセレナは困った顔で千夏を見返す。

アルフォンスは貴族なので王宮に慣れているだろうが、セレナは根っからの庶民だ。千夏達がいないと心細くてしょうがない。


「「グガァァァァァァァァァァァァ!」」

いつのまにやらワイバーン達が千夏達の頭上に集まり、叫び声をあげる。

またかと千夏はうるさげに空を見上げる。

竜を前に興奮したワイバーン達は、竜騎士の制止も聞かずに集まり始める。その数はおそよ50を超える。ワイバーン達は危険分子である竜の存在にピリピリしていた。

けたたましく鳴きながら、千夏達の頭上を旋回する。

興奮が絶頂に達したのか、そのうちの一匹のワイバーンが千夏達を狙って急降下してきたのだ。


「おい!止まれ!」

竜騎士は必死に手綱を引くが、ワイバーンは一直線にタマを狙って頭から突っ込んでくる。

タマは突っ込んできたワイバーンの顔面に向かって、小さなモーションで腕を振り上げる。

「ガァァァァァァァァァァ!!」

タマに殴られたワイバーンは、そのまま横に吹っ飛び横転する。

竜騎士は鞍から落とされ、地面の上を転がりまくる。


「いい加減にしないと落とすぞ!」

レオンが上空を舞うワイバーンを殺気を込めてにらみつける。びしびしと体を突き抜けるようなレオンの殺気に触発されたかのように、上空も含めこの一帯の気温が一気に下がり始める。

ワイバーン達は蜘蛛の子を散らすように逃げはじめる。

横で横転していたワイバーンも主である騎士をその場に残し、のろのろと飛び去っていく。


「大丈夫ですか?」

リルは竜騎士にハイヒールをかけ、無事であることを確認する。

「すまん、そちらに被害はなかったのか?」

騎士はよろよろと立ち上がって、無傷な千夏達をみてほっと胸をなでおろす。

竜が暴走して人を傷つけたなどあってはならないことだった。


「やれやれ、やっと静かになった」

千夏は耳を塞いでいた手を外す。

Aランク下級魔物であるワイバーンが、Sランクの竜に一匹で突っ込むこと自体が間違っている。

これにこりて少しは静かになるだろう。


千夏達を迎えにきた女官長はその騒動の一部始終を見ていた。

セラにタマの正体を聞かされてはいたが、実際目で見るまで半信半疑だった。

ただの子供がワイバーンの突撃をひと殴りで吹っ飛ばせるわけがない。

レオンがやっと殺気を解くと、ぐったりと女官長はその場に膝をついた。


「ちーちゃん、おなかすいたでしゅ」

タマはぐるると鳴るおなかを押さえてせつなそうに千夏を見る。

「クゥー」

コムギもタマに同意する。


「そうだね、じゃあ街に行こうか」

千夏は大量の小さな気を目指して歩き始める。

「お、お待ちください!」

女官長は必死に声を上げる。ここで彼らを行かせてはいけない。

「どうぞ皆様皇太子宮へお戻りください。食事の支度はできております。従魔の方も全員中へどうぞ」

なんとか気力を振り絞り、彼女は立ち上がると千夏達に必死に訴えかける。


「コムギもいいのでしゅか?」

タマはコムギを抱き上げて女官長に尋ねる。

「もちろんでございます」

女官長は何度も頭をたてに振り頷く。

セレナも全員一緒に戻れることにほっとする。


「じゃあ戻ろうか」

千夏はタマの腕の中のコムギを撫でると、皇太子宮に向かって歩き出す。

ぞろぞろと全員が宮に向かって戻るのをみて、女官長はほっと息をなでおろす。


「あのぉ。この子達、すごく食べると思うんですけど大丈夫ですかね?」

千夏は女官長を振り返りちらりとタマを見る。

今朝は出発が早くてタマ達は朝狩りにいっていないのだ。

「すぐにご用意します」

女官長は頷くと、急いで宮に戻りメイドたちに指示を出す。


その日皇太子宮の調理場は、かつてないほどのバタバタと人が行きかう修羅場と化した。

「何十人もの人が集まるんなら、最初から言っておいてくださいよ」

料理長が女官長に苦情を上げる。

皇太子宮の料理長として、出来あいのものなどお客に出すことはできない。


「あとで話は聞きますから、何でもいいですから料理を途切れさせないでください」

女官長は出来上がった皿を奪うように持ち上げると、食堂へと自ら運んでいく。

食堂では先程出した料理はぺろりと綺麗に片づけられている。

女官長はタマとレオンの前に出来上がったばかりの料理を並べる。


クロームは外での騒動はまだ知らなかったが、異様な食欲を発揮する目の前の人物達(?)を唖然と見ていた。竜と聞いていた2人(?)はともかく、その主人である女性の食べっぷりも異常だった。


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